「やっぱり、そうだったんだね…」
怒りを堪えるかの様に、体中に力が入っている。
「シンジ?」
しかし答えは初めから知ってたから…
シンジは冷静でいられたのだ。
「アダムの中に感じたんだ、エヴァの中でも感じられたんだ、母さんを…」
それはレイが居たから感じられた物では無く…
「綾波が居たからこそ、ぼやけてしまっていて分からなかった事なんだ」
レイの存在感の影に埋もれてしまっていた存在。
「アダムは…、あの白い巨人は」
「そうだ」
ゲンドウは肯定する。
「捨てたエヴァ、それが正体だ」
アスカは声も出ない。
どうして?
その想いばかりが強くなる。
「どうして?、おじ様は愛してらしたんでしょ?、なのにどうして?、なんでその人と同じ姿をした物を捨てられたの!、どうして!?」
思い出すのは、ユイと共にシンジの前から去ったあの日のこと。
「あれはユイではないからな…」
あの日、ユイを「捨てに」去ったのだ。
重い沈黙が垂れ込めた。
「それでも母さんを…、母さんには未練があったから…」
「そうだ」
ゲンドウは言い切る。
「ここへ閉じ込め続けていた、しかし…」
ユイ達を見やる。
「内からわき上がる感情がなければ、ただの人形にすぎん…」
その物言いに、レイの体がわずかに強ばる。
「ここで思いを…、上書きし続けていたのか」
自ら想いを抱く事のないユイ。
彼女に感情を擦り込むために、年に一度、ゲンドウはシンジをも連れ立って、この地へと遊びに来ていた。
それに限界の来た、あの日まで…
「でも…」
アスカには腑に落ちない事がある。
「なぜ初めから封じておかなかったんですか?」
ゲンドウの目は眼鏡に遮られていて良く見えない。
「…わたしとシンジとユイがいること、それが彼女の最後の望みであったからな」
わたしと、あなたと、この子が居る限り…
「どうして…」
シンジはうつ向き、唇を噛み締めていた。
「ならどうして!、僕に綾波を守れって…、そう教えたのさ!?」
「他の人間では意味が無かった」
「どうして!」
ゲンドウは己の過ちを口にする。
「欠けた心の補完が成るのであれば…、ユイとしての存在を残しておけば、やがてエヴァ…、いやユイはあの笑顔を見せてくれるのではないか…」
そう思ったのだよ。
死ぬ事に喜びを見つけてしまったのなら、生に対する楽しさも思い出せるのではないか?
「ユイは「死んだ」のだ、その事に気がつくまで、ずいぶんと時間を掛けてしまったが…」
ぶるぶると震える体、その振動が自分のものではないと、急にシンジは気がついた。
レイ?
シンジはレイの顔を見た。
怒ってるような、それでいて悲しんでいるような、そんな顔をしている。
そうか!
シンジははっとしてゲンドウを見た。
「だから、レイで!」
「そうだ、試したのだ、レイはわたしの希望でもあったからな?」
「なによ、何の事なのよ!」
アスカがシンジの耳元で怒鳴る。
「…レイは絶望しか知らなかったんだ」
「絶望?」
頷くシンジ。
「でも希望を手に入れて一人の綾波レイになれたんだ」
「希望?」
アスカは首を傾げる。
「そうだよ、この子だってそうだ」
レイはキョトンと顔を上げた。
「脅えてばかりいた、でも勇気を持つ事を覚えたから、反対の感情で補完されたから、変われたんだ、そうでしょ?、父さん…」
「そうだ…」
ゲンドウは顔を伏せる。
「レイを助けられるのなら、あるいはユイにも、可能性が生まれる…」
そこで一旦言葉を区切る。
「だがそう、うまくはいかないものだな…」
それは甘い希望でもあったのだ。
「そんなの!、シンジを利用して…」
「それでもわたしは、もう一度ユイに会いたかった…」
シンジはギュッと唇を咬んで顔を背けた。
もう一度会えるなら…
それは今シンジが抱えている想いと同じであるのだから、責められない。
「トウジがさらって行った理由も、同じなんだよね?」
「おそらくは妹さんのためよ?」
「ミサトさん!」
いつから居たのだろうか?、ミサトは神妙な面持ちで暗がりから姿を現した。
「どうした?」
「敵です」
ミサトは簡潔に答える。
「こんな時にか…」
「こんな時だからでしょう、追撃を恐れての妨害であると考えられます」
「そうか…」
ゲンドウとシンジの視線が今一度合わさる。
「どうする?」
「もう一つだけ聞かせて…」
ゲンドウは無言でシンジの言葉を待つ。
「レイは…、ここでエンジェリックインパクトを起こそうとして、逆に母さんに取り込まれかけた、どうして?」
いや、それはもう聞かなくてもいいはずの事だった。
これはただの確認でしかない。
「…やっぱり、そうなんだね?」
「ああ…」
ゲンドウははっきりと答える。
「ユイを取り込んだ存在…、アダムと言うが、それは第二使徒を取り込んだ、あれはs2機関を搭載していたが、それはユイ、彼女の想いを染み込ませ…」
「僕の魂のかけらもでしょ?」
「そうだな?、ユイとエヴァ、二つは同じ魂を持つ胎児を宿す事になってしまった、別たれた魂、お前がレイと物理的接触も無しにエヴァリオンを起動したように、魂もまた空間的な距離に意味を持たず生まれ出てしまったのだ…」
お前達は互いに欠けているものを感じていたはずだ。
ゲンドウは最後にそう締めくくった。
だからなのか…
シンジとレイはお互いを見る。
「僕たちが触れ合う事で安らいでいたのは…」
「自分に無いものを与えられていたからだ」
「欠けている物が目の前にあったから…」
「安らいでいたのね、あたし…」
レイは自分の感情に自信を失う。
「じゃあ、こいつらの想いは勘違いだったってぇの!」
アスカは怒っていた、レイはもうシンジを支えるどころではない、今にも倒れそうだ。
あ…
そんなレイの体が逆に引き上げられた。
碇君?
