その頃、成層圏より飛来する謎の物体があった。
「デフコン5発令!」
 ネルフにより開発された、地球初の宇宙専用戦闘艇が引き離される。
 それは何処か鳥にも似たフォルムを持つ巨獣で、真っ直ぐにシンジ達のいる第三新東京市を目指していた。


「もう!、こんな時にまで寝坊するなんて、あんた何考えてんのよ!」
 急いで学校への坂道を駆け昇る。
 キーンコーン!っとすでに本鈴が鳴っていた。
「アスカがミサトさんの車を嫌がったせいだろう!?」
「もう!、明日から夏休みだって言うのに!」
 三年生になった二人は、夏をあの研究所で過ごそうと決めていた。
「いい?、今日は学校が終わったら…」
「買い物に付き合えって言うんだろう?」
 わかってるよと駆け走る。
「で、おばさま達はどうしてるって?」
 走りながら尋ねるアスカ。
 シンジも惣流家の…、雰囲気的には葛城家の居候になっていた。
「ジオフロントの建設で忙しいみたい、十何年も研究所が埋まってた空間だからね?、あの形で安定してくれたのはいいんだけど、今の地球の技術力だけじゃ天井が落ちて来そうだからって…」
 黒き月のフィールドによって生まれた空間は、黒き月を失った後も、その形を保ってしまっていた。
 地中に出来あがったのは、巨大な球状空間だ。
 今はネルフと言う組織が統括管理している。
 ユイとゲンドウは、技術提供の為に出向いていた。
「役職がついたとか、就職口が見つかって良かったとか言ってたよ」
 校門を抜けて、一気に校舎へ入り込む。
 階段を上がり、教室への扉を開けた。
「すみませぇん、遅刻しましたぁ!」
「遅いわよ?」
 あれっと、アスカは戸惑った。
「どうしたの?、早く入ってよ」
 アスカを押しのけるシンジ。
 だが教室は空っぽだった。
 窓の外を、一機の飛行機が飛んでいくのが見えた。
 第三新東京市は、非常事態宣言の発令に伴い…
 そんな避難勧告が聞こえて来る。
 シンジはぐるりと見回して、そしてドキンと鼓動を跳ね上げた。
 その目が信じられないとばかりに見開かれる。
「まさか…」
 シンジがそう言った瞬間、席に着いていた少女が立ち上がり、シンジに向かって駆け出した。
「碇君!」
「綾波!?」
 シンジはすがりつくようなレイを抱き止める。
「な、なんで、どうして!?」
「まあ、色々とあってやな…」
「トウジまで!」
 ポリポリと頭を掻くトウジがいる。
 アスカも呆気に取られていた。
 にやにやと教卓に頬杖をついているミサト。
「あんた知ってたわね!?」
「驚かせてあげようと思ってたんじゃないのよん☆」
 その間にも、レイは押し倒すような勢いでシンジに体を預けていく。
「ちょっとあんた達離れなさいよぉ!」
 ムキーッと引きはがしにかかったが、頑固なレイは取れてくれない。
「碇君、碇君、碇君!」
「何であんたがここにいるのよ!」
「もちろん、碇君に会うためよ?」
「あんたシンジの妹みたいなもんでしょうが、離れなさいよぉ!」
 レイはキョトンと動きを止めた。
「何故?」
「何故って…、日本じゃ血縁者はそう言う事しちゃいけないことになってんのよ!」
「なら心配ないわ」
「なんですって!?」
 くすっと笑うレイ。
「わたしの体はエヴァと同じ物で作られているから」
 シンジを見る。
「碇君とは同じ魂から分かたれたというだけ…」
 雰囲気的にかなりヤバいと感じるアスカ。
「かー!、屁理屈こいてんじゃないわよ!、あんたも!」
 アスカはへらへらと笑っているトウジを指した。
「あんたもヒカリがどれだけ!」
「わあっとる!、後で謝りに行って来るがな、そやけどな?」
 トウジはシンジの前に頬を出した。
「トウジ?」
「シンジ、わしを殴ってくれ!」
 へ!?っとなるシンジ。
「そんな!?、できないよ!」
「わしの気がすまんのや!、わしは勝手な思い込みでお前を殺す所やった!」
「それならあたしが代わりに殴ってあげるわよ!」
 ガスッ!
