レイは大切な宝玉を手に入れた。
 それは黒き宝珠であった。
 ゆっくりとそれを迎え入れる、宝物を扱うように両手で受け止め、お腹へといざなっていく。
 あ、はぁ…
 まるでエヴァのコアのように、みぞおちの辺りに埋め込んでいく。
 屈むように確認し、微笑むレイ。
 下を向いた拍子に、シンジ達はこぼれ落ちた。
(シンジィ!)
(トウジがぁ!)
 レイの血が涙の様に流れ、シンジ達と共に滴となって落ちていく。
 シンジの右手を封じ、トウジは余った左腕で首を締めた。
 が、はぁ…
 シンジの意識が途切れかける。
 エヴァの肉体がびくんと痙攣した。
「ワシの勝ちやぁ!」
 二人は重力に引かれ、大気圏へと長い長い落下降へ入っていった。


(シンジィ!)
 アスカはそんなシンジの元へ駆けつけようとしていた。
 さっきから聞こえる、悲鳴?、シンジが泣いてるのよ!
(お願い!、あたしを行かせてよぉ!)
 アスカの全身が光を放つ。
 ピシュンと無数の光が放たれた。


「これが罰か?、しかしいまさら罪を悔いるために懺悔はせんよ…」
 ゲンドウとミサトは最下層にして中心にある、ターミナルドグマの映像を眺めていた。
 そこは白い肉壁で埋まっている。
「ユイを求め、取り込んだか…」
 そこにいたはずのユイ達の姿はない。
 すべて取り込まれてしまっている。
「所長!、ペンペンが来ました」
「ああ、わたっているよ、葛城君…」
 ゲンドウは立ち上がり際に、ちらりとだけモニターを振り返った。
 女々しいな、わたしも…
 ゲンドウも、ユイの姿を探していた。


 僕は会いたかった、ただ会いたかったんだ、綾波に、もう一度…
 その想いに、ファーストは奇妙に顔を歪めて、怒りを湛えた。
「気持ち悪い…」
 憎悪をようやくあらわにする。
 それは少女が生まれて来た時より持ち続けてきた感情だった。


 ペンペンに乗り込み、離脱する二人。
 だがレイはそれを許さない。
 はう!
 両手を伸ばし、虫を捕まえるように捉えようとする。
「加速が追い付かない!?、このままでは捕まってしまうわ!」
 ミサトは悲鳴を上げた。
 ゲンドウはいつものように、今は膝の上に肘をついて手を組み合わせている。
 はぁ!
 絶頂時の声を上げるレイ。
「ダメか!」
 ほぞを噛むミサト。
「やはり、わたしか」
 ゲンドウは背後を見た。
 レイの悲しげな表情。
 左右のモニターは、迫り来る白い壁で埋まっている、そこはレイの手のひらだ。
 ユイ…
 ゲンドウはくいっと眼鏡を持ち上げた。
「葛城君、君は、本当に…」
「まだ諦めるのは早いみたいですよ?」
 ピシュンと閃光が通り過ぎた。
 何だ?
 それはレイの首筋をかすめて消えた。
 ロンギヌス砲?
 驚きと共に天を仰ぐゲンドウ。
 ミサトは頼もしげにそれを見つけた。
「ガギエル」
 遅いわよ!
 ミサトには分かっていた、それがもっとも親しく、そして頼りになる人達の乗る船である事を。
 レイはロンギヌス砲による揺さぶりによって、完全にペンペンを取り逃していた。


 ATフィールドが全ての人の形を崩していく。
 綾波にもう一度!
 シンジの元に!
 気分が悪くなり、吐き気がする。
「気持ちが悪い」
 レイは言う。
「それは君自身のせいさ」
 少女の前に、突如として少年の姿が浮かび上がった。
 カヲルは答える。
「君自身の心が、その存在を拒んでいる、好意を」
「好意?」
「好きって事さ…」
 少女は過激に反応した。
「そんな言葉はいらない!」
 不可視の刃がカヲルへ飛んだ。
 だがそれはカヲルの壁に赤い波紋を作っただけだ。
 レイは叫んだ。
 叫んでいた。
 最初に生み出されたコピー。
 体のあちこちをいじられ、触れて来た。
 腹を開けられ、内腑を、臓器を切り取られたこともある。
 レイは全てを憎んでいた。
「可哀想…」
 はっとして顔を上げる。
「愛されたいのね?」
 そこには二人のレイが居た。
「愛したいのに、それを受け取る人がいない…」
 セカンドとサードであった。
「愛してくれる人もいない、だから避ける」
「違う!」
「恐いのね?」
「違う!」
「求めているのね?、否定する事で、肯定を…」
 違う違う違う!
 激しく頭を振って否定する。
「認めたくないのね?」
「あなたはわたし達の一番欲しい、「愛」を持たされて産まれて来たと言うのに…」
 セカンドは勇気であり、サードは希望であった。
「さあ、行きましょう?」
「嫌!」
 ファーストは二人を嫌悪する。
 負から正へと変わった二人を嫌悪する。
「わたしの勇気を分けてあげる」
「わたしの希望を分けてあげる」
「「そして見つけて、愛を」」
「嫌、嫌、嫌ぁ!」
 後ずさる。
 だが伸びた二つの手が、しっかりと幼いレイの両腕を捕まえていた。
「勇気を持って、希望をつかんで」
「夢を見て、信じて、信じる勇気、希望と言う夢」
「そして捉まえて、愛を見つめて…」
 いやあああああああ!
 泣き叫ぶ。
 そして巨大なレイに、変化が起こった。


