「ねえ?」
 妙にそわそわとしているシンジがいる。
「ほんとに行っちゃうの?」
 荷物をまとめているカヲルにすがり付く。
「リョウジさんの頼みだからね?、仕方が無いよ」
「嫌だよ、行かないでよ、カヲル君!」
「シンジ君…」
 困った表情で、あやすように頭を撫でる。
「不安なのかい?」
「当たり前だよ!」
 シンジは本気で泣き始める。
「大丈夫、危険はないさ、すぐに帰って…」
「でもその間はどうするのさ!?」
「彼女達のことかい?」
 こくこくと頷く。
「絶対なにか企んでるんだ!、目が変に光ってるんだよ!、獣みたいな唸り声も上げてるし…」
「まあ…、襲うと言う点では同じだからね?、人も獣も…」
 苦笑する。
「そうなんだよ!、このままじゃ僕、犯されちゃうよ!」
 今もびくびくと脅えている。
「でもレイちゃんがいるんじゃないのかい?」
 ファーストとは一応同室である。
「あの子が一人で眠るとは思えないね?」
「…でも寝付きが良過ぎるから」
 シンジの腕枕がお気に入りだ。
「それにレーだって潜り込んで来るし、アスカは覗きに来て怒鳴り散らすし…」
「レー、か…」
「カヲル君?」
「いや、すっかりその呼び方が定着したと思ってね?」
 カヲルは荷物の整理をやめた。
「いつの間にか母さんの呼び方が移っちゃって…」
「レイは怒らないのかい?」
「え?」
「愛称、ニックネームは親愛の度合を現わすからね?」
「ああ…、レイはなんとも思ってないみたい」
「そうなのかい?」
「うん…、って言うか、ちゃんと呼ばれる方が嬉しいみたいなんだ」
「レーとは逆なんだね?」
「レーって子供みたいな所があるんだ…、そう呼ばれてる方が甘えやすいのかな?」
 カヲルはちょっと複雑そうに笑みを変えた。
 勇気を振り絞るために必要なきっかけは、なにもシンジ君でなくてもいい。
 意識の変化…、レーは成長しているのか?、シンジ君が絶対では無くなるほどに…
「カヲル君、どうしたの?」
 うん…、と浮かない表情を見せる。
「なんでもないよ…」
「そう?」
 カヲルは荷物整理を再開した。
「シンジ君?」
「なに?、カヲル君…」
「人は時として突き放されるものさ…、明日のためにね?」
 カヲルはからかうように笑いかけた。
「なにを…、何を言っているのかわかりたくないよ、カヲル君…」
「これは試練なのさ、まあ、幸い僕の部屋が空くんだから、ここで寝泊まりするといいよ」
「カヲルくぅん!」
「幸せは君と共にある、迷いながら進むと良いよ」
「そのままのたれ死ぬのは嫌だよう!」
「じゃあシンジ君、健闘を祈るよ?」
「今晩だけでも一緒に居てよぉ!」
「これも試練だよ」
 何しろ片田舎である。
 今回の移動は通常の交通機関を使うため、まずは今夜のうちに空港のある最寄りの都市まで移動する事になっていた。


 今日もファーストはユイの所だ。
 結局ファーストと一緒に寝たかっただけである、ユイが。
 そしてそれを知ってか知らずか?、深夜の廊下を白い影が徘徊していた。
 セカンドである。
 潜り込むための準備は万端、ネグリジェ姿に枕も持参で、しかも寝ぼけているのか足取りが危うい。
 バン!
 戸が開いた。
「捕縛!」
 アスカの命令に合わせて、「むぅ」っと目がショボショボのサードが動く。
 ふっ、ちょろいもんよね?
「そう簡単にシンジと同衾されてたまるもんですか!」
 サードに「あたしが協力してあげるわよ!」っと持ち掛けたのだ。
 こいつらが夜更かしできないのは知ってるのよね☆
 高笑いをするアスカの前で、二人のレイが眠りに落ちる寸前のもたくさ動作で絡み合う。
「じゃ、レイ、後は頼むわよ?」
「…どこに行くの?」
 からまり団子状態になるセカンドとサード。
「シンジの所に決まってるじゃなぁい☆、きゃ!」
 どてっと転ぶ。
「なにすんのよぉ!」
 引っ掛かったのはレイの足。
「碇君と眠るのはわたし、わたしだけの特権、あなたはダメ、それがペナルティのひとつ、一つの布団、それはとてもとても温かい物なのよ、ぐぅ…」
 起きたままで鼻ちょうちんを膨らます。
 それを見てアスカは怒る気力も消え失せた。
「…あんた寝ぼけてるでしょ?」
「なぜ?」
「何処見て喋ってんのよ?」
「さあシンジ君、わたしと一つになりましょう…」
「だから何処見て喋ってんのよ!」
「あそこ…」
「へ?」
 ついつい指差す先を見てしまう。
「ほら、碇君がいるもの…」
「ひっ!?」
 廊下の奥に揺れる金色の影。
「そ、そんな…、そうよ、あれもきっとカヲルの!」
「カヲル…、あの人、もう、出かけてる」
 きゃあああああああああああああああああああ!
 昨日に続いてまたも館がビリビリ揺れた。


