シンジの暴力的生でのATフィールドが、使徒の殻を溶かしていく。
 やめて!
 泣き叫び。
 優しさなんて信じない!
 一人で良いのよ、あたしは…
 使徒とエヴァンゲリオンの肉体が融合していく。
 何があるの?、君の中には…
 シンジは一人の少女を見付けることに成功していた。
 それは真っ白な部屋の中でうずくまる、黒髪の長い少女であった…


 病室ですらない、ベッドも無い部屋の真ん中に、その女の子は座っていた。
「酷いものだな…」
 マジックミラーごしに見ているのはリョウジだ。
「あの後に生まれた、貴重な人間だって言うのに、まったく…」
 付き添いの医師が吐き捨てる。
 魂のこもった子供は珍しいからな…
 リョウジもその気持ちは分からないでも無い。
「で、この自閉症の原因は?」
「他と同じですよ」
 両親…、か。
 リョウジは哀れむでもなく、冷静な目で彼女を眺めた。


 包丁を持つ誰か。
 倒れ伏す母親。
 考えちゃいけない…
 幼い自分が見上げている男を。
 思い出しちゃいけない。
 詮索されてはいけない。
 だから忘れて、一人で…
「生きるの?」
 はっと、彼女は顔を上げた。
「マユミさん…、だよね?」
「どうして?」
 金色の世界に立つ二人。
「ここは何処なの?、きゃ!」
 マユミはしゃがみこんだ。
「あ、あたし!」
 裸だった。
 目の前に居るシンジもそうだ。
「あ、ご、ごめん!」
 シンジも後ろを向く。
「ここは何処なんですか!」
「…人と人との境目だよ」
「境目…」
 境界線が織り成す世界だ。
「どうして?」
 マユミは先の質問をくり返した。
「どうしてあたしの中に入って来たんですか!」
「え?」
 今度はシンジが戸惑う番であった。
「どうしてって…」
「あたしになんて、かまわないでください…」
 そうもいかないよな、と鼻の頭を掻く。
 拒絶する感情が強過ぎて、お互いの心が良く見えない。
「僕は…、ただ、どうして泣いてるのかなって、そう思って…」
「泣いてません!」
 マユミは強く否定した。
「どうしてそうやって人の心を覗こうとするんですか!」
 滴がこぼれる、マユミはその嫌な感じに涙していた。
「あたしのことは放っておいて!」
「ダメだよ!」
 叫び返すシンジ。
「どうしてですか…」
「だって、君は泣いていたもの…」
「それは、あなたがあたしを傷つけるから…」
「違うよ」
 シンジは微笑んだ。
「否定してた、優しさを」
 マユミは耳を塞いだ。
「本当は欲しかったんだね、優しさが」
いやぁ!
 マユミは激しく、拒絶した。


(うわっ!)
 シンジは弾き飛ばされた。
(マユミさん!)
(来ないで!)
 凶悪な刃が振り下ろされる、それはシンジの左の肩口に食い込んだ。
(くっ!)
(あなたがいなければ、あたしは眠ったままでいられたのに!)
 二度三度とくり返される光景。
 だが四度目は受け止めていた。
 刃を直接、手で握り込む。
(そんな悲しいこと、言わないで…)
(レイ!?)
 レイ・セカンドの意識が浮上して来た。
(碇君は悲しみを止めたいのよ…)
(それはあなた達が、見ていたくないからでしょ!?)
 至近距離で光弾が飛んだ、それはエヴァの顔面を直撃する。
 グシャ!
 しかしエヴァは口で受け止め、噛みつぶした。
 その光景にぞっとするマユミ。
(そうかもしれない、わたしが見ていたくないだけかもしれない、それでも…)
(レイ?)
 エヴァの仮面がズレ落ちる。
(え?)
 その下から現われたのは、いつかの怪人の顔ではなく。
(誰?)
 レイ自身の、素顔であった。


「微笑んでいるのか、セカンドが…」
 リョウジはその光景に呆然としていた。
 使徒を抱き留めているエヴァンゲリオン。
 その顔は穏やかな微笑みを浮かべている少女を模していた。
「やれやれ、シンジ君がここまでやるとはな…」
 まさしく予想外のことだった、誤算としては、嬉しい方だが。
「しかしこうなると…」
 ATフィールドが急激に弱まり出していた。
「保たないか」
 サナギは押され、ゴムボール同然に極限まで歪みを高めていた。


