てくてくと歩く帰り道。
幸い人通りの少ない道だった。
しかしその分、逆に目立つことも確かである。
「あの……、もういいでしょ?、離れてよ……」
横目でアスカに訴える。
「……なによ、あたしと腕組むのが嫌だってぇの?」
ぐいっとさらに、ブラによって固めた弾力のあるものを押し付ける。
「なに照れてんのよ?」
「……普通照れると思うけど」
「あんたねぇ?、あたしはお金が目当てなのよ?、そのためには体ぐらい張るわよ」
「そう?」
「だから別に好きにしてくれてもいいのよ?」
──いけない!
誘惑に負けかけて前を見る。
それでも右半身の体温が上昇してしまった。
その分左半身の血行が悪くなる。
「碇君……」
繋いだ手から体温が奪われていく。
「碇君には、わたしがいるから……」
いるから?
いるからなんだろう?
いるから何だというのだろう?
「ふふん、あんたじゃ物足んないわよ、ねぇ?、シンジぃ」
甘い囁きにのぼせ上がる。
「それは恋人の役目よ、あなたいらない」
「なんですってぇ!?」
負けじと腕を組むレイ、冷ややかな視線と冷気はアスカに向けられているのだが、それでも間に挟まるシンジとしては吹き付けられている様な気がして凍てついた。
FIANCE〜幸せの方程式〜
第十三話、苦悩のはすかい
シンジはおかずをぱくつきながら考えていた。
(綾波とアスカ、仲悪いのかな?)
悪いと言えば悪いはずだ、少なくとも仲良くする理由は無い。
ところがどうだろう?
「おかわり」
「はい」
茶碗を差し出すアスカ。
てんこ盛りにして返すレイ。
微妙に引きつるが「負けない」とばかりに平らげるアスカ。
ニヤリとレイ。
(やっぱり仲悪いのかな?)
だがレイはちゃんとアスカの分を用意するし、アスカも食べ終わった時にはちゃんと彼女に礼を言うのだ。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「そ、よかったわね」
シンジは首を捻りつつ、茶碗を重ねてレイに告げた。
「綾波、そろそろ時間だよ?」
「時間?」
「テレビ、いつも見てるやつ始まるけど」
「いい……、お皿洗うから」
「僕がやっとくって」
「だめ」
立ち上がり、運ぼうとしたシンジの手をそっと掴む。
「夢……、だったから」
「夢?」
「そう、夢……」
二人で並んだ流しの前で、二人は寄り添い合うように……
「共同作業……」
「へ?」
「なんでもない」
──なんだろう?
しきりに首を傾げる、一方で。
「むぅ」
アスカにはなんとなくわかったようだ。
「一緒なら早く片付くわ」
「そっか、そうだね」
「シンジ!」
「え?」
「お風呂の準備は!」
射るような目を刺すような目で弾くレイ。
「わたしが入れたわ」
「じゃあシンジ、先に入んなさいよ!」
「え?、どうしてさ」
「あんたバカぁ?、あたしにさっむーい、一番風呂で風邪引けってぇの?」
「わかったよ」
シンジは少しだけ未練を残してタオルを取りに行きつつも……
(やっぱり仲悪いのかな?)
じっと睨み合って火花を散らす二人に首を傾げた。
──ざばぁ……
お湯はぎりぎり縁で止まり、湯船からはほとんどこぼれ出なかった。
「ふう、極楽極楽」
揉むまでもなく筋肉が弛緩していく。
「綾波に……、アスカか」
今日一日を振り返る。
「あいかわらず良く分かんないや、綾波」
リツコとカヲルから与えられた言葉が脳裏を過る。
(母さんに聞いた方がいいんだけど……)
詳しい事を、だが恐くてまだ訊ねられない。
「きっとまだ何か隠してる」
まだ真実の一部に触れただけだ、そんな思いが拭いきれない。
それは長年の母に対する経験からの直感だった。
「それにアスカ……」
彼女の母も関係しているという、なら?
(アスカにも似たような事が期待されてる?)
だが何も知らないように感じられる。
「僕だけで解決しろって事なのか?」
(僕だけの問題にしなくちゃいけない)
──ガラ……
戸の開く音にハッとした。
「え?」
青い髪、小さな胸、細い腰、長い足。
湯気が外気に冷やされ消える。
唖然とするシンジの前で、彼女はぺたぺたとタイルを踏んだ。
「碇君……」
「あ、はい!」
反射的に隅に避けると、レイが開いた場所へ洗面器を入れた。
「じゃ、なくって!」
──ざばぁ……
シンジの声はかけ湯に消える。
「うわ!」
湯船を越えようとすれば当然足が広げられる。
「うわあああああああ!」
逃げ出そうとするシンジ。
その手をつかんで引き戻すレイ。
「シンジぃ、なにやってんのよぉ?」
──ああああああああああ!
最悪の展開が予想される。
「なんでもないわ」
「なんでもないって……、今のレイ!?」
──ガラッ!
