「アスカ、アスカァ!」
 ミサトには何もできない。
「…!」
 ゲンドウも黙してはいるのだが、その手には尋常でない力が込められてしまっている。
 アスカは顔面を貫かれ、仰向けに倒れ込んだ。
 ドシュドシュドシュ!
 その体に、さらに槍が打ち込まれる。
「このままではアスカが!」
 だがなせるべき術は何も無い。
 串刺しになり、槍に支えられて、アスカは倒れる事も許されない。
「…ろしてやる」
 だがスピーカーからは、まだアスカの声が聞こえていた。
「アスカ?」
「…ろしてやる、殺してやる、殺してやる!」
「アスカ!」
 アスカの手がゆっくりと持ちあがる。
 まるでそれに呼応するかの様に、倒されたはずのエヴァ達も起き上がった。
 一斉に羽ばたき、アスカに向かって食らいつこうとする。
「アスカーーー!」
(コロシテヤル)
 ドクン!
 アスカの胸が押し広げられた。
「あれは!?」
 そこからごりごりと自らの力で姿を現すもの、コア。
 シュン!
 エヴァ達よりも早く、なにかがアスカの直前に押し迫った。
「あれは!?」
「ロンギヌスの槍か!?」
 何処からか飛来した槍が、反転してその柄をアスカのコアへ突き刺した。
(コロシテヤル)
 コアに血管が浮かび広がっていく。
 差し込まれていく槍、しかしどこまで差し込まれても、柄は背中から出て来ない。
 ドッ!
 エヴァ達が食いついた。
 アスカの首筋に食らいついた。
 今度は肩にのしかかる。
 重さに負けて背骨が折れた。
 容赦なく足が食いちぎられる。
 手が、膝が。
 髄液をすするエヴァたち。
 狂乱の宴、血が月を赤く染める。
 アスカのエヴァンゲリオンの顔が明らかになる。
 四つの目に光は無い。
 その目玉を舌で取り出し転がすエヴァ。
 コロシテヤル。
 だがアスカの意識はまだ消えない。
 ドクン!
 槍のねじれが逆回転した。
 よじれがほどかれ、一気に広がる。
 ドシュ!
 四方八方に刺を伸ばした。
 それが数体のエヴァの胸を正確に刺し貫く。
 グルアアアアアア!
 咆哮を挙げるエヴァ。
 もがき抜こうとした、だがその力は貫かれたコアを自ら抜き出す結果になってしまった。
 体を引き抜けても、コアは抜く事が出来ない。
 やがてエヴァの停止を待って、刺は元の柄に戻ろうと縮まった。
「そんな!?」
 しかしそれだけでは無かった。
 ミサトは目を疑った。
 コアが槍だった赤黒い物に、ドロドロと包まれた。
「ロンギヌスの槍を…」
「取り込んだのか」
 ゲンドウでさえも呻いていた。
「そんな、自らの命をロンギヌスの槍に宿らせるなんて…」
 その液体が人の形になろうともがいた。
「何者をも、もうアスカ君は止められん…」
 ロンギヌスの槍が、アスカのエヴァへと変わったのだ。
 どろどろに溶けかかった巨人が立ち上がる。
 槍ってなんなの!?
 手を伸ばすアスカ、逃げ遅れた一体の顔面をつかむ。
 エヴァは慌ててアスカの顔をつかんだ。
 ズルリ!
 表皮が剥ける。
 その下から現われたのは、いつものエヴァンゲリオンの仮面だ。
 ブシャ!
 アスカの手が怒ったように、エヴァの顔面を握り潰した。


(トウジだって見たじゃないか、ハルカちゃんを見たじゃないか!)
(やかましいわぁ!)
 シンジの顔面を押さえつける、勢い余った指が、シンジの右目を潰しえぐった。
 背後の赤いボード。
 外の景色が眺め見える。
 そこには星が一つ覗けていた。
 無数の十字架型の炎が吹き上がり、次々と星を埋めつくしていく。
(うわあああああ!)
 大きく開けられる口腔。
(なんやと!?)
 その奥からどす黒い血が吹き付けられた。
(ぐあ!)
 怯んだ隙に離れるシンジ。
 対峙する二体のエヴァンゲリオン。
 ゴオオオオオ…
 巨大化するレイは、ついに成層圏を抜け出していた。
 地球での時よりも更に大きい。
 真っ白な空間に赤い染みを作るシンジ達。
 シンジの傷口がボコボコと泡だった。
 泡が弾ける度に、新しい肉が生まれ、失っい、損なった肉体を復元していく。
 トウジもだ、お互い体を再成するまでを待つ。
 エヴァ同士の戦いは精神の削り合いなんだ…
 物理的な破壊はあり得ない。
 ワシの根性が勝つか、あいつのしつこさが勝るんか…
 意地の比べ合いに他ならない。
(そやけど、ワシはやらなあかんのや!)
(僕だって、レイにもう一度会うまで死ぬもんかァ!)
 シンジの叫びが、空間を激しく揺らしていた。


