「第一防衛線を突破されました!」
 オペレーターが、レーダーの光点を追いかけながら悲鳴を上げる。
「第一宇宙速度から減速、大気圏に突入されます!」
「いかん!、ラミエルによる集中砲火、レリエルによる空間防御膜の展開を急げ!」
 ゴォオオオオ…
 惑星侵略用攻撃要塞型使徒サナギ、その幼生体はウニを輪切りにしたような形をしている。
 幾つかのリングで構成された、とげとげの卵。
 12個のそれらが惑星を取り巻くように漂っていた。
 その間隙を縫うように、黒と白で構成された生き物が駆け抜けていく。
 ペンペンだ、金色の光をまとっている。
「火力を集中させろ!、ATフィールドの中和は可能なのか!?」
 追従するレリエル達の火線が一点に重なった。
 ボン!
 燃え上がるペンペン。
「やったのか!?」
 燃え上がる炎の塊、それは二つに別れるように地上へ落ちた。
 防衛艦隊司令長官、その役職にある彼は、ガギエルの中で勝利を祈っていた。

第拾四話 ことえりのシ者

 コォオオオオオ…
 海面下を一隻の船が進んでいた。
「相手はATフィールドを自在に操る化け物か…」
 ガギエルだ、ただし大きさは10メートルと少ししかない。
 宇宙戦闘艦になる前の幼生体であった、それを彼らは潜水艇として利用しているのだ。
 現在の深度は1000メートル。
 この深海では、陽の光さえも届かない。
 ザァ…
 その真上、水深10メートルと言う浅い所を、ペンペンは気持ちよさげに泳いでいた。
 やはりペンギンの類なのか?、泳ぐこと自体はうまいものである。
 海面はペンペンの起こしている白い航跡が走っていた。
 クケェ?
 しかし海の中の様子はどこかおかしい。
 ペンペンも何かを探し、そして見付けられないでいた。
 この海には、一匹も魚がいなかった。


「…はぁ、はぁ、はぁ」
 ザザァ…
 シンジは必死になって泳いでいた。
 高い波を乗り越えては、その潮に引き戻されてしまう。
 丘は近いのに…
 それでも数キロはあるだろう。
「あ…」
 ごぼっと、勢いよく水を飲んでしまうシンジ。
 ペンペン、うまく逃げてくれたかな?
 心配して陸とは反対の方向を見るが、ペンペンが落ちたのは遥か彼方である。
「やって見なくちゃ分からなかったけど…」
 もうしたくはないな。
 体温は水に浸かり過ぎて奪われている。
 なのに恐怖が、いっそうさらなる震えをシンジに与えた。
 がくがくと多少力が入らなくなる。
 あの時…、敵からの攻撃を受けた時、シンジはペンペンから飛び出していた。
 爆発の炎をATフィールドで包み込み、その炎をカモフラージュにして大気圏を突破したのだ。
 それも生身で。
「落ちたのが海で良かったよ、丘の上なら死んでたかも…」
 シンジはATフィールドを錐状にし、海中に突き潜ることで衝撃を緩和していた。
「ごめんペンペン、僕が逃げ切るまで、頑張って…」
 シンジは力尽きる寸前に、一瞬だけ沖を眺めた。


 碇君…
 何もない世界。
 シンちゃん…
 真っ白に染め上げられた世界。
 この気持ちは、なに?
 それはレイの心の世界だった。
 レイは三角座りをして、膝を抱え込んでいる。
 寂しい?、違うわね、辛いのよ…
 ぎゅっと、誰かの代わりとして足を抱き込む。
 空いた穴を塞ぐように、埋めるように胸に強く押し当てる。
 碇君…
 そこに居ない人。
 空虚な感じ、そのすき間を、何度も抱いたシンジの代わりに自分の膝を代用する。
 でも、だめ…
 いくら密着させても、押し付けても、それは自分の膝でしかない。
 物足りなさを生み出してしまう。
 埋まらない、何も。
 逆に膝が胸を押し潰し、広げ、その奥に寂しさを注入しようとする。
 この先に何があるの?
 自分の心の中を旅していた。
 何を期待しているの?
 恐かった、全てが。
 失うのは嫌、傷つけるのも嫌、でももっと嫌な事は何?
 希望。
 レイの心の中で、その言葉が強く輝きを放っている。
 希望…、誰にとっての?
 わからない、でもそれがシンジの姿をしていることは間違い無い。
 だから諦めるのね…
 ずっと同じことをくり返していた。
 喜びを、自然と漏れて来る笑いを…、微笑みを。
 その原因を探し出す度に否定しては、諦めて殻を作り上げていた。
 碇君…
 全てはそのキーワードに集約していく。
 会いたい…
 それが寂しさの根源だと知る。
 だからレイは、その気持ちさえも封印しようと試みていた。


