プラグスーツが発汗を適度に押さえてくれるとはいえ、額の汗はどうしようもないし、垢は新陳代謝によって生み出されるてしまう。
そういうわけで、シンジはシャワーを浴びている。
そして一足先にシャワーを浴びたマナは、みんなと共にリビングでゆっくりとくつろいでいた。
「はい、お茶」
「ありがと☆」
ちなみに用意したのはヒカリである。
この女…
アスカはじっとマナを見ていた。
面白くないを通り越して不愉快だ。
レイも同じように睨んでいる。
あたしの知らないシンジを知ってる。
それだけで胸がむかつくほど気に食わない。
「アスカ、なに怒ってるの?」
「なんでもないわよ!」
「そう?」
「委員長、近付かん方がええて」
「そうなの?」
「ふふ…、ライバル出現、手強そうだね?」
シュンッと飛んだコースターを紙一重でかわす。
「アスカ!」
「なによ、そいつが悪いんじゃない!」
くすくすっと失笑がこぼされた。
「な、何笑ってんのよ!?」
「ううん、惣流さんって、学校と違って可愛いんだなって☆」
「なんですってぇ!」
まあまあっと適当になだめる。
「まあ、惣流さんになら碇君を取られちゃっても仕方無いかな?」
「あんた良い奴ね!」
隅で妬ましそうな視線が生まれる、もちろんレイだ。
「所詮あたしは命令に従う女…、大好きだった碇君の警護、それがあたしに与えられた任務、でもいいの、信じてもらえなくてもいいの!、スパイだったと想われても構わない!、だってこれからはオフィシャルにもっとずっと側にいられるんだもん!」
「そういうのは、口に出さない方が良いんじゃないのかい?」
やっぱし?、っと舌を出す。
「でも好きなのはホント!、命令ってのは嘘、おじさんに碇君ってどんな子か見て来てくれって頼まれたの」
「理由は知っていたのかい?」
「全然?、でも口実は利用しなきゃ!」
言いながら照れているのか頬が赤い。
「あ、委員長ジュース…、どうしたの?」
風呂上がりのジュースを貰おうとしたのだが、シンジは睨み付けられて固まった。
「シンジぃ…」
「な、なに?」
「ちょおっと詳しく聞かせてもらいたいことがあるんですけど?」
「なんだよ?、変だよ?」
んふふぅっと笑っているマナが居る。
「あーーー!、また変な事バラしたなぁ!?」
「レイ、連れて来て!」
「わかったわ」
「霧島さん!」
「あ、あたし用事でちょっと出かけて来るから」
「そんなっ、酷いや!」
「じゃあねぇん、生きてたらまた」
「霧島さん!」
「あんたはこっちよ!」
「その通りね?」
「いててててて!」
嫉妬全開、指先に思いっきり力を込めて、レイはシンジの耳を引っ張った。
これは…、夢?
あの時の、夢…
(碇くん…)
目の前の使徒、『エヴァ』がレイを求めて迫って来る。
違う。
あ、はぁ…
深層で求めていたものがそこにある。
全てがそこに揃っている。
違う…、あれはエヴァじゃない、わたしの心…
碇君の元へと飛び立ちたい、わたし自身の心…
綱引きのような感じがする。
わたし自身が、わたしを犯す…
臆病なわたし。
欲望を発するわたし。
どちらが本当のわたしなの?
強い想いで白いエヴァを侵食しかえす。
誰か教えて…
教えて、碇君…
白いエヴァの向こうに誰かが見える。
うわああああああ!
碇君!
それは自分の知っているシンジではない。
殺意に取り付かれる寸前の壊れかけた心。
だめっ、碇君!
心が目に見えない形を保ったまま、もう一体のエヴァへと乗り移る。
セカンドにエヴァを呼び出すほどの力は無い。
シンジの変身した形をとどめていたように、維持することが精一杯なのだ。
力を…
どんなに嫌な面でも、それも想いだ。
力が…
そこにあるのも、レイの心なのだから。
力に…
取り込む、欲望を。
いや、認識する事で補完していく、欠けた心を、自覚できなかった想いを。
魂からの叫びを上げ、白き巨人の元へと大きく羽ばたく。
これが心?
わたしの、心。
碇君に包まれたいと思う、わたしの心…
違う…
わたしは知ったから…
包まれる事が、とても心地が良いと知ったから…
『…僕のことを、信じてよ』
それは言葉。
碇君のくれた言葉…
だから!
碇君!
