マナとの特訓はゲンドウからの指示だった。
「いいのか、碇?」
「ああ、彼女はプロだからな?」
マナが着ているのはオレンジ色のプラグスーツだ。
その前ではシンジがへたばりしゃがみ込んでいた。
「なんやだらしないのぉ」
いつものジャージ、その後ろではカヲルが困ったように笑っている。
「シンジ君、力はどうしたんだい?」
「力って?」
「忘れたのかい?、君はトウジ君との戦いで、生身のままでエヴァテクターに拮抗したじゃないか」
「えええええー!?」
驚くアスカ。
「あんたそんな真似が出来るわけ!?」
「あ、うん…」
「そ、それじゃあ学校の体育って…」
「ああ、面倒臭い時には、ちょっとね」
ずるい!
と思ったが同時に羨ましくもなってしまう。
「ATフィールドを使えば無敵に近い力を得られるわ」
「まあレイの言う通りなんだけど…」
「でもシンジ君がそんな力を使う必要は無いもの」
「どうしてさ?」
「わたしがまも「ちっ!、そんな事ならシンジに鞄持ちやらせるんだったわ!」……」
「なんだよそれ、鞄ぐらい自分で持ってよ」
「嫌よ腕が太くなっちゃうじゃない」
「あ、そう言えばバッグを持たせるバカ女っているよね?、シンちゃん」
「それを持ったるんが男やっちゅう阿呆もおるなぁ?」
取り残されたレイの後頭部が怒っている。
敵ね…
ぴぴくぅ!っと、シンジはまたも受信した。
きょときょとと発信元を探してしまう。
「こらシンジ、聞いてるの!?」
「あ、うん…」
「力はそないなことに使うもんやあらへん!」
「良いじゃないちょっとぐらい!」
「アスカちゃんは自分のために使ってもらいたいんだね?」
「贅沢ぅ!、ねぇねぇ?、あたしには使えないの?」
「霧島みたいなぺちゃぱいには使えないわよ」
「胸は関係無いでしょう!?、このでっちり!」
「でっちりって何や?」
「お尻が大きいって事じゃないのかい?」
バキ!
カヲルの顔にアオタン発生。
「エヴァンゲリオンは誰もが出会う福音だからね?、素質や素養、遺伝は特に関係しないさ」
「じゃああたしにもチャンスはあるって事?」
「チャンスってなんや?」
「あ、はは!、こっちのこと!」
「使えるかどうかなら…、そうだね?、ただそれを引き出す方法は誰にも分からないけど」
なんだぁっとがっかりする。
「そやけど、そのためのインターフェイスやろ?」
「マナはそのままでも強いんだから良いと思うけど…」
「シンちゃん、それ誉め言葉になってない」
「そ、そうなの?」
「バカねぇ、女の子が強いなんて言われて嬉しいわけないじゃない」
「そっか…」
「シンジて惣流には余計なこと言わんのになぁ?」
「恐いからじゃないのかい?」
ポンッと手を打つ。
「なるほど」
「うっさい!」
一瞬で壁にめり込み、トウジはオブジェと化して沈黙した。
「すっごぉい…」
「エヴァ抜きでこれだからね?、シンジ君に力が使えてちょうどいいんじゃないのかい?」
「あはははは、そうかもしれない」
猿女にはもったいないわ。
ババッとシンジは振り返る。
そっぽを向いているレイが居る。
「シンジ君、どうしたんだい?」
くくっと笑いを漏らすカヲル。
「ん、いやぁ、さっきから…、おかしいなぁ」
「気のせいだよ、それよりシンジ君はエヴァンゲリオン・オリジナルの力を十分に引き出すほうがいいんじゃないのかい?」
「力?」
「ATフィールドのことじゃないよ、例えば装備とか」
「あ、それなら…」
「違うよ、レーと一つにならなければ変身できない君は、エヴァテクターをまとう事が出来ない」
「そのために?」
急に気がつく。
「生身で力が使えるのなら、武器も取り出す事が出来るはずだよ、それに」
「それに?」
「服もね?、それでプラグスーツを着なくてすむようになる」
「そうなの!?」
これに反応したのはアスカだった。
「ずるい!、あたしだって結構服消えちゃって悲しい目にあってるのに!」
「本当に消えたわけじゃないさ…、身に付けていたものは全てエヴァンゲリオンを構成するための物質として取り込まれている」
「じゃあ取り戻せるの?」
「力を維持できればね?、僕の学生服もそうやって呼び出している」
「そうなんだ?」
「ちなみにこれはシンジ君の制服だよ」
「「え!?」」
「ちょうど取り込まれていたから使わせてもらってる」
「そうだったんだ…」
「ねえねえ…」
取り残された感のあったマナがむくれる。
「さっきから聞いてれば…、そんなにプラグスーツが嫌なのぉ?」
「え?、あ、だってさ…」
「一々着替えるのが面倒なのよ!、それに素っ裸でいるのと感じ変わらないし…」
「エヴァに取り込まれない素材で作ったんだもん、仕方が無いでしょ?」
「って、知ってるの?、霧島さん…」
「うん、だってこれあたしがモデルになってデザインしたんだもん」
「「ええーー!?」」
照れながらも無い胸を張る。
「それで君は良く似合うんだね?」
「ありがと☆、そう言ってくれるのが渚くんだけなのは気に食わないけど」
「満足させてあげられなくて悪いと思うよ?、素材の話だけどエヴァンゲリオンはあくまで肉体の延長だからね?、五感が閉ざされていると思った様に体を動かせなくなってしまうのさ」
「そうなんだ…」
「そうそう、そのせいで試作品とか酷かったんだから」
「え?」
「プシュッとエアーを抜き密着させると」
胸、胸!
