「シンちゃん、レイちゃんの事は知ってるのよね?、……そう言えばアスカちゃんとも昔」
「うわあああああ!」
慌ててユイの口を塞ぐシンジだ。
「母さんは黙っててよ!」
「もが……」
どうやら「ふわい」と言ったらしい。
「おっとこの子ねぇ」
ミサトがニヤニヤと焚き付けた。
「自分で口説きたいんだ?」
「からかわないでってば!」
シンジはアスカとレイの視線に気がついて、はっとして気まずげに席に戻った。
「ご、ごめん……」
「いえ……」
苦笑するアスカだ。
「ユイおばさまには、いつも優しくしていただいてますから」
アスカは軽く首を曲げて微笑んだ。
なるほど、と頷くシンジ。
(そりゃ母さんの相手をしてたら、こんなとこ見ても何とも思わなくなるよなぁ)
ほっと胸を撫で下ろしてしまう。
だがアスカの言葉は、実はレイに対する牽制であった。
「シンジさんのことも、おばさまから色々と聞かせていただいてます」
ちらりとレイを見るアスカ。
こっちの味方だと歪んだ笑みを浮かばせる。
しかし鼻で笑い返された。
「それは、わたしも同じことよ」
「え?」
シンジはキョトンと、レイとユイを見比べた。
「そう言えば母さん、どうして綾波のことを知ってるの?」
ユイは微笑んで、自分のパスケースを取り出した。
そしてそれをシンジに見せる。
「……養護施設、ネルフ?、母さんあそこで働いてたの?」
「なに言ってるの」
呆れた顔。
「お父さんが経営してたのよ、あの世界規模の施設をね」
あっ!っと、シンジはレイを見た。
「じゃあ、綾波が言ってた「足長おばさん」って……」
「お姉さんよ、間違えないで」
そっぽを向いたレイに失言を感じて、シンジは母のこめかみの引きつりに恐怖した。
「あ、あの、わたしも!」
対抗するように身を乗り出すアスカである。
さも偶然を装ってレイを押しのける。
「わたしも、ネルフの出身なんです!」
あれ?、っとシンジは首を捻った。
「え?、でもアス……、惣流さんのお母さん、たしか父さんと同じ研究所に……」
そこまで言ってしまってから、シンジは「しまった!」っと慌てて口をつぐんだ。
「……シンジ君、あたしのこと知ってるの?」
「ううん!、そんなわけないじゃないかぁ、いやだなぁ」
はっはっはっと、乾いた笑いで護魔化した。
「僕は今日初めて会ったばかりで、決してお医者さんごっこをした仲では……」
じーっと見ているアスカ。
(やばい、やばいよ)
つうとつたう汗が出る。
「あ、それでね?、綾波とは同じクラスなんだ、ね?」
「そ……」
「で、いつも朝御飯を作りに来てくれるんだ」
「間違えないで」
冷たい視線がシンジを貫く。
「夕飯もよ」
「そ、そうなんだよね……」
ぜぇぜぇと息切れし始めるシンジである。
「じゃあもしかして、あたしってお邪魔虫なのかしら……」
アスカはしおらしくうつむいて見せた、が。
(バレバレだよ、アスカ……)
彼の猜疑心は拭えない。
「はいはいはい、ちょっとアスカちゃんに分が悪いみたいだけど……、ちょっと三人で散歩でもして来てもらえないかしら」
「え?」
「その間にお食事の用意をしておきますから、ね?」
シンジは母の微笑みに、嫌な予感を覚えずにはいられなかった……
FIANCE〜幸せの方程式〜
第三話、大惨事、お座敷会戦
緊張する息子と、それを半歩下がった位置で挟み合う少女二人。
そんな庭先の光景が、その小さなモニターにしっかりちゃんと収められていた。
「う〜ん、いい雰囲気じゃない」
8インチ液晶モニターで確認しているユイ。
ちなみに繋がれているAVケーブルは、押し入れの中の10連セレクターへと伸びていた。
どうやらこの料亭の至る所に、隠しカメラを配したようだ。
「悪趣味ですねぇ」
言いながら同じように笑っているミサト。
「良いのよ、あなたも結構好きなんでしょ?」
