シンジ君…
 レイの瞳が揺れている。
「ごめん、僕には人を愛する権利が無いのかもしれない」
 シンジはすっと視線を反らせる。
「そんなことはないわ」
「本当に?」
「わたしは、シンジ君が好きだもの…」
「でもそれはレイの気持ちで、僕の想いじゃない」
「…嫌いなの?」
 悲しみにかげる表情。
「嫌い?」
「違うよ、好きさ、大好きだよ!」
 ギュッとレイの体を抱きしめる。
 乗り切った!
 心でガッツポーズを取るシンジ。
 実は前回のあれで、キスしてくれたら許してあげるとせがまれたのだ。
 このまま適当に護魔化しちゃえば!
 しかしレイはそう甘くは無い。
「これはわたしとありたい、シンジくんの本音?」
 シンジの腕に手をかけての爆弾発言。
「いや!、えっと!?」
 空しく敗北者に転がり落ちる。
「わかったわ…」
 レイは心から喜びを顔に出した。
「ありがとう、シンジ君…」
 チュッ☆
「早く降りて来てね…」
 パタパタとレイは走り去る。
「あ、うん…」
 ちゅっだって…
 ぼうっとしながら、シンジは無意識の内に頬をさする。
 そんなシンジの背後では、それはもう嬉しそうにアスカが手のひらのチェックをしていた。
 バッチン!



 EVARION THE AFTER 
 SECOND SEASON  第三話 TIGHTBREAK 



「シンジ君が気がついたわ?」
 上での騒ぎは当然モニターされている。
「シンジ、もう大丈夫なのって、あー!」
「ち、違う、誤解だよ!」
「誤解も六階も無いわよ!」
「シンジ君…」
「レイってば、寝ぼけないでよぉ!」
 RECORDと表示されるのを待って画面をオフにする。
「それでサンプルの方は?」
 ミサトの仕事は相変わらず戦いが終わってからになっている。
「コアはやはり、ね?」
「本体は?」
「今回は昆虫を取り込んだみたい」
 二人分のコーヒーを入れ、収拾できた情報を表示する。
「…有機・無機物お構いなし?」
 塩基配列を表示する。
「まるででたらめじゃない」
「この場合は昆虫のATフィールドが干渉したのよ」
「虫に!?」
「一寸の虫にも五分の魂、もっとも命の総量は同じでも、一つ一つの魂に宿るエネルギー量は逆三角形を描くけどね?」
「逆?」
「そ、高等な生き物を頂点とした逆三角形をね?」
 知能と呼べる物を備えた生き物ほど、多くのエネルギーを必要とする。
「で、一般的に生きている数って言うのは、下等な生物ほど多くなるわ?」
 人間を頂点とした肉食獣、草食獣と言ったよくある食物連鎖を現したピラミッド構造だ。
「まあ、一人の人間が生きるためには、何倍もの生き物が必要だものね?」
「そこで質問よ?、あれだけ大きな存在を作り上げるためにはエネルギーが必要です、コアは不完全でそのエネルギーを生み出せません」
「だから複数の生物を取り込んだ?」
「底辺に近い下等生物で、エネルギー消費の頂点に立つ生き物を構成する、この二つを満たすために図形を重ね合わせると…」
「…六芒星」
「それが公式よ?、六芒星のほぼ中央に生まれるのが」
「あの生き物?」
「あなたを襲った獣は余程基礎生物が高等だったんでしょうね?」
「…巨大化のために微生物で間に合わせたか…」
 それと、と繋げる。
「シンジ君の腕を取り込まずに噛みつぶした時、軽い反発が検出されたの」
「ATフィールド?」
「違うわ、エヴァが取り込んでいる物質との反作用よ?」
「…構成素材の違い、その何かが拒否反応を起こしてる?」
「ええ」
 疲れたように目の間を揉む。
「それでも変身の時に素体が身にまとっている物を取り込むのと同様、同じ方法で魂すらも変換して取り込んでいるのは間違い無いわ?」
 副司令の理論とやら、調べてみる必要がありそうね?
 一瞬だけだが、リツコは隠れて薄暗い笑みを作っていた。


