ウンウンと空気を切って棍が唸る。
 プラグスーツ姿のトウジが、ビシッと棍棒を正面に構えた。
 その柄先が狙う相手はもちろんシンジだ。
「行くでぇ!」
 一方対峙するシンジもプラグスーツに着替えている、得物はナイフ。
 ここは地下四階のトレーニングルームである。
 ダンッとトウジが床を蹴った。
 部屋はゆるやかなすり鉢状になっている。
 その中心にいるシンジに向かい、素早い突きを繰り出していく。
「くっ!」
 ナイフで受け止め、受け流す。
「甘いで!」
 しゃがみこんでの後ろ回し蹴り。
「とっ!?」
 ふらつくように後ろに下がる。
 ビシ!
 その頬に棍棒が据え打つ寸前で止めされた。
「これで一本」
「凄いや…」
 シンジは汗をかく暇も無く、トウジの強さに圧倒された。
「なんやったら『力』つこてもええで?」
 シンジとトウジの『力』比べは、今でもわずかにシンジが勝つ。
「それでちょうどええぐらいやしな?」
 トウジは『力』を技として使うことでその差を補う、結局の所は互角の状態だ。
 シンジは手の内のナイフを見た。
 刃の光は本物だ、だがプラグスーツを切り裂く程の鋭さはない。
「強くなりたい…、けど無理をすることは無いんだよね?、みんながいるんだから」
「そやかて守れる様にはなりたいんやろ?」
「うわ!」
 不意打ちを刃先で受け流す。
「危ないじゃないか!」
「敵が待ってくる思とんのか!」
「またそんな聞いた風なことを…」
「わかっとるやろ!、強い想いが力を引き出すんや」
「無意識の内には使えないって事でしょ?、わかってるけど…」
 構えを取る。
「意識せんと使えん、不意打ちには反応できん」
「リツコさんは、殺気を察知できれば言ってた…」
「んなもんそう簡単に出来たら苦労せんわ!」
 上下の二段打ちから手首を回すようにナイフを狙う。
「そやから反射的に反応できるよう訓練するんや!」
「くっ!」
 衝撃に力負けしてナイフを落とす。
「もろた!」
 殺気!?
 しゃがみこむ。
 カァン!っとトウジの顔面に中華鍋がヒットした。
「もう!、ご飯だって呼んでるでしょう!?、早く来なさいよぉ!」
 委員長もいいかげん恐いよなぁ…
 一瞬だけ壁を越えられたシンジであった。


 なんだこれ?
 山のように積まれた食物に唖然とする。
「あの、これ…」
「愛情料理…」
「あたしが作ったのよ!」
 こっちはっと!、レイのを押しのけて主張する。
「あのさぁ、僕の胃袋の大きさ、忘れてない?」
 シンジは冷や汗とも脂汗ともつかない嫌なものをだらりと流す。
「あんたバカぁ?、『あたしの作ったもの』だけ食べればいいのよ!」
 これにはレイがムッとした。
「…どうして、そう言うこと言うの?」
 さぁってねぇ?っとそっぽを向いて白を切る。
「いいわ…、シンジ君、わたしのだけ食べて」
 ううっと困って、シンジは適当に箸をつけた。
「これ…、レイが作ったの?」
 レイには似合わない鶏肉のソテー。
「…それはあの人が作ったもの」
 冷たく細まるレイの瞳。
「わたしとあの人の作ったものの区別、つかないのね…」
「え!?」
「シンジぃ〜、いい度胸してんじゃなぁい?」
 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるアスカ。
「足りないのはシンジ君?、それともわたしからの愛?」
「両方に決まってんじゃない!」
「そ…、なら今日は二人で育みましょう」
「れ、レイってば!」
「それはとてもとても楽しい事だから…」
「シンジ!」
「僕に怒らないでよ!」
 頭をかかえる。
 負けてらんないのよ、このあたしは!
 アスカは気合いを入れて箸を握った。
「はいこれ!、これあたしが作ったのよ?」
 お腹減ってるのにぃ…
 レイの視線がとても恐くて口に出来ない。
「なぁによぉ?、何も泣く事ないじゃない?」
「嫌なのよ、あなたのものは…」
「ま・さ・か、残すわけないわよね?」
「愛って拷問なのかな?」
 ボソリと呟く。
「拷問、そう、シンジ君はわたしの奴隷なのね…」
「うんうん、あんたはあたしのシモベよねぇ?」
 シンジに出来た事はと言えば、さめざめからシクシクに変化する程度の至極控え目な心の主張だけだった。