 レイの体は肥大化していく。
 エヴァの死体は、レイがすり抜ける際に全て吸収して、自らの血肉にしてしまっていた。
 レイの体が透過した直後、全ての人達は気を失ったように倒れ伏した。
 そしてパンと弾け、小さな赤い光に変化する。
 光は喜びと共に、レイにすがりつこうとその周囲を舞い上がる。
「うわあああああ!」
 その光景に、恐慌状態に陥る人達。
「n爆弾全弾投下!」
 衛生軌道上にいたマトリエル下部の瞳から、幾つもの光の筋が地表へ向かった。
 ヒュルルルル…
 まるで雨のように降り注ぐ。
 ドガガガガ!
 大地が揺らいだ。
 すでに命の火の消えた大地を焼き尽くす。
 だがレイにはなんの被害も無い。
「ロンギヌス砲は!?」
「ダメです、間に合いません!」
「サナギのATフィールドも無展開…、いえ、中和されていきます!」
「ひぃ!?」
 彼らもまた恐怖の中に、歓喜の色を混ぜ合わせた。
 レイが微笑むように両手を広げている。
 ああ…
 だらしのない、喜びの表情を見せる。
 パン!
 パパン!
 彼らと、彼らの乗る使徒が弾ける。
 レイの腕が側を通過した瞬間、ガギエルも、サナギも弾けた。
 そして老人達は、その様子を眺めていた。
「すべてのATフィールドが紐解かれていく」
「何故、ここにいる?」
 そこにはあの小さな女の子がいた、レイそっくりの。
「ファーストチルドレン、最初の験体」
「その体はエヴァと同じ物で作られておる」
 パン!
 老人の一人が弾けてしまった。
「なにをする!」
 パン!
 また一人、黄色い液体となって飛び散った。
「わたしとひとつになるの」
 パン!
「みんな死ぬの、消えていくの」
「お前は!」
 老人の顔が歓喜に満ちた。
「そうか、そうなのだな?」
 クスクスクス…
 ファーストの体は半ば透けている。
「これで良いのですか?、ユイ様…」
 笑いが空間を満たしていく。
 ユイを復活させることと、ユイの元へ行くことは同じ喜びである。
 老人は弾ける瞬間、ファーストの中にユイの幻影を覗いていた。


「くすくすくす…」
 黄金色の世界で、少女は足を組んでいた。
 小さな体を宙に浮かせ、まるで王者のように楽しんでいる。
「みんなで幸せになりましょう?」
 まるでワイングラスでも掲げるかの様に手をあげる。
 その指のすき間を、吸い上げられるように光の粒が舞い上がり、そして赤い珠を描いて踊り始めた。


(あああああ!)
 体を抱きかかえるようにかき抱く。
 アスカの両肩のパーツが開いた。
 バシュ!
 撃ち出された光のニードルが、エヴァ達を貫いて膝を屈させる。
(負けてらんないのよぉ!)
 右腕をスウィングバックする。
(このあたしはぁ!)
 アスカの腕がねじれるように変化した、ゴムのように伸び、硬質化する。
 巨大な赤黒い鎌。
 それを振り上げるアスカの姿は、太陽に逆光になっていて黒く見える。
 ブゥン!
 悪魔。
 アスカは膝を折っている全てのエヴァの胴体を、一振りで一度に刈り取った。


「凄い…」
 としかミサトには言えない。
 ゴォン!
 その時だ、黒き月が激震に揺らぎ始めた。
「なんなの!?」
 モニターを見上げる。
 帝星が迫って来る。
「違う、引き寄せられているんだわ!」
 そこに背伸びをしている少女の姿があった。
「レイ!」
 苦しむように前に体を折っている。
「なに?」
 突如その背を、内側から破るように枝葉が伸びた。
 12枚の白い肉厚の翼に見える。
「求めているのか?」
 ユイを。
 レイはその勢いのままに背中をそらせた。
 大きく両手を広げて月を呼び寄せる。
 アスカはゆっくりと振り返った。
 そこにたった一体だけ、戦いに混ざらず動きもしないエヴァがいた。
 ばさっと翼が広げられる。
 その裏側に、赤い瞳の絵が浮かび上がっていた。
 アスカはそのエヴァの羽ばたきを、邪魔をせずに見送ってしまう。
「なんで?」
 ミサトには分からなかった。
 碇君!
 彼女は真っ直ぐ、レイの額に向かって飛び込んでいく。
 広いおでこの中心に、水面のような波紋を広げ、エヴァはレイの中へと潜りこんだ。



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