「ほんとに見たんだってば、ほんとよぉ!」
 アスカは必死になって訴える。
「誰も嘘だなんて言ってないでしょう?」
「目が言ってるわよ!」
 監視カメラに映る幽霊ねぇ…
 ついでに計測機器にも反応が出ている。
 つい苦笑してしまうリツコである。
 呼び出されたのはアスカとレイの二人だけ。
「診断結果はいたって健康、自慢していいぐらいよ?」
「…錯乱したのね」
「なによ!」
「…なぜ、あんな時間に廊下に居たの?」
「あんたがシンジと寝たいから協力しろって言ったんでしょう!?」
「嘘、あなた、嘘を言ってる」
「…な、なによ?」
「あなたが言ったのよ?、敵は排除すべきだと」
「覚えてんなら聞くんじゃないわよ!」
「何を言うのよ…」
 ぽっと頬を染めて恥じらいを見せる。
「きー!、このバカ…」
「ま、あなた達のことはどうでもいいのよ」
「どういう意味よ!」
 流れのままにリツコにからむ。
「まあそんなに気分が悪いのなら良いわ?、帰って寝なさい、まだひと眠りできるわよ?」
 ほんとに見たのに…
 アスカは悔しくて唇を噛んだ。


「…アスカ、本気だったけど」
 シンジはポツリとこぼすように漏らした。
「そんなに恐かったのかなぁ?」
 シンジの部屋にはもう一人の存在があった。
 脇の当たりで丸くなっている。
「お化けって、なに?」
 セカンドはシーツを被ったままの状態で、顔だけ出して不思議そうにシンジに尋ねた。
「死んじゃった人が、まだ生きてると思いこんで迷い出て来るんだよ」
「そう…」
「よくわからない?」
 レーはギュッとシンジにしがみつく。
「…碇君は、死んでも、戻って来てくれる?」
 …嫌なこと言うなぁ。
「レーが望んでくれるなら」
「ありがと」
 ぽっと頬を染めた後、レーはしがみつくようにシンジの寝間着を握り締めた。


 アスカの両親が不仲になり、アスカは一人家に残されるようになった。
 ズル…
 インスタント焼きそばを不器用に持ったお箸ですする。
 どの部屋もカーテンは閉めっぱなしで電気も付けられていない。
 アスカのいる台所だけが明るいのだが、それでも家中のシンとした空気と人気の無さから来る冷えた空気が、アスカの心を寂しくさせていた。
「おいしくない…」
 ポツリと漏らし何度かお箸を突き刺した後、入れ物ごと直接ごみ袋へ放り込む。
「ママ…、今日も帰って来ないのかな?」
 お酒に酔った母が一番嫌いだった。
 あ〜らアスカはいいわねぇ?、あの男からいっぱいお金を貰ってるんだから。
 もちろんアスカに罪は無い、母のキョウコが勝手に嫌悪する相手からの金を敬遠しただけの話である。
 ママ…
 それが分かるから、アスカもお金には手をつけないようにしていた。
「一人は嫌ぁ…」
 泣いた所で一人のままだ。
 どんなに嫌われていたとしても、何を言われても誰かが側に居てくれる方がいい。
 アスカは布団の中に逃げ込み、毛布を被る。
 しかしそれが恐怖の始まりだった。



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