(がぁあああああ!)
 シンジの中から、人の感情が消えていく。
 トウジの肩口に食らいつき、握ったナイフを脇から心臓へと突き上げた。
(そんなもんでぇ!)
 逆にトウジはシンジを抱きしめ、刀で己ごと貫いた。
(死ねやぁ!)
(くあああああ!)
 ATフィールドはお互い中和する事に全力を注いでいる。
 開いた傷口から流れ出す血は、気力を根こそぎ奪っていく。
 シンジはトウジの頚動脈を食いちぎった。
 ひゅー!
 気管までもが丸見えになる、空気が勢いよく漏れ出して行く。
(シンジがぁ!)
 二人ともよろけて離れる。
 再び腰に引いて刃を突き出す。
 碇君!
(なんや!?)
 真っ白な少女が間に割り込んできた。
 レイ!?
 勢いを消すように立ち止まり、シンジの前で大きく両腕を広げて立ちふさがる。
 ザシュ!
 前後から、シンジとトウジの剣がレイを貫く。
 あ、ああ…
 シンジの、エヴァの瞳から涙が吹き出す。
(うわあああああああ!)
 血の涙が流れ落ちる、背骨が折れる寸前まで体をのけぞらせて泣き叫ぶ。
(うわあああああああああ!)
 シンジの中から、何もかもが消えていく。
 かろうじて人型を整えていた装甲が吹き飛び、あらわになった獣の筋肉が膨れあがる。
 あああああ!
 十二枚の光の翼が広げられる。
 ああああああああ!
 口腔から漏れ出る雄叫びは、とても悲しみに満ちたものだった。


 ふっと見を開くレイ。
「碇君が、泣いてる…」
 サードの目尻を涙が流れた。


 碇、くん…
 セカンドの前に現われたシンジの顔。
 碇君…
 黒き月の上でのあの時の感情。
 レイにも分かっていた、それはシンジを求める、サードにも誰にも譲りたくないと言う自分自身のあさましさだと。
 碇君…
 わかっていても、逆らえない。
 手を伸ばす、シンジが微笑んでくれる、受け入れてくれる。
 でも、嘘。
 そう、それは嘘だった。
 あくまで幻想にすぎない。
 空しさに囚われる。
 碇君…
 レイの体が消えようとする。
 拒んだね?、僕を。
 違うわ、違う…
 だから君は君のままで居る、僕は僕に戻された。
 君さえ望めば、僕たちは一つでいられたのに…
 レイのエヴァンゲリオン化が解けかける。
 ダメ!
 レイは包んでくれていたシンジが居なくなる事を恐れた。
 レイをなしている白い肉体は、シンジの想いによって生まれた物だ。
 嫌!
 レイは泣き叫ぼうとした、そしてシンジに似た者が誘惑する。
 こちらへおいでよ?
 レイは泣きそうな顔をした。
 一つになろうよ?
 レイはシンジに向かって手を伸ばす。
 はう、あう、はぁ!
 赤子のような声が漏れてしまう。
 僕が君を幸せにしてあげる。
 僕が君を包んであげる。
 それはそれは、とても気持ちの良いことだから…
 その瞬間、レイの頭の中にエヴァの本能が逆流して来た。
 性欲、食欲、あらゆるレイ達に欠けている感情。
 生きるための行動原理。
 それはあまりにも野性的な物だった。
 絡み合う男女が見える。
 でも、それは違うと思うから…
 レイはエヴァに向かって微笑んだ。
 レイの魂が、そのエヴァへと乗り移る。
 パン!
 そしてレイであったエヴァンゲリオンは弾け飛び、魂のない人形に乗り移ったレイが生まれた。


 サードと対になるように、真正面にも同じ人影が現われる。
 ゆっくりと顔を上げ、開かれる瞳。
 セカンドだ。
「…まだ、生きてる」
 呟くセカンド。
 エヴァとなって、シンジの盾となったレイ。
 しかし彼女は、生かされていた。