シンジはゲンドウを見たままで、今度はレイを支え返している。
シンジは小さく首を振って否定した。
「それは違うよ、アスカ…」
「でも!」
シンジの穏やかな顔に、言葉を続けられなくなってしまう。
「確かに僕たちは…、兄妹よりも近い存在なのかもしれない、でももう全く別の人間なんだよ…」
アスカもはっとして思い出した。
いつかなるはずの、本当の綾波レイ…
欠けた心を埋めてもらい、本当の自分を手に入れた。
「綾波はアダムになった母さんから生まれたんだよね?」
「そうだ…」
二人の声に、落ち着きが戻る。
「母さんにとても近い綾波だから…」
「レイはユイの魂に引き込まれかけた…」
妹?
そんな言葉をアスカは呟く。
「違う、僕たちはあくまで他人なんだ…」
ビクリとレイが脅えた。
「ちょっとシンジ!」
「他人なんだよ、違う人間なんだ」
ギュッ…
しかし離さぬように、シンジは強く抱きしめる。
セカンドは痛いと顔をしかめた。
でも嫌じゃない…、恐いのに。
困惑を顔に浮かべている。
「アスカにも言ったろ?、一生分かり合えないかもしれないって…」
はっとする。
「そっか…」
「そうだよ…」
シンジはレイに微笑みかけた。
レイはシンジの言いたい事を悟って笑みを返す。
「他人だから守りたいんだ、大事な人だから大切にしたいんだよ」
その言葉は自分に言い聞かせているかの様に口調が強い。
「自分だから…、見捨てたくないんじゃ、ないんだ…」
でなければ矛盾している…
自分よりも人が傷つくのを見ていられない。
だけど綾波が僕自身だって言うのなら…
やはり自分のことしか考えてないと言う事になる。
「僕は…、僕は自分の気持ちを、信じたい…」
碇君…
身じろぎして、髪をすり付けるセカンド。
シンジ…
頬に、頬をすりよせるアスカ。
「そして僕は、いつか本当の僕を見付ける」
僕は行くよ?、父さん…
その心地好さを断ち切って、シンジは自分の足で立ち上がった。
「辛くなるのが嫌だからって逃げ出した…、あの時のレイは、とても僕に似ていたと思う、だからこそ、僕と同じになってもらいたくはないんだよ」
レイにはレイのやり方があるし…
レイにはレイに微笑んでくれる人が居る。
「僕とは違うんだ、レイは!」
自分で考え、自分で決める、それが人としての条件だから…
「逃げるんじゃなく、綾波には自分で決めてもらいたいんだ!」
シンジの叫びに、誰もが押し黙ってしまっていた。
「わたしは…、わたしになりたい」
しかしやはり、一番に口を開いたのはセカンドだった。
「レイ…」
「わたしは、人を好きになりたいから…」
脅えることなく、微笑み合えるように…
「だから…、碇君」
「ああ、行くよ?、父さん…」
ゲンドウは口元にふっと笑みを漏らした。
「ああ、レイを頼む…」
シンジは頷き、ミサトに振り向いた。
「教えてください」
「なにを?」
「どうすれば、綾波を追いかけられるんですか?」
ミサトは微笑み、皆を先導するように歩き出した。
フオン、フオン、フオン…
宇宙を渡って来る物、それは巨大なウニのように見えなくも無かった。
惑星侵略用攻撃要塞型使徒だ、正式名はなく、仮にサナギと呼ばれている。
「リッちゃんには悪いが…」
小惑星ほどもあるその巨大な物体の中心部で、リョウジは腕を組んでいた。
「これは俺の役目だからな」
その背後の壁は球を描くように膨らんで、しかも赤く発光している。
コアなのだ。
今日のリョウジは、司令官としての黒い衣装に身を包んでいる。
険しい表情で、正面に投影されている外の景色を眺めていた。
月と地球と太陽がある。
下方から白い船団が流れ、前に進んだ。
その総数は13隻、全てガギエルだ。
その後ろに20体ものサハクイエルがおり、ラミエルをばらまいている。
「たった一人の軍隊か…」
リョウジは生きた兵士を、たった一人を除いて、後はつれて来なかった。
これらは全て、リョウジの支配下にある戦力だ。
リツコをも上回る使役処理能力、これこそが、リョウジをトップに立たせている理由そのものだった。
「これだけがとりえだからな…」
リョウジは船団を火星を超えた辺りで止めた。
「さあこい、エヴァンゲリオン…、いや、碇シンジ君」
リョウジは悪友を待つような表情で、楽しげにその名を口にしていた。
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