「良い風ですわね…」
「ああ…」
何処かの丘の上だろう、大きな木の下で、母ナオコとゲンドウが座りこんでいる。
「すみません、こんなことに付き合わせてしまって…」
「いや、いい…」
ゲンドウはあまりにもそっけない。
「あまりあの子のために、母親をしてあげたことはありませんでしたから…」
視線は自分を見ていると感じる。
そこに居るのは自分の知っている科学者ではない。
たまにみる母親でも無い。
女のとしてのナオコだ。
「母さんも、人をダシに使わないで欲しいわね?」
呟きながら、ノートを叩く。
映し出されているのは学校の課題であった、リツコだ。
「ユイ様のおかげんは?」
「疲れているようだがな…」
ゲンドウは空を仰ぎ見る。
「奇麗な空だな…」
「ええ、雲も白くて…」
それは何かの形を思わせる。
スペースプレーンか…
思い出し、口元をゆるめる。
「思えば、空を見上げて惚けるだけの時間など、無かったな…」
それをおかしげに見やるナオコ。
「こらからは、いくらでもありますわよ」
ナオコは微笑み、そして擦り寄ろうとする。
「あなたの心がユイ様にあることは知っています…」
でもそれでもいいの…
ナオコはリツコに見つからないように、ゲンドウの手に手を重ねてもたれ掛かった。
仲がいいわね…
もちろんリツコは気がついていたが、母のために見て見ぬふりを決め込んだ。
そして今。
「母さん?、あなたはあの男に、一体何を求めていたの?」
リツコは現在ドッグに収納されている、ガギエルに向かって廊下を歩いていた。
「凄い…、なんて数なんだ」
アスカも思わず、生唾を飲みこんでしまっている。
「どう?、相田くん状況は…」
いつの間に覚えたのか?、ケンスケは観測機器へのコントロールと情報分析を行っている。
「海が三分に敵が七分ってとこです」
「おかしいわね…」
「ええ、あれならこっちが出迎える前に、地球ごとやれるはずですよ」
ケンスケの手元の情報を覗き込む。
「こちらの出方を待ってる?、なんで?」
「エヴァじゃないんですか?」
「それはないわね…」
体を引き起こす際、髪が一房ケンスケの頬を撫でていった。
「やつらはレイも、インターフェイスも手に入れたもの…、こちらにこだわる必要はないはずだわ」
わからない、何を考えているの?
ミサトは激しく迷っていた。
「あー、もうじれったいわねぇ!」
そんなミサトの背を押したのはアスカであった。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ言ってる間に、パーッと行って来ちゃえばいいのよ」
「うむ、我々には守らねばならん物が多いからな…」
司令席に上がりゲンドウはいつものように手を組んだ。
「レイ…」
「はい」
ミサトがレイに何かを手渡す。
「インターフェイスだ、マスターで出ろ」
「父さん!」
それはサードの残していった物だ。
「話を聞け…、アスカ君にはドグマでの待機を命じる」
「あそこで?、どうしてよ!」
戦わせてもらえない事が嫌なんじゃない。
「あたしだって戦えるわ!」
苛付くのよ、見ているだけなんて!
