「アスカ、頑張ってね…」
ヒカリは自衛隊のジープに乗って、遠くなる山並みを不安げに眺めていた。
「アスカちゃんとシンジ君なら、きっとうまくやってくれるわよ」
そう言ったのは霧島マナと言う名の、みんなと同じ学年の女の子であった。
「しかし、どうして霧島が…」
怪訝そうにカメラを向けるケンスケ。
ジープの運転席にはいかつい迷彩服の男が、その隣に栗毛の女の子が笑っている。
「これだけの騒ぎになってて、どうして軍が動かないと思ったの?」
ヒカリはふと思い出した。
「…碇君の家に押し掛けた事があるって」
「あ、知ってたんだ?」
マナはちょっとだけ罰の悪そうな顔をした。
「まあ、色々と、ね…」
シンジとの間に何があったのかは知らない。
でもアスカとのことがあったから、ヒカリは詮索しようと思わない。
それに…、霧島さん、悪い人じゃないんだ。
ちゃんと罪悪感を感じている。
それだけでも、ヒカリには安心できる十分な理由になっていた。
ゴゴゴゴゴ…
重く響くような震動が来た。
「停めて!」
マナは自分よりも年上の男に命じていた。
しかしそれは正解であった、ついには立っていられないほどの激震に突き上げられる。
「飛ぶわ…」
「え?」
「あれを見ろよ!」
ケンスケが何とかカメラを構えた。
パキキキキキン!
大地が結晶化して砕け散っていく。
その下から、何か巨大な物体が、少しずつ浮かび上がっていこうとしていた。
「うわあああああああ!」
シンジが吠えた。
(光子力亜光速弾、発射)
肩にかついだランチャーから、六発のミサイルが飛んでいく。
ボグン!
サナギの外郭が消失した。
「突っ込むよ!」
(アクティブ、ソード)
武器を長刀に変えるレイ。
ゴゥ!
大した邪魔にも合わずに、シンジ達は入り込めた。
「なんだこれ!」
サナギの中には、真っ暗なだけの空間が広がっていた。
(内宇宙よ…)
「内宇宙?、なんだよそれ!?」
(0空間を内向きのATフィールドで広げて、無理矢理空間を作り出しているの…)
そのイメージは風船に近い。
膨らませた分だけ、その内側の空間は広がっていく。
ただ実際の風船と違うのは、実世界での質量と大きさは変化しない、と言う所だろう。
「じゃあどうやってこいつを…、あれは!」
その奥の奥に、何かが居た。
「こっちに来る!」
(碇君よけて!)
ゴウ!
ただのすれ違い、だが!
ザシュ!
「レイ!」
(あ…)
芋虫のような胴体の上に、フレームを組んだような体があった。
背中に一対の羽、そして肩らしい部分では、三つの突起物のあるブロックが回転していた。
「レイー!」
その突起物の一つが刃のように伸び、レイの体を貫いていた。
「エヴァリオンは押さえた、エンジェリックインパクトも消滅寸前のこの状況で、どうするつもりですか?、ゲンドウ…」
リョウジはサナギを進行させていた。
地球に向かって一直線に進んでいく。
銀盤が縮小を始めていた、その速度は光速に近いが、太陽系をはみ出していたために、まだ地球はエンジェリックホライズン圏内にある。
月の内側に入り込むサナギ。
「これで終わりならそれまでか…」
そうはさせないわよ!
「!?」
加持の意識に、直接声が飛び込んで来た。
「違う、か…」
しかしすぐに、自分に向かって叫んだのではないと気がつく。
来るのか?
パキパキパキパキパキ…
地球に亀裂が入った。
パァン!
そして弾けるように割れ、砕け散る。
その中から黒い球体が飛び出してきた。
「黒き月!、ついに出たか」
うわあああああああ!
アスカの雄叫びが空間を直接震動させている。
ゴォン!
正面から二つの球体はぶつかり合った、大きさでは黒き月の方が圧倒的に大きい。
しかしお互いの間で何かが干渉し合い、金色の火花が散っている。
「「ATフィールド!」」
二人の驚き、しかし押し勝ったのは、アスカの操る月だった。
月がサナギを押し返す、勢いに負けて潰れるように歪むサナギ。
その中で、シンジはレイに叫んでいた。
「レイ!」
ああ…
ブシュウと、胸と背中から血が吹き出していく。
エヴァリオンに傷を負わせるなんて!
