「これから何が始まるんですか?」
 楽しそうに足を組むが、カヲルの興味はロボットそのものには無いらしい。
「みんなでバカにしようと思ってね?」
 そんな言い方って…
 シンジはどうコメントしていいものやら困ってしまった。
「リツコ、説明して」
「わかったわ」
 フォログラフで現われる。
 椅子に座り、膝の上では子猫があくびをして居た。
「それじゃあファイルを見てちょうだい?」
 内部図解をみんなで眺める。
「頭にコクピットがあるでしょ?」
「ええ…」
「これ程狙われやすい場所に置くなんて…、ほんと、何を考えてるのかしら?」
 シンジはそれ以上に気になることを見つけてしまった。
「あの?、リツコさん…」
「なにかしら?」
「これ…、首と胴体が繋がってないような?」
 明らかに空白で区切られている。
「ああ…、安全面を考えて無線で動かせるようにしたらしいんだけど」
「へえ…」
「でも原子力で動くために電磁場の影響が凄くてね?、2メートルも離れるとコントロールが効かなくなるらしいのよ…」
「それって…」
 意味が無いんじゃ?
 しかし脱出装置としては役に立つのかもしれない。
「二足歩行型格闘戦用ロボット、ねぇ?」
 司令の前だというのにもかかわらず、懐からスルメとエビスビールを取り出すミサト。
「あ、みんなのジュースはそこにあるから」
「冷えてないじゃなぁい!」
 アスカが駄々をこねる。
「冷蔵庫の設置については一考しよう」
 そう言うゲンドウは熱い番茶だ。
「このサイズ、この駆動効率…、もう少し現実を考えて…」
「そんなことより…」
 カヲルが次の問題点を指摘する。
「原子力の電磁場がどうとか」
「この通りよ?」
「はあ!?」
 頭と足を極とした放射線を表示する。
「シールドが甘いらしくてね?、だだ漏れよ…」
「そんな!?」
「これだけ大きい物を動かす原子炉ですもの、無理も無いわ」
 無理って…
 そう言う問題ではないような気がする。
「パイロットは?」
「その為の対放射能スーツだったんだけど…」
「だけど?」
「安全性は、一応保証範囲内…、その程度」
 モニターの隅に、パイロットの状態が表示される。
「あ!」
 向こうも同時に驚いた。
「シンちゃあん」
「霧島さん!?」
 はぁいっと手を振ったのはマナだった。


「どうして霧島さんが!?」
 パイロットスーツは完全密閉型になっていた。
 内部に組み込まれたカメラと、目に直接投影される映像でやり取りしているのだ。
「こう見えてもエースパイロット…、なぁんてカッコ付けたかったんだけど、実は自分で志願したの」
 その間にも忙しく頭だけは動かしている。
 ペンペンと同じフィードバックシステムを使っているのだ、ただしJ−アローンはただのAIなので、融通が効かない。
「危なくないの?」
「危ないのは戦闘になってからかな?」
 何を当たり前…、その一言は言い放つ前に遮られてしまった。


「先程起動試験が行われたんだけど、駆動状態を基本とした炉の出力が強過ぎたのね?」
 待機状態でのテスト中に「謎」の暴走を起こしていたのだ。
「ちょっとリツコぉ?」
 さすがのミサトも鼻白む。
「この電磁場、仕様書にはバリアーが形れるってうそぶいてるけど…」
「マジなの?」
「使徒の放つ光線ぐらいなら、曲げる力があるそうです」
 異様な風体のマナが補足する。
 プラグスーツを改良したのだろう、風船のように膨らんだスーツだったが、デザインそのものは同じ物だった。
「ちょっと待ってよ…」
 アスカがその物々しいスーツに不安を感じて口にする。
「それって…、もしかして被爆しない?」
 誰もが一瞬、言いたくなさそうに黙り込んだ。
「やっぱり!」
 ベシャッと缶を握り潰す。
「え?、どういう事…」
「あんたバカァ!?」
 焦りと共にシンジを小突く。
「強過ぎる磁場は人体を汚染するのよ!」
「それだけじゃないわ?」
 リツコはその際のシュミュレーション結果も表示した。
「使徒も生物だから、まあ被爆の度合にもよるけど、生体素子ぐらいは死滅させられるかもね?」
「そんなに酷いの!?」
 使徒の自己再生増殖進化型細胞すらも破壊できる電磁波と言うことだ。
「あんたねぇ…、なんでそんな危ないもんを野放しにしてたのよ!」
 ミサトも当初考えていた笑い話から逸脱している事に気がついたらしい。
「あたしに言ってもしょうがないでしょう?」
「技術顧問でしょうが!」
「作ったのは政府、作り始めたのはあたしが着任する遥か以前、どうにもならないわ?」
 まるで無責任に肩をすくめる。
「まあいざと言う時の保険はかけてあるから、問題無いわよ」
 その言葉を鵜呑みにするほど、ミサトには楽観的になれなかった。