と言うユイの意地悪い質問に……
「で、アスカ、どうなんです?」
なんとか話しを逸らそうと試みる。
「なんのこと?」
「本気じゃないんでしょ?、あの子……」
「どうして?」
「アスカが加持以外の男に懐くわけありませんから」
「加持……、ねぇ?、そう言えば加持君って人が居たんだっけ、あの子には」
普段のアスカでも思い出したのだろう、苦笑した。
ちなみに加持とは養護施設の用務員である。
「大丈夫よ、そのためのレイだから」
「どういうことですか?」
「ほら、対抗心剥き出しで……」
ああ……、っとミサトは納得した。
「その内ほんとにはまってしまう……、と?、でもそれではレイが……」
「葛城さん……」
急に真剣な顔になるユイ。
「わたしは、アスカに幸せになって欲しいの……」
心の内を明かすユイ。
「でもそれはレイちゃんにも同じように思っているのよ?」
「では?」
「そのためなら、重婚もやむなしと考えています」
ミサトはたっぷりと十秒ほど惚けてから……
「ええー!」
っと驚いた。
「それは一体!?」
「養護施設ネルフ支部がアフリカにあります」
「それは……」
いくらなんでもと正気を疑ってしまう。
「向こうで婚姻の後、こちらに戻れば何も問題はありません、……わたしはね?、どうしてもあの子達に幸せになってもらいたいのよ、そのためならば、どんな手段も辞さないつもりよ?」
「ですが、それでは……、あまりにも」
突然に、ユイはふっと憂いを帯びた表情を作った。
「女はね?、好きな人と一緒にいられることが一番の幸せなのよ……」
そして辛いものを、ため息と共に吐き出していく。
「でも残酷なことに、この国ではたった一人しか選ぶことは出来ないの」
わかるでしょ?っと、ユイはミサトに同意を求めた。
「しかし、なら余計にアスカを無理にくっつけることはないのでは?、本意ではないんでしょう?」
それが一番自然で良い様な気がしてしまう。
気ではなく、もちろんそれが一番良かった、誰にとっても。
しかしだ。
「あら?、だってアスカちゃんはあたしの一番のお気に入りなんだもん」
(このおばさんは……)
思わず拳を握り締めて血管を浮かべてしまう。
「わたしはね、あの人からネルフを受け継ぐ前に、こう言われたことがあったのよ」
そんな危険な様子のミサトに、ユイは苦笑交じりに打ち明けた。
「ユイ、わたしの居ない時は、全権を君に委ねる、好きにしたまえ……」
いかめしい顔を顎鬚によってさらに鬱陶しくした男が、後ろに手を組んだままそう告げた。
驚くユイ、しかし彼の真意は赤いサングラスが邪魔で確認出来ない。
「駄目です、いけませんわあなた」
「ユイ……」
「ネルフの権限は大きなものです、とてもわたしには」
「構えていればいい、それ以上は望まん」
見下ろしてくれたからか、安心出来るサングラスの奥の優しい瞳が覗き見れた。
「ネルフ、その前身でもあるゲヒルンの頃から、我が養護施設は多大な人材を世間に放出して来た」
「はい」
「彼らは今や全世界の中枢にまで食い込んでいる、ホワイトハウスですらネルフの出身者を優先的に登用する程だ、だが同時に各国の政府機関は、ネルフ関係者によって統括されていく世界の現状に無用な恐怖を感じてもいる、特に、影の支配者であると勝手にあたりを付けている、このわたしをな」
「まぁ……」
「だがな、ユイ、わたしは彼らに何一つ命令や要求をしたことは無いのだよ」
「あら?、でしたらあの特権、優遇の数々は?」
「向こうが勝手にしていることだ、わたしは知らんよ」
「ずるい人ね……」
ちょっと呆れる。
西暦2000年に入ってからの食糧問題は、まさに深刻の度合を深める一方だった。
その中において養護保育施設であるネルフの存在は、無視できぬほどに大きく育ってしまったのだ。