シンジも胸元をつかんでいる、レイとのシンクロにより、その痛みが流れ込んできているのだ。
レイ一人じゃやられちゃうよ…
シンジは立ち上がり、プラグをイグジッドした。
(だめ…)
レイは弱々しく泣く。
(この使徒には、何かある…)
足元で、ペンペンの背中からプラグが出て来た。
「レイ!」
(碇、くん…)
ペンペンは飛ぶのをやめて浮遊に入った。
「レイ…」
シンジはプラグを蹴り、宙を漂う。
両腕を広げて、その先には一つ目の顔があった。
レイの血まみれの掌がシンジを拾い上げた。
そのまま顔の前まで持ち上げる。
逆手は胸の出血を押さえている。
(碇君)
声が震えている。
「恐かったんだね?」
(うん…)
「ごめんね」
シンジはレイの頬に体をよせた。
(また謝るの?、どうして…)
シンジはふっと笑みを浮かべる。
「レイに恐い想いをさせたから、かな?」
(させたのはあの使徒なのに…)
「違うよ、僕だ」
シンジははっきりと言い切った。
(なぜ?)
「レイは、僕といると、勇気を持てるんだよね?」
言ったかもしれないし、言わなかったかもしれないことだ。
(うん)
でも大事なのは、その真実だ。
「僕たちは一人きりじゃ寂しいし、強くなることはできないんだよ、きっと…」
そしてシンジが見付けた真実こそがそれであった。
(碇君は誰と居たいの?)
みんなと…
シンジはそう口にした。
酷く簡単な一言だった。
(でも…)
その中には沢山の人が含まれている。
一人一人が大切な人。
父に母に、ミサトに、トウジ、ケンスケ、ヒカリ、そしてアスカと二人のレイと…
その奥に見える、もっともっと大勢の人達。
わたしがいる…
レイはちゃんと見つけていた。
わたしも、いるのね…
そこにいる自分は、自らが思っている自分とは少しばかり違う顔をしていた。
笑ってる…
微笑みというほど、控え目なものではなく…
笑ってる。
羨ましいほどの笑顔。
自身に満ちた、脅えのない顔。
(ああ…)
「うん、僕は…」
シンジはエヴァに口づける。
そんなレイを見てみたい…
シンジの体が光り輝き、そして輝きはレイの体をも包み込んでいった。
フォン。
暗闇の中に、二つの瞳が無気味に輝く。
コォ!
光弾が一つ、その怪物に向かって飛来した。
しかし怪物は、避ける事もせずに受け止める。
コォオオオオオ…
その背から光の翼が伸びた、オレンジ色の血脈が浮く光の羽が。
その明りに照らし出される謎の使徒。
紫色のエヴァンゲリオンは両腕を組み、ペンペンの上に立っていた。
再び光を放つ使徒。
ビシュン!
エヴァの肩口に当たった、だが弾むように後方に流れただけだった。
しかしそれでも攻撃の手をゆるめない。
光を放ち、剣を伸ばし、体当たりを敢行する。
ここから追い出そうとしているのか?
シンジはその行動の意味を考えた。
どうして?
不快。
そんなイメージが叩きつけられて来た。
どうして…
嫌なの…
なにがさ?
人の心を覗くのも、覗かれるのも…
嫌なの…
嫌だと思う…、触れるのも嫌…
女の子!?
いきなり空間が「重く」なった。
潰される!?
強大な圧力がのしかかって来る。
「クエエエエエ!」
ペンペン!
シンジ自身はこれぐらいの重圧で潰されるような事は無い。
しかしペンペンはそうもいかないのだ。
どうして!
そう叫ぶ一方で、急に納得できる事があった。
だから!
エンジェリックホライズンの中でも、あの巨大な使徒は壊れなかった。
人の魂が込められていたから!
エヴァは解放されなかった。
君は誰なんだ!
使徒、いやエヴァに誰かがしがみついている。
あの第二使徒になった男と同じように…
シンジは使徒に抱きついた。
くうっ!
片側3本、合計6本の刃がエヴァンゲリオンを貫き通す。
それでもシンジは離さなかった。
その中にある悲しみを、シンジは解放したかった。
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