「終わりの時が始まる」
「始まりの時だ」
「終焉は新生へと繋がる」
「ついに我らの願いが叶う」
「渚カヲル」
「いささか予定には無い行動であったが…」
「我ら人類に福音をもたらす真の姿に」
「等しき死と祈りをもって、あの方を真の姿に」
「再成それは魂の安らぎでもある」
「では、儀式を始めよう」
 モノリス達が老人の姿へと変化する。
 それは半機械化した、とてもグロテスクな姿である。
 そしてこの姿であったからこそ、彼らは最初のインパクトをまぬがれていた。

第拾五話 ファースト チルドレン

「くっ!」
 シンジはレイであったものを口惜しげに見上げた。
 金色の球体、その閃光は全てを打ち消す純白にまで昇華されていく。
 なんだあれ?
 腕で影を作って様子をうかがってみた。
 閃光は物質に変化し、まるでゴムのようにぐにゅりと伸縮を開始した。
「人?、アダム!?」
 記憶に新しい姿。
 ぶよぶよと軟体の様に四肢が四方へと伸びていく。
 ずどんと落ちた巨大な足が、血の池に高波を立ててシンジを飲み込んだ。
「うっぷ!」
 ごぼごぼと血が胃の中にまで流れ込む。
「げほ、綾波…」
 血を吐き戻す。
 涙目で見上げると、白い巨人がうなだれていた。
「綾波!」
 元の赤黒い世界に戻っていた。
 巨大なレイだけが、血に汚される事もなくその白さを保っている。
「…待ってて!」
 レイの足を血が粘度を見せつけながら流れ落ちていく。
 シンジは一時の感情を打ち捨てた。
 エヴァの素体となってくれる物さえあれば、インターフェイスが無くとも変身できる。
「邪魔だよ!」
 スザァ!
 門までの水が左右に割れた。
 シンジは危うげもなく底に降り立つ。
「シンジィ!」
 ザバァっと、トウジが左横の水壁から飛び出して来た。
「「!?」」
 目を剥いて驚くシンジとトウジ。
 トウジの腰にハルカがしがみついていた。
「なんや?、なんでや!?」
 振り払えない。
 シンジはその隙に走り逃げた。
「またんかい!」
 トウジの強い意志が、ハルカを構成していたエヴァの素体を吸収してしまう。
 ずずっと一つになって消えていくハルカ。
「エヴァか?、この間の合体でわしの想いでも取り込んどったんかいな?」
 それ所ではないとトウジも走り出そうとした。
「うお!?」
 レイが体を持ち上げた。
 その拍子に水が元に戻ろうと押し寄せる。
 トウジはその波にもまれてしまった。


(きゃああああ!)
「アスカ!」
 ミサトは悲鳴を上げた。
「アスカ落ちついて!」
 落ち着けるわけがない。
 エヴァの一体が、そしゃくしながらアスカを見た。
 悲鳴に気がついたのだ。
 ニヤリと笑い、食んでいた最後の肉片をパクリと飲み込む。
「アスカ!、あの子はまだ死んではないわ、助け出して!」
 ペンペンはなにやってるの!
 先程から呼び出しをかけているのだが、応答が無い。
「アスカ!、あなたまたくり返すつもりなの!?」
 アスカはその言葉にピクリと反応した。
(…地球?)
「そうよ!、レイがさらわれた時、あなたは見てるだけだったわ!」
 ミサトは現実を突きつけた。
「また見てるだけなの!?」
 アスカは、エヴァンゲリオンは脅えるように自らの体を抱き込んだ。
 そんなの、嫌…
 がちゃりとソニックグレイブを持ち直す。
(二度と負けられないのよ、このあたしは!)
 球体が軽く自転しているためか、人工的に重力が発生している。
 エヴァ達は翼を閉じて、球体の上に降り立った。
 丘のように盛り上がって見える、その先に居並ぶエヴァ達。
 ぐっと、柄を持つ手に力をこめる。
 アスカ、行くわよ?
 アスカは『8体のエヴァ』に向かって駆け出した。