 巨大なレイが、びくりと震えた。
 ピリピリと、先程レイの飛び込んでいった眉間に亀裂が走る。
 そこから三つめの瞳が現われた、しかし。
 ブシュウ!
 内側から破られた。
 ウォオオオオオ!
 咆哮を上げて出て来るエヴァンゲリオン・オリジナル。
 その手はトウジの両腕を片手でつかんでいる。
 ベキ!
 初めての戦いの時のように、手首を返すだけでへし折るシンジ。
(うおおお!)
 眼球のどろどろとした液体の中でもがき合う。
 トウジの目から閃光が放たれた。
 シンジは、いやエヴァは左の手を伸ばしながら受け止める。
(なんやと!?)
 焦げる事もいとわない。
(殺したな!、殺したんだ、レイを、僕を、みんなを!)
 シンジの中が、殺意一色に塗り変えられていく。
(僕の心を!)
 まさか!?
 ATフィールドを張ろうとさえしない、その光さえも力ずくでねじ込んで、シンジの手の平ははトウジを捉えた。
(くうっ!)
 腕を再成し、顔面をつかんで来たシンジの腕を、プログナイフで跳ね上げ斬り飛ばす。
(苦しいのは誰だって同じなんだ、悲しみだって同じなんだ、逃げてるのはトウジじゃないか!)
 しかしシンジは痛みを感じていないようだ。
(ハルカちゃんを言い訳にしてるのはトウジじゃないか!)
(うるさいわぁ!)
 トウジ自身にも泣きが入っていた。
(わしは、わしは!)
 トウジの意識が吹き出し始める。
 狂った父と壊れた母。
 そして生まれながらに反応を示さない妹。
(わしは!)
 涙と共にナイフを繰り出す。
 わしは!
 シンジの体を刻んでみる。
 わしは…
 しかし心の痛みは消えなかった。


「ガフの部屋が開かれる、みんなの心が消えていく?」
 マヤは王宮に戻っていた。
 その地下に、ある巨大なコンピューターを操っている。
 周りのシートには、人の服だけが残されていた。
 滴っている黄色い液体。
「これがレイを求めていた本当の理由なの?、こんな自己満足が…」
 マヤはかろうじて残っていたマトリエルを動かした。
 映し出されたのはシンジ達だ。
 うえ!
 その余りにも酷い惨劇に吐き気を催す。
 こんなことに荷担して…
 マヤはその吐き気を飲み下した。
 もし、あたしにできる事があるのなら…
 マヤの手がパネルを走る。
 呼び出される使徒生産工場。
 あたしの予想が正しいのなら、シンジ君!
 その手に背後から手が重なる。
 え!?
 マヤは驚いた。
 表示されるLOVEの文字。
「先輩!」
 驚き、振り返る。
 そこにリツコが居た。
「先輩、先輩、先輩☆」
 寂しかった!
 パン!
 そして皆と同じように、マヤも満たされて弾けてしまった。


 黒い縁に、赤い皿。
 二人は眼球を通して、エヴァの殺し合いを眺めていた。
「良いの?」
 セカンドは、膝枕をしてやっているサードに尋ねた。
「わたしには、もう何も無いもの…」
 その膝に顔を埋めるサード。
「そう思っているのは、あなた自身の心なのに…」
 セカンドは同じ自分の髪を撫でた。
「あなたは様々なものを与えられたはずよ?」
 体を起こすレイ。
「なにを?」
「絆を…」
 セカンドはサードを抱きしめる。
「そして今、色々なものを失おうとしている」
 悲しげにサードの耳元で呟く。
 目を閉ざすサード。
「彼は、どうしてここへ来たの?」
 サードに問う。
 しかしレイはその答えを口にできない。
「絆の、ために…」
 そして代わりにセカンドが答える。
 レイの体を抱きしめる。
 あなたに、わたしの心をわけてあげる…
 それは前だけを見て、何かを求めようとする心だった。
 なにものをも恐れない心、勇気。
 たあ、これなのね?
 レイは自分の抱いていた希望が、夢ではないと信じ始めた。


(ペンペーン!)
 アスカの声に引かれて、黒い生き物がレイの表皮を滑るように駆け昇る。
 翼を広げて、レイの巨大化していくスピードを一気に凌駕する。
(ミサト達を守って!)
 アスカの背後に2枚の巨大な光の翼が伸び広がった。
(あたしは、シンジを!)
 だが飛び立てなかった。
 がし!
 突如足首を捉まれた。
(なによ!)
 にぃっと白い歯を見せるエヴァ。
(まだ動くの!?)
 エヴァはのそのそと立ち上がった。



[BACK][TOP][NEXT]