ゴォオオオオオン…
轟音、次いで黒煙が上がった。
「爆発!?」
それほどは遠くない。
「近いで!」
即座にトウジが駆け出す。
「あ、ちょっと!」
「そこで待っとれ!」
なによもう!
「シンジ!」
「ごめん!」
シンジもトウジも、アスカのことなどお構いなしだ。
運動靴ならともかく、今の靴では着いていけない。
「あんたは行かないの?」
道路へ戻り、カヲルに尋ねる。
「荷物を見ていないとね?、ああ、アスカちゃん…」
「なに?」
歩いていこうとしたアスカを呼び止める。
「インターフェイスは持っているかい?」
アスカは急いで駆け出した。
「なんやこりゃ!?」
一キロほど道を戻った所で、何かにぶつかったまま炎上している車を見付けた。
「これ、ミサトさんのだ!」
「なんやと!?」
道の真ん中で何にぶつかったというのだろうか?
さらに路面には、何かが踏ん張った後がある。
ドォ!
何かが斜面を滑り落ちて来た。
「ミサトさん!?」
擦り傷だらけだ。
「あたた…、シンジくん!」
右腕を押さえながら立ち上がる。
運がいいわね、あたしも…
生き延びる確率がぐんと上がった。
「なにがおるんや?」
二人を庇うような位置に動く。
落石防止のための石垣に、ころころと小石が転がり落ちた。
「それがわからないのよ…」
シンジの肩を借りて立ち上がる。
「でも地球の生物じゃないわ?」
「やろな…」
額から汗がつたわり落ちる。
殺気…、ちゃうな、殺意か?
どちらにしても尋常ではない。
気が抜けん…、こんなんシンジ以来やで。
ガサガサガサッ!
何かが駆けおりて来る。
「来いや!」
だがフェイントがかけられた。
「なんやと!?」
途中でジャンプ、木の幹を蹴りさらに高く高く飛ぶ。
「この!?」
真上に周り込まれた。
あかん!
自由落下ではない、そいつは空中で『何か』を蹴った。
「トウジ!」
身構えるのも間に合わない。
「とう!」
しかし獣は真横から蹴り飛ばされていた。
スチャッと膝をついたのは赤い影。
「…はぁ、助かったで」
ピンと背筋を伸ばして、腕を偉そうに組んでいる。
「世の中悪がはびこれど、赤き血潮が黙して許さず!」
夏の陽射しに生える赤
「熱く燃えるはエヴァン・ザ・レッド!、正義と共にただいま参上!」
そうか、そうやって銀行強盗とかノシてたのか…
ついシンジは冷静に分析してしまった。
グ…、イン!
ゴム体のような反動の付けかたをして起き上がる獣。
「なによあいつ、趣味悪ぅ…」
つい一歩引いてしまう。
「そやけど似とるで…」
先日の怪獣に。
「まさか、戻って来たの!?」
ミサトに尋ねる、が、ミサトも分からないと言う風に首を振った。
「どう?、シンジ君…」
獣もシンジを意識している。
獣が動かないのはシンジが居るからだ。
「わかりません…、でも」
「でも?」
シンジは確信と共に呟いた。
「あれは使徒じゃない」
ダッ!
獣が動いた。
「この!」
アスカのATフィールドに激突、しかしそれも一瞬のこと。
「なんやと!?」
爪の一撃でATフィールドが引き裂かれる。
「アンチATフィールド!?」
ミサトが叫ぶ。
「違う、ATフィールドだ!」
両腕をクロスさせ、アスカは次に来る一撃に身構えた。
しかしその攻撃は来なかった。
獣は肘から先を失い、驚くように飛びのいたのだ。
「はぁ…」
「油断は禁物だよ?」
「悪かったわね!」
真上を見る、事も無げに浮かんでいる少年、カヲル。
グルルルル…
獣の両肘から、ボタボタと血が垂れている。
しかし怯んだ様子は無い。
「あんたも手伝いなさいよ!」
「あいにくと僕のインターフェイスにはエヴァテクターモードがなくってね?」
再び向き直った時には、もう獣の腕は治っていた。
「…とんでもないわね?」
グル…
喉が鳴った。
全身の毛が逆立つ。
「なに?」
ダッ!
「あ、こら!」
四つ足で山の中へと駆け上がっていく。
「待ちなさい!」
「だめだ!」
シンジの叫びに足を止める。
「なんでよ!」
シンジは驚愕するようにその山を見上げていた。
「こんなことって…」
山が一つ、動き始めた。
非常警報が鳴り響く。
「やはり来たな?」
「ああ…」
ネルフ発令所、司令席。
「無駄な事を…」
ゲンドウと冬月が正面の巨大モニターを見つめている。
その中で、山がグネグネと動いていた。
グォン…
まず山が起き上がった。
次に形が崩れ、獣の姿に変化する。
「物質変換!?、どうなってんのよ、リツコ!」
携帯で呼び出すミサト。
一人で走れないため、シンジに肩を借りて逃げ出している。
『信じられないわね?、エヴァですら無機物は装甲として取り込んでいるだけなのに…』
あるいは武器として次元の位相をずらしている。
しかしそれらは全て、「エヴァ」と同調するよう特別に調整された物質達だ。
『無機物を有機物に組織変化させている…』
「そんなことはいいのよ、対処法は!」
リツコはミサトの言葉をきっかけとして独り言を呟いていただけだった。
『あなた…、まだそんな所に居たの?』
「なっ!?」
思わず携帯を握り潰しかける。
『パターンは青、あれも使徒よ?』
「使徒にあんな真似ができるわけ!?」
『できないわね?』
「どういうことよ!」
真上から答えが降ってきた。
「あれには魂がある…」
カヲルは後ろ向きのままで飛んでいた。
グルォオオオオーン…
山一つ向こうで獣が起き上がった。
それを見、サードは秀麗な顔を嫌悪感に歪める。
「つまらない子…」
セカンドは脅える様になにかを探していた。
その顔がようやく華開くように明るさを湛える。
「碇君!」
二人の元へ駆け寄り、シンジはミサトを座らせた。
「あれは一体なんなの!」
ミサトのわめきは続いている。
『わからないわ…』
「わからないって」
『今のところ使徒に酷似したエヴァでない物…、としか言えないわね?』
シンジはミサトの電話を奪うように割り込んだ。
「ならコアがありますよね?」
『そうね?、おそらくはコアが物質を吸着させてる』
ならなんとかなるかも!
アスカとトウジがエヴァンゲリオンへと巨大化し、対峙する。
その巨大な姿を見上げながら一応尋ねておく。
「アスカ達には…」
『この通信は回しているわ?』
ダン!
赤は巨石を小石のように蹴り上げ、真正面から獣に挑んだ。
おおお…
何処かで呻く者が居る。
質量の増大?、変換か?
いや、多次元に格納、あるいは収納していた物質を呼び戻したのだ。
それがエヴァンゲリオンか?
これもエヴァンゲリオンだ…
声は一つ、だが役は二つ。
まずは黒と赤…
我らの望みがそこにある…
約束の時は近い…、だが今しばらく、奴等の力、見せてもらおう。
彼らの思念は突然に消えた。