パパぁ、ママぁ…
　真っ暗な部屋の中、ベッドの上でシーツが丸く膨らんでいる。
　その小山は思い出したように震え出し、だが何かに見つかるのを怖れてしばらくは動かなくなる。
　ママぁ…
　だが我慢の限界が来て声が漏れた。
　シーツの端からは赤い髪がこぼれていた。
　しんと静まり返ったマンションの一室には、その空気を暖めてくれる様な他人の気配は一切無い。
　ただ目に見えない何かに脅える子供だけがそこに居た。

ＥＶＡＲＩＯＮ　ＴＨＥ　ＡＦＴＥＲ

ＳＥＣＯＮＤ　ＳＥＡＳＯＮ　 第四話　ANGEL VOICE

　暗闇の中、ろうそくの炎に浮かび上がるカヲルの顔。
「例えばこの周辺の家は古いけど、実はその方が霊は出にくい、理由は簡単な事だよ」
　どちらかと言えばカヲルの顔が幽鬼の類に見えてしまう。
「古い家には神様が住むからね？、けれど都会の新築マンションには霊的なものが欠けている」
「非科学的ぃ…」
　アスカが強がって横槍を入れた。
「…新しい建物の方が霊が出やすいのは本当のことだよ、ＡＴフィールドは魂が空間に描く立体図、人の姿を描いてもおかしくはないしね？」
「…死んだ人の魂が形崩れしないでさ迷ってるってわけ？」
　そう、その通り、と頷くカヲル。 「死を享受できなかった魂はその命が尽き果てるまでＡＴフィールドを維持し続ける」
「人なのね…」
「物音が鳴るラップ音、人の気配、聞こえるはずのない誰かの声」
「そ、そう考えると恐くは無いわね？」
「本当に、そう思うのなら君はよほど単純なんだね？」
　ろうそくに浮かび上がる白い頬と赤い唇が皆に現実感を失わせ、ここが『向こう側の世界』のような錯覚を呼び起こさせる。
　ごくり…
　誰かの喉が大きくなった。
「地球はこれから住む世界だったからね？、僕は詳しく調べ、そしてある事件に着目した」
「事件？」
「そう、その日、その人はいつものようにベッドに入っていた」
「男の人？」
「いや、女性だよ…、ふと目を覚ますと男性が乗っていたけどね？」
「え…」
「それも半透明の、…男は彼女に微笑みかけると、ゆっくりと体を被せて来た」
　ゴクリ…
「そして耳に息を吹き掛け、そして消えた」
「…消えた？」
「そうだよ？、ただその男性の重みは布団にかかったまま、耳にかかる息はそのままでね？」
「えええええー！？」
「彼女は一晩中、目を見開いたままで口元を引きつらせていたそうだよ、目は瞬きも出来ずに充血して涙を流して…」
「そ、その人は？」
「…その日は朝が来て終わった、でも家に帰りたくなくて友達の家に泊まった」
「そ、そりゃそうよね？」
「でもおかしいのさ、彼女のマンションは新築で、その前はただの田んぼ、幽霊が出るようなはずが無い」
「え、ええ…」
「そして…」
「え？」
「彼女は友達の家に行った」
「まさか…」
「居たのさ」
「だ、誰が？」
　ひく…
　アスカの頬が引きつった。
「その友達の家の前にね？、手招きする青白い人の影が」
　おいで…、おいでと…
「そう、ちょうど君の後ろに居る人のように」
　ぽん☆
　きゃああああああああああああ！
　突然肩を叩かれて、ついに張り詰めていた糸が切れてしまった。
「「「びっくりしたぁ…」」」
　おおよそアスカの悲鳴というのは、かなり珍しい物だろう。
　百物語をしていた一同、全員が驚き腰を抜かした。
「あ、レ、レイ？、どうしたのさ」
「なんでも、ない…」
「そう？」
　そのわりには全身の毛がぼわっと総毛立っている。
　問題のアスカはと言えば、まだきゃ〜きゃ〜とヒカリに抱きついている。
　カヲルがパチッと電気をつけた。
「なんだ、父さんじゃないか…」
　アスカの肩を叩いたのはゲンドウだった。
「ははは、アスカちゃんにはちょっと恐かったかな？」
　イヤミなカヲル。
「そやけどカヲルがよう日本の怪談なんぞ知っとったなぁ？」
「もう少し優しい方が良かったかい？」
「か、怪談に驚いたんじゃないわよ、おじさま！」
　涙声で訴える。
「冗談だ、気にするな」
「します！」
「問題無い」
　にやり、その顔に殺意が込み上げてしまうのは仕方の無い事だろう。
「なにを脅えているんだい？、レイ」
「別に…」
　だが全身総毛立っている。
「レーはなんとも無いのにね？」
「ええ…」
　レーは話について行ってなかっただけなのだが。
　そしてサードも脅えたのは、アスカの声に対してである。
　動揺しているな。
　事情はどうであれ、普段は見せない姿に顔をほころばせる。
「アスカ君、レイ、それにヒカリ君」
「はい」
「リツコ君が呼んでいる、すまんが下まで降りてくれないかね？」
「あたしもですか？」
「ああ…、すまんな」
「はい、ほらアスカ！」
「ヒカリぃ…」
　縋り付いたまま涙声で訴える。
　レイがくすっと嘲った。
「腰、抜けたのね…」
　ちくしょう…
　歯を食いしばるアスカであった。