(ああああああ!)
 アスカは見えなくなるシンジに向かって泣き叫んでいた。
(こんちくしょう!)
 翼がバシュッと、枝のような刺の塊に変化する。
 末枝が飛び、枝がエヴァを縫い止めた。
(あんたはぁ!)
 アスカはレイをにらみ付けた。
 エヴァ達は化石のように色を無くす。
 相変わらず、恍惚としてしまっているレイ。
 それが余計に腹立たせる。
 さかっているようで気に食わない。
 赤い光がダンスをするように、レイの両の手のひらに集まり出している。
 球を作るように。
(この、バカぁ!)
 アスカは右腕を大きく振るった。
 振るわれたATフィールドの刃が、レイのお腹の上を走り、おへそから性器にかけてを裂いていく。
 走り行く黄金色の衝撃波。
 ぶしゃあ…
 開かれた子宮の羊水に混ざり、コアとなっていた黒い月がこぼれ落ちた。
(いい加減にしなさいよ!)
 アスカは光となって飛んだ、赤い閃光となって、レイの顔面を縦に真っ二つに切り裂き貫く。
(抱き合うことができるから、触れ合うことができるから!)
 集まっていた光達が、一点から吹き出すように飛び散った。
(他人を恐れる心があるから)
 それらは星を取り巻いて、一つの赤い環を作る。
(あたしは、シンジと一緒に居たいのよ!)
 シンジが好きなのよ、好きでいたいのよ、一つになりたいんじゃない、感じていたいのよ!
 巨大なレイは、うすら笑いを浮かべたままで、背後へ向かって倒れていった。


(あああああ!)
 レイの太股を通り過ぎ、トウジはシンジを叩き付けるように大地へと降り立った。
 ドガァン!
 大地が窪む。
 激震が走る。
 シンジは何とか反転して、四つんばいになって着地した。
 衝撃を膝で緩和するように降り立つトウジ。
(うわあああああ!)
 そのトウジにむかって、シンジは一気に駆け出した。
 ドガァン!
 角がトウジの肩口に刺さる。
 こいつ、再成できんのか!?
 シンジの力が弱くなっている。
 トウジは楽々シンジを取り押さえた。
(疲れとんのがわかるわ!、誰もお前なんかに期待しとらん、待ってるもんもおらへんわ!、それを一番ようわかっとんのはお前やろ!)
 夢で見た光景。
 学校が始まるからと去っていくアスカ。
 敵が居なくなったからと離れていくレイ。
(それでも僕は!)
 だからシンジは叫んでいた。
 動け、動け、動け、動いてよ!
 喉から絞り出すように叫んでいた。
 いま動かなきゃ、動いてくれなきゃなんにもならないんだ!
 連れ去られるレイの姿。
 レイを突き刺してしまったこの手。
 そしてアスカが悲しそうにしている。
(そんなのもう嫌なんだよ、だから!)
(そやけど、これでわしの勝ちやぁ!)
 トウジは両手で握ったナイフを、シンジの延髄へ振り下ろした。
 ザシュ!
 引き抜いたと同時に、シューッと鮮血が一気に吹き出す。
 がくんと力尽きるシンジ。
(終わりや…)
 トウジの声音に、悲哀が混ざる。
 動いてよ…
 ドクン!
(なんやと!?)
 勝ち誇り、気を抜いた瞬間、シンジの顔が持ち上がった。
 すでに意識はない。
 いやあるのかもしれない、目には確かに意思が込められている。
 異様なまでの輝き。
 ボコッと女性器のような割れ目が、みぞおちの辺りに現われた。
 その奥から現われるもの。
(コア!?)
 何で今頃!?
(うわああああああ!)
 シンジの激情が、一つになろうとしていた人々の甘えた感情を刻んでいく。
 再び人をATフィールドで切り離す。
 コアから赤い光が放たれた、シンジにはまだ、最後の62秒が残されていた。



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