 フィイイイイイン…
 初期起動のみが行われている、低いモーター音は計器類の記録装置のものだ。
「メインエンジンに点火します」
 コクピットに座っているのは対放射能スーツに身を包んだ少女。
「マナちゃんか…」
 リョウジは手元のノートパソコンで確認した。
 データはパラボラアンテナにより電磁波をジャックしている。
「え、お知り合いですか?」
「ああ、シンジ君の友達なんだが」
「え!?」
 マユミも驚いて覗き込んだ。
「どういうつもりだ?」
「なにがです?」
「…あれはエヴァンゲリオンに対抗するつもりで作ったはずだ」
 本来コクピットはもっと広いのだろうが、ごてごてと記録装置がインテリアとして飾られていた。
「なのにパイロットはその知り合い…、何かあるな?」
 マユミの肩をポンと叩く。
「行こう」
「いいんですか?」
「ああ、ここはヤバい」
「え?、じゃあこの人は…」
「それは問題無いさ」
 リョウジはその巨人を軽く目の端に止めた。
「あの中が、一番安全だからな…」
 数分後、基地は汚染警報に包まれた。


 ザァ!
 画面が砂嵐に変わった。
「何が起こったの!?」
 焦ってビールを吹き出すミサト。
 フィー、フィー、フィー!
 同時に非常警戒警報が発令される。
「パターン青!、アメリカ、ネバダ州にて感知!」
 !?
 子供達に緊張が走る。
「J−アローンは!?」
 冬月がマコトとシゲルにげきを飛ばす。
「直上、衛星からの映像です!」
 切り替わる、荒野のド真ん中に放り出されるような形で、コンテナがそびえ立った。
 ガシュン…
 ロックが外れて歩み出す。
 動いた!?
「霧島さんなんですか?」
 焦るシンジ。
「どうなの?」
 リツコは冷静に確認させる。
「…コントロール系を乗っ取られたようです、これを見て下さい」
 J−アローンの関節部。
「これは…」
 粘菌のようなものが糸を引いていた。
「バイオ兵器?」
「詳しい情報はまだ…、しかしMAGI−2、カスパーはそう判断しています」
 ちなみに帝星にあるMAGIオリジナルはメルキオールと名付けられている。
「葛城君…」
「はい」
「出撃だ」
「はい!」
 ミサトは表情を引き締めた。


 ネバダの乾いた大地が爆砕し吹き上がった。
「出て来るぞ!」
 ゴォン!
 突如地下から現われたタワーに、歩兵、戦車、ミサイル装甲車の砲が向けられる。
 ガシュン…
 ロックが外れた。
「歩くぞ!」
 のそりと動き出すJ−アローン。
「笑ってやがるよ」
 口元のデザインにケチをつける州兵達。
「カウンターは?」
 ガイガーカウンターの針は動いている。
「放射能は微量ですが…」
「本格起動前に漏れてるんじゃな?、なんでそんなものを作ったんだか」
 指揮を任されているのは地球政府の役人だ。
「パイロットは?」
「生死不明、ですがコクピットのシールドは完璧だそうで…」
「外側にも施せよなぁ…」
 格闘を前提とした兵器に核動力なんて搭載するから!
 苛立たしげに吐き捨てる。
「なんでも電磁バリアー発生装置の露出が原因だとか…」
「大体あんな物に予算の10%もつぎ込んで…、そんな金があったらこっちに回せばいいんだ」
「ラングレーさん!」
「なんだ?」
 敵は決戦兵器である、通常兵器が通用しないだけでも最悪なのだ。
「測定器に反応!、パターン青、使徒です!」
「なんだと!?」
 悪夢はまだまだ始まったばかりであった。


 暗闇の中で誰かが動く。
「さて…、次の敵は?」
 一つから二つに、影がゆらりと分かたれる。
「ラストチルドレンだ」
「ついに出るか?」
 多少の動揺は仕方が無い。
「一切のデータが無い、しかしエヴァンゲリオンとしては最弱と予想される」
「根拠は?」
「彼はエヴァとして生み出されたものではない、使徒の理論の延長で作られたものだからな?」
「なるほど…、今の我々がもっとも欲している技術、そのものか」
 影は満足げに頷いた。



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