とある片田舎の無人駅に、一人の少年が降り立った。
「やっぱり田舎の空気って良いよなぁ」
んっと伸びをして空気を吸う。
同じように駅に降り立ったにしては、数日前とは随分と違った雰囲気を発散していた。
シンジである。
「さ、帰ろう、……僕の家に」
どこかさっぱりとした表情で、シンジは元祖母の家に向かって歩き出した。
FIANCE〜幸せの方程式〜
第六話、朝焼けの雨
警察署。
家に帰ったシンジを待っていたのは、警察からの呼び出しであった。
「え?、身元引き請人……、ですか?、でも僕未成年ですけど、はぁ、わかりました、すぐ行きます」
そんなわけでここまで来た訳なのだが……
「悪かったねぇ、君に頼んだりして」
「いいよ、気にしてない」
「そうかい?、ありがとう、碇シンジ君」
「シンジでいいよ、渚君」
「僕も……、カヲルで良いよ、シンジ君」
そう言ってにっこりと微笑んだのは、白髪に白肌、それに赤い目をした少年であった。
「ええそう、フィフスの少年が接触したのね?、ええ、わかったわ」
ユイは電話を切ると、考え込むように固い顔を作った。
「フィフス、マサイの少年がなぜシンジに?」
「おばさまぁ!、お肉なくなっちゃいますよぉ?」
「あ、ごめんねぇ」
今日の夕食はすき焼きである。
レイはちょっぴり恨めしそうに、ほくほく顔の二人を睨んでいた。
「そう……、カヲル君はアフリカから来たんだ」
二人はシンジの自宅に向かって歩いていた。
「でもどうして警察に?」
「これのせいだよ」
「これって……」
──ペニスケース?
カヲルが取り出して見せた何かの角にだらだらと汗が吹き出した。
「どうして……、そんなものを」
「正装、のつもりだったんだけどね」
やれやれと肩をすくめる。
「日本の警察は了見が狭いねぇ、密輸だなんだと騒いだ揚げ句にわいせつ物陳列罪でブタ箱行きさ」
(付けて歩いてたのか、それ、しかも裸で)
戦慄する瞬間である。
「そうだ、お礼にこれをプレゼントしよう」
「ええ!?、いいよ、悪いよ、遠慮するよ」
「かまわないさ、まだ一度しか使ってないから新品同様だよ」
「いいって!」
「そうかい?、残念だねぇ」
ごそごそと何処にしまうのか腕ほどもある物を背中に回す。
「それより、さ」
「なんだい?」
「どうして僕に……」
「友達になって欲しくてね」
「え?」
「君のことは、君のお父さんから良く聞かされたよ」
「父さんに?」
「そう、だから君に会いに来たのさ」
「え……」
「家族、友人、すべからく人は肌と肌の触れ合いを求める物さ、僕は君と触れ合うために海を渡って来た」
「肌って……」
「初々しいねぇ、可愛いよ」
「可愛い……」
「好きって事さ」
「どうして、こうなっちゃうんだろう……」
ふんふんふんふんっと、軽快な包丁の音と共に鼻歌なんかが聞こえて来る。
「あの……、やっぱり僕が料理するよ」
「いや、僕にやらせてくれないかな?」
「でも……」
エプロンを着けたカヲルが振り返る。
「無理を言って泊めてもらうんだからね、これくらいのことはさせておくれよ」
「うん……、なら、それでもいいけど」
──どうしてわざわざズボンの上から、ペニスケースなんて付けてるんだろう?