 シンジの顎先を持ち上げるトウジ。
 見方によってはキス寸前だが、トウジはそのまま右へと向けさせた。
「アホちゃうか?」
 見事な紅葉。
 まるでレイの感触を打ち消すように張り付いている。
「まあ彼女達にとっては切実な問題だからね?」
 ワイングラスにグレープジュースを注ぐカヲル。
「切実言うたかて、たかが変身やないか」
「口付けは大切な行為じゃないのかい?」
 小さく小さく、赤くなるレー。
「まあレーはそうかもしらんけど、されてるシンジはどうなんや?」
 ギンッと二人分の目がシンジを射貫いた。
「余計な事を…」
 焦るシンジ。
「やっぱり嬉しいんじゃないのかい?」
 がしっと胸倉をつかむアスカ。
「まあ嬉しいことは嬉しいやろ?」
 サードはシンジの両頬を挟み込み、視線をきっちりと固定させた。
「そやけどあれは好きっちゅうキスとちゃうやろ?」
 ぴくくっ!、アスカとサードは硬直する。
「そう思うかい?」
「なんちゅうか、気合いの一発っちゅう感じが…」
「そうかもしれないねぇ…」
 二人が固まった隙にそっと抜け出し、シンジはほふく前進で視界から消える。
 その進路を塞いだのは小さな靴だ。
「あ、レイちゃん」
 え?
 シンジが半身を起こすのと、ファーストのしゃがみこみがシンクロした。
 むちゅ☆
 頬に押し付けるような感触。
 逃げて、自分の椅子に戻るレイ。
「レイちゃん?」
 ぶぎゅる!
 アスカとレイに踏み潰されてしまうシンジであった。


 アメリカ、ネバダ州地下1000メートルにある巨大洞窟。
 そこには高さ100メートル程度の四角い固定座が設けられていた。
「やっと実用化までこぎつけたか…」
 巨大な人型のものが組み上げられている。
 三脚固定式の特殊スコープから目を離すリョウジ。
「まだ火は入れてないってのに、厳重な事だな?」
 後ろで座っている少女に笑いかける。
 黒いスーツに黒いベスト。
 二人は配管口に身を潜めていた、狭さはリョウジが屈んで歩ける程度のものだ。
「でも味方を見張らなくちゃいけないなんて…」
 マユミは嫌悪感を隠そうともしない。
「自分の仕事が嫌いか?」
「好きじゃないです…」
「ま、そうだろうな」
 入れ代わり、マユミに覗けと合図する。
「…この星の人間は、まだ星と言う単位での意識革命が終わってないのさ」
 国と言う単位でもすら怪しいだろう。
「そのためのエヴァじゃないんですか?」
「目に見えないものを信じられるほど強くは無いんだよ…、だから自分を守ろうと心を堅くする」
 核燃料を乗せたトラックが右往左往している。
「堅く、ですか?」
「エヴァは確かに想いを見せてくれる、だが強過ぎる我は他人の想いなど握り潰してしまう」
「わたしが人として扱ってもらえなかったように?」
 それはあの金色の世界にも似ているだろう。
「『自己』と言うのは時として外の景色を曇らせるものさ、曇っていれば当然互いの姿は見えなくなる、なら自分の中にある想像を押し付けるしかない」
 つくすこと、犠牲になる事を喜びとして強要する腐れた貴族のように。
「彼らは自分達で自分達の星を守りたいのさ」
 犠牲を強いても。
 巨大な固定台の背後にはレールがあり、天井、さらにその上へと向かって伸びていた。
 おそらくはロボットを射出できるようになっているのだろう。
「でもあれを動かすのは滅びに向かうのと同じことなのに…」
 あまりにも不安定な理論と未熟な技術。
「他人に未来を任せるよりは良いんだろうさ、あるいは俺達も敵なのかもしれんな?、彼らにとっては…」
 リョウジはパックの携帯飲料を口にした。


