翌朝、ギロッと睨んでいるレイ×3
「しょ、しょうがないじゃない?、不可抗力よ、不可抗力…」
「お願いだからどいてよぉ〜」
 シンジは三人のお尻の下敷きになっている。
「何で僕が…」
「これは、罰…」
「待っていたのに…」
「わたしの好意、裏切ったのね」
 よほどきつく抱きついたのだろう、シンジの背中にはアスカの爪あとが残されている。
「抱き合ったのね?」
 ギクッとする二人。
「だからそれは!」
「いいわけ、するの?」
 恐いよ、レイ…
 サードの冷たい目には逆らえない。
「じゃ…」
 シンジの首にまたがるファースト。
「痛い痛い!」
 グキグキとシンジの首が鳴っている。
「「「それもこれも、あなたのせい…」」」
 背後に振り向く、張り付けになっているカヲルがいる。
「ああ、シンジくぅん☆」
 未だあっちの世界に居る。
 ぽわぽわと生まれる白い雲。
「あれなんだろう?」
「ATフィールド…」
「ATフィールド?、あれが!?」
 頷くサード。
「そう、あのバカの妄想が形となって漂っているの…」
 そっか、それも心の鏡みたいなもだもんな…って!?
「じゃあ、昨日の僕達が見たのって!?」
 アスカもがたんと立ち上がった。


「どう?」
「うん…」
 廊下に出て、奥の部屋の戸に耳をつけているシンジとアスカ。
 結局確かめようと部屋を出たのだ。
「…なにか聞こえる」
「か、カヲルよね?」
 そこはカヲルの部屋だから、当然そう言う事になるはずなのだが…
「…だからカヲル君、今日は帰って来ないって言ったじゃないか」
 アスカはぶるるっと震え上がった。
「いやよ、幽霊!?」
「古い家じゃないんだけど…、新しい家の方が憑くって言ってたし」
「やめてってば!」
 本気で脅えている。
「アスカ…、恐いの?」
「こ、恐くなんて、て、ないわ、よ!」
 強がってはいるのだが、シンジの裾をつかんだままでは説得力にかけている。
「ね、ねえ、シンジぃ」
「なに?、アスカ…」
「…シ、シンジ?」
「アスカ…」
 ごくっと唾を飲み込む二人。
 シンジはアスカの言いたかった事を理解した。
 お互いの瞳に、白いポワポワとしたものが写り込んでいる。
 廊下をを漂う白いもの。
 きゃあああああ!
 うわあああああ!
 二人は叫び、抱き合うように気を失った。


「あ、あれ!」
 昨日とどめとばかりに出て来たのもは…
「このバカの仕業だったの!?」
 ブルブルと震える指先を突きつける。
「そうよ?」
「あんたねぇ!」
 アスカはカヲルに詰め寄った。
 が、まだカヲルは向こうの世界に居る。
「ふふふ、シンジ君…」
 カヲルは張り付けになったまま器用に悶えた。
 この間のでわかったよ、合体の意味が…
 シンジに全てを委ねた瞬間の心地好さが蘇る。
(ああ、シンジ君、君の香りに包まれて眠れたら…)
 そう、幸せだね?
(これが安らぎと言う物だね?)
 僕はここに居るよ?
(シンジ君!)
 ここに居るよ?、カヲル君のためにね?
「シンジ君!」
(カヲル君!)
 つい調子に乗って声を上げる。
「話を聞かんかっ、あんたは!」
 怒りに任せてボディーブロー。
「ホントに恐かったんだから!、ほんとに…」
 はっとアスカは我に帰った。
「そう、恐かったのね?」
「あ、えっと…」
「子供?」
「わたしと同じ?」
 指を咥えて尋ねるファースト。
「ぷっ、ジャリなのね…」
「ち、違うわよ、恐くなんて無いわよ!」
「そう…、ならいい」
「へ?」
「シンジ君は、いらないわね?」
「ちょっと!」
「一緒に、寝たんだもの…、次は、わたし達の番よ」
 有無を言わせず宣言する。
「あれは寝たとかそんなんじゃないわよ!」
「聞く耳持たないわ」
「そんなぁ…」
 アスカはさめざめと涙を流しながらへたり込む。
「ダメなのは、あなた…」
 レイがくすっと嘲った。