 ガタガタガタン!
 アスカのパンチにトウジは机を巻き込んで転がった。
「いったぁ…、なにすんねん!」
「ふんだ!」
 ぐーで殴った拳が腫れていた。
「ほんまに手加減せんやっちゃのう…」
 トウジは頬をさすりながら立ち上がった。
「…でも、ほんとにどうして?」
「皇帝陛下のお守でな?、もともとフリーの傭兵やったから…、今はボディーガードとして雇われとる」
「そうなんだ…」
 シンジは言いにくそうに尋ねた。
「…ハルカちゃんは」
「帰ってきおった」
 ぱっと表情を明るくするシンジ。
「それじゃあ!」
「今は帝星でリハビリしとる、シンジ、悪かったな…」
 グシッ…
 シンジは鼻をすすり上げた。
「いいんだ、いいんだよ、トウジ…」
「碇君…」
 レイはシンジの首に腕を回したままで、わずかに体を離した。
 シンジはそんなレイの腰に手を当てて支える。
 胸元から微笑むレイ。
「それで、今日はどうして?」
「それは僕から説明するよ?」
「カヲル君!?」
 窓の外に、足を組んで酷くリラックスしているカヲルが浮かんでいた。
「やあ、久しぶりだね?、シンジ君」
 空中で腰掛けているような体勢を作っている。
「久しぶりって…、それに君は」
 おどおどと、カヲルの背中からシンジを見ている。
「ファーストチルドレンさ…、さ、レイ」
 カヲルはそっと押し出した。
 しかしシンジが恐いのか?、自ら前に出ようとはしない。
 ずいぶん、変わっちゃったんだな…
 シンジがクスッと笑うと、ファーストは安心したのか?、もじもじとしながら謝った。
「ごめんなさい…」
「なにがさ?」
「悪いこと、いっぱいしたから…」
 シンジは微笑みを作ると、サードから離れて両腕を広げてやった。
「おいでよ?」
 ぱあっと表情を輝かせるファースト。
 ジタバタともがくように空中を泳いで、シンジの胸に飛び込んだ。
 シンジのシャツをつかんで顔を押し当てる。
「泣かなくてもいいんだよ?」
 左腕一本でレイのお尻を支え、頭を撫でてやる。
「ありがとう…」
 ファーストはぺたっとシンジの頬に頬を合わせた。
 髪についているインターフェイスが、シンジに冷たい感触を与えてくる。
「それから、もう一人居るけどね?」
 苦笑して背後を見やるカヲル。
「もう一人って…、まさか!」
 シンジは慌てるように窓辺によった。
「やっぱり!」
 運動場にはでかでかと石灰で、「シンジ大好き☆」とハートマーク付きで落書きしているセカンドがいた。
「な、なんてことを…」
 頭を抱える。
「困った子ねぇ?、シンジ君はみんなのものなのに」
「って、何であんたが混ざるのよ!」
「いいじゃない、べっつにぃ」
 ミサトの言葉を聞いて、シンジは大切な事を思い出した。
「そ、そうだよみんな!、どうして?、せっかく人間になれたんじゃないか、本当の心を取り戻したんじゃないか、なのに!」
 それに答えたのはサードだった。
「わたし達はただ、心を与え合いたかっただけ…」
「与え…、なに?」
 ファーストがシンジの両頬を小さな手で挟み込む。
「恐かったの、とても恐かったの」
 ファーストはシンジを見上げてくり返した。
「恐い?」
「みんなに意地悪されたの、大好きだったのに意地悪されたの」
「だから彼女は憎悪したのさ」
 シンジはぎゅっと力を込めた。
「ファーストチルドレン、彼女は憎悪し、セカンドチルドレンたるレイは恐怖していた」
「どうしてさ?」
 その質問にはサードが答える。