そしてそこから巣立った者が、今や世界の政治、経済を動かしている……
「だがそれでも知られてはならんことがある」
「綾波レイ……、のことですか?」
二人は周囲を気にするように、声を潜めた。
「そうだ、キョウコ君を失った代わりに、我々はレイを得た」
「はい」
「彼女が何者で、何処へ行くのかは分からん、だがその存在を好きにさせて良いわけはない……」
「わかっています」
確認し合う。
「今、レイは?」
「母に預けました、シンジと一緒です」
「そうか、ならいい……」
「いつかはシンジと一緒になってくれればと」
「シンジとか……、羨ましいものだな」
言ってしまってから、つーっと汗が一筋流れた。
「さて、わたしは次の仕事があるのでな……」
「その前に、いま口にされた不可解な、「羨ましい」の一言について……」
「急ぐ、すまん!」
「あーなーたー!」
この日以来、碇ゲンドウは姿を消した。
当日の飛行機事故によって。
「こんな偽装工作までして!」
怒ったユイが彼を見つけるためにネルフを仕切ったのは言うまでもない。
「あ、あなたたちは……」
くらくらと目眩いを感じるミサト。
聞くんじゃなかったと、しかし今更後悔した所でもう遅い。
「たったそれだけのことで、この10年近く……」
「いつかは見つけ出して締め上げます」
ほほほほほっとユイ。
果たしてシンジが自分が捨てられた理由でもある、『しなくてはならないこと』の正体が逃亡中の父の捜索だと知ったら何と思うか?
「とにかく!、あの子達が幸せになれるのであれば法改正もやむを得ません、そのためのネルフです」
(違う、それ絶対に違う!)
だが使命感に燃えたユイは、もう誰にも止められないのだろう。
(誰よこんな人に権力持たせたのは!)
それを許した男は、南アフリカにて謎の民族と共に一時の平和を楽しんでいた。
「母さん、もういいかな?」
余程緊張を強いられたのだろう、へろへろになって帰って来た。
「あらシンジ、ちょうどいい所に……」
わあっと目を輝かせる。
「凄い……」
「こんな大きなお魚……、これって鯛って言うんですよね、おば様」
そうよと、ユイはくすりと笑った。
「さぁ座って、シンジ、そこじゃなくて向こうにね?」
「え?」
驚き、ユイの目線の先を見る。
「やだよそんなのっ、座れるわけないよ!」
アスカとレイの間に、もう一人分座席が用意されていた。
「だめよ、命令です、受け入れなさい」
「ミサトさんまで、そんな……」
「良いじゃないですか」
ね?、っと微笑むアスカ、一足先にその場に座るが、そんな天使の微笑みも、悪魔の誘いとしか目に映らない。
(どうしよう)
視線を漂わせると、スカートを手で折り込むように座るレイの姿があった。
(逃げちゃダメだ)
シンジは強く右手を握り込むと、ふっと息を吐いて歩き出した。
「ごめん、やっぱり座らせてもらうよ……」
「どうぞ?」
「どうして、謝るの?」
レイは真っ直ぐ前を向いたままで問う。
「そうですわ、もっと堂々となさればいいのに……」
アスカもそれには同意した。
「あの……、女の子には、慣れてなくて……」
もちろん本心は語らない。
「あら?、じゃあ綾波さんは?」
ちらりとレイを見るシンジ。
「綾波は、家族みたいなものだから……、もっとずっと近いけど」
アスカがぷっと膨れたのだが、シンジはレイを見ていて気がつかない。
「じゃあ、頂きましょうか?」
微笑ましくユイ。
「葛城さん、お酒はダメよ?」
ちょっとしょぼくれるミサト。
「アスカちゃん、お箸は慣れた?」
「あ、はい、なんとか……」
「え?、アスカ……、さんって、日本に住んでるんじゃないんですか?」
「この間までドイツのネルフ施設に……、あの、どうして日本に住んでると?」
はっとするシンジ。
「えっとっ、日本語うまいなぁって、それで……」
「むかし日本に住んでましたら……」
