エヴァテクターがエントリープラグに座りこんだ。
 そして妖しく光る目を、深くゆっくりと閉じていく。
 その顎を上げた姿は、祈っているようにも、何かに身を委ねているようにも見えている。
 そして起動が始まった。
 取り囲む壁が金色の光を放ち始める。
「人の形が解放されていく、それは老人達のしでかした罪だ、ユイ、お前が魂を受け止めてやる義理はあるまい…」
 誤って解き放たれた魂達、彼らはどこに行きつく事もなく、漂う事になるのですから…
「その導き手になろうというのか?、ユイは…」
 もちろんそれがユイの望みだとは知っていた。
 だから冷たくすることで、心の距離を作ろうとしていたのだ。
「ガフの部屋に皆を連れ、永遠にその命を癒し続けるつもりか」
 誰か、抱き留めてあげる人が必要なのですよ…、寂しく悲しい人達のために、あやしてあげる母親が…
 研究施設のあちこちに、様々の人々が倒れ伏している。
 その部屋を、白い何かが物質を透過して床から天井へと通り過ぎていった。
 後には衣類だけが残されていく。
「地上は使徒で溢れているか…」
 研究所であったドーム、その正体である球体の上部は吹き飛ばされていた。
 そこから姿を現しているのは、第二使徒と呼ばれた巨人だ。
 まばゆいばかりに発光している。
 胸には赤い玉が見える、あまりの閃光に、色は黒く見えていた。
「ユイの、心のかけらか…」
 誤って取り込まれた人達の魂が、光となって舞っている。
 赤い命の灯火が。
 心を奪われた骸達は、その形を歪めていく。
 それは異形の怪人達。
「あれもまた、エヴァの一つの形か…」
 一人ゲンドウは呟く。
 誤ってこの次元に現われようとしているエヴァが、人を触媒として形をなそうともがいているのだ。
 人の肉体が、エヴァの存在する次元へと昇華された結果にすぎない。
 そこに宿っている想いもまた、ユイを探し求める闇の感情…、孤独からの逃避。
 そして使徒が生まれていく。
「これがみなの望んだ世界か…」
 灰色の世界に蠢く天使達。
 エンジェリックインパクト、エンジェリックホライズンと後に称される世界がここにある。
 それはユイを求めさ迷う、飢えた人々の絶望の世界…
 キシャエエエエエ!
 第二使徒が一声大きく吠えた。
 その背中から、四枚の光り輝く翼が伸びる。
 それは成層圏すらも貫いて…
「ユイか…」
 足元の黒い球体。
 その中から、白い女性が起きあがる。
 第二の使徒を人形のように両手で抱きしめ、彼女は更に大きくなった。
 わたしと一つになりましょう?
 どこからか甘い声が聞こえて来た。
 赤子に囁くような優しい響き。
 それはとてもとても気持ちの好いことだから…
 パン!
 使徒の体が弾けた。
 他の人間と同じように、赤い光の滴になる。
 わたしと一つに…
 光は皆ユイを目指す。
 わたしと一つになりましょう?
 あなたの心を癒してあげる。
 あなたの心を満たしてあげる…
 だから心を、解き放って…
 パアアアア…
 まだ使徒化していない人々の体が、十字架型の炎を吹き上げ燃えた。
 それは山よりも高く、だが使徒が死に際に吹き上げるものよりもとても奇麗で…
「エヴァに至れずに燃え尽きたか…」
 肉体と言う名の物質が、エヴァの次元まで至れずに、エネルギーに純化されて放出されたのだ。
「行こう…」
 ゲンドウは背後のエヴァに言う。
 エヴァはさらに深くシートにもたれかかった。
 グオン…
 一瞬、部屋の中が赤い色に満たされた。


 グオン…
 埋まっていた黒い球体が、金色の光に包まれた。
 それは少しずつ浮かび上がり、大地から飛びあがり空を目指す。
 ユイは既に球体を突き抜け、大地を取り込み一体化し始めていた。
 浮き上がる球体を、すくい上げるように両手で拾い上げるユイ。
 その背中に広がる12の羽…
「ユイ…」
 球体はまるで黒い月だった。
 それを天に差し出すユイ。
 空間がひび割れ、その中に球体は吸い込まれていく。
 白い巨人が一瞬微笑んだような気がした。
 さよなら…
 そんな呟きも聞こえたような気がする…
 そして巨人は、多くの魂と共に姿を消した…


「ちょ、ちょっと待ってよ…」
 喉が渇いてしまっている。
 一番最初に声を出したのはアスカだった。
「シンジのママが消えたって事は…、じゃあシンジは?、どっから生まれてきたの!?」
 シンジはがくがくと震えていた。
「もちろん、ユイからだ…」
「でも、シンジのママは、シンジをお腹の中に入れたままで取り込まれて…」
 レイと同様に、アスカもシンジを強く抱く。
「その答えが、周りにある…」
 周囲には無数のユイ達が…、しかしシンジは気付いていた。
「みんな、笑ってる…」
 誰一人として、悲しげな顔をしている者はいなかった。