 覚えていた通りの道順を辿り、シンジはエヴァの墓場に帰りついた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 見下ろす、そこにいるエヴァたち。
 その内の一体は、まるで手招きするかの様に、シンジに向かって白骨化した腕を垂れ下げていた。
 一歩踏み出す、と同時に、誰かの気配に気がついた。
「誰!?」
 振り返るとそこには、小さな女の子が立っていた。
「君は…、君は知ってる!?、僕は知っている、けど、そんな!」
 少女はクスクスと嫌な笑いを浮かべ始める。
「だけど、そんな!?」
 小学生低学年程度に見えた、しかしその感じは、シンジがあの駅に降り立った時に見た幻のものだ。
 ドガァン!
「!?」
 爆発が起こり、真下から炎が吹き上げた。
 シンジの目の前で床板が盛り上がり、溶解して少女を炎の中へと飲み込んでしまう。
 ふふふふふ、くすくすくす…
 だが少女の姿は消えない。
 服を吹き飛ばされ、真っ白な肌を晒している。
「うわ、あああああ…」
 その体は作り物めいていた。
 胸はただの隆起であり、下半身はつるんとしており、手足の指には爪さえも生えてはいなかった。
「心は手に入れたの…」
 その青い髪にはシンジのインターフェイスが取り付けられている。
「綾波!?」
 赤い瞳に確信を持つ。
「お兄ちゃんは、用済み…」
 炎の中から抜け出す少女。
「わたしと一つになりましょう?」
「うわあああああ!」
 その手がシンジに触れ、そしてシンジはぐにゃりとねじれ、歪むようにずるずるとその右手へ吸収された。


(ていやあああ!)
 アスカはソニックグレイブで斬りかかった。
 バシュ!
(ひとつ!)
 顔三分の一から肩口にかけてを削られる白いエヴァ。
 そのまま横なぎに二体目の腕を斬り、脇腹を裂く。
(ふたつ!)
 プログナイフを取り出して、エヴァの眉間に投擲する。
(みっつ!、まだまだぁ!)
 調子に乗ったアスカの目に、エヴァの腕が消えるのが見えた。
 !?
「アスカ!」
 ミサトの悲鳴にも似た叫び。
 黒い巨大な、鉄板の様な剣が、アスカに向かって振り回された。


「シンジィ!」
 トウジは爆発で空いた穴を通って来た。
「どこや?、ぬお!」
 エヴァンゲリオンが、その巨体を起こそうとしていた。
 炎に巨大な姿が浮かび上がっている。
「変身しおったんか?、そやけど…」
 どこかが違う。
「恐れとるんか?、わしが!」
 トウジも意思を込めて巨大化した。
(シンジ、邪魔はさせへんで!)
 トウジは死骸を踏み付けて駆け出した。
 トウジの足元でバキバキと骨が砕けて弾け飛ぶ。
 すっと顎を引いたままで、顔だけを向ける紫色のエヴァンゲリオン。
 ガキィン!
(なんやと!?)
 今までとは比べ物にならない程の壁に遮られた。
 がりがりとATフィールドの表面を引っ掻くトウジ。
(まるでエヴァリオン並みやないか!?)
 足元からふわっと白いものが現われる。
 レイだ、物質を透過して姿を現した。
 すーっとそのまま、何もないかのように通り抜けていく。
 天井に頭頂部が接触して、ようやくその瞳が見えた。
 赤と黒で作られた眼球が二体を見やる。
 醜く歪んだ口元。
 恍惚とした表情で、シンジの前に体を寄せる。
 元レイであった存在は、その体形を保ったままに大きくなっていく。
 今やエヴァンゲリオンの5倍の大きさにはなっていた。
 なんや!?
 エヴァンゲリオンが浮かび上がった。
 そのレイとじっと見つめ合っている。
 なんなんや!?
 右の手のひらをかざすエヴァンゲリオン。
 その手には、何か奇怪な胎児が融合している。
 あれは!?
 レイが胸をそらした。
 悟るトウジ。
(なんや、そうか、そやったんかいな!)
 それから感じるのはシンジの意識だ。
 赤子のように眠るシンジの安らぎ。
 高笑いを上げる。
(これでええんや!、シンジ、わしはハルカを助ける、さあ、行くで!)
 エヴァの手が乳房から入り、子宮へと降ろされた。
 あ、はぁ!
 歓喜の声を上げるレイ。
 だが。
 だめ!
 パン!っと、何かの力がエヴァの右腕を斬り飛ばした。
 腕はグニュリと吸い込まれるように、レイの子宮へと消えていく。
 エヴァンゲリオンの変身が解かれていく。
(あれは…、皇帝やないか!?)
 そこに残ったのは、小さな小さな女の子だ。
 少女は呆然とした表情で、アダム化しているレイを見つめている。
 レイの巨大化が再び始まる。
「そう、拒むのね?」
 少女は空中に浮かんだまま、天井をすりぬけていこうとする真っ白な顎先を眺め上げた。
 まるで敵でも睨むような目で。
(シンジがぁ!、何処までも邪魔をしよって!)
 ずしんと一歩を踏み出す。
 女の子の真横に並ぶ、爬虫類のような巨大な顔。
 少女の髪からはインターフェイスが無くなっていた、青い髪が風にばらける。
(アホがぁ!)
 トウジはレイのへそに向かって突っ込んだ。
 くすっとそんなトウジに微笑む少女。
 小さなレイ、皇帝、ファーストチルドレンも、トウジとレイの体へと吸収された。



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