基本的におば様ってレー寄りなのよね…
当面の敵はレイであるため、それはプラスを見るべきだろう。
「レイを出し抜くためには先手必勝、一撃必中!、シンジには嫌でも当たりを引いてもらうわよ?」
言ってる事がもう怪しい。
アスカは自室の正面、シンジの部屋へ向かって足を踏み鳴らした。
「レイちゃんはわたしが預かるわ、ね?」
ファーストの顔を覗き込む。
「レイちゃんはお母さんとお眠りするの嫌かしら?」
レイはスプーンを咥えたままで、きょときょととシンジとユイを見比べる。
微笑みかけるずるいユイ。
「今日は…、お母さんと寝る」
恥じらうファースト、だがシンジに対しても未練が残っているのかきょろきょろとする。
「よかった、じゃあ行きましょう?」
「うん…」
「あああああ、ま、待ってよ、僕を捨てないで、僕を一人にしないでよぉ…」
最後の防波堤が奪い去られてしまった事に、シンジは酷く動揺した。
「どうしよう…」
途方にくれる、先程トウジの部屋に逃げ込んだのだが…
「うっとうしいんじゃ!」
っと追い出されてきたばかりなのだ。
「カヲル君、今日は下で徹夜だって言ってたし…」
アスカ、行くわよ?
アスカは勢い込んで廊下に出た。
「し、シンジ!?」
「あ、アスカ!」
ばったりと出くわした二人は、そのまま赤くなって固まってしまった。
ど、どうしよう…
やだ!、こんな急に…
お互いモジモジと、シンジは天井を、アスカは床を見て視線を逸らした。
そ、そりゃあシンジを誘おうと思って出て来たわよ…
絶対に自分からじゃ来ないと分かり切っていたから。
ま、まずいわ…ね
今良く考えてみれば、自分のベッドに誘うというのはかなり恥ずかしい話である。
そ、そうよね?、シンジだって男だし…、そりゃあ似たような事は『あれ』で経験しちゃってるけど…
『あれ』とは合体のことである。
「あ、アスカ?」
「ななな、なによ!?」
酷く動揺してしまう。
「あ、ごめん…」
「なによ!、あんたまさか…」
まさか?
まさかなんと続けようとしたのか?
あたしと寝たいってんじゃないでしょうねぇ!?
あいつらの所で寝るってんじゃないでしょうねぇ!?
同時に二つの答えが喉で詰まる、が、結局は両方とも口走らずに済んでしまった。
カチ…、カチカチ…
「え?、な、なに?」
急に電灯が点滅した。
そのままかちんと一斉に消える。
え?、え?、え?
いくらなんでも幾つもある電灯が一度に消えるということはありえない。
が、そんな理性的な事を考える暇もないほどアスカは混乱した。
(新しい建物の方が霊は出やすいのさ…)
何でこんな時に思い出すのよ!
ひくっと、泣き笑いの表情になる。
こ、こんなのただの停電じゃ、…ない。
内心の焦りを護魔化して耐え忍ぶ。
拳をぎゅうと握り込む。
「ア、アスカ…」
「だからなによ?」
余裕と言うものがまるっきり無くなっている。
あんたバカぁ?、さっさとどうするのか決めなさいよ!
ひんやりとした真っ暗な廊下がアスカの神経をすり減らす。
アスカ?
胸元で手を組み合わせ、アスカは不安げに落ち着きを無くしていた。
アスカ、可愛い…
普段絶対に見れない姿に食指が動く。
「アスカ…、もしかして」
「な、なによ?」
ゴク…
シンジは禁断の言葉を口にする。
「恐いの?」
パン!
シンジの頬が派手に鳴った。
「バカぁ!」
バン!
部屋に引っ込んでドアにもたれる。
「あ、アスカ!、アスカってば!」
ドンドンドンと、叩かれる震動を背中で感じる。
ばかバカ馬鹿!、シンジのバカ!
なによちょっと驚いただけじゃない!
バカにすることないじゃない!
目尻に涙が浮かんでしまう。
アスカ…、ごめん。
声が聞こえた。
碇君…
レー…
「あっ!」
ダメじゃない!
アスカは重要な事を思い出した。
一緒に寝るって予定だったのに!
要所にだけ出て来るセカンドが、一番の伏兵であり強敵なのだ。
やっぱり油断がならないわね!
「ちょっと待ちなさいよバカシンジ!」
慌てて跳び出すがもう遅い。
あ!
シンジは廊下の途中で振り返ってくれた、が、その側にはネグリジェ姿のレーがいる。
あいつ!
「アスカ…」
むかっ!っと来た。
舌を出す。
いーーーーーっだ!って、ああ!
シンジが首をすぼめたのを見て、またやっちゃった!っと後悔が走る。
「ち、違うわよ、あんたじゃなくて…」
「ごめん、アスカ…」
そんな言い訳をして、シンジは自室へと逃げ込んでいく。
あのバカ!