素朴な疑問ではあるのだが、他族の風習に対する不理解のようで口に出来ないシンジである。
「カヲル君は……、アフリカから来たんだよね?」
「そうだよ?」
「荷物とかは無いの?」
「僕の荷物はこれだけさ」
そう言って差しだされたのは。
「パスケース……、ってネルフのチャイルドナンバーが5になってる!?」
「驚くような事なのかい?」
「だって!、これって」
「階級と同じだよ……、でもなんの意味も無い数字さ」
「あ……」
シンジはその横顔に憂いを見てとって言葉を濁した。
「ごめん……、そんなつもりじゃ」
「いいよ、気にしてない」
「ごめん……」
「……それよりほら、お昼にしよう」
「うん」
「特製のダチョウのステーキとユッケ、精が付くよ、これで一晩中OKさ」
「……」
(よくわからないよ、カヲル君)
何を考えているのか、見て取りたくなくて顔を逸らすシンジであった。
──ファーン……
その頃、ろくな食べ物にありつけなかったレイは、シンジの後を追って新幹線に飛び乗っていた。
「だめなのね、わたし……」
綾波。
綾波!
綾波……
次々と浮かぶシンジの笑顔。
(うかれてたのは、わたし……)
そう、例え共有する時間が多くても、元の生活では別々の家に暮らしていたから……
同じ家で暮らせる事が嬉しかったから。
喜ばしかったから……
(忘れていたのね)
──寂しい時は僕を呼んでよ……
それはシンジなりの信号だったのかもしれない。
必要として欲しいとの。
「碇君……」
そしてシンジは悟ったのだと思う。
もう必要ではないのだと。
いらないのだと。
自分が居なくても大丈夫なのだと。
(わたしは、示した事が無かった……)
必要な時には呼んで欲しい、と。
寂しくなったら、駆け付けてあげる、と。
(だから……)
俯く。
膝の上の手を震わせて。
(行ってしまった……)
頼らずに。
頼れないから。
誰も構ってくれないから。
(あの家に……)
また一人でいるのだろうか?
独りになっているのだろうか?
「碇君……」
それは恐怖に近かった、あるいはトラウマだったのかもしれない。
暗く静かな家の中で、たった一人で待っていた。
彼が帰って来るのを、あの日の夕食。
あんな想いを味合わせてしまったのかと思うと……
とても酷い罪悪感に、胸が締め付けられて堪らなかった。
──リリン、リリン、リリン……
鈴虫の音が聞こえる。
「自然はいいねぇ、鈴虫の作り出す音は夏の極みだよ」
うちわを片手に涼んでいる。
「何か悩みごとかい?」
縁側に座っていたシンジは顔を上げた。
「……色々あったんだ、あの街で」
(どうしてこんなことを話そうとしてるんだろう?)
目があった、その微笑みに負けてしまう。
「……女の子をね、僕の婚約者だって、紹介されたんだ、でも」
「でも?」
「一度も、好きって言ってもらえなかったんだ……」
唇を噛むシンジ。
「不満なのかい?」
「それなのにみんなが僕に言うんだ、一緒に居ようって」
「悪い事じゃないさ」
「でも誰も僕のことなんて考えてなかった」
シンジはごめん、と謝った。
「どうしたんだい?、急に……」
「愚痴ってばかりだ……」
「かまわないさ」
「カヲル君?」
「愚痴、それは心を許してくれている証拠さ、君の嘆きは本物だと分かるからね?、助けて欲しいと願う心は誰にでもある、それは悪い事ではないよ」
シンジの前にかがみ込む。
「カヲル君?」
「僕は君に会うために生まれて来たのかもしれない」
がす!
ぐらりと傾いて行く渚カヲル。
「ああ!、カヲルくっ……、綾波!?」
「あなた、誰?」
月明かりの中、そこには真っ赤な瞳を怒りに燃え上がらせている綾波が居た。
「乱暴だね?、君は……」
ドクドクと後頭部から血が流れ出している。
「か、カヲル君、止まらないよ!」
居間でカヲルの頭に包帯を巻いているシンジ。
「その内とまるよ、そうだね?、シンジ君が舐めてくれればすぐにでも……」
がすがす!