「力を、使ったのよ」
 ガギエルを使い、ロンギヌス砲を撃ち出した。
 勇気を持って立ち上がる気力すらも根こそぎ奪われたのだ、その結果にくじかれて。
「そしてわたしは希望だったわ…」
 全ての。
「でも与えられたのは絶望…」
 ファースト、セカンドと大差無い実験結果に、落胆されてしまったのだ。
「でも、碇君が取り戻させてくれたの」
 ファーストとサードが、それぞれシンジに抱きついていく。
「ちょっと!、だからってシンジに!!」
「まあまあ、今はええやないか」
 トウジは間に割り込んだ。
 ムッとしながらシンジを指差すアスカ。
「…ふんだ!、後で覚えてなさいよ!」
「なんで僕に言うんだよ…」
 げんなりとしてしまう。
「乙女心って奴よ、大変ねぇシンちゃん?」
「からかわないでよ、もう!」
 みんなが軽く苦笑する。
「碇君がいたの、碇君が教えてくれたの、見てくれたの、わたしを…」
 サードはキュッと、胸元に手を組み合わせた。
「碇君に会いたいと思う心、碇君は追いかけて来てくれた、夢は願えば現実になる、碇君はわたしの夢を、願いを、希望にも答えてくれたた、叶えてくれたわ?、だから信じられるの…」
 切々とレイは語る。
「恐かったの、もう誰も好きになってくれないって」
 今度はファーストの番だった。
「だから痛みなんてない世界に行きたかったの、でも寂しいからみんなと行きたかったの…」
 でもシンジが教えてくれた。
「何もない世界じゃ優しくしてくれないの、優しいかどうかも分からないの、そんなの、嫌…」
 ぐっとそんなファーストを抱きしめる。
「温かいの…」
 喜ぶレイ。
「そしてセカンドは、誰かのために何かをしたいと言う君の心に打たれたのさ」
 セカンドの分はカヲルが答えた。
「それで、どうしてまた三人に?」
 シンジはその事にこだわっていた。
「嬉しくないの?」
 脅えるファースト。
「違う、嬉しいよ!、嬉しいさ!、もう一度会いたかったんだ、でも…」
 はにかむカヲル。
「君の言いたいことは分かっているさ」
「カヲル君…」
 シンジは少し恐くなった。
「彼女達の心には、それぞれの君が住み着いてしまったんだよ…」
「え?」
 予想だにしない言葉に戸惑ってしまう。
「笑っているシンジ君、微笑んでいるシンジ君、怒っているシンジ君…、どれも同じシンジ君だけど、どのシンジ君も違う君の姿なのさ…」
「それが?」
「まだ分からないのかい?」
 苦笑する。
「君に必要なのは鋭さだね?」
「鋭さ?」
「みな自分だけが知っている、自分だけのシンジ君に会いたくなったのさ…」
 カヲルは苦しんでいたレイの姿を思い返した。
「三つの心が求めていた、その答えは自らの中にあった、けれどどれも違う答えだった…」
「まさか!?」
 シンジはレイ達を順に見た。
「だから彼女達は唯一の方法を選択したのさ、その苦しみから逃れる唯一の方法をね?」
「それじゃあ、僕のせいで!」
「違うわ、碇君は悪くない…」
 ファーストの髪からインターフェイスを外すレイ。
「『ただ会いたかったの、碇君に、もう一度』」
 奇麗な微笑が浮かんでいる。
「さあ、行こうか?、シンジ君」
「え?」
 ふっと、世界が暗くなった。
「なんだ?、あ!?」
 空を巨大な白い物が埋めつくしていた。
 慌てて窓から身を乗り出す。
 ガギエル!?
 その船底であった。



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