しかもシンジは、しっかりレーに背を押されていた。
ふん!
アスカはシーツの中に潜り込んだ。
「もういいわよ、ばかシンジ!」
だから夏なんて嫌いなのよ!
嫌い嫌い!
大っ嫌い!
ついでにシンジも大っ嫌い!
そのまま丸くなり、しばらく動かなくなった後で、シーツの小山は徐々に小刻みに震え始めた。
「あちゃー…」
ミサトは意外な展開に天を仰いだ。
「どうするの?」
「ちゃんと押し掛けるとこまでレクチャーしとくんだったわぁ」
ちらりとモニターの端を見る。
そこにアスカ、レイ2、レイ3、大穴でヒカリの名前と掛け率が表示されていた。
その中でレイ3はのぼせて鼻血を吹いて沈没している。
「無様ね…」
「でも勝負はまだよ!、ユイ様は「誰かの部屋に泊まらせる」って言ってたんだから!」
「ま、このままじゃドローゲームは確実、面白くは無いわ」
「賭けは続けるわよ?、蹴りが付くまで!」
「…あなたのそう言う所、笑えるわ」
この最後の部分は、えびちゅをあおるミサトの耳には届かなかった。
「碇君…」
うなだれるシンジに寄り添い、レーもベッドに腰掛ける。
「ダメだね僕は…、余計な事ばかり言っちゃって」
顔を上げる、別に傷ついているわけではない。
「アスカ…、大丈夫かな?」
恐がりなのは知っているのだ。
それ以上に心配な事もある。
「何を考えているの?」
シンジの目から、それを読み取ろうと試みる。
「…アスカのことだよ」
「そう」
「アスカって…、寂しがり嫌なんだ」
「…なら、碇君は行くべきだわ」
「え?」
すっとレーは立ち上がる。
「今日は、ここで眠るから…」
「レー…」
「あの人が落ちついたら、わたしの部屋で寝て」
「…うん」
そう言う手もある、か。
「ありがとう」
シンジははにかんだ笑みを浮かべた。
ううううう、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
何か聞こえるのよ、何かぁ!
…くぅん。
コンコンコン…
不意のドアノックにビクッと脅える。
「アスカ、入るよ?」
シンジは返事も待たずに入り込んだ。
パタンと後ろ手に戸を閉じる。
「アスカ…」
「…シンジぃ!」
ばっとシーツの中から跳び出したアスカを抱きしめる。
「こ、声…、声がするのよ!」
「声?」
「何か居るのよ、絶対ぃいいいい!」
顔が真っ青になっている。
アスカ、こんなに脅えて…
普段は見せない姿に胸が痛くなった。
脅えから来る緊張に全身を震えさせ、シンジの胸の中に隠れようと、とても小さくなっている。
そんなアスカを、シンジはギュッと抱きしめた。
「そんなに恐がらなくても大丈夫だよ」
シンジは苦笑して、アスカの顔を間近にしてから、髪に頬を擦り寄せる。
「何も恐いものなんてないよ」
そう言って頭を撫で始める、つむじから首の後ろへと。
気持ちいい…
しばらくその快感に身を委ねる。
…そうよね?、恐い恐いと思うから、なんでも無いものがそう聞こえちゃうのよ。
アスカは余裕を取り戻すそれと同時に、ちょっとした疑問を沸き起こした。
「ねぇ?」
「ん、なにさ?」
シンジは抱擁をやめて解放する。
「…慣れてるわね?」
剣呑な目つきで真相を探る。
「うん…、いつもしてたからね?」
「あいつらに?」
プッと吹き出す。
「なによ!、あんたまさか!?」
「アスカ覚えてないんだ?」
「へ?」
きょとんとする。
「…アスカって、僕が買い物に行ってる間に良く寝ちゃうでしょ?」
「え、ええ…」
コトコトとお鍋が吹いて、トントンと包丁の音が鳴る。
それをまどろみの夢の中で感じながら目を覚ますのがほとんどだった。
「帰って来たらソファーで泣きながら寝てるんだもん」
カーッとアスカは赤くなった。
「あ、あ、あ…」
「一人は嫌ぁ…って、寝言を言うからさ?、それで」
一人じゃないよ、側に居るよって。
そう言って撫でていたのだ、もうずっと。
「さ、最低!、信じらんない、なんでそんなことすんのよ!」
「なんでって…」
「待って!」
「え?」
シッ!っと、アスカは人差し指を唇に当てた。
「…やっぱり気のせいじゃない!」
ジくぅん…
隣の部屋から何か聞こえる。
「…寝言?」
「え?、でも今日カヲル君って」
「なによ?」
「本部の方で実験だって言ってたよ?」
「へ?」
じゃあ…、っとお互いの頬が引きった。