 コォン…
 真っ暗な部屋に浮かび上がるモノリス達。
「時は来た」
 その内の一つである01と表示されたモノリスが口火を切る。
「しかしサードチルドレン…」
 モノリス達の中央に浮かび上がる少女の映像。
「彼女にこの役が務まるのかね?」
 疑惑の中には、疑念もあった。
「エヴァは心にこそ反応する」
 それを他のモノリスが打ち消しにかかる。
「だからこそ、今の状態が望ましい…」
 01は実に喜ばしそうだ。
「心に殻を作るその姿こそが人間、自分の心を、魂を、命を守ろうとする行為、まさしく…」
「巫女にふさわしいと言うわけですな?」
 うむ。
 そう呟き、そしてモノリスは満足げに消えていった。


 碇君…
 誰かに見られたような気もする。
 しかしレイはかまわなかった。
 碇君?
 外からも中からも、一切を隔絶したはずの心。
 碇君…
 しかしレイは、シンジの存在を感じ取っていた。
 まだ期待しているの?、わたし…
 顔を上げるレイ。
 感じる?
 シンジの存在を。
 何処にいるの?
 わからない。
 でも信じてる。
 心の何処かで。
 何故来てくれると信じてるの?、わたし…
 その答えはわからない。
 だが一つの言葉が思い浮かんだ。
 絆?
 この言葉は、なに?
 わからない。
 レイには絆の本当の意味がわからなかった。


 ザザァ…
 海岸線。
「先輩…」
 白いワンピースの裾を押さえ、風をやり過ごす。
 リツコの謀反と逃亡。
「どうして…、声を掛けてくれなかったんですか?、先輩…」
 落ち込んでいるのはマヤであった。
 雲一つない青い空と、荒れる事など無い、うち寄せる波。
 わずかな時間を掛けて朽ち果てようとしている、水中に没したビル群。
 靴が濡れるのもかまわない、その姿はどこか危うげで、目を離すと海の中に入っていきそうな感じがした。
「先輩はいない…、マコト君もシゲル君も違う部署に飛ばされちゃって…」
 MAGIのパスコードを知っていると言う理由で、マヤは謹慎のみにとどめられていた。
「誰もあたしの話しなんて…、ううん」
 マヤの脳裏に、一人の少年の苦悩する顔が蘇った。
 ある時は敵としてにらみ合い…
 ある時は虜囚としてうなだれていた男の子。
「やだ…、なに考えてるのかしら?」
 それは思い出してもしようのない敵のことだ。
「敵…、そう、敵ね?」
 だがとてもそうは思えない。
 思いたくないのかもしれない。
「助けて、くれたもの…」
 レリエルの暴走から…
 あたしのミスだったのに…
 顔を上げる。
 その目の端に人影が写った。
 誰?
「ふんふんふんふん…」
 鼻歌が聞こえて来た。
 これ、地球の歌?
 リツコの収拾していた地球のデータについては、全て目を通して知っている。
 だからその歌についても、ちゃんと調べ上げていた。
 第九の…
 マヤは横を向き、少し先の大石の上に腰掛けている少年をじっと見つめた。
 ふらりと、吸い寄せられるように歩き出す。
 しばらく時が過ぎ、そして歌が途切れた。
 マヤはそれでも目が離せなかった。
 いや、離せなくなっていた。
 銀色の髪、白い肌、赤い瞳。
 それらがマヤへと向かい、微笑んだ。
「歌はいいね?」
「そう?」
 くすりと笑む少年。
「歌は心を潤してくれる、地球人の生み出した文化の極みだよ、そうは思わないかい?、イブキ・マヤさん…」
 驚くマヤ。
「あたしの名前を?」
「知らない者は無いさ…、少しはご自分の立場を理解なさった方が良いと思うよ?」
 苦笑して、立ち上がる少年。
 背が高いのね?
 マヤは岩の上の少年を見上げた。
「あなたは?」
「…渚、渚カヲル」
 岩から飛び降りるカヲル。
「渚?」
「カヲルでいいよ?、イブキさん…」
「あたしも、マヤでいいわよ?」
 少年の笑みに頬を染めるマヤ。
 マヤは何故だか、吸い寄せられるように近寄っていた。



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