「変に入って押し潰されたり…」
いたたたたた!
非常に大事な部分のなにかが挟まって引っ張られたり。
「ま、問題は男の子の方だったんだけどねぇ…」
想像してぞっとする。
「あいたー!」
股間を押さえて悶絶する少年の図。
収まりが今ひとつ悪かったらしいのだが…
「バランスを取ろうとして、今度はタヌキみたいにそこだけ膨らんでたりねぇ…」
「ははは…」
笑えない。
「薄過ぎて中見えたりとか、調整大変だったんだから!」
「か、感謝します」
「うん!、じゃあ今度デートしましょうね!」
「どうしてそうなるのよ!」
滅殺!
やっぱり何か声が聞こえる!?
シンジは気になってしようが無かった。
とりあえず練習が続行された。
マナの習得していたマーシャルアーツを基本にシンジのデータが収拾される。
「シンジ君のATフィールド、2ヨクトで発生しています」
シンジ達は知らない事だが、訓練室の様子は本部にある研究室でモニターされていた。
マヤがデータを集め、それをリツコが解析している。
「この程度でATフィールドを使うなんてね?」
「ちゃんとした訓練を受けていれば違うんじゃないですか?」
リツコは深く溜め息を吐く。
「エヴァに頼っている事が問題なのよ、エヴァに個性や感情は無いの、エヴァに求めれば求めただけの力が得られるわ?」
「暴走、ですか?」
以前のデータを表示する。
そこには暴走するオリジナル、ケンスケの様子が映っていた。
「シンジ君はおよそエヴァによって辿り着ける生物の頂点に立っているわ?」
「じゃあ訓練って…」
「逆に不必要な力を出さないためのものなのよ」
足を組んでコーヒーをすする。
その手は膝の上の何かを撫でている。
「先輩…」
「なに?」
物欲しそうなマヤ。
「そんなにその子が気に入ったんですか?」
にゃあっと膝の上の子猫が泣いた、白に黒の縞模様だ。
「そうね…、どうしたの?、急に」
「いえ、なんでも…」
ちらちらともの欲しそうに猫を見ている。
ふうっとリツコはため息をついた。
「マヤ?」
「はい」
「あなたには感謝しているわ?」
「先輩?」
「あんたのおかげで最悪の事態は免れたもの…、そして今はここに居る」
「本星に…、戻るつもりは」
「今は無いわね?」
「そうですか」
特に残念がっているわけでも無い。
「この星はいいわ…」
「どういう所がですか?」
「そうね?、例えば…」
子猫の耳の裏を、首筋へかけて掻いていく。
「例えばこの子ね?、見て、可愛いでしょう?」
「はい」
実はマヤも遊びたいのだ、うずうずしている。
「この星は命に溢れてるわ、誰かに手を加えられたわけじゃない、とても自然な命でね?」
「自然な…」
「あの星が取り戻すのは遥かな先のこと…」
「あたしも、ですか?」
「マヤ?」
「あたしも…、使徒の身体で作られています」
「そうね?」
「先輩!?」
自分で言ったことながら傷ついてしまう。
「でも大切なのは、それが誰の命なのかと言う事よ」
「それは…、そうですけど」
「使徒の身体を幾つ用意しても、生まれる命は一つだもの…、ユイ様がそう、魂をコピーしようとして、結局は分裂を招いただけだったわ」
「はい」
「身体がエヴァと同じ人造のものでも、それはいつか自然に溶け合う、幾万年かかってもね?」
「その頃には、死んじゃってますよ…」
「なら考えない事ね?、少なくともあなたは人を愛して、子供を作って、歳老いて死んでいくことができるんだから…」
「子供…、ですか?」
「そうよ?、好きな人ぐらい、いるんでしょう?」
「あ、はい…」
ちょっと視線が熱くなる。
え?
リツコは大粒の汗をタラリと流した。
「ちょっと子供は無理かもしれませんけど…」
「あ、そう…、さてと!、さっさと仕事を片付ないとね!」
「せんぱぁい…」
寂しそうにするマヤ。
猫と遊びたいのか、猫と代わりたいのか?、実に微妙な所であった。