夢を見ていたような気もするし、何も見ていなかったような気もする。
 嫌あああああ!
 ただあの時の恐さだけは覚えていた。
 襲いかかって来るのは無形の恐怖。
 目を開くと、ベークライトの塊が転がっていた。
 自分が封印されていたカプセルを後に、歩き出す。
 ドォン!
 爆発と振動が足をふらつかせる。
 ガギエルの通路を歩きゆくレイ・セカンド。
 嫌…、嫌、いやぁ…
 ふらふらと足元がおぼつかない、震えているのは恐れているから。
 …なにを?
 わからない。
 ゴォン…
 激震に見舞われる。
 まだ続いているの?
 封印される前の悪夢。
 誰もいない船内。
 独りぼっちの寂しさ。
 悲しさ…
 嘆き。
 レイはふと、たどり着いたドアの前でへたり込んだ。
 グス…、ヒック…
 そして泣き出してしまう。
「誰か居るの?」
 声が聞こえた。
 誰?
 初めてレイは、自分以外の存在を知った。
 ズガァン!
 それと前後するかの様に、壁が、床が、吹き飛んだ。
 死ぬの?、わたし…
 体中が震え出した。
 けほ、っけほ、けほ…
 死の影に脅えた時、その少年は現われた。
「綾波、綾波じゃないか!」
 …誰?
 こんな人、知らない…
 脅えて、小さくなってしまう。
 ごめんなさい。
 だからいじめないで…
「ごめん…」
 え?
 驚き。
 頭を下げる男の子に戸惑う。
 どうして?
 それが心に空白を持ち込んだ。
 この人は、誰?
 恐れているのは、わたしなのに…
 目の前の少年は泣き出している。
 どうして?
「僕のことを、信じてよ…」
 生まれたすき間に、入り込まれる。
 温かい…
 心が安らぎ、やわらいでいく。
 ああ…
 生まれて始めて味わう安堵感。
 満たされる。
 逃げなくて、良いのね…
 その感覚は、とてもとても気持ちの良いものだった。


 ビクン…
 レイの体が一瞬跳ねた。
 くっは…
 快感に身もだえるように、エヴァが胸を掻きつかむ。
 腰の辺りが艶めかしく揺れ動く。
 碇君が、入って来る…
 意識が少しずつ広がっていく。
 ああ…
 その瞬間、レイの意識はホワイトアウトしてしまっていた。


「レイ…、レイ?」
 揺り起こされる。
「碇…くん?」
 少し恨めしそうな声。
 薄めを開けて、シンジに口を尖らせる。
「大丈夫?、どうしたのさ?」
 まだまどろみを楽しみたかった…、レイは不満を浮かべていた。
「ほら、起きて…」
 上半身だけでも起こさせる。
 いつもの金色の世界に居る。
「クエ…」
「ペンペン?」
 ペンギンが一羽、レイの事を警戒していた。
 その大きさは普通のものだ。
「ん…」
 両腕を広げてペンペンを抱き上げる。
「やわらかい…」
 胸に抱き、その背中の羽毛を楽しむ。
 シンジはおかしそうにその様子を眺めていた。
「でもどうして?」
「え?」
「なぜ、ここにいるの?」
「…巻き込んじゃったみたいなんだ」
 ああ…、とレイは納得した。
 神経接続によるコミュニケーションシステム。
 そのコントロール方法は、一般的な物だから別に珍しくは感じない。
「碇君の意識と繋がっていたから、ここに来てしまったのね?」
 クケェと一声、ペンペンは鳴いた。
 レイはもう一度顔を埋める。
 シンジは妙に引っ掛かる物を覚えた。
「…なに?」
「うん…」
 言葉にまとめるのに数秒かかる。
「どうして、ペンペンはレイの事…、綾波もだったけど、こんなに懐くのかなって思って…」
「そう…」
 レイはちょっとだけ表情を陰らせた。
「レイ?」
「この子知ってる…」
「え?」
「実験動物、わたしと同じ…」
 胸が締め付けられた。
 辛い想いが伝わって来たからではない。
「レイ…」
 レイがその事実を、事実としてだけ受け止めてしまっていたからだ。
 人間なのに…
 人間ではないと考えている。
 抱きしめる。
 それしかできない。
 ペンペンを抱くレイ。
 その背中を抱きしめる。
「…わたし、可哀想なの?」
 レイは不思議そうに尋ねて来る。
「…そう、可哀想なのね、わたし」
 シンジは否定したい気持ちでいっぱいになっていた。
 でもできない、ここでは嘘だとすぐにバレてしまうから。
「でも、それは間違っているわ?」
 急に柔らかな香りがした。
「レイ?」
「わたしは今、幸せだから…」
 はっとする。
「幸せ…」
「そう…」
 身をよじるように、肩越しにシンジへと振り返る。
「わたしには、今があるから…」
「今が…」
「これからが、欲しいの…」
 それは酷く簡単な事のように思えた。
「…僕が、作るの?」
「そうしてくれると、うれしい…」
 シンジは目をつむって深く考え込んだ。
 出来るのか?
 出来ないのか。
 でもすぐに気がつく。
 綾波と同じだ…
 それを誰に望んでいるのかと気がつく。
 レイとの誓い、満たし合いたいと言う想い。
 なら僕は、僕に出来ること以上に頑張らなくちゃいけない…
 期待に答えるためでは無く、心の中にあるものは…
 何かをしてあげたいと言う想いは、とめどもなく溢れ続けているものだから。
「碇君…」
「忘れちゃいけない想いがあるんだ」
 大切にもしていかなくちゃならない、だから…
「まずは…、綾波を連れ帰るよ?」
「…うん」
 二人はお互いに笑みを浮かべる。
「悲しみや苦しみを…」
「減らしていくのね?」
 シンジは微笑んだままで首を振った。
「少しずつでも、増やしていくんだ」
 自然と唇をよせて行くシンジ。
「幸せと思える事を?」
 その唇を塞がれ、言葉はいらないと遮られる。
 世界が金色に光り輝く。
 その中でペンペンは、おかしそうに二人を見ていた。


「エヴァリオンか…」
 金色の閃光、その中から姿を現わした純白の戦士が、大きく腕をスウィングした。
 ボボボボボボン!
 盾代わりに先行したサハクイエルが、たったそれだけで全て消滅してしまう。
「…予想以上だな、これは」
 魂のない使徒、それを形作っているエヴァの力の切れ端を、エヴァリオンが強制的に解放したのだ。
 残された肉体が質量の増大と次元との圧力に堪えかねて、十字型の炎となって焼失していく。
「…ガギエル」
 グパァ…
 一斉に口を開く船団。
 その口腔が赤く光を放ち、それを歪めて一本の槍を作り上げていく。
「さあ見せてくれ、それができなければ、君達の背後にある星は砕け散る…」
 13の狂気が空間を貫く、エヴァリオンはそれに対して一歩も引かず、その場で両腕を大きく広げた。



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