「アスカにも恐いものがあったのね…」
「バカにするんじゃないわよ！、恐かったのは…、そう！、おじ様のせいなんだからぁ！」
「はいはい…」
　リツコは苦笑いを浮かべて受け流す。
「それより用って何よ？」
「…シンジ君が呼んでる」
「ってぇわけで早くして！」
「…ならいいわ」
　わりとあっさりと引き下がる。
「どうでもいいなら呼び出さないでよね！」
「…シンジ君の事で少しね？」
　アスカは踵を返した所からさらに１８０度回転してぐるりと立った。
「ま、まあ急いでるんだけど？、ちょっとぐらいなら大丈夫よ！」
「いいのよ別に、洞木さんだけでも十分だから」
　なんてこと言うんですかぁ！？
　ヒカリは左右からのプレッシャーにおののいた。
　赤と青、二つの瞳が敵と決め付けてヒカリを睨む。
「何てこと無いのよ？、ちょっとシンジ君のメニューについてなんだけど」
「それがなによ！」
　アスカは横目で睨んだまま顔だけ向けた。
「最近ちょっと無理をさせ過ぎなんじゃないかしら？」
　ぴらっとシンジの診断書をちらつかせる。
「幾らセカンドが居るとはいえ、コア無しの変身は生体エネルギーを消耗し過ぎるのよ…」
「え？、でもシンジって特別なんでしょ？」
　ふうっとリツコは溜め息を吐く。
「特別な力を使うためには、より多くのエネルギーが必要なのは自明の理よ？」
　いま現在抱いている想いが強ければ、別段コアと言うエネルギー蓄積器に頼る必要は無いのだが、それでは心労という精神的な負担をかけることになる。
「Ｓ^２機関というのはしばしばコアと同一視されがちだけど…」
　胸の赤い玉はコアである、それは畜電気であってエネルギー炉ではないのだ。
　必要に応じてエネルギーを生み出す物とは違い、先を見こして余裕のある内に充電しておく必要がある。
「それに最近、気が休まる暇も無いみたいだし…」
　アスカとレイが戦争を引き起こしているせいだろう。
「ま、そんなこんなでね…」
　リツコは何かを机に置いた。
「これって！？」
「インターフェイス…」
　驚くアスカ、レイも少しだけ目を丸くした。
「そう、シンジ君用、オリジナルのために新調したの」
　もっとも、再開発には莫大なデータを整理しなくちゃいけなかったけどね、と、これは心の中で愚痴り捨てる。
「まだ最終調整が残っているけど、それともう一つは早急にエネルギーを補給させること」
　実はこちらの方が本題だった。
「…なにをさせようってのよ？」
「そのための洞木さんよ？」
　え？、あ、あたし！？っとヒカリは驚く。
「インターフェイスに込めるのは想い、感情と言った純粋なエネルギーなの」
「…ＡＴフィールド」
「そうよレイ、人が取り巻いている空気がエネルギーなの、それをコアと言うボンベに封じ込めるわけ」
　もっとも、っと続ける。
「本当はセカンドが適任なんだけど」
「なによそれぇ…」
「あなた達だと、どうもシンジ君を追い詰めてしまいそうだから」
　リツコは意味ありげにヒカリを見た。
「で、ね？、あなたには二人に料理を教えて上げて欲しいの」
「そんなの習わなくっても」
「シンジ君の好みは知っています」
　バチッとヒカリを挟んで火花が散る。
「…コレステロールの塊」
「陰気臭い料理ぃ」
「む、無理です、あたしには出来ません！」
　あたしに教えるなんてこと！
　助けてぇと悲鳴を上げる。
「でも早く元気になってもらうためには、精のつく好きな子の手料理が一番だわ？」
　ピクッと二人の耳が大きく動いた。
「精の…」
「つく」
　ニヤリとほくそ笑むリツコ。
「ええ、でも二人ばらばらで作らせると、栄養が偏ってしまうでしょ？、洞木さん」
「あ、はい！、食い合わせによっては、体の、毒に…、なる、ことも」
　しまったぁ！
　言ってしまってからミスに気がつく。
「わかるわね？、そのためには監督がいるの、以上よ」
「で、でも！」
「ヒカリぃ！」
　ガシッと腕を組まれてしまう。
「さっさと行くわよ？、時間が無いの」
「じ、時間がって…」
「そうよ？」
　レイもぐいっと腕を取る。
「メニューの構成、レシピの確認、材料の選別、急ぎましょう」
「レイまで、ちょっとぉ！」
「「おねがいね」」
「…はい」
　アスカが強く、レイはうむを言わさぬ口調で了承を強要した。
　あたしの胃の心配は誰がしてくれるのかしら？
　ちょっとだけ歳に似合わない心配をしてしまうヒカリであった。

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