プルルルルル……
「はぁいはいはい」
 カチャ。
「もしもぉし」
『君にミッションを与える……』
「……なに言ってんですかおじさま?」
 秘密指令の相手を一発で看破してしまうアスカである。
『来たる十四日、シンジに多数の女子が攻勢をかける』
「え!?」
『君の使命はそれを阻止し、シンジの身柄を確保する事にある』
「はい!」
『なお、この電話は手動的に君の手で切る事を望む』
「はぁ?、まあいいですけど……」
 カチャ……
「……おじ様、勝手に切ればいいのに」
 いまいち理由がよくわからなくて、しきりに首を傾げるアスカであった。


FIANCE〜幸せの方程式〜
第十九話、「今宵聖なる教会で(その一)」


 なぁんか居心地悪いなぁ……
 シンジはぼうっと頬杖を突きながら、教室に充満する異質な空気を感じていた。
「いかぁりくん☆」
「え?」
 くすってなに?
 きゃあああああっと、バタバタ逃げていく子に疑問符を浮かべる。
 いやそれだけじゃなくて……
 シンジはこの一瞬に殺気を感じていた。
 キョロッと見渡すがそれらしい相手は見当たらない。
「おかしいなぁ?」
 レイやアスカと付き合っていて、よく身に受ける類の圧迫感だった、勘違いなどではあり得ない。
(???)
 とうとう腕を組んで悩み始める。
 さしものシンジもその殺意がクラスの男子ほぼ全員から送られたもので、あまりの多さに相手が特定できなかったとは気付かなかったらしい。
 さらに混乱に拍車を掛けたのは、『それ以外』の妙な視線も感じてしまったからだった。
 それが向けられた相手は先程の女の子である、ライバル心からの牽制と嫉妬、と言ったところであろうか?
「バカみたい……」
 その様子に、ヒカリと言う少女が呟いた。
 目は呆れ返るのを通り越して、冷たくクラスメートを観察している。
(大体……、分かってるくせに、なに関係無いって顔してるのよ)
 シンジの態度、それが余裕の表われのようにも感じられて、彼女は気分を害していた。


 2015年2月14日は土曜日である。
 ……と言うわけで、女子の基本的な思考と行動は次の通りに固まっていた。
 一、金曜日に繰り上げる。
 二、下駄箱インサート、これは大多数がそうするだろうと予想されるので、入り切らない可能性がある。
 ついでに彼と付き合っているらしい……、あくまで「らしい」、なのだが、二人の少女の存在があるので、その目に触れるような下駄箱は避けたい、不利だからだ。
 三、シンジはバレたと思っているようだが、実は碇ゲンドウの息子であることは知られていない、それも当然で普通の子供はネルフのトップが誰なのかなど知るはずが無いのだ。
 というわけで、上級生の圧力、下級生による暴走ほど酷い事態は当然誰も予測していない、同学年、同級生のみがライバルである、なら机に山積みになるのも避けたい状況の一つだ、ならどうするか?
 四、自己アピールが大事、だが手渡しが殺到すれば一人一人に対する印象はとても薄い物になってしまう、これでは机に山積みと効果の点で変わらない。
 五、というわけで、ミーハーや義理ですまない大多数であり、一応本気混じりの彼女達にしてみれば、周りは全て敵でありそれと同時に戦友でもある。
 以下、不特定多数による秘密会議専用チャットルームでの会話。
−これはゆゆしき問題だわ!
−惣流さん、それに綾波さんの存在。
−バケツをひっくり返したくなる様な心境ね?
−で、どうするの?
−碇君の様子はどう?
−あんまり気になってないみたい、馴れてるのかも。
−バレンタイン前だって言うのに、ちっとも変わんないし。
−……でもその方が都合良いかも。
−へ?
−金曜の放課後にでも残っててって言えば、大体分かってくれるんじゃない?
−だめ、それはだめよ。
−そうよ、惣流さんと綾波さんはどうするの?
−あたし達に有利なのは、ここがあたし達のクラスで、外の人間が踏み込め無い場所だって事なのよ?
(数十秒間の沈黙)
−……やるしかないんじゃない?
−え?
−クラスでの親睦を深めるためとかなんとか言って、引き止めればいいんじゃない?
−敵はあの二人だけじゃないしね。
−あ、やっぱり?
−ちょっと探り入れて来たんだけど、碇君の登下校を狙うとか家に押し掛けちゃうって話も出てるみたい。
−え〜!?、どうしてそうなるのぉ?
−ほら、碇君って一人暮らしだって話だから。
−ちっ、そう来たか……
−嫌ぁああああ!、そんなことになったら、碇君が犯されちゃう!
−いっくら碇君が男の子でも、十人ぐらいで襲われたら抵抗できないでしょうし……
(またも空白の時間)
−誰か、それ良いアイディアって思わなかった?
−あんたもでしょ!
−ま、それはともかく侮れないわ。
−余所のクラスにまでは監視の目が届かないし。
−それにバレンタインが土曜日だから、日曜にかけてパーティーってネタもあるのよねぇ。
−それは大丈夫でしょ?、惣流さん達がいるんだから……
−あっまーい!、それで済むんなら誰も碇君のうちに行こうなんて言い出さないわよ!
−家、隣の部屋だって話だっけ?
−それにぃ、惣流さん、バレンタインを知らないらしいの。
−うそ!?