しかしゲンドウは認めない。
「レイを…、助けに行くのだろう?」
アスカとシンジは同時に強ばる。
「ならば従え、これは命令だ…」
「「はい…」」
二人はしぶしぶ、不満顔のままで納得した。
「アスカ…」
「ヒカリ?」
更衣室でプラグスーツに着替えているアスカ。
「どうしたのよ?」
「うん…、あのね?」
しかし次の言葉は出てこない。
プシュッと、プラグスーツの引き締まる音が響いた。
「…あのバカのことでしょ?」
ビクリと、震える。
「…あ〜あ、あんなバカの何処が良いんだか分かんないけどねぇ?」
「バカじゃ…、ない」
「え?」
「鈴原は…、優しかったもの」
ヒカリがそれを見たのは偶然。
ケンスケの撮った映像だった、シンジを殴り飛ばし、友達宣言をしているトウジ。
その後も事ある毎に、シンジの世話を焼いていた。
記憶に蘇る言葉…
「あいつらはそないヤワな奴等とちゃうやろ?、ワシらにできることは、信じてまっといたることだけや」
そうね、鈴原はいつも信じてた…
キッときつい顔を上げる。
「鈴原のこと何も知らないくせに、勝手なこと言わないで!」
ヒカリは手を振り上げて…、そして振り下ろすことができなかった。
アスカが微笑んで、目を閉じていたからだ。
顔がわずかに傾けられているのは、多分叩きやすいようにだろう。
いくら待ってもヒカリが動こうとはしないので、アスカはくるっと後ろを向いた。
「やっぱりバカじゃない」
アスカの優しさがいくらか見える。
「こんなに思われてんのに、気付きもしないなんて、やっぱりバカよ」
「…うん」
ヒカリは小さく同意した。
「だから、ここで待ってなさいよ?」
「え?」
アスカは再び振り向いた。
「あのバカ、ちゃんと連れ戻して来るからさ?、ね?」
ありがとう。
ヒカリはこぼれる涙を、少しも隠そうとは思わなかった。
「良い?、レイとシンジ君に出てもらうのは、アスカにしかできない事があるからなのよ…」
何だろう、とは思う。
でも、今は自分の出来る事をするだけだ…
シンジは説明の先を促した。
「シンジ君にはペンペンで、レイにはエヴァで出てもらいます、いざとなったらレイ?」
「はい」
「シンジ君を取り込んじゃって」
「ミサト!」
立ち上がったのはアスカだ。
「…知ってるでしょ?、シンジ君なら変身しなくてもレイとエヴァリオンになることができるわ」
「でも、だからって…」
生身で放り出す事には抵抗を感じる。
「プラグスーツを着ていれば真空中でも堪えられます、この間のことを思い出して…」
「うん…」
「あなたの守りが無くなった途端、ペンペンは何もできなくなったでしょ?」
「…シンジに、ペンペンのおもりをさせようっての?」
「そうよ?、ただ、シンジ君?」
「はい…」
「気をつけてね?」
「え?」
「生身の上、ちゃんとした訓練を受けてない以上、あなたの体が何処までの動きに堪えられるかは未知数なのよ…」
ああ…
ようやく言いたい事がわかった。
未知数か。
良い言葉よね。
少しも不安を脱ぐいされない。
「ごめんね、頼りなくて…」
アスカ、そしてその後ろに立つシンジ、寄り添うレイを一度に抱きしめる。
「ミサトさん!?」
「ミサト!」
「……」
三人一度に赤くなってしまう。
「迎えに行くのよ?、だから負けないで」
「わかってます」
「なに弱気になってんのよ、もう!」
アスカは暴れるようにもがいた。
「あの子が居ないと、張り合いが無いじゃない!」
にやっと不敵に笑って見せる。
「さあシンジ!、あたしはあたしの、あたしにしか出来ない事があるみたいだから…」
「うん、行って来るよ…」
「行ってらっしゃい…」
さっと、アスカはシンジに口付けた。
驚きはしたが、シンジは拒まない。
合わせるだけの行為だが、妙に心が安らいでいく、瞳から切羽詰まった物が消えていく。
「…帰って来たら、続きをしてあげる」
「…うん、楽しみにして、いてっ!」
シンジが振り返ると、そっぽを向くようにしてお尻をつねっているセカンドが居た。
「あ、いや、これは…」
「いい、気にしてないから」
「してるじゃないか、痛いってば!」
面白い子達ね…
ミサトは手を口にやって笑いを隠す。
「さ、行って、もうこれ以上は待てないわ」
「はい!」
「はい」
これ以上はズルズルと引き伸ばすだけになってしまう。
だからもう、アスカはそれ以上声を掛けようとはしなかった。
エントリープラグがペンペンの体内に収納される。
シンジは目をつむっていた。
他に場所が無いために、セカンドはシンジの股の間に座っている。
「レイ…」
「なに?」
インダクションレバーではなく、レイの腰に腕を回す。
「レイは、強くなれる?」
「…うん」
抱きついて来るようなシンジに、体を預けようともたれかかる。
「碇君が、居てくれるなら…」
そっか…
シンジは思う。
僕は…、強くなれるんだろうか?
その答えはレイを取り戻した時に出る。
誰かを守ること、守れること…
その答えは、綾波レイの元にある。
シンジはそんな、予感がしていた…
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