 少し前の厨房、ユイの両隣でアスカとレイは張り合っていた。
「平和だねぇ…」
 のほほんとテーブルにお皿を並べたのはケンスケであるが、この際こちらは関係ない。
「ほら早くして!」
 厨房内の仕切り役はヒカリだった。
 三角巾までした姿は完璧な食堂のお姉ちゃんである。
 みんながみんな割烹着姿なのは何故だろう?。
「アスカちゃんはシンジを独り占めしたいのね?」
 ユイに図星を突かれて赤くなるアスカ。
「でもそれならもっと積極的にしなくちゃ」
「あ、ダメですよおば様ぁ」
「あらどうして?」
「アスカってひねくれてるから、碇君の告白待ってるんです」
「ヒカリ!」
 まったくもう!っと黙らせる。
「でもシンジに言わせるのって大変よ?」
「言わせてみせます!、…なに笑ってんのよ?」
 レイは目だけで笑っている。
「あり得ないこと…、それを人は夢と言うわ?」
「うっさい!」
「肌を見せるのもためらうくせに、何を言うの?」
「あたしだって!」
 もごもごと口ごもる。
「シンジだったらOKするわよ…」
「でも言ってくれないから見せてないのね?」
「おば様〜!」
 ユイのからかいを非難する。
「でもレイちゃん?」
「なに?」
「どうしてシンジが告白しないとわかるのかしら?」
 レイは包丁の動きを止めた。
「…約束が、あるから」
「約束って?」
「…いつか生まれて来る、わたしとの」
 はっとするアスカ。
 レイ・エヴァンゲリオン。
「あの子は、わたしとシンジ君の子供だから…」
 ザクッ!
 アスカは震える手で包丁をキャベツに入れた。


「これ、精が付くから…」
「なんや?、夜に備えてか?、やらしいやっちゃなぁ…」
「違うよ、なに言ってんだよ!、そんなわけないだろう!?」
 余裕が無いのか本気で怒る。
 口の中にディラックの海でも作ろうかなぁ?
 一瞬の誘惑、だがバレたら殺されると思い直した。
「シンジはお料理の上手な子がいいのかしら?」
「なんだよ母さん、急に…」
 なんだか嫌な予感が駆け巡る。
「そうねぇ、シンジ?」
 ニヤリと笑む。
「あなた、今日は誰かの部屋に泊めてもらいなさい?」
 ぷぴっとシンジは吹き出した。
「やだよ!、何考えてんだよ!」
「そうですおば様!、もし万が一ってことがあったらどうするんですか!」
 ユイは呑気にお茶をすする。
「シンジ君…」
 レイはくいくいっと袖を引いた。
「今晩、待ってちゃ、ダメ?」
「そ、そんなこと言ったってさ!」
「あーっ!、シンジ!、あんたそいつんとこ行く気じゃないでしょうねぇ!?」
「ちゃんと自分とこで寝るよ!」
「どうせどっちかが潜り込んで来てくれるから、とか思ってんでしょ?」
「思ってないよ!」
「こんの浮気者ぉ!」
「なんでそうなるんだよ!」
「そいつを見てもまだそんな事が言えるの?、あんたは!」
 冷たい目線をレイ達に向ける。
 碇君、だめ…
 とか想いつつ、目を閉じた揚げ句に唇まで突き出しているのはなぜだろう?
 静かだと思えば妄想に取り付かれているレイ・セカンド。
「あらあら?、じゃあアスカちゃんがかくまってあげるというのはどうかしら?」
「あ、あたしですか!?」
 羞恥に赤くなってちらちらとシンジの顔を盗み見る。
「母さん…」
「シンジ…、こういう時くらい男らしく決めなさい」
 咄嗟に言い返せないシンジである。
「…わかったわ」
「アスカ!?」
「どうせこの間まで一緒に暮らしてたんだから、今更ってもんよ!」
「だめだよ自棄になっちゃ!」
「なってないわよ!」
 妙に焦った調子でビシッと指差す。
「あんたは!、黙ってあたしの部屋に来ればいいのよ!」
「脅しとるで…」
「反則、減点…」
「まさに男としては涙を流すべき状況だね」
 ケンスケが言っているのはシンジではなく、自分のことだ。
 独り者には辛い世界である。
「そやそや、ほんま羨ましいで」
 が、このニブチンがケンスケの苦悩に気がつく事はない。
「シンジぃ」
「なにさ?」
「お前もええかげん腹決めぇや」
「なんでだよ!?」
「惣流もレイもええ女やないか…、なにがあかんのや?」
「良くない女で悪かったわね…」
「委員長ーー、殺生やでぇ〜〜〜」
 おかずを取り上げてトウジ殲滅。
「なにがって…」
 限度の無いとことか…
 言いかけた言葉を必死に飲み込む。
「碇君…」
 レーは妄想の世界から帰還した。
「待ってる…」
 もうどうにでもして…
 シンジは余命が尽きる瞬間を感じた。



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