(なんだろう?、視線が痛いや)
 今日の登校は手を繋いでいなければ腕も組んでいないし、もちろんどつき倒されたりもしていない。
 そう直接的に派手な事は何も無かった、ただアスカが明るい笑顔で話しかけ、レイが寂しそうにいじける、それだけであった。
 顔を伏せたレイの目に宿る殺意の渦と、アスカの笑顔の下に隠された優越感。
 衆目はそれを感じ取っているのだろう、ゆえに周囲の視線は、自然と奇異な物を見る目つきになってしまっていた。


FIANCE〜幸せの方程式〜
第十四話、「幸せの電報


「じゃね、シ〜ンジ」
「碇君、また……」
 二人に「うん……」と冴えない返事をして教室に入る。
 それなりの時間なのでそれなりの人数が小グループを形成していた。
 もちろんいちいち教室に入って来たのが誰かなどと確認するような者は居ない。
 まだ友達が居ないのだから、声をかけられるはずもなく……
 シンジはかまってくれる人を見付けられず、ひとり席に着き鞄を漁って、ウォークマンを取り出しヘッドフォンを耳にさした。


 はぁ……
 アスカは席に着くと同時に溜め息を漏らした。
(どうしろってのよ、これ……)
 鞄から手紙の山を取り出し眺めやる。
 その上にはしっかりと足跡がついている。
 もちろんそれは靴箱に放り込まれていたものだ。
 アスカは足蹴にしたのだが……
「いいの?、そんなことして」
「付き合う気も無いのに読んだって仕方無いでしょう?」
「良いのよ、碇君」
「綾波……」
「彼女は人の心を踏みにじるのが得意だから」
 そう言うレイはちゃんとまとめてしまっている。
 もちろん家に帰ってから捨てるつもりだ。
 アスカはそんなレイの微笑にしまったと油断を悟った。
(こんな女に言われるなんて!)
 悔しくなって全て拾い、鞄に詰めて持って来たのだ。
(シンジを懐かせるためには、仕方ないのよ)
 夕べ、笑顔の練習をして顔面が攣ったことは秘密中の秘である。
 結局処分に困って、机の中に突っ込んだ。
「ん?」
 そして反対に押し返された。
「なによこれ?」
 引っ張り出すアスカへの思いをつづったノートやプレゼントの山がわらわらと膨張するがごとくこぼれ落ちた。
「……暇な奴等ね」
 アスカは憂鬱を通り越して呆れ返った。


 そしてレイはレイで苦悩していた。
 シンジから離れたとたんに無表情を作る。
 あの微笑みが見たくてアタックする者、冗談を言う者が殺到していた。
 もちろん「そう」「よくわからない」と適当な相槌を得る事しかできなかったが。
 それでも返事をしてもらえただけマシだろう。
 中には話しかけているとさえ、気がついてもらえない者も居たのだから。
「ちょっとちやほやされてるからって」
「ねえ?」
 と女子一同は口にする。
 内面は男子に向かってざまぁ見ろ、だ。
 レイは男子、女子、担任に対しても一貫して同じ態度を取っている。
 こうなると自然に碇シンジの存在が注目されるのは、まあ仕方の無い事だった。


 いま第一中学でもっとも得体の知れない男、碇シンジ。
 授業は全てネットワークを使った通信にて行われるため、机のコネクタに自分の端末を接続する。
 ピッピッピ……
 そこへ誰かからのメッセージが届いた。
「なんだろ?」
 チャットに接続する。

>碇くんと惣流さんの住所が一緒になってるけど、ほんとに一緒に住んでるんですか?、YorN

 シンジは質問の意図を読む前にカコカコッとNキー、ENTERキーを0.2秒の即行で押して否定した。

>嘘ついてんじゃないわよ!

