「え〜〜〜?、ドイツへの出張!?」
「ああ」
「そんなのカヲルでいいじゃなぁい!」
 ぶぅっとブー垂れる声がブリーフィングルームを反響する。
 とりあえず落ちついた所で、全員に召集がかかったのだ。
「そやかて、なんでまたドイツなんぞに?」
 トウジは先程からドイツ支部の資料を読み漁っている。
「ああ、この間のJAなんだが、同型機がドイツ、フランスでも建造中なんだよ」
 レイとレーは目を細めてカヲルを見ていたが、瞬きの後にリョウジを見据えた。
「まあこの間のことがあった所だからね?、神経質になっているのさ」
「護衛、ですか?」
 尋ねるサード。
「こちらも狙われないとは限らないからな、だから万が一の時のために、エヴァテクトしたシンジ君かカヲル君にテストパイロットを頼みたいんだ」
 えーっとシンジは予想外の役目に驚きの声を上げる。
「そんなの僕には出来ませんよ!」
「それは僕にも言える事さ…」
 カヲルも当たり前だと同意する。
「それについてはちゃんと司令に相談済みさ」
「父さんに?」
 ピシュっと壁のスクリーンに、司令席に座ったゲンドウが大写しになった。
「シンジ…」
「なにさ?」
 妙に威圧的な雰囲気である。
「お前には失望した」
「なんだよ急に!?」
「何故いまだに独り身なのだ?」
「いきなり何の話をしてんだよ!」
 ゲンドウは問題無いと受け流す。
「そやなぁ、そろそろちゃんとした方がええでぇ?」
「なんでそんな話になるんだよ!?」
「ふ、また逃げるのか…」
「そうじゃなくて!」
「昨夜も、素直に誰かを選んでいれば大きな騒ぎにはならなかったはずだ」
「あれはカヲル君が!」
「シンジよ…」
「なにさ?」
「情けない、わたしが十五の頃には…」
(いけません!、この会話は盗聴されています!)
(なに?、碇!)
「うむ…」
 背後でのやり取りにゲンドウはおおように頷いた。
「加持くん、後で…」
「わかっています」
 盗聴…、母さんだな?、きっと…
 やり取りから隠蔽を謀ろうとしているのだと伺い知る。
「まあ…、ユイには後で頭を下げるとして…」
 ちょろっと本音が漏れてしまった。
「幸いにも霧島君に放射能による汚染は見られなかったが、人的被害は抑えねばならんからな?」
 エヴァテクターなら中性子でも防げるだろう。
「中止ってことにはできないの?」
 もっともな事をシンジが言う。
「JAは地球側が総力を上げて開発した巨大戦闘用決戦兵器だが、その扱いはネルフと言う事になっている…」
「どういう事さ?」
 はっとアスカが気がついた。
「バッカみたい!、ようするに自慢したい奴らがいるってだけじゃない!」
 あるいは汚名を返上したいのかもしれない。
「同型機が問題無く起動試験を乗り越えさえすれば、前回の問題は使徒、あるいはアメリカ支部の責任と言う事になるからな…」
「中止と言う事になれば、欠陥品をせっせと勤しんで造っていたって無能ぶりを公表するのと同じだからな」
「上手くいったら万々歳、大手を振ってつまらない名誉が手に入るってわけね?」
「でも失敗した時には上層部の無理な開発進行が原因と逃げを計る、か…、そこまでして実用性の欠けらも無いものを組み上げたがる、僕には分からないよ…」
 それについてはリョウジが答えた。
「この間の戦いで、JAでもエヴァに対抗できると思い込んだんだよ」
「映像資料は各国の軍にも流れたからな…、現在はJAを巡っての諜報戦も展開されている」
 アスカが軽蔑するように吐き捨てた。
「度し難いってのはこのことね?」
「ありゃあ、霧島がおったから手ぇ出せへんかっただけやろが…」
「映像からはそこまでは分からないさ、それに女の子一人ぐらいがどうだと考えるのが軍ってもんだ」
「酷いですね…」
 顔をしかめるシンジ。
「地球人は精神面では未発達だからな?、ヒューマニズムは上辺だけのものだよ」
「そう言う事だ…、JAについては技術開発と言う名目で研究はさせる、しかし人命を賭ける価値はない…」
 ゲンドウの視線に頷き、リョウジは最後のまとめに入った。
「で、放射能漏れ程度じゃ死にそうに無いシンジ君達に頼みたいんだけど…」
 シンジとカヲルを交互に見やる。
 それにはアスカが憤慨した。
「ちょっとぉ、なんで鈴原やレイじゃないわけ?」
「わたし、シンジ君が行くのなら着いていくわ」
「ほら」
 肩をすくめるリョウジ。
「ま、それはあたしも同じだけどねぇ…」
 当然残るのなら行く気は無い。
 シンジとワンセットなため、聞く必要がないのだ。
「でも鈴原は?」
「トウジ君にはレイちゃん達の護衛って任務があるからね?」
「…必要ないわ」
「おいおい」
「シンジ君がいるもの…」
 熱い視線、だがこの場合は迷惑なだけだ。
「さてと、で、頼めるかな?」
 加持が上手く護魔化した。
「もう先にマヤちゃんが向こうへ行ってるんだ」
「マヤさんが?」
「お?、行くかシンジ君」
「え?、あ、いったああああああああああああああああああ!」
 ぎぃいいいいいゆうううっとお尻がつねられる。
 同時にそっぽを向くレイとアスカ。
「これは僕が行った方が無難なようだね?」
 結局カヲルが助け船を出した。