「綾波やめなよ!」
すっと目を細めるレイ。
「そう、決めたのね?」
「え?」
「捨てるのね、わたしを」
「綾波!」
シンジは怒鳴った。
「どうしてそんな事を言うのさ!」
びくっと脅えるレイ。
シンジがこれ程までに怒るとは思わなかったのだろう。
「碇……、くん」
「今更なんだよ!、僕よりも母さんを選んだのは綾波じゃないか!、綾波は母さんと暮らせればいいんだろう!?、僕なんか居なくたって平気なくせに!」
はぁはぁと、シンジは荒い息をついた。
「碇君……」
泣きそうになっているレイ、そんな姿もまた初めてのものだ。
「好きなのかい?」
ビクリと、カヲルの何気のない一言に、二人は同時に反応していた。
「すれ違いは悲しい結果しか生み出さないよ?」
雛を見守る親鳥のような、温かい視線で見守るカヲルだ。
「好きということは等価値だからね?、どちらにとっても」
「カヲル君?」
カヲルはシンジとレイの手を取り、お互いに握らせた。
「さあおいで?」
「カヲル君、どこに……、あ!?」
カヲルは隣の部屋への襖を開いた。
「これ……」
ぼんっと赤くなるレイ。
祖母の部屋だった場所に布団が敷かれていた。
しかも枕が二つ並べられ、枕許には御丁寧にティッシュまで置かれている。
「カヲル君、これって……」
「学びの時を終えて、実戦へと移すには十分なはずだよ」
「無理だよ!、ビデオしか見たこと無いのにぐえ!」
怒気が膨れ上がるとはこの事だろう、レイはシンジの首を、背後からきゅーっと締め上げた。
「あ、あやなみ……、なんで」
「気持ち悪い」
レイは本気で怒っていた。
「ビデオを見て何をしたの」
「なにって!?」
言えるわけがない。
くっくとくぐもった笑いを漏らすカヲル。
「それぐらいで許してあげたらどうなんだい?」
「だめ、碇君が他の人を見る、そんなの、ダメ……」
言ってしまってから、レイはシンジを締めていた手を緩めた。
「それが本音かい?」
うつむいてしまうレイ。
耳まで真っ赤だ。
「隠す事は無いさ、この国では一人しか選ばれない」
「何を言うのよ……」
照れているレイ。
「全ては欲望の流れのままに……」
カヲルはシンジを抱いて運ぼうとした。
「ありがとう、シンジ君を気絶させてくれて」
「?」
「嫌われるのは嫌だかね、僕の国では男同士もありなのさ」
「あなたが何を言いたいのか分からないわ」
ガス!
カヲルの眉間に、何か不可視でやたらと固い物が突き刺さった。
笑顔のままで倒れ込む、レイはその手を引っ張ると、隣の部屋へと、ブンと振り回して放り投げた。
スザザザザ!っと顔面を摩擦しながら滑っていく。
そのまま縁側を越えて庭にドサッと落ちていったが気にしない。
レイは冷たく一瞥すると、襖をスパンと気持ち良く閉めた。
──チチュン、チチュン、チチュン……
そして翌朝。
(なんだこりゃ!?)
ドキンと目が飛び出るシンジだ。
ピッタリと寄り添ってレイが眠っていた。
ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
「ん……」
身じろぎ一つ。
鼻孔をくすぐる髪、シンジは彼女の寝顔を見ようとして視線を下げた。
(うわ!?)
胸元が見えた……、と言うよりは胸がもろに見えた。
布団の中にあるので、胸の膨らみが少し覗けただけなのだが……、それでも。
(何も着てない!?)
すやすやと気持ちよさそうに眠っている裸身のレイ。
(う、夕べのこと覚えてない、一体!?)
シンジは逃げようと布団をまくった。
まくる一瞬、下は履いてるよな?、という希望的観測と、まさか!?、と言う妄想が渦巻いた。
しかしそこにはその妄想を上回る物があった。
うわあああああ……
素っ裸。
その腰の下に血の染みがあった。
絶妙とも言えるポジションで、腰の辺りのシーツに染み付いている。
──終わった。
燃えつきた。
だがシンジは知らなかった。
その血はレイにやられたカヲルが飛び散らせた物なのだ。
シンジは何となく襖を開いた。
庭、縁側の向こうに二本の足が逆さに突き出している。
そしてシトシトと、朝焼けの中をシンジの心のように小雨が降っていた。
「朝立ちだ」
なんだか情けない気分のシンジであった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。