キラ…
何かが地球の側で光った。
ペンペンだ。
ゴオオオオ…
プラズマジェットの尾を引いている。
ちっとも小さくなってくれない月。
その質量の大きさに、シンジには前に進んでいると言う実感が薄かった。
瞬く星々は遠くて、景色として後方に流れてくれるほど近くはない。
「第三次加速に入るよ?」
レイではなく、ペンペンに語りかけ、シンジは一気にレバーを押した。
クン…
ほんの少しだけ、レイとシートに押し挟まれる。
エントリープラグにある衝撃緩衝システムのおかげで、「予測範囲内の過重」に関しては、かなりの精度で楽が出来ていた。
しかし戦闘になれば、どの程度までやわらげてくれるかは分からない。
ようやく月が後方に流れて、宇宙を飛んでいるのだと言う実感がわいて来た。
「シンジ君、敵が動いたわ」
通信が入った。
「じゃ、わたし行くから…」
レイは体を起こし、シートの脇に降りた。
ちらりと一瞬目を向けられる、ためらうような感じ。
口にして良いのに…
シンジはちゃんと気付いていた。
「レイ…」
声を掛けると、レイはふせ目がちに振り返った。
その頬にそっと手を添える、シンジからはそれ以上できるはずもない。
だからレイは、その手の感触を覚えておこうと、ちゃんとつかんですりよせた。
染み込んで来るような温かさが心地好い。
そして今は、それだけでも十分充足してしまえる。
だからゆっくりと、レイは満足したように離していった。
「ありがとう…」
微笑み。
「僕は…」
伝えておくべき事を、伝えようとする。
「僕はレイのように強くはなれないけど、でも…」
レイはゆっくりと首を振った。
「…人のために堪えられること」
それも強さだと思うから。
「一番大切な想いだと思うから…」
それが勇気。
辛い事を、乗り越えること。
レイはシンジの手を離し、プラグスーツ用のヘルメットを被った。
バイザーごしに見つめ合う。
「わたしに強さをくれるから」
守るの、碇君を。
最後の言葉は、エヴァを通じて伝えられた。
カッ!
オレンジ色の閃光が、月の周回軌道を越えた辺りで瞬いた。
ペンペンの上に立つオレンジ色のエヴァンゲリオン。
シンジもヘルメットを被っている、そこからレイの息遣いが聞こえて来ていた。
「やれる?」
(碇君が…、ついててくれるから)
「そっか…」
守るよ、レイを。
淡い輝きがペンペンから放たれる。
温かい…
心地好さに身を委ねるレイ。
頬に残った感触と、同じ温もりが伝わり来る。
シンジの作り出したATフィールドが、ペンペンごとレイを包み込んでいた。
守られてる…
その感触は、とても失いがたい物だった。
「来たか、意外と遅かったな…」
配置は横一列にラミエルを、クロスするよう後方にガギエルを、そのさらに奥にサナギを配していた。
それは巨大な十字架であった。
「真実は常に君と共にある…」
リョウジの脳裏に、付き合っていた頃のミサトの幻影が浮かんで消えた。
「ミサト、お前が見るべきは、その先のことじゃないのか?」
真実と言う過去では無く、サードチルドレンと言う名の未来。
「その星から出る時が来たんだよ」
いかんな…、と一人ごちる。
「おれも歳食ったかな?」
言い訳がましい。
「まずは先手を取らせてもらう」
リョウジの言葉を汲み取るように、景色が真っ白に塗り潰された。
「レイっ、避けて!」
シンジは真正面に意識を集中した。
(くうっ!)
無数とも思える膨大な数の光の槍が飛んで来る、が、それらはシンジの張った守りの盾を打ち破ることはできなかった。
「レイ、反撃、行くよ?」
(ええ…)
キュウンと、プラグ内の光量が落ちる。
レイがペンペンに、ヴェスパーカノンのコンセントを差し込んだのだ。
(碇君!)
敵の攻撃が一瞬ゆるくなった、その隙を逃さずに、ライフルの閃光が逆進していく。
シンジのATフィールドが、その光の槍を包み込み、光弾となってラミエル数体を飲み込んだ。
パァン!