「第三新東京市になる前だよね?」
「え?、どうして……」
「あああああ、そんな気が!」
ボロ出しまくりである、腹を捩るようにユイとミサトが堪えていた。
「碇君……」
「あ、ごめん、何?」
「これ、美味しい……」
「ありがと」
差し出された箸をパクッと咥えてしまうシンジ。
『おお〜〜〜!』
同時にユイとミサトが驚いた。
「見ましたか、奥さん!」
「ええ、しっかりと!、まったく最近の若い子ときたら……」
ギシッと固まるシンジである。
「ふうん、お二人ってそんな関係だったんだぁ……」
「違うよ!、そんなんじゃないよ、ただいつも……」
「い・つ・も・って?」
シンジは彼女のこめかみにお怒りマークを見付けてしまった。
(ヤバい……)
身の危険……、いや、もっと具体的に命の危機を感じ取り、シンジは拳に力を込めた。
(逃げちゃ、駄目だ……)
その顔つきにも変化が見られた、キリリと凛々しく。
(どっちか選べだって?、そんなの、どっちかなんて簡単じゃないか!)
ほとんど自棄っぱちである。
そんな少年に、母達は……
(まさか……)
(絶対的な破滅が訪れる前に、自ら滅死の道を選ぶというの!?)
ユイとミサトは、アイコンタクトで動揺を伝え合う。
そして意を決して切り出すシンジだ。
「あの、僕は……」
アスカからは視線を反らす。
「僕は前から……、綾波のことが好きで、だから!」
ぴた……
箸を動かす手が止められた。
口を少し開けたまま、咥える寸前で固まったレイ。
つい震えて、箸で挟んでいたマグロの刺し身を切り落としてしまった。
ぼとりと落ちるマグロの刺し身。
(碇君……)
過剰な反応と上昇する血圧。
胸が、鼓動が高鳴っていく。
紅潮していく頬、だが彼女はそんな自分を省みる余裕さえ無くしてしまっていた。
なぜなら……
(初めて好きって、言ってくれた……)
動揺は表情に現れなくても、目に顕れてしまっていた。
心中では複雑な想いが渦巻いていた。
(初めて碇君の帰りが遅くなったあの日、不安だった……)
意識し始めた、一番初めの瞬間が蘇って来た。
他の誰かと、楽しく時を過ごしているんだと。
悲しみと不安がない混ぜになる。
(いらないのね、わたしは……)
でもそれは遠い過去のことだ。
(だから嬉しかった、携帯電話、絆を与えてくれた事が)
今はもう、喜びを過剰に感じさせてくれるただのスパイス。
−寂しい時は僕を呼んでよ−
(碇君からかけて来てくれるのが嬉しくて、それは心配してくれていることの証しだから、毎晩待ち続けていたわ)
わざわざ夕食の時には余り話さずに。
(そんな喜びをくれたから)
ありがとうと言う言葉以上に、感謝の気持ちを伝えたくて、夕飯のおかずを増やしてみたり、わざとシャワーの途中でお風呂を出たり、なおかつ裸でうろついてみたり、あまつさえ一緒にお風呂に入ろうと思ったり。
シンジの気を引こうと頑張ったのだ。
(でも、碇君はいつも顔を背けてしまうから……)
ちょっとブルーが入ってしまう。
(だから困らせていると思っていたの)
今日のお見合い。
(本当は、わたしはここに居ないはずだった……)
だって彼には内緒だったから。
(止められなくて、送り出してしまったの)
諦めるつもりもあったから、そう。
(わたしは知っていた、お見合いだって……、ユイさんに教えてもらっていたから)
名残惜しげなシンジが居る、電車に乗り込んで去っていく。
見送って、堪えられたのは5分もなかった。
気が付けば改札をくぐって駆け出していた。
公衆電話を見付けて電話していた。
ユイに。
−あなたも来なさい、それがわたしの望みなのだから……−
(そう言ってもらえて、だから来てしまったの)
すぐに切符を買って追いかけた。
(……来て良かった、碇君が、碇君が、碇君が……、好きって言ってくれたから!)