飛ぶの、消してはいけないから。
だから守るの、守りたいの…
失いたくないの…、碇君を。
だからこそシンジのために命をかけた。
先に自分が死を迎えた。
死んだと思ったはずだった。
「はっ!」
鋭く息を吐き、目を覚ます。
呼吸も忘れるほど、セカンドは身体を硬直させていた。
その額の熱を、ひんやりとした手が取り払う。
「どうしたの?」
覗きこんで来たのはユイだった。
レイに良く似た顔立ちの女性。
「随分うなされていたわよ?、レーちゃん…」
小さく首を振るセカンド。
「なんでも…、ありません」
「そう?」
ユイは微笑んでから、掻き上げてあげるように前髪を払いのけた。
眠っていたの?
されるがままに任せるレー。
応接間だ、滅多に使用されないので静かに本を読んでいたはずだった。
本はソファーの下に転がっている。
碇ユイ…
膝枕をしてくれている人に呟いてしまう。
「おかあ…、さん?」
ふいに言葉がついて出た。
「なぁに?」
ユイは微笑みと共に受け入れる。
「碇くんは…」
くすっとした笑みがこぼれた。
「心配?」
小さく首を振るレー。
ユイの太股を髪がくすぐる。
レーはスカートの正しながら足を下した。
緩慢な動きで身を起こす。
「行くの?」
まだ少し寝ぼけているように見える。
「シンジの側が、一番良い?」
その頭を抱き込むユイ。
「違うの?」
「一番は…、碇君」
頬を染めて呟く。
「…可愛い、レーちゃん!」
精一杯の力で抱きしめる。
レーは息苦しさに少しもがいた。
「みんな何やってんだよぅ」
涙目で必死に訴える。
「何って、なぁ?」
「そうだねぇ」
冷めた調子で箸を運ぶトウジとカヲル。
「なんだよぅ、友達じゃないかぁ…」
シンジはシクシクと涙する。
急にすいっと、箸が横合いから突き出された。
そこには魚の煮付けがつままれている。
…じっくりと見る。
じっとりと見る。
確認する。
「シンジ君…」
焦れて急かしが入れられた。
逃げちゃダメだ!
つっつっと小刻みに突き出されるそれをパクッと咥える。
「おいしい?」
赤い瞳に覗きこまれる。
「次は?」
頬を染めて答えを待つレイ。
答えなくちゃいけないのかなぁ?
空気がピリピリとしているのは、多分にアスカの睨みが効かされているためだろう。
「ねえお願いだよ、みんなで一緒に食べようよぉ!」
シンジはもう一度泣いてみた。
アスカ、レイを除いたみんなは、一層距離を置くように席を離す。
特に積極的だったのは、おさんどんをしているヒカリであった。
「こういう時、長い机って便利よね?」
かなり冷めた様子である。
「そやなぁ…、巻き添えはごめんやし」
トウジは魚と一緒にご飯を頬張る。
「まあその意見には同感だね?」
「カヲル君まで…、そんなぁ」
すがるような声で泣く。
「このご飯をちゃんと味あわないのは罪そのものだよ」
厚焼き卵を目の高さに持ち上げ、じっくりとその黄金色を堪能する。
「本当に美味しいからね?、洞木さんは誰に料理を習ったんだい?」
「誰って…、別に習ったわけじゃないけど…」
照れながらカヲルが差し出す茶碗を受け取る。
「そうなのかい?」
「うん…、うちお母さんいないから」
言い辛そうに答えるヒカリ。
「そう、なら君自身の素質と言う事か」
「そんな大袈裟な…」
カヲルの視線に、ヒカリは明らかに動揺している。
「謙遜は美徳に通じないよ、美味しいと言う賛美は心からのものだからね?」
「そう?」
「でなければ、君は美味しくないものを作っているのかい?」
「そんな!」
「なら素直に受けて欲しい…、君の料理の腕は好意に値するよ」
「好意?」
「好みって事さ」
カヲルの笑みに、ヒカリがボッと赤くなる。
「そ、そんな…、それじゃまるで…」
まるでなに?
プロポーズ?
いやんいやんと赤くなる。
「でも本当に言ってもらいたいのは誰にかしら?」
興味津々で混ざるユイ。
三人はさり気なく視線を向ける。
しかし当人は無頓着にがっついていた。
「はぁ…」
「苦労するようだね?、君は…」
カヲルは微笑みをレーへと向ける。
黙々と食を進め、レーはおかわりまでも要求していた。
「いいのかい?、レー」
ん?っと小首を傾げるレー。
「シンちゃんの側に行かなくてもいいのかって」
ユイのからかうような言葉に、レーは考えあぐねたて言葉に迷った。
「行きたくないのかい?」
首を振る。
「こっちが、いい…」
楽しいから。
恥ずかしがりながらもちゃんと答える。
「でも、シンちゃんにあまり構ってもらってないじゃない?」
でも、あ、そっかっと、ユイは間髪おかずに先を続けた。
「シンジと一杯キスしてるものね?」
ギシッと空気が凍り付いた。