残ったのは、煙や炎ではなく黄色い液体。
「やるもんだ」
加持の見ている前で、液体は太陽熱にあぶられて蒸発した。
「やはりこれぐらいでないとな?」
ラミエルの合体が始まった。
「レイ!」
シンジはバスターライフルを使うよう命じた。
(でも、それだと…)
「僕のことはいいから、やるんだ!」
くっと、エヴァが顔を上げる。
赤い一つだけの目で敵を見据える。
ぶんと振り回した右腕が、一瞬かき消えて、次には身長の1.5倍はあろうかと言う、長ロングライフルを持ち出して来た。
その間にもラミエルは、ちょうっとした小惑星ほどにも巨大な姿になっている。
「かまわず撃って!、衝撃は僕が押さえるから」
(くっ!)
ペンペンがクケェと鳴いた、しかしそれはヘルメットの無線機にだけ聞こえて来た。
ゴォン!
爆発的なエネルギーが、一直線に向かっていく。
そしてほぼ同時に、ラミエルも巨大なエネルギーを撃ち出した。
カッ!
対消滅。
閃光で何もかもが見えなくなる、いや!
「ATフィールドか!」
閃光よりもまばゆく輝く、黄金の光が四角錘を描いて姿を現した。
「後退だ」
それはラミエルに向かって放った命令ではない、ラミエル以外の使徒達が一斉に後退を始める。
「レイ!」
(うんっ!)
腕の中の銃が剣へと変化する、エクスターミネートソード、それはトウジが使っていたあの剣だ。
ズシュ!
ラミエルのATフィールドをシンジが貫き、使徒そのものをレイが切り裂く。
ブシャア…
一瞬の後にはばらけたラミエル達の密集。
ペンペンは通り過ぎた後に急速反転をする。
「そこ!」
(ええ!)
シンジの意図を悟り、大きな筒のような物を取り出すレイ。
バッと、拡散メガ粒子砲から放たれたエネルギーが、逃げ去る前のラミエル達を飲み込んだ。
「圧倒的だな…」
力の差は歴然としている。
「だがまだだ」
加持は次に、ガギエルを前に出した。
真円を描くような隊列を取る。
「まさか!」
シンジはぞっとした。
「またあれを使うなんて!」
シンジの思考がレイに飛び込む。
(あうっ!)
レイはその考えに、堪え難い頭痛に見舞われてしまったのだった。
これは何?
それはレイだけが知っている記憶。
目の前には星がある。
どうして?
自分が居るのは、ガギエルの艦橋だ。
でも、誰もいない…
そう、一人きり。
目の前の星、その衛星軌道上に配備されていた兵器群が、一斉にレイに向かって「石」を投げ付けた。
痛い!
放たれているのはミサイルとレーザー、当たっているのはガギエルだ。
嫌…
レイは涙を目に溜める。
痛いのは、嫌…
しゃがみこむ、でも誰も助けてはくれない。
恐い。
ガギエルがビクリと反応した。
恐いの…
口が開かれる、漏れだしているのは赤い光。
ドォン!
ガギエルの口内に飛び込んだミサイル、それが引き金となってしまった。
「死ぬのは、嫌…」
力がついに放たれる
大地が陥没したように穿たれた。
血脈のように、赤いものが広がっていく。
山が火を噴き、大地が割れ、空が黒く変わっていく。
星が明滅を始め、青さを失い、そして…
爆発、四散、消滅。
太陽よりも明るい光に包まれる。
恐い…
恐いの…
恐いのは、嫌…
意識が内部へと逃げ込んでいく。
でも一番恐いのは…
笑ってる?
レイに一瞬見えたのは、幼い自分の姿であった。
どうして?
レイは脅えていた。
いま思い出さなくてもいいのに…
この間はシンジと一緒だった。
でも今は一人…
「レイ!」
ビクンと、レイは体を跳ねた。
(あ、碇、くん…)
「恐がらないで…」
(でも…)
「知ってるから…」
(え?)
「知ってるんだ、綾波も同じ記憶を持ってたから…」
そう言う言い方はしたくない、しかしシンジは言葉にした。
「恐がらないで、恐がっちゃダメだ、僕は…、僕を信じてって言えるほど強くて、頼りがいのある奴じゃないけど、お願いだから…」
シンジは声を振り絞る。
「守るものを、見つけて…」
懸命になって、探した言葉が…
「逃げちゃ、ダメだ…」
レイの心に、浸透した。
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