「君はどうなんだい?」
「え?」
シンジはカヲルの問いかけに答えられなかった。
なんだろう、この感じ?
シンジはちらりとカヲルを見た。
無警戒な笑みに赤面してしまう。
「君も…、敵なの?」
だからシンジはストレートに尋ねた。
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない」
シンジは首を傾げた。
「それって…」
「言ったろう?、それを決めるのは君自身さ…」
正面に巨大なゲートが見えて来た。
「ここ…」
シンジはその向こうに何かを感じた。
レイ?
だんっと、その扉に飛び付き、両手を当てて開こうとする。
「無駄や!」
上方からの殺気、シンジはとっさに飛びのいていた。
ズドォン!
先程までシンジのいた場所を、黒い弾丸が陥没させている。
その顔が持ち上がった。
「トウジ…」
それは黒いエヴァテクターであった。
「人は愚かさを忘れ、同じ過ちをくり返す」
「自ら贖罪を行わねば、人は変わらぬ」
「アダムや使徒の力は借りん」
「我々の手で未来へと変わるしかない」
「その為のチルドレンだ」
「くぅ!」
ズガァン!っと、漆黒の壁が球形にへこんだ。
「さすがや!」
エヴァはシンジと両手を組み合い、押し合っていた。
「変身もせずにワシと張り合うやなんて」
力比べ。
壁に押し付けられたのはシンジだ、その背中はATフィールドによって守られている。
ギリッと歯を食いしばり、シンジは爬虫類のようなエヴァを睨み付けた。
「綾波を…、レイを返してもらうよ!」
「させへんわぁ!」
グワン…
震動に二人とも呆気に取られた。
「なんや!?」
「扉が!」
開いていく。
あれは!?
マヤだった。
カヲルに誘われるように、開いたすき間に入り込んでいく。
「待って…、ぐう!」
「貴様の相手はこのワシやぁ!」
シンジの首を締めるトウジ。
「いくらATフィールドが使えたかて体は生身や、勝たせてもらうで!」
両手で締め、持ち上げる。
「待って…、待ってよ」
シンジは涙で滲んだ視界に、カヲルの寂しげな顔を捉えた。
「カヲル君…」
シンジは何故だか、その顔が心の中に引っ掛かっていた。
「これ!?」
マヤは驚きに目を見張った。
「これなの?、見せたかったものって!」
扉の向こうにあったのは黄色の水を湛えた、巨大な空間であった。
その中央にある、斜めに突き刺された巨大な十字架。
赤黒いそれ。
「生命のスープだよ」
カヲルの声に、緊張からか「ひっ」と小さく漏らすマヤ。
「ここはなんなの!?」
「命の海…」
「命の?」
「そう…」
カヲルは寂しさに憂いた。
「あれさ」
十字架の交差する中央を指す。
「そんな!?」
そこには金色に光り輝く球体があった。
光の中に、真っ白な少女が体を丸めて、膝を抱え込んでいる。
「サードチルドレン!?」
「コアだよ…」
マヤはカヲルに問いかけるような目を向けた。
「コア?」
「そう、君達はそう呼んでいるね?、魂、人の心の凝縮されしもの…」
心…、魂?
「己の殻に閉じこもり、ただ膝を抱えているだけの臆病者の形」
「あなた、誰なの!?」
この時、マヤははっきりとした恐怖を感じた。
なんなの、この子!?
レイと同じ肌、レイと同じ瞳を持つ者。
どうして気がつかなかったのかしら!?
後ずさるマヤ。
ドォン!
扉が外れた。
カヲルは軋み、倒れて来るそれをうざったく一瞥した。
キィン!
金色の光が走り、扉が寸断された。
ガァン!
次いで壁が展開され、細切れになったそれを弾き飛ばす。
「ATフィールド!」
マヤはようやくカヲルの正体に気がついた。
「そう」
うちひしがれ、ぺたんとへたり込んだマヤに言う。
「僕はラストチルドレンさ」
「レイ!」
シンジはそんな二人にかまわずに飛び込んで来た。
「行かせへんわ!」
トウジもだ。
バシャァ!
腰まで湖に浸かるシンジ。
「どうしてさ!」
「あれがワシの…、ワシらの希望やからや!」
アクティブソードを抜いて斬りかかるトウジ。
「そんなの間違ってる!」
キィン!