(アスカ!?)
 帰って来た返事にぎくりとする。

>あたしぃ、一緒に帰るとこ見たんですけどぉ。

 ……白々しい、とシンジは見抜いた。
 数秒指を遊ばせ、手を振って、それからふむ、と打ち出した。

>惣流さんは隣の部屋なんですよ、誤植じゃないかな?
>でもお二人の関係って普通には見えませんよ?
>母さんの知り合いで、小さい頃に遊んだ事があるんだ。
>でもでも、どうみてもお似合いの彼女って感じですよね?
>まさかぁ?、僕なんて釣り合わないに決まってるし。
>え?、じゃあ少しはそのおつもりがあるんですか?
>ない、きっぱりと。
>そんな言い方って、可哀想じゃないですか!
>僕にだって理想があるんだ!
>あぁら、さっきは釣り合わないとか言ってなかったかしら?
>だって惣流さんってプライド『だけ』は高そうだしィ。
>誰が!?
>……あのぉ、さっきから僕の振りしてチャットしてるの誰ですか?
>こらシンジ、逃げんじゃないわよ!
>……あの、あなたは?
>あなたの三つ後ろの席の子よ☆
>お、俺じゃないぞ!>碇
>あの……、別に僕は関係無いから。
>ひどい!、庇ってくれたっていいじゃない!
>だって惣流さんのことじゃ無いんでしょ?
>男だったら守って下さっても……
>それは本当の惣流さんを知らないんだよ、だから気にしなくても良いと思うよ?
>本当の惣流さん?
>猫被ってるとか恩着せがましいとか性格ブスとか噂されたって気にもしないし。
>酷い、碇君!
>だから今のは僕じゃないよぉ。

 以上のチャットを見ていた綾波レイのコメント。
「……にんにくらーめんチャーシュー抜き」
 どうも食堂のメニューが気がかりだったようである。


 碇シンジとは何者か?
 先生方はこう噂する。
「いやぁ授業中も鬼気迫る勢いで課題を済ませていましたからねぇ」
 チャットでキーを叩いていたとは思わなかったらしい。
「そういえば前の学校の成績表や内申書、存在しないそうで?」
「ええ、なんでも親御さんが、「ふっ、そんなもので何がわかる」って」
「すっごい貫禄で、前の学校に問い合わせても、「良い子ですとも、ええ!」と感極まって泣き出されちゃって」
 なにしろ祖母を無くし、綾波レイを支え、一人で生きていた苦労少年である。
「こりゃあ中間テストが楽しみですなぁ」
 あっはっはっと笑いに包まれる職員室。
 休み時間、シンジは昨日とは違った感じで取り囲まれていた。


「碇、さっきのチャット!」
「う、うん……」
「一緒に住んでるって、本当なのか!?」
「住所はそうなってるけど、違うよ」
「え?」
「隣に親戚みたいなお姉さんが住んでるんだ、惣流さんはそっちで暮らしてる」
「じゃあ、どうして同じ部屋番なんだ?」
「母さんがこっちでの保護者になってるからじゃないかな?」
「じゃあお前と惣流さんは、何の関係も無いんだな?」
「……ちょっとした知り合いぐらいかな?」
 よしっと一同ガッツポーズ。
「静かにしてほしいわね?」
 今日はシンジも含めた男の子達に、とっても冷たい女子連合だった。


 さて、こちらはと言えばアスカのクラスだ。
「惣流さん、さっきのチャットなんだけど!」
「はい?」
「碇って昨日の奴ですか!?」
「え、ええ」
「一緒に住んでるってホントなのぉ!?」
「は、はい」
 おおおおお!
 ぽっと恥じらう様子にどよめきが起こる。
「ど、どういう関係なんですか!?」
「まさか惣流さん!」
「いえ、あの、お母さまには、よろしくって、お願いされて……
 きゃああああああああああ!
 固まる男達と嬌声を上げる女の子達。
 そしてさらに向こうのクラスでは……
(綾波さん……)
 霧氷を散らす彼女の前には、如何なるものとてそこに立つことは許され無かった。


続く



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この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。