「もう始まってるの!?」
山道の途中で空を見上げる。
黒い物体がぶつかり合って落ちていった。
「碇君!」
セカンドがケンスケを追い抜き下りて来る。
「良かった、みんな無事なんだね?」
シンジはケンスケからレイを受け取った。
「ひぃ、はぁ…、それより、トウジが!」
「わかってる」
レーと共に気配を追う。
「追い込んでるね?」
「今…、リツコ博士がレリエルの準備に入ったから…」
エンジェリック空間に閉じ込めるのか…
被害を広げないためである。
「トウジなら一人でも大丈夫だと思うけど…」
ゴン!っと、後頭部に踵が決まった。
「いったぁ…、何すんだよ!?」
「なに甘いこと言ってんの!」
「う…」
「あんた一応リーダーでしょうが!、リーダーがそんな消極的でどうすんの!」
どうするって…
ちょっと困る。
「だぁ!、リーダーは何も考えずに熱く、強く!、突っ走ってりゃそれで良いのよ!」
まさにアスカ向きな職業であろう。
「そんな無茶なぁ…」
とほほほほっと意見を仰ぐ。
「レーはどう思う?」
「…ごめんなさい」
実にすまなさげに、うつむいてしまう。
「でも、守りたい…」
レー?
「でも、わたし一人じゃ守れない…」
キラリと目の端に涙が光る。
ほらみなさいよっと、アスカはシンジの頭を小突き回した。
「燃えるレッドは勝利のシンボル!、やっぱあたしが頑張んなきゃいけないみたいね?」
いそいそと髪にインターフェースを取り付ける。
「ギャラリーがいつもの面子なのには不満があるけど…」
それでもきっちりとポーズは取った。
ついでに「ん〜、あ〜」と発声練習も忘れない。
「フィードバック!」
右腕を突き出す、左腕は正面に上げてから直角に曲げ、右腕をつかんだ。
「神経接続!」
足は肩幅に広げ、右腕を上下ひっくり返す。
そのまま肘の部分を曲げるように真上へ伸ばした。
「シンクロ変身、エヴァテクター!」
そしてその手のひらを空へと広げる。
直後、赤い光が爆発的に溢れだした。
「世の中悪がはびこれど、赤き血潮が黙して許さず!」
続いて調子よく口上を述べようとしたのだが…
「あ…」
シンジの呟き、トウジが吹っ飛び、アスカへ真っ直ぐ飛んで来た。
ギチギチギチギチ!
耳につく異音が耳朶を打った。
「巨大化したの!?」
土砂が吹き上がり爆発している。
その中心に黒い光沢を放つ何かが姿を見せた。
ガガン、ガン!
降って来た木々や瓦礫は、金色の光に弾れた。
レイちゃん?
違う、カヲルだった。
シンジ達の真横の木の枝に腰かけている。
「詰めが甘いからね?、トウジ君は…」
「うるさいわ!」
寝っ転がったまま腕をブンブン振り回す。
「カッコをつけるなら、最後まで決めたらどうなんだい?」
「やかましいっちゅうとんねん!」
「シンジ君!」
すたっとオレンジ色のエヴァテクターも駆けつけた。
「怪我は?」
「大丈夫、それよりレイちゃんを守ってあげて!」
瞬間、憮然と黙り込むサード。
「レー…」
「うん?」
「いける?」
シンジは意識的にサードを無視した。
「…碇君が、望んでくれるのなら」
何故かぽっと頬を染める。
だがその瞳は真剣だ。
「もちろんだよ!」
レーの両手をギュッと握る。
「…僕の方こそ、ごめんね?、一人じゃ何にもできないから」
レーは何度も首を振った。
「…碇君と戦う事を望んだのは、わたしだから」
レー…
真っ赤になりながらも喜ぶシンジと、頬を桜色に染めながらうつむくレー。
「シ〜ンジぃ…」
はっ!
足元から来るぞくぞくっとした殺気にシンジは焦った。
「アホが、どこでも雰囲気出しとるからやで…」
「あんたもさっさと、どきなさいよぉ!」
トウジの下でもがくアスカ。
おしおき…
サードは危険な空気を身にまとう。
妙なプレッシャーを発するファースト。
れ、レイちゃんまで、そんな!?
冷たい視線が集中する。
冷や汗をかくシンジの唇に、やや強引な感触が押し付けられた。
自分の体を抱き込むシンジ。
この一瞬だけシンジとレーの立場が逆転する。
レーはシンジを包み込む。
レー…
シンジの体に腕が回される。
シンジは勇気を与えてくれる、シンジが居ると強くなれる。
希望、未来をシンジ中心に夢見ているサードと違い、セカンドはシンジが生み出すその場の雰囲気が好きだった。
みんなが…、優しくなれるから。
カヲル、トウジ、ヒカリ…
気付かれないよう、いつも笑みを確認している。
強くなれるのは、居場所があるから。
その居場所を提供してくれるのがシンジなのだ。
だから守るの。
シンジを。
だから守るの。
絆を。
自分と、世界とを繋いでくれる…
絆を。
そのためならば勇気が持てる。
シンジはただ居てくれさえすればそれで良い。
わたしが、守るから。
シンジの中にレーが溶け込む。
だから心を、解放して。
シンジは誘われるままに心を放った。
シンジの心が肉体を越えて巨大化する。
ATフィールドが形を整え、高次元へ収納していた物質から再構成を開始した。
素体が生まれ、装甲が覆う。
この間わずか一秒にも満たない時間である。
紫色の巨人が斜面を踏んだ。
昆虫の長大なあぎとが反応を示した。
(なんだ?)