「まったく加減ってもんを知らないんだから、もぉ…」
 グキグキと首を鳴らして廊下を歩く。
 隙を突いて逃げ出し、シンジは潜伏場所を探していた。
「よぉ、シンジ君じゃないか」
「加持さん」
 うっ!
 振り向こうとしてグキッと走った一瞬の痛みに、固まったように動けなくなる。
「おいおい、痛いんなら動かさない方がいいぞ?」
 ほれっとスプレー缶が宙を渡る。
「あっと、エアーサロンパス?」
 シンジはカシャカシャと缶を振った。
「大人しく隠れてた方がいいんじゃないのか?」
 この人は…、と溜め息を吐く。
「聞きましたよ…、レイとアスカを焚き付けたの、加持さんだって」
「そうだったかな?」
 冷たい視線を受け流す。
「はぁ…、そりゃ加持さんはミサトさんだけだから良いでしょうけど…」
「おいおい…」
「違うんですか?」
 あまり友好的な色合いではない。
「嫉妬深くてなぁ…、他の子と話しただけこれなんだよなぁ…」
 自分の頬を叩いて見せる。
「自業自得でしょ?」
「それはシンジ君だってそうだろう?」
「僕は…」
「ま、正直俺はシンジ君に自分の夢や希望を重ねているからな?」
「希望、ですか?」
「ああ…」
 遠い目をする。
「君達ぐらいの時にはもう近衛兵になっていたからな…、味もそっけもなくて、歳の近い女もミサトだけだったし」
「だから僕にハーレムを作れって言うんですか?」
「青少年らしく青春しろって言っているのさ」
 男臭くウインクする。
「僕、男ですよ?」
「嫌いか?、男は」
「当たり前じゃないですか…」
 どこまでが冗談なのか推し量れない。
「ま、その内ミサトみたいに嫉妬してくれる子だけが残ってくれるさ、そう暗くなることはないよ」
「…それもどうかと」
 どちらにしても、未来は暗たんとしている気がする。
「以外と苦労性だなぁ、シンジ君は」
「いけませんか?」
「好きならパアッと手を出せばいいじゃないか?」
 両手を広げて誘いをかける。
「それとも傷つけるのが恐いか?」
「恐いのはお仕置きですよ…、僕はまだ死にたくはありませんから」
「それは俺もそうだがな?」
「「はぁ…」」
 見事にユニゾンをかましてうなだれる。
「結局行き着く所は同じか?」
「違う事を、祈りたいです」
 シンジは冗談っぽく苦笑いした。


「このレポート、読ませてもらったよ」
「恐縮です」
 リツコと冬月はプライベートな時間を作っていた。
「二・三の疑問は残るものの、やはりわたしと同じ結論に辿り着いたか」
 それはATフィールドに関するレポートだ。
「疑問…、ですか?」
「ああ」
 眉をひそめたリツコに、冬月は苦笑をもって返事にする。
「君は直に触れて来たからだろうな?、わたしは机上の空論だけで答えを導いた、理論値に過ぎんと言う事だ、その差が疑問になっている」
 満足な実験データも無しに冬月はリツコと同じ研究結果を導き出したと言っているのだ。
「紙の上では整合性が取れていても、現実的には不条理な点が見えてしまう、ままあることだよ、正しいのは君の見解だ」
 冬月の目はアスカがATフィールドを弾として使った点に着目していた。
「位相空間であるはずのATフィールドか…」
「はい、分かりやすく言えば話題の豊富な子が作り出すおしゃべりの場、と言った所ですわね?」
 幾つかの戦いに付いてもまとめられている。
「そこへ入り込み、言葉巧みに笑いの輪をかすめ取って主役に成り代わる」
「それがATフィールドでの戦い、侵食そのものですわ」
 つまり場である以上は、それを放つ本人から切り離すことは出来ないはずなのだ。
「同じ土俵に立つ事が前提条件だな、それで、アンチATフィールドだが」
「逆にその子の話題に付き合ってあげる、満足感を与えてあげる事で同一化を果たす」
「満たされれば自然と心を開いていくか」
 警戒心を失った丸裸の心は、あらゆる恐怖に容易く傷つく。
「ふむ…、やはり問題はこれだな」
 アスカの行った攻撃だ。
「はい、同じ…、土俵でしたかしら?、フィールドではなく突然その外から銃器で狙い撃つ行為です」
「全く異質で、理不尽な力を振りかざし、黙り込ませる」
「これは本来ATフィールドの能力では有りません」
 もしそれもまたATフィールドの特性だとすれば、ATフィールドは空間ではなく力場に近い性質があると言う事になる。
「やはり第三の力があると見て間違い無いか…」
 レポートを閉じる。
「…しかしこれはアスカで無ければ顕現しなかった力ですわ?」
「ああ…、ユイ君は優し過ぎるからな?」
 力ずくなどと言う言葉は持ち合わせていないだろう。
「ですがだからこそエヴァンゲリオンと通じ合える…」
「…他にもシンジ君が似たような攻撃をしてはいなかったかね?」
「はい、それに付いても調査中です」
「恐らくこの敵に対してはこれが切り札になる、結論を急がずに頼むよ」
 冬月はそのレポート用紙を返した。
「直感だがね、嫌いだったかな?、その様な曖昧なものは」
「あ、いえ…」
「構わんよ、それが科学者と言うものだ」
 冬月の笑みはどこか自嘲を含んでいた。



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