レイは頭から蒸気を立ち上らせている。
「のぼせてる、のぼせてる」
「よっぽど嬉しかったのね」
状況を楽しんでいる二人。
そしてアスカはと言えば……
うつ向き、きゅっと唇を噛み締めていた。
(泣かしちゃった!?)
おろおろとアスカを見ているシンジ、だがアスカは悲しくてうつむいているわけでは無かった。
(まずいわね)
アスカは、ここへ送り出してくれた男との約束を思い返していた。
「そんなに好みに合わないのか?、碇シンジ君は……」
無精髭に尻尾髪、スーツをだらしなく着込んだ男が、原っぱの真ん中でねっ転がっていた。
「写真は見たけど、ぱっとしないの、冴えないタイプね」
その隣で三角座りをしているアスカ。
「そりゃまた痛烈だな」
「あたしが好きなのは、加持さんだけよ……」
「そうかい?」
「だから断るつもり、安心してね?」
アスカは加持の腕枕を要求した。
困りながらも、腕を広げる加持リョウジ。
「しかし、そうなると残念だな……」
「え〜!?、どうして、そんなにあたしにお見合いさせたいの?」
頭を乗せると腕を曲げて撫でてくれた。
「だって、さ……、シンジ君と言えば養護施設ネルフを引き継ぐと噂されている、第一候補者だぞ?」
くすぐったくて、もじもじとしてしまう。
「それが?」
「考えても見ろ?、世界を牛耳るどころの話しじゃない、まさに玉の輿じゃないか、あ〜あ、アスカが女帝にでもなるってんなら、ヒモでも愛人でもなってやるんだけどなぁ」
反応を示してしまうアスカである。
「あたし、やる!」
がばっと起き上がって宣言をする。
「やる、ううんやってみせるわ!、きっとこいつを引っ掛けてみせる!」
「そうか、お見合い、してくれるか」
「うん!、だから待っててね?、加持さん!」
あたし、やるわ!、っとアスカは燃えた。
アスカは考えをまとめると、腹を決めて行動に移った。
「おばさま、こんなの酷い!」
(やるわ、加持さん、あたし!)
わっと、髪を振り乱して両手で顔を隠す。
「これじゃあたし、ただの当て馬じゃないですか!」
(よくやるわねぇ……)
(ほんとーに……)
臭い演技であったが十分だった。
「違うよ!、僕はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「じゃあどういうつもりなのよ!、あたし……、あたし」
きらりと光る涙がポイント。
決してこぼさず、瞳に溜める。
「どんな想いで、あなたに会いに来たか……」
くっとシンジは後悔して顔を背けた。
(僕はバカだ……、そうだよ、アスカはきっと楽しみにして来たはずなのに、自分のことしか考えないで……)
うつ向き、肩を震わせているアスカを見やる。
(アスカは僕のことを覚えていないのかもしれない……、でもきっと期待してくれてたんだ、色んな事を考えて、胸を膨らませてくれていたんだ、きっと……)
「ごめん……」
素直に頭を下げるシンジである。
「だって、僕には綾波との……、綾波と過ごして来た時間の方が大切なんだ、アスカ……、さんには悪いけど、会ったばかりだし、そんなの答えようがないよ、どっちか選べって言われたら、そんなの決まってるじゃないか」
「だったら!」
アスカはなおも食い下がった。
「あたしのことも知ってよ!」
光り飛ぶ涙が凶悪だった。
「少しでも良いからっ、このままさよならなんて、あんまりじゃない!」
その姿は、シンジの中の記憶とは違い過ぎて……
「アスカ……、変わったね」
シンジはついつい漏らしてしまった。
「え?」
「あ、いや、今のは……」
「ううん、絶対聞いた!、今変わったって言った!」
アスカはシンジの顔を食い入るように見つめた。
「あたし……、絶対どこかで会ってる」
どきーっとシンジ。
「気のせいだよ、気のせい!」
「ちょっと!、ごまかされないわよ!!」
その時レイは?