(寂しいのね…)
(違う!)
(それを空しさに置き換えていたのね)
(違うわ!)
(空しいから悲しんで、殻に閉じこもって…)
「違う、違う、違う!」
 それは初めて漏れた肉声だった。
「優しさなんて嘘、愛なんて幻、あたしは!」
 下部にある幼虫のような腹部、その正面にあった仮面がずれた。
「愛されたかった?」
「違う!」
 レイの言葉に過敏に反応する。
 仮面の下にはマユミがいた。
 お腹から上半身だけが見えている。
 腕も、下半身も、使徒の肉体の中に埋め込まれていた。
「あなたの叫びは悲しみに満ち満ちているもの…」
「ならかまわないで!」
「痛いのね?、痛いのは…」
「嫌よ!」
 それは奇妙な光景だった。
 使徒の腹部から叫ぶ少女と、巨大な赤い瞳の女の子が言い争っている。
 剣が伸びた、それを身をよじってかわすレイ。
「どうして?、なにをそんなに恐れているの?」
「痛いのが嫌なの!」
 今度は逆手の刃を伸ばす。
 しかしこれもレイは避けた。
「碇君は、あなたを傷つけたりはしないわ」
「嘘よ!」
「優しさを信じられない?」
「あたしにはそんな価値は無いもの!」
 レイの眉根に皺が寄った。
「どうしてそんな事を言うのよ?」
「あ!」
 ガン!
 マユミが回避する間も無く、一瞬でレイに頭突きを食らわされていた。
「きゃあああ!」
「いま価値が無いのなら、これから作ればいいでしょう?」
 右手が使徒の顔面に、左手がその腰に行く。
「本当に悪いのは、価値を作る事さえ恐れているあなたよ」
 レイは怒っていた。
(レイ!)
 シンジの声が聞こえないほどに怒っていた。
(やめるんだ、レイ!)
「変わろうとさえしないあなたが、あなた自身が、あなたの臆病さが、それを疑う事にすり替えて、人を傷つけるあなたが、人の心さえ嘘と決め付けるあなたこそが、誰よりも一番人を傷つけているのよ」
(レイ!)
「あたし…が?」
「そうよ」
 レイは微笑んだ、微笑んで両腕を広げた。
(レイ?)
「疑うことは悪くない、でも否定はしないで」
「あなた…は」
「わたしはレイ」
 その名は知らない。
「あなたもエヴァに触れているのなら分かるはずよ?」
「わかる?」
 体を伸ばす、仰ぎ見るようにエヴァに向かって。
 ずるりと軽く、体が抜け出す。
 頷くレイ。
「人が優しくしてくれなくても、あなたは優しくできるはずだから…」
 マユミの瞳から温かい涙が溢れ出た。
 レイの寂しさと、それを埋めてくれた物の存在、その全てが流れ込んで来る。
 エヴァが一瞬繋がった。
 碇、シンジ君…
 こんな人も居るのだと、マユミは体をうち震わせた。
「さあ、心を解放してあげて…」
 マユミの中で、なにかが弾けた。
 ゴォン!
 そして崩壊が始まった。


「ていやぁあああ!」
 アスカはドグマの際下層で大きく吠えていた。
 身を半分乗り出し、インダクションレバーを押し切っている。
 ユイに似た者たちからの侵食は、自分自身の力で弾き返していた。
 その体は金色に光り輝いている。
 これがエヴァなのね!
 アスカにシンジのような血脈による下地は無い。
 ずっとあたしと一緒に居てくれたのね、あなたは!
 そしてもちろん、素地も無い…、はずだった。
 だがアスカは自分自身の力で、エヴァと触れ合う方法を見つけだしたのだ。
「凄いわ、アスカ…」
 呆然とするミサト、ゲンドウの口元はニヤリと笑みに歪んでいる。
「ううりゃああああ!」
 アスカの気合いに答えて、月は一気に加速した。



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