それから霧島マナの奮闘が始まった。
真実を冗談混じりに話していった。
それが限界だったから。
真っ正直に傷つけたとは告白できなかった。
それ程強くは無かったから。
ある夜、父に碇シンジの名を聞かされた。
心臓が飛び出るほど驚いた。
様子を教えて欲しいと言われた。
マナはそれとなくシンジを見守るようになった。
シンジは相変わらずだった。
霧島さんもお前みたいなの庇うことないのにな?
そう言って小突かれていた。
シンジは抵抗もせずに笑っていた、寂しそうに。
あたしじゃダメだって、思ったの。
そんな事は無いよ。
だってシンちゃんは選んじゃったもの。
(そしてあたしは傷つくのを恐がった)
恐がって、なるべく調子を合わせて護魔化した。
シンちゃんに近付くのをやめたのだって…
恐かったから。
護魔化す自分が。
シンちゃんが見ていた通り。
あたしは何も変わらない。
みんなとなにも変わらない。
シンちゃんの側に居てあげるべきだったのに!
探ってくれってお願いされたから。
後ろめたいと、その気持ちばかりを膨らませて。
側には近寄れないと、都合の良い気持ちを孕んで。
それを言い訳にして隠れて!
「ごめんね?、シンちゃん」
涙が溢れる。
「死んだら、泣いてくれるかな?」
(泣くもんか!)
「え?」
(僕はマナを許さない)
「シンちゃん?」
(まだちゃんと償ってもらってないんだから)
「そうだよね…」
(だからマナを死なせない!)
「シンちゃん…」
正気を取り戻す。
網膜に外の光景が映り込む。
「い…、いやああああああああああああああ!」
そこには溶解寸前のエヴァンゲリオンが立っていた。
(僕の心が消えていく…)
(違う、カヲル君を通して僕の心が溢れているんだ!)
(ガフの部屋、あの混沌を通してかい?)
またビームが直撃した。
(くっ!)
(カヲル君、力を貸して!)
(どう…、そういうこと、そうか…)
カヲルは沈み込みそうになる意識を繋ぎ止めた。
((ATフィールド!))
二人のフィールドが同時展開される。
((あああああ!))
シンジに同調するカヲル。
シンジの想いが伝わって来る。
いつものように感じるのではなく、伝わって来るのだ。
それはカヲルがカヲルとして受け止めている証拠だろう。
助けるんだ、マナを、死なせるもんか、誰も、好きな人は、みんな!
((ああああああ!))
カッ!
閃光がATフィールドを直撃した。
(曲がれぇええええええ!)
シンジが吠える、カヲルのエヴァの口の奥から、オリジナルの素体の顔が吐き出される。
べろん…
唇が裏返り、それはオリジナルの仮面になった。
シンジとカヲル、二人は一つになりながらも、二つのATフィールドを展開された。
(シンジ、それやと防げへんで!)
外野の声は完全に無視する。
((ああああああ!))
(どうなってるの、リツコ!)
ATフィールドが磁界のような渦を巻いた。
(すごい…)
目を細めるリツコ。
(磁力バリアーの!)
応用と言える、磁界の渦のように回転し、エヴァンゲリオンは光線を曲げ飛ばした。
金色の光が見える。
マナ、マナ、…マナぁああああ!
光が人の形に見えた。
(シンジ?)
返事が聞こえた。
(うわああああああ!)
シンジは魂から絶叫した。
ゴォン!
J−アローンの頭部が内側から膨張して弾け飛んだ。
(…何が起こって、そうか、そう言う事なのかい?、シンジ君)
カヲルは膝をついてしまった。
内側にシンジを感じない。
J−アローンの頭部から雄叫びが聞こえた。
フルォオオオオオーン!
それは聞きなれた雄叫びだ。
(保険、効いたみたいね?)