「…シンジ、お前には失望した」
「え!?」
 突然の一言にショックを受ける。
「な、何を言ってるんだかわかんないよ、父さん…」
「ならいい」
 だったら口にしないでよ!、っと言いたくなるところをぐっと堪える。
「それで?、ホントは何の用なんだよ…」
 画面の向こうにはゲンドウと冬月がいる。
 対してこちらにはシンジ、トウジ、カヲルに、アスカとレイ*3だ。
「第一次定例会議だ」
「会議って…」
「そんなのやるのぉ?」
 アスカはあたら不機嫌そうに不満を漏らした。
「つまんなぁい、どうせ難しい上の話でしょ?、あたしらにわかるわけないじゃん」
 しかしゲンドウはとても楽しそうにニヤリと笑う。
「これを見てもそう言えるかね?」
 ピッと画面の半分を割いて、ロングレンジからの映像が映し出された。
 例の固定台だ、その中央には巨大なロボットが直立している。
だっさぁ!
 アスカの第一印象である。
 コホンと咳払いで注意する冬月。
 良く見ると画面の隅の隅に、1平方センチメートル程度のウィンドウが開いていた。
「こんにちわ、ネルフの皆さん」
 誰?
 全員が首を傾げる。
 あまりにも小さくて良く見えない。
「地球政府の御偉方よ?」
 どうも複数居るらしい。
「ミサトさん」
 遅れて入って来たミサトは、全員に極秘と書かれたファイルを配った。
「これは?」
「あれの仕様書よ?」
 めくっとみると、驚いた事に省略ではあったが基本構造まで紹介されていた。
「んで、あれって誰のデザイン?」
 アスカは既に放り出している。
「アスカ…、相手の人に悪いよ」
 ちらっと顔の判別もつかない映像を気にしてみたり。
「あんたバカぁ?、こんなの作ってたってことは、ちっともあたし達を信用してない証拠じゃない」
 トレカよりも小さい画面で、相手はピクピクとこめかみを引くつかせている。
「ほらほら、良い子だからおじさんの話をちゃんと聞いてあげなさい?」
 みんなしぶしぶと言った感じで、輪郭も判別できない映像に向かい直した。
「で、このボス○ろっとは…」
「違う!、J−アローンだ」
「J−アローン?」
 シンジもちょっと記憶を辿った。
 長い手足に首のない頭、そして背中の竹やり…
 確かに似ている。
「やっぱり、ボスぼ○っと…」
「シンジ君良く知ってるわね?」
「ミサトさんこそ、なんで知ってるんです?」
「地球政府とて、なにも君達だけに任せようとしているわけではないのだよ!」
 怒って無理矢理割り込んだ。
 ふんぞり返っているのだろうが…
「と言う、いわば建前で造ったがらくただな…」
 皆はゲンドウの台詞に笑いを堪えた。
 以後ボリュームは下げられ、相手の声は聞こえなくなる。
「こっちからの回線も閉じたわ」
「いいんですか?」
「退屈でしょ?」
 ミサトも軽くウィンクする。
 シンジ達には分からない事だが、この間はMAGI−2によるニセモノがお相手を仰せ付かっていた。


「そろそろ始まる頃だね?」
 その頃、同じように超高空からその地を見下ろしている少年達がいた。
「地球人にしては、なかなかのものを造ったけどな?」
 気の強そうな子は、黒褐色の肌を持っている。
「で、どうなの?」
「どうって…」
 肩をすくめる。
「あれだけだとただのガラクタだけど…」
「この間のさ…、フェンリルの件、上にバレたらどうするつもりだったの?」
 一筋の汗で返事とする。
「ま、いっけどね…」
 あきらめ顔。
 二人はこれから起こるはずの、仕組まれた事故を待っていた。



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