二人の女性の目線が並ぶ。
「あむ……」
(食べてる……)
(そっちの方が大事みたいね)
(落ち着いたんでしょうか?)
(安心したんでしょう……、信じてるのね、シンジの事を)
「とにかく!、僕はいま綾波のことしか考えられないんだ、悪いけど!」
「ちょっと何処いくのよ!」
逃がすまいと腰にがっちり噛り付く。
「離してよ、はーなーしーてぇ!」
「いーやーよーって、あれ?」
その状態が、遠い記憶を呼び覚ます。
(これって、デジャヴ?)
目の前の男の子に、急に幼い少年の面影がダブって見えた。
早く脱げ、と急かしているのに往生際の悪かった……
「バカ……、シンジ?」
ドキ!
それは小さな、とても小さな呟きだった。
だがシンジの動きを止めるには、それは十分な破壊力を持っていた。
「バカシンジ!、やっぱりあんたバカシンジね!」
「うわああああ!、お。思い出しちゃったの!?、なんで!」
「馬鹿シンジの癖に騙そうとするなんて!」
「なんだよ、忘れてたのはそっちだろ?、そっちが悪いんじゃないかぁ!」
だだっこの様に腕をぶん回す。
「うっさい!、またパンツずらすわよ!」
シンジの首根っこを引っ掴み、アスカはキッとレイを睨み付けた。
「ざ〜んねんでした!、全て思い出したからには、あんたに勝ち目は無いわよ!」
「何故?」
「あんたよりもずっと、あたしの方がこいつと古い付き合いだから……、っていつまで食べてんのよ!」
「おいしいんだもの、仕方が無いわ」
「綾波ぃ……」
シクシクと涙してしまう。
「とーにかく!、思い出したからにはこいつは貰っていくから、わかったわね!」
「どうしてそうなるの?」
(その通りだよ)
心の中で応援する。
「だってあたしはこいつに、大事なとこを見せつけられたのよ?、もうお嫁に行くしかないじゃない!」
「嘘だ!、そっちが無理矢理見たんじゃないか!」
「なによ!、ってあんた、その不敵な笑いはなに?」
レイはニヤリと笑っていた。
「だって、おかしいんだもの」
優越感を身に纏っていた。
それがアスカを不安にさせる。
目だけを上げるレイである。
「わたしも、見たもの」
引きつるアスカ。
「まさか……」
「碇君の……、それも何度も」
「バカシンジィ!」
「あ、あれは偶然、たまたま!」
「たまたまで何度も!!」
「それに……」
レイは続ける。
「たくさん見られてるし」
この一言がとどめになった。
「ばかシンジィ!」
−パン!、ドス!、グシャ!−
ドオンと大激震が走り、チチチチチっと、スズメ達が庭から逃げる。
救急車の到着は、それから数分後のことであった。
「とにかく、助かった……」
担架で運び出されてしまったシンジである。
「しまった、逃げられた!」
とはアスカの談で……
「無様ね……」
がレイの残した、アスカへの置き土産であった。
途中退場したシンジは、その後二人の間に何があったのかを知る由もない。
ただ……
「凄かったわ……」
と、リンゴを剥きながらポツリと漏らしたユイの一言が、シンジに色々な想像をさせていた。
(早く帰らなきゃ、早く逃げなきゃ、また何か企まれちゃうんだ……)
(わたしは諦めませんからね?)
二人はそれぞれの笑顔の下に、それぞれの想いを隠していた。
病院のベッドの上である、今はまだ、逃げられない。
「はいリンゴ」
シンジの受難は、まだまだ始まったばかりであった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。