シンジは左手を突き出していた。
フィールドを盾状に展開して、つばぜり合いを演じ始める。
カヲルはマヤから視線を外すと、一歩プールに向かって踏み出した。
ふわり…
しかし水には落ちずに宙に浮く。
人の定めか…
レイに向かおうと泳ぎ出すシンジ。
ガボ!
その足を引っ張られたのか、シンジの姿が水中に消えた。
「シンジ君!」
悲鳴を上げるマヤ。
…心配することは無いさ、肺が満たされれば直接酸素は取り込めるよ。
頭の中だけで答えるカヲル。
さて、駒は揃ったよ?
カヲルはレイに向かって進んでいた。
「カヲル君!」
再び水面にあらわれるシンジ。
「待って、カヲル君!」
しかしカヲルは振り返らなかった。
コゥン…
あれは!?
「ぶはぁ、なんや!?」
トウジも何が起こったのか戸惑った。
カヲルの周囲に、黒いモノリスが浮かんでいる。
「何をするつもりだ?」
呟くような声でありながら、そこにいる全員に聞こえてきた。
「僕は従うだけですよ…」
「何に従うつもりかね?」
浮かび進むカヲルを、ずっと輪の中心に捉えている。
「僕が従うものはただ一つですよ」
「心か?」
侮蔑が声に含まれた。
「作り物の分際で…」
「エヴァより生まれしもの」
「使徒である事を忘れたか?」
カヲルはそれを嘲笑で返した。
「僕もまたエヴァですからね?、エヴァンゲリオンのもっとも進んだ一つの形…」
カヲルは振り返った。
「結局彼女と同じ形にたどり着きましたけどね…」
我を忘れていたシンジがはっとした。
「君は!?」
「人は無からは何も生み出せない…」
カヲルは唐突に切り出した。
「人は教えられた概念にすがらなければ何もできない…」
それは当たり前の論理であった。
「人は神ではないからね?、そこにあるものを、ものの見方を変えて捉える事しかできないのさ…」
教えてもらっていないことなどできるはずは無い。
あらゆる科学は、ただそこにある事象にたいして解釈を打ち出しているだけにすぎない。
「でも誰も思いつかなかった事を考えついた時、それを思い浮かべる事ができたのなら、人は次のステップへと歩み出せるさ…」
カヲルはシンジに伝えようとしていた。
「それが、エヴァ?」
「違うよ、それは道標にすぎない、エヴァは溢れた想念の屑だからね?」
屑?
シンジはその瞳にぞくりとした。
感情が無い、そう感じたからだ。
「カヲル君?」
「いままであらゆる生命は同じ扉をくぐり、そしてこの世に生を受けた」
再びレイを見上げるカヲル。
「扉?」
ふわりと、レイに向かってカヲルの体が浮かび上がった。
「そう、僕と君は同じだね?」
「僕が!?」
違っていた、カヲルが問いかけているのはレイだ。
カヲルはレイだけを見据えている。
「君も本当は分かっているんだろう?、僕たちは同じ所から生まれ、同じ所へ還ると言う事を…」
一つの存在から分かたれた魂達が自分達なのだ。
ユイから、エヴァから生まれ出たシンジとレイではなく、もっと広い世界での意味。
同じ扉をくぐって世に生まれ落ちた命達。
「そう、僕たちは同じ所から分かたれ、違う姿を見つけたのさ」
「それが人の形…」
「心の形さ…、ATフィールド、気付いているね?」
「心の壁…」
「魂の形」
「だけど、僕たちは…」
シンジは再び泳ぎ出した。
「そう…、お互い同じ人の形に行き着いた…」
水を掛け分けているのに、やけにカヲルの声だけははっきりと聞こえる。
「なにを…、僕には君が何を言いたいのか分からないよ、カヲル君…」
「願いだよ」
「願い?」
カヲルは再びシンジを見下ろした。
「そう、望みでもいい、人の想い…、心を受け入れるには人の器はあまりにも脆弱過ぎるからね?」
「そのための?」
「解放…」
両腕を広げるカヲル。
「さあ、僕を消してくれ」
「!?」
カヲルはレイに向かって叫んでいた。
「絶対の解放、全ての拘束、しがらみから放たれる、その選択は僕自身が決める事さ」
「それがお前の願いか?」
黙っていたモノリスが口を開いた。
「それこそが唯一にして絶対の道なのさ…」
「何に至る為のだ?」
カヲルが答えるよりも前に、レイの球体から赤い滴が滴り出した。
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