リツコはマナに持たせていた。
かつてはトウジの妹の、そしてファーストが手にしていたインターフェイスを。
白銀のエヴァ・オリジナルが巨大化する。
その重量に膝を屈するJ−アローン。
オリジナルは光の粒子を結合させて、何かをそこに作り上げる。
魂が何処にあろうとも、肉体があれば操れるというんだね?
シンジが作り出しているのは使徒の亜種なのかもしれない。
J−アローンの正面にサハクイエルが創造された。
思いを込めた人形を作り出し、リツコがそうしていたように操るのだ。
凄いね、シンジ君は…
行くよ!
シンジのかけ声がみんなに聞こえた。
シンジはJ−アローンを抱えさせてサハクイエルを飛び立たせる。
サハクイエルの下から伸びた餅のような触手は、しっかりとJ−アローンを抱きかかえていた、しかし。
(ぐっ、うっ!)
突然襲う吐き気。
(シンジ君、リツコ!)
(パルス逆流、異物を取り込んでいるからよ)
異物とはすなわち魂、マナのことだ。
二つのエヴァであればエヴァリオンに至れるだろう。
それはお互いが心を繋げ合うために術を必要とするからだ。
だがかつて、リツコによって死に瀕した時のように。
レイと二人で、オリジナルを身にまとった時のように。
いや、エヴァを知らないマナはレイ以上にタチが悪く、シンジとの拒絶反応を起こしていた。
(シンジ君!)
カヲルが足を踏み出そうとする、だが自己再生すらもままならない。
(このままじゃ…)
パキィン!
エンジェリックインパクト、そのピラミッドの鏡面が割れた。
(あれは…)
シンジ達の前から飛び立った、いつかのドラゴン。
(カヲル!、動けるようなら迎撃して)
(そのままにしなさい)
(ちょっとリツコ!)
(パターンはピンク、友好を示しているわ?)
(え…)
リツコの言う通り、ドラゴンはサハクイエルごとJ−アローンを足につかんで急上昇した。
(何処へ…)
真っ直ぐ宇宙へと飛び立っていく。
(高度一万、一万五千、二万キロで爆発を確認)
(あの怪獣は?)
(爆発寸前にロストしました)
(生きてる…、か)
ミサトはレリエルを回収し、ペンペンをオリジナルの足跡へと向けさせた。
そこにはマナが一人で倒れていた。
見たか?
ああ…
原子変換…、物質を再構成したぞ。
精神の究極体とも言えるエヴァンゲリオン、それは物質をも自在に操るというのか…
また暗闇で会合が開かれる。
あのドラゴンは…
フェンリルだな。
わたしの予定に無いぞ、あれは。
闇は押し黙ったまま、沈黙を守って消えていった。
「お疲れ様」
シンジは優しく抱き起こされた。
「うん…」
抱いているのはアスカだった。
「無茶をするわね?」
リツコの声だ、医務室に運ぶよう医療スタッフに命じている。
「エヴァは素体を必要とするわ?、そのためのインターフェイス、己の肉体を遊離した状態でエヴァンゲリオンを召喚するだなんて…」
リツコの算段は追い詰められたマナがかつてのアスカのように目覚めると言う物であった。
エヴァとはそう言った感情に答える物だから。
ATフィールドがあれば、己の形を知っていれば、そこにもう一つの肉体を作りだせる、それは理論的に可能な事だけれど…
ユイがそうであったように、その魂に自分が宿れば、こちらの肉体は人形となる。
問題はエヴァンゲリオンだ。
マナが変身していれば、当然その胸元には赤い玉が見えていた事だろう。
だけどそれはなかった。
それどころか、現われたのはオリジナルであった。
想いの蓄積機であるコアを使用せず、シンジはその感情だけをエネルギーに転嫁したのだ。
感情は命の迸りだ、それは生命エネルギーの放出に他ならない。
魂の遊離、肉体の構成、憑依、エヴァンゲリオン。
どれだけの命を捨てたのだろう?
「…こんな戦い方」
続けていればどうなる事か。
「シンジ君、死ぬつもりなの?」
その呟きは、隣のマヤにだけ聞こえていた。
続く