きゃああああああああああああああ!
シンジがうつらうつらし始めた頃、またもアスカの悲鳴が轟いた。
さすがに三度目ともなると落ちついてしまう。
「アスカ?」
シンジに遅れてむくりと起き上がる二つの影。
「……」
何か良い夢でも見ていたのだろうか?、いつの間にか潜り込んでいたサードが不機嫌そうにお怒りマークを点灯させている。
「…続き」
セカンドは謎の言葉を残してバタンと倒れた。
「アスカ、どうしたの!」
ケンスケとヒカリが部屋の戸を叩いている。
「委員長、ケンスケ!」
シンジの声が聞こえたからか?、キィっと控え目にすき間が開いた。
「…シンジぃ」
「アスカ!、どうしたのさ!?」
ペタンと腰が抜けたように座り込んでいる。
「ででで…」
「で?」
「出た」
「え?」
「お化けよ、お化けぇ!」
シンジの腰にすがり付く。
えっと…
「またかぁ?」
良く飲み込めないシンジの代わりに、ケンスケがアスカの恐がる窓辺へと近寄った。
「…お化けってこれかぁ?」
カーテンを開ければ何処から飛んで来たのか?、十何センチと言うばかでかい蛾が張り付いていた。
「う…」
「まったく人騒がせな」
「アスカぁ?」
「だだだ、だってね!?」
「うるさい」
ドゲシ!
「うわ!」
バタン!
全て一瞬の出来事だった。
「れ、レイ!?」
ヒカリが驚く。
寝ぼけ眼のサードが、シンジを蹴飛ばし戸を閉めたのだ。
「…寝るの」
ギンッと、ボケていながらも鋭い眼孔を二人に放つ。
そのままとてとてと部屋へ戻った。
「…寝ようか?」
「だね?」
毒気を抜かれた二人も、それに習うことにした。
部屋の中には呆然とする二人が取り残された。
真っ暗な室内。
座り込むアスカ。
それに寄りかかるようなシンジ。
まるで抱き合うような二人の体勢。
「あ、ご、ごめん!」
シンジは慌てて離れようとした。
え?
しかしできなかった。
ぎゅっと背に回された手が、強くシャツをつかんで離してくれなかったからだ。
「シンジぃ…」
アスカは強気をかなぐり捨てた。
「…はぁ」
溜め息を吐く。
「わかったよ」
泣いてる女の子にはとても勝てない。
シンジはアスカを抱き起こした。
「リツコ!、リツコいるんでしょ!」
真夜中だというのに研究室に怒鳴り込む。
「あなたね…、わたしが部屋に帰ったって事は考えなかったの?」
「もう一週間缶詰じゃない!、っと、それどころじゃないのよ」
リツコは仕事用の表情を作る。
「ええ、さっき警報が鳴ったわ」
「でもどうして?、カヲル君はもうここを出したのに…」
一度目は笑って許せるし、二度目は偶然ですませられるが、三度目ともなればそれは必然の出来事だ。
「夕べのあれの解析結果は出たんでしょう?」
「一応はね?」
パターンシグナルを表示する。
「これってやっぱり?」
「そう、ATフィールドよ?」
ATフィールドそのものが揺らいでいる。
「カヲル君じゃないATフィールド?、まさか敵に侵入されたの!?」
以前の、リツコに入り込まれた時のことが脳裏を過る。
「いいえ、それはないわね…」
「どうして言い切れるのよ?」
「これが誰のATフィールドか、もう分かっているからよ」
リツコは平然と口にした。
知らなかったな、アスカがこんなに恐がりだったなんて…
震えるアスカに溜め息一つ。
アスカはアスカで緊張していた。
アスカってひねくれてるから、碇君の告白待ってるんです…
突然思い出したのはヒカリの台詞だ。
だからあたし、待ってるのかしら?
間近にあるシンジの顔をじっと見つめる。
同時に思い出すのはレイの言葉。
二人には『レイ』を生むと言う約束があるから…
嫌!、シンジ…
脇の下から腕を回して、シンジの背中をギュッとつかむ。
「アスカ?」
嫌…、嫌、嫌っ、嫌なの、嫌なのよ!
もう独りぼっちは嫌…
あたしだけを見て!
笑いかけるシンジ。
あたしだけを抱いて!
でもみんなに微笑みかける。
振り向いて!、抱きしめて!、のしかかって、襲ってよ!
その方が心が楽になれるから?
心の囁きが熱を冷ます。
そうよね…
シンジの『もの』になってしまう。
その方が楽なんだ。
人形に鳴れば、辛い事にも苦しい事にも、何も悩まずに済むのだから。
きっと自分は弱くなる。
捨てないでって叫んじゃう…
きっと都合の良い女になれるから。
「アスカ?」
尋ねる声にはっとする。
「どうしたの?、痛いよ…」
シャツをつかんでいる手が、がちがちに固まってしまっている。
意識してもほぐせない、外れない。
「そんなに恐いの?」
違う。
「大丈夫だよ、おばけなんてさ?」
違うのよ…
「アスカ?」
怒るかな?
覚悟の上で引きはがす。
あ…
つい手を離してしまった。
嫌よ!
だがすぐに代わりのもので包まれる。
シンジ…
抱きすくめられる。
嫌じゃない…
心が落ちつく。
シンジに誘われるままに、ベッドの端に腰掛ける。
おかしいよアスカ…
普段ならどんなに恐い目に会ったとしても、少しは強がるはずなのに…
シンジはいたたまれなくなって、何となく頭を抱きかかえた。
「大丈夫だから、ね?」
シンジは赤子をあやすように背を叩いた。
「うん…」
子供のような声をアスカは漏らす。
「アスカ…、赤ちゃんみたいだ」
「なによそれぇ…」
アスカは照れて、ちょっと大胆な行動に出た。
「赤ちゃんはこんなことしないでしょ?」
「え?、あ、ちょっと!」
「だぁめ!、シンジが先にして来たんじゃない…」
アスカもシンジの身体に腕を回した。
身体を丸めて、シンジの胸にすがりつく。
「泣いてるの?」
「違うわよ…」
じゃあなんでシャツが濡れて来るんだよ…
シンジはふぅっと溜め息を吐いた。
「わかったから、もう泣かないで…」
「ホントに違うの…」
しかしガタガタと震えている。
「幽霊なんて、恐くないよ…」
鈍いわね、本当に…
しかしそれがありがたい。
アスカは勘違いを利用した。
「違うのよ…」
「ん?」
「お化けが…、恐いわけじゃないの」
声が震える。
「いいよ、無理しなくても」
「違うわよ!」
悲鳴を上げる。
「あ、あたしが、恐いのは…」
「恐いのは?」
「お化けって…、一人っきりの時に出るものだから」
「え?」
アスカはぐしっと鼻をすすって、シンジを見上げた。