奇妙な感じにたたらを踏む。
(この感じ…、まただ)
この間の敵に似ている。
しかしもっとあやふやで、何かがとても弱く感じる。
(リツコさん、聞こえていますか?)
通信を開く。
すぐさま返事は返って来た。
(聞こえているわ、手を出さなかったのは懸命な判断ね?、誉めてあげるわ)
通信のついでにエヴァを通じた情報も送る。
(リツコ答えて!、あれもなの?)
ミサトの横槍、聞いているのは前回と照らし合わせての情報だ。
(半分当たりってところね?)
(半分?、半分って何よ!)
(魂はなにも人にだけあるものじゃないって事よ…)
どういう事!?
ミサトに焦りが感じられる。
(だからファーストは手を出さなかった)
あれも使徒の可能性ってことか…
会話から適当に当たりを付ける。
巨大な甲虫からは、ぎちぎちと殻の擦れ合う耳障りな音が立っていた。
(とにかくシンジ君は倒す事だけを考えて)
リツコの指示に小さく頷く。
(余計な事は考えないで、捕まえよう、確かめようとしないで、きっと見てるから)
(見てるって、誰がよ?)
(ばかね?、エヴァのことが知りたい、誰かがよ…)
この間のことが思い出される。
嘲笑し、去っていった障気の渦。
これも敵の使者ってわけか…
シンジは静かにナイフを抜いた。
グオオオオオーン!
獣が吠えた。
地を蹴るシンジ、その足元で見上げているアスカ達。
ハサミが大きく開いた。
シンジはハサミが閉じられるよりも早く滑り込む。
(うわああああああ!)
ガキィン!
左のハサミを斬り飛ばし、そのまま角を受け止める。
ギィイイイイイイイイイ!
角が伸びた、プログナイフのの上を滑り、シンジの喉元に狙いを定める。
ブシュ!
間一髪、半身を引いてシンジは肩口で受けとめた。
赤い鮮血が流れ出る。
(このぉ!)
シンジは無事な右手をナイフごと口の奥へと突き入れた。
ボキィ!
骨の折れる異音が響いた。
グォオオオオオン!
悲鳴を上げるエヴァンゲリオン、その右腕がひしゃげている。
「シンジぃ!」
「シンジ君!」
二人の女の子の声が聞こえた。
ダメだ!
青い部屋。
赤い髪。
起きない少女。
漠然とした不安。
くり返してはいけない恐怖。
カッ!
エヴァの眼前で光が生まれた。
ゴォン!
甲羅の前面で爆発が起こる。
虫の兜が割れ、中のどろどろとした物が流れ出す。
エヴァンゲリオンの瞳がギラギラと狂暴な光を湛え出した。
肩を貫かれたままの腕で、その角をつかみ体重をかける。
ボキン!
角は軽い音を立てて簡単にもげた。
ブォン!
右手で角を引き抜き高々と掲げる。
ドシュッ!
首もと、頭と腹の継ぎ目から突き入れる。
その奥にあるコアを簡単に貫きとおす。
ギキィイイイイイイ!
バタバタと節足を動かしてもがく甲虫。
だがエヴァンゲリオンの重量が掛けられた角は、地面により縫い止めるべく沈み込んでいく。
グル…
額部からわずかに怪訝そうな声が漏れた。
直後、エヴァの不安通りまたしても障気が吹き出してきた。
バッ!
エヴァの眼前で無形の少女が両手を広げた。
短い髪、白く光り輝く肢体。
シンジへ飛びかかった黒い霧が霧散する。
フォオオオオオ…
シンジはそのまま膝をついた。
「シンジぃ!」
エヴァの影になっていたため、誰も少女には気がつかなかった。
黒き闇の世界に、またしても二つの声が轟き響く。
エヴァンゲリオン・オリジナル。
やはり触れる事も叶わんか…
あの女。
何者だ。
エヴァを感じる。
福音をもたらす者。
やがて来る時のために。
その名を求めよう。
「ちょっと鈴原、手伝いなさいよ!」
「そんなん男のすることやあらへん!」
「何ですってぇ!?」
「ひっどーい!」
「男は女を守るためにおるんや、それが男の優しさっちゅうもんや!」
「「えっ!?」」
「って、なんでアスカまでドキッとするのよ!」
「え?、あ、つい…」
「そやから、な?、わしが守ったるさかいに」
「うん…」
「ほな、家のことは頼んだで?」
「うん…、え!?」
「ほななー!」
「ああーーーー!」
「逃げられた…」
そんな騒ぎが遠くから聞こえる。
シンジはゆっくりと瞼を開いた。
部屋は暗く、星明かりだけが頼りだった。
「ん…」
身じろぎする。
両側が重い。
ゆっくりと胸元へ視線を動かす。
自分一人にしてはやけに膨らんだシーツ。
いや、それ以前に青い髪が見えている。
問題は…
シンジは深く考えた。
どっちのレイかって事だよな?
もぞもぞと反対側の腕を動かしてみる。
指に髪が絡まった。
よかった、ベッドから落ちてなくて。
そちらには抱きつきこそしないものの、丸くなっているファーストがいる。
「あの子…」
誰だったんだろう?
ふと思い返す。
何処かレイに似ていた気もする。
(シンジ君が、呼んでる…)
え!?
何度も聞こえていた思考が、今度こそはっきりと受信できた。
「ま、まずいよ!?」
左右の状況を確認する。
「碇くぅん…」
「お兄ちゃん…」
かなりヤバげ。
「あわわわわ!」
「ちょっと!、ホントにシンジ起きたんでしょうね!?」
「わたしとシンジ君は心で繋がっているもの、間違い無いわ」
「なんですってぇ!?」
ひぃいいいい!
シンジは扉に向かって恐怖した。
続く