逃げようとしたまま固まるシンジ。
そのシンジの腰に抱きつくレイ。
一瞬視線をシンジの股間に頬寄せるレイへと固定するアスカ。
「き、き、き……、きゃあああああああああああ!、エッチ、痴漢、変態、もう信じらんなぁい!」
などと叫びながら、その目はしっかりと見るものを見てその大きさを微妙にきっちりと観測していた。
「あんた一体なに考えてんのよ!」
びしっと指差すアスカにレイはフッと冷笑を返した。
「悔しいの?」
「恥ずかしくないのかって言ってんの!」
「別に、碇君だもの、かまわないわ」
「かっ、かま、って……」
愕然とするアスカ。
シンジはそれを冷静に見ていた。
お茶などをすすりつつ。
──ズズ……
「碇君とひとつになるの、それはとてもとても、とても気持ちの良いことのはずだから」
「ふ、ふけつ……、いやらしい」
「そう?」
「そうよ!」
「そう思うのはあなたが碇君を嫌っているからよ」
「!?」
「碇君が好きなら、なんでもできるわ、そう、なんだって、わたしはいつでもOKなのよ」
アスカはぶるぶると震えると大きく叫んだ。
「シンジぃ!」
「なに?」
「なんとか言いなさいよ!」
「えっと……」
ぽりぽりと頭を掻く。
「綾波、テレビの見過ぎだと思うよ?」
ぷうっと口を尖らせるレイ。
「そう、駄目なのね、まだ」
「まだじゃない!」
「どうしてそういうこと言うの?」
「シンジと一緒になるのはあたしだからよ!」
「キスも出来ないのに?」
──綾波、落とし穴掘らないでよ、ざくざくと。
「シンジ!」
さっと身構える。
「……なんで逃げるのよ?」
「どうせキスするから目を閉じろとか言うつもりでしょ?」
「シンジの癖に先を読むなんて生意気よ!」
「無茶言うなよなぁ……」
溜め息を吐く。
(キスなんてしたら綾波に恨まれるしアスカには束縛される事になるし)
ついでに。
(綾波が対抗してもっと迫って来てって、そんな循環にはまったら泥沼じゃないか)
落とし穴に泥沼、両方はめられてしまうのは自分なのだ。
(綾波だけだったら問題……、あるのか)
シンジは自室に引き上げて扉につっかえ棒をかました。
「結局、こうするしかないんだよな」
両方と必要以上に進展しない。
問題を棚上げするために、逃避を謀るシンジであった、が。
翌朝。
「やられた……」
右腕が酷く痺れて動かせなかった。
頭が一個乗っている。
体に回された腕。
足に絡み付く太股。
戸を見ると物差しが転がっている。
「あれで外したのか……」
すき間に差し込んで、つっかえ棒を取り除いたらしい。
「とりあえず、逃げないとな……」
腕を抜いて起き上がる。
「うわ!?」
しかし痺れが予想以上で、かくんと力無く折れてしまった。
ぐっ!
なんとか左腕で体を支えた。
(うわわわわ!)
しかしこれではレイに覆い被さっているのと変わらない。
「ううん……」
レイが寝返りを打つ。
こんな時にぃ!
上を向き、シンジの真正面に寝顔を晒す。
小さな唇がそこにある。
──ごく……
鳴る喉。
──そ、そうだよな?、き、キスぐらい……
ゆっくり、ゆっくりと腕を曲げる。
ゴスン!
ぱちっとレイの瞼が開いた。
シンジが隣に居ないのを見て、反対を見る。
「……なにしてるの?」
「あ、いや、別に……」
そこには股間を押さえてうずくまっているシンジが居た。
(はぁ……、あそこで膝を立てるなんて酷いや……)
アスカ、レイ共々にわりと血色のいい艶のある肌をシンジに見せる。
「……あんたなにやってたのよ?」
「え?」
「目の下!、隈が凄いわよ?」
はぁ……、っとシンジは溜め息を吐く。
「しょうがないだろう?、女の子と同居なんて……」
「同棲よ、ど・う・せ・い」
「どっちでも良いよ……」
「ふぅん……、スケベなくせに、ごまかしちゃって」
「スケベって……」
「ほんとのことでしょ?」
「そう言う言い方、やめてよ……」
「……あんたまさか」
「な、なに?」
「もう経験済み……、とか?」
「んなわけないだろう!」
「そ……」
そっけなかったが、なんだがほっとしたような感じが見えた。
「アスカ?」
「いっとくけど、あたしもまだなんだからね?」
「それがどうかしたの?」
「あのねぇ!、旦那様に上げちゃう前に、他の男となんて出来ないでしょうが!」
「……アスカって古いんだね?」
「じゃああんたはレイが他の奴としててもいいってのね?」
「ええ!?、そんなのやだよぉ!」
──碇君……
──こいつ……
二人は全く正反対な視線を向ける。
「あ、もうこんな時間だ、学校行こう?」
シンジは自分が何を言ったのか?、まったく気付いていなかった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。