 何も無い世界だ。
 ゲンドウはエヴァテクターを見上げるが、その姿が二度と元に戻らない事を知っていた。
(あなた…)
「ユイか…」
 エヴァテクターの形が変わる。
(悲しまないで…)
 エヴァがユイに変わる、裸身だからか、膨らんだお腹が奇妙に目立つ。
「お前がわたしに愛する事を…、愛される事を教えたのだぞ…」
 ユイは沈黙では返さない、ちゃんと口にして答えようとする。
(ここは、何も無い世界です…、もしかすると帰れないかもしれません…)
「ああ…」
 ゲンドウは諦めているかの様に答える。
「ああ、だが、それでもいい…」
(それではこの子はどうなるのですか?)
 押し黙るしかないゲンドウ。
(罪は償うのでしょう?、それはとても幸せからかけ離れた、苦行の道かもしれません、でも…)
「ああ、わかっているよ、ユイ…」
 ユイは微笑む。
(わたしとあなたとこの子が居る限り…、わたしは幸せなままでいられますもの…)
 そうだな、ユイ…
 フウン…
 ユイの姿をしたエヴァは、力尽きたようにシートに体を預けた。
 途端に、黒き月が再び金色の光に包まれる。
 ATフィールドか…
 物理的な距離を隔てずに、エヴァテクターはユイと繋がっていた。
 そのわずかばかりの心を用いて、何かが外へと撃ち出されていく。
「ロンギヌスの槍…」
 パリン…
 軽い音を立てて空間がはぜた。
 その向こうには懐かしい宇宙。
 月と、地球と、太陽と…
「わたしは、帰って来た…」
 真っ白い宇宙から、黒い宇宙へと向かい進む。
 くす…、くすくすくす、くす…
 ユイがうつむいたままで、壊れたように笑いを漏らした。
 口元に当てる手、見ているのは自分の股の間。
 その膨らんでいるお腹はしぼんでしまっていた。
「男の子か…」
 その股間の間に赤ん坊が転がっていた。
 金色の皮膜に包まれた幼子が。
「そうか…」
 ゲンドウはユイに抱きつき、自ら熱い口付けを与えていた。


「…じゃあ、じゃあシンジって!」
「そうだ」
 シンジを見るゲンドウの目は冷たくも見える。
「シンジはエヴァから生まれいでた者だ」
 わかってた、いや気付いてたんだ、でも…
 シンジは認めたくなかったのだ、ずっと。
「人間じゃないってぇの!?」
「違う、人間だ、間違いなくな…」
 ゲンドウは周囲のユイに目を向ける。
「ユイの魂から産まれでた、正真正銘の人間だよ…」
 ゲンドウの話しはまだ終わらない。


「あそこに下りるのね?」
「そうだ…、できるか?」
「みんなに見せた方が面白いのに…」
 そう言ってユイはくすくすと笑う。
 楽しければよいのだな…、いや、面白く感じる事しかできないのか…
 地球が灰色に変化する。
 黒き月は、龍の形をした大地を選び、その中に身を沈めていく。
 バリバリとガラスや氷のように割れる大地。
 直径12キロの球体が埋まった所で、エンジェリックインパクトは解放された。
 世界に色彩が戻っていく。
 シンジを抱き上げるゲンドウ、だがその赤ん坊はまだ「産まれて」はいない。
 産声も上げずに、しかしはっきりと呼吸していた。
 エヴァを通じて、生きるために必要な力を注がれているのか…
 背後でクスクスと笑っているユイに辛いものを覚える。
 だがまだ終わりではない…
 シュコン…
 エントリープラグの上ブタが閉じた。
 そして天井に向かってシュルッと姿を消す。
「ユイ…」
 本体の魂を失ってしまった今、エヴァの中に貯えられたユイの想いは拡散して消えていってしまうだろう…
 これはそのための処置だった…
 周囲の水槽の中に次々と人影が生まれていく。
 それはユイの残された想いの数だけ造られていく。
 ウィン…
 再び戻って来るエントリープラグ。
「ユイ…」
 戻って来たユイは、幾分穏やかな表情を持っていた。
 写し取られた分だけ、感情の起伏が抑えられてしまったのだ。
「ユイ」
「あなた…」
 ユイは優しげに微笑み、ゲンドウから我が子を受け取る。
「シンジ…」
 光の膜がはがれた。
 おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ…
 産声が上がる。
「ああ…」
 その柔らかな頬に頬をすりよせ、ユイは目元に口付けをした。



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