 第二ラウンド。
 ダン!
 勢いよく包丁が振り下ろされる。
 切っているのはアスカで、はらはらしているのがヒカリだったり…
「綾波さんお願いだから手伝って!」
「だめよ!、シンジのはあたしが作るんだから!」
「あなたのじゃ喜ばないわ」
「なんですってぇ!」
 ひーんっとヒカリが泣きそうな厨房または女の戦場。
 割烹着を着たヒカリの姿は、完全に食堂のおばちゃんと化している。
 リツコさん恨みますからぁ!
 ちなみに敵はこれだけではない。
「よぉ似合っとるわ」
「つまみ食いしない!、レーもよ!」
「もんらい、らいわ」
 わずかにほっぺを膨らませ、レーは眉音を歪めている。
 その顔は怒った子リスのようだ。
 口の中いっぱいに頬張っている。
「そやかてなぁ?、飯が出来た時におらんかったら怒るやないかぁ…」
 小腹が空いた上に暇らしい。
「で、お前は何を作っとんのや?」
 サードの手元を覗き込む。
 ビシュ!
 その頬にぴたっと突きつけられる出刃包丁。
「邪魔しないで…」
「わ、わあったて…」
 キラリと光る出刃に冷や汗タラリ。
「ほんま、シンジだけ手作りで羨ましいわ…」
 指を咥えて引き下がる。
「あら?、じゃああたしのご飯もいらないわけね?」
 ヒカリの氷点下のお言葉に、殺生なー!っとトウジは泣いた。


「はいレイちゃん、あ〜んして?」
 あ〜んと開けられた小さなお口に、ユイはニコニコとスプーンを入れる。
「楽しそうですね?」
 それを微笑ましくも見守るカヲル。
「ええシンジを育てた記憶がないからかしら?、可愛くってたまらないのよ…」
 ほうっと妖しいため息をつく。
「早く孫の顔が見たいわぁ?」
 ユイの一言は爆弾と同じだ。
 サードの瞳がキラキラと光彩を放った。
 これでお母さま公認ね!
 もちろんアスカもシューマイを頬張りながら、いやらしい笑みを横顔に浮かべる。
「もちろんレイちゃんも可愛いんだけど…」
「不満がありますか?」
「手がかからなくて…、もっと甘えてくれてもいいのに」
 頬杖をついて、スプーンを逆手に持つファーストを眺める。
「レイも変わりましたよ…」
 思わずカヲルは苦笑を浮かべた。
「そう?」
「幼児化が進んでいます…、愛される環境に居るからでしょうね?、包まれているから殻を被る必要が無い…」
 少しずつだが自分を晒け出している。
「でもそれを伝えたのはレーちゃんとレイ、与えているのはシンジじゃない?」
 レーは抗議する様に口を尖らせた。
「お母さんからも…、感じてる」
「ありがとう、レーちゃん」
「いえ…」
 ぽっと頬を染めて俯くレー。
 その様子にポイントを取られたと不満なのかサードがすねる。
「それにしても…、わたし達も出会いが早ければシンジ達のようになれたのかしらね?」
「あんなに情けなかったんですか?」
 ずずっとお茶をすするケンスケ。
「「「情けなくないわ」」」
 何故だか三つも声が重なった。
 そのシンジはと言えば…
「……」
 お腹が1.5倍に膨れ上がり、ごぷっと口から逆流するほど、なにかを思い切り詰め込まれている。
 ふん!、マヤなんかにでれでれっとした罰よ!っとはアスカの談。
「あ、それじゃあレイ達はどうだったんですか!?」
 その哀れさにケンスケは焦った。
「似てるんですか?、ユイさんに」
 ユイはそうねぇっと思案した。
「自分ではわからないけど…」
 レイとレー、それぞれを見やる。
「似てる所もあるわね?、確かに…」
 何かを含んだ小さな笑みに、レーの動きが止まってしまう。
 碇君と、わたし…
 瞬間でユイとゲンドウをベースにシュミレートを実行する。
 あなた、お茶…
 ありがとう、レー。
 シンジは新聞の裏で赤くなっている。
 それを微笑ましく見守るレー。
「何考えてるか一目瞭然ね?」
「ええ…」
 引きつるレイとひくつくアスカ。
「レイちゃんは?」
「はい?」
「レイちゃんは嫌かしら?、あたし達の様な夫婦は」
「…わたしは、碇君に、愛されてるから」
 答えになってないわよ。
 残され不機嫌になるアスカ。
「アスカちゃんは?」
「あ、あたしは、別に…」
「嫌なのね…」
「そんなこと言ってないでしょう!?」
 レイとアスカはちらりと横目をシンジに向けた。
 トドかオットセイのように横たわるシンジは、泡さえも喉に詰まって顔色が悪くなっている。
「あんたもいつまで寝てんのよ!」
 そんなアスカの八つ当たりは、さすがに臨死体験続行中のシンジにはかなり酷なものであった。



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