 これなのね?
 その頃、アスカはゲンドウの電話の意味をようやく実感していた。
 まったく、シンジはあたしのだっつってんでしょうが!
 別にそこまでは宣言してない。
 それにしてもこの間までとはえらい違いである。
 いいのよ!、恋は盲目ってね?、都合の悪いことなんて忘れたわ!
 頭の中も都合よく出来てるらしい。
 それよりこいつら……
 教室中が妙にちゃかついている。
 アスカがちらりと様子を見れば、何を勘違いしたのか男子数人が赤くなって期待に胸を膨らませた。
(ばぁか……)
 彼らとて夢を見る権利はある、惣流さんがチョコをくれるかもしれない、いいや、もしかすると「初めて会った時から……、でもあたしにはシンジが、ううん、もう護魔化せない!」なんて、いやいやいや、体育館裏で「好きです!」とか!
 まあ権利を行使するのは勝手だろう。
(あたしが付き合う義理は無いけどね)
 さて、アスカは授業内容を軽く流しながら、辞書ツールを立ち上げて検索を掛けていた。
『バレンタイン-デー:殉教した聖バレンタインを記念するカトリックの祝日、二月一四日、相愛の男女が贈り物をしあい、また、女が男に求愛できる日とされる、▽St.Valentine day』
 ……なるほどね。
 アスカは一点に着目した。
 女が求愛できるのね、と。
 カトリックが何かを連想させる。
 つまりこれは結婚求愛日ね!
 なぜそうなるかは彼女の不思議な思考回路が解析されない限り無駄だろう、しかし彼女の思考は常識の範疇内で繰り広げられるため、生憎と「おかしい」と気付かれることは無い、つまり。
 解析に乗り出す奇特な人間は、今後も出て来ることはない。
 ともかく、彼女はうっしっしっと隠れて笑った。
(カトリックのお祭り、教会で求愛してそのまま祝福へとなだれ込むなんて洒落てるじゃない!)
 勝手な想像だけに突っ込む人間が居ないので、それはアスカの中で正しい認識として整頓される。
(待ってなさいよ?、ばかシンジ!)
 アスカは急いでキーを叩き始めた、もちろん、教会の予約のためである。


「今日は勝手に帰れだって、アスカどうしたんだろ?」
 帰り道、シンジはレイにちょっとだけぼやく。
「……心配?」
「うん、ちょっとね?、ほら、アスカってどこかずれてるから……」
 ポリポリと頭を掻く。
「やっぱり外国で育ったからなのかな?」
「……文化の違いは、如何とも難いわ」
「そうだねぇ……」
 いつになく饒舌なレイをちらりと見やる。
 言葉数は変わらないのだが、いつもなら「知らない」とか、「さあ」と事実認識のみに相槌を打つのが彼女だ。
 シンジの心境など手に取るように分かるから、だが今日は「心配?」と確認して来る。
 その違和感。
(何読んでるんだろ?)
 レイはずっと、小説か冊子のようなものを読みながら歩いていた。
 だからシンジに対する注意が散漫になっているのだ。
 あいにくと本はブックカバーがかかっているので、活字の本だとしかわからない。
 シンジにとって、絵のない本は理解の範疇の外にある。
 そう言や、もうすぐバレンタインか……
 もちろんシンジとて「その日」の事を知らないわけではない。
 今年こそ貰えるといいなぁ……
 ちらりとレイを見る。
 ……一つ、いや、上手くいけば二つは固いかも!
 ちなみに小学生の頃は貰えなかった、それはネルフというブランドが子供達にとって意味を持たなかったからだ、妬みやからかいの理由にはなっても。
 そして来た中学校一年生、シンジはあの日、腹痛で休んでいた。
 ……そうだった。
 急に思い出し青くなる。
 あの晩、……綾波の一言から始まったんだ。
「おばあさん……」
「なぁに?」
「チョコレートって、なに?」
 急な発言にとまどう祖母が可哀想で、シンジは助け船を出すことにした。
「綾波、チョコレートって食べたこと無いの?」
「食べる物なの?」
 小首を傾げる仕草が妙に可愛い。
「そう言えばもうすぐバレンタインねぇ……」
 ふと祖母の漏らした言葉に身を固くする。
 バレンタインか……
 ちらちらとレイを見るのだが……
 そうだよなぁ、チョコレートも知らないんじゃ、だめだよなぁ……
 中学に入って出来た悪友二人の教育もあってか?、一応そう言うイベントに関して反応を示すようになっていた。
「シンジ?」
「なに?」
「レイちゃんとチョコレート買ってらっしゃい」
「今から?」
「お小遣いあげるから、レイちゃんにいろんなチョコを買ってあげなさい?」
「……うん、わかったよ」
 そう言って席を立つ。
「綾波、行こうか?」
「……わかったわ」
 そしてシンジはあれもこれもと買い込んだ。
 女の子のチョコとかケーキが別腹って、あれってきっと本当だよな……
 それを体感したのは、レイの好奇心に付き合い過ぎて沈没してしまった真夜中のことであった。
(今になったらもう良い想い出だよ、うん、きっと良い想い出なんだ)
 そう言うことにしておこうと心に決める。
「……わかったわ」
 唐突にレイは本を閉じた。
「綾波、なにがわかったの?」
 だが教えてくれない。
(チョコレート、血夜娘麗渡、麗しい娘の血をその日の夜、意中の男性に捧げる行為、転じて初夜、破瓜の血を指す)
 深読みし過ぎである。
 受け入れる用意があるという、合図のための食べ物なのね、あれは……
「綾波ぃ……」
 情けない声を出すのだが、やはりレイには聞こえていないようである。
 相手をしてもらえなくて寂しそうにするシンジ。
 そう、なら……
 本を鞄にしまい、次の本を取り出して広げる。
 綾波、そんなに面白いのかなぁ?
 余韻に浸った後、次の巻に移ったのだと勝手に思う。
 だが実際にレイが読み始めたのは……
 チョコレートの作り方、その一、まずカカオの種を炒って細かく砕く。
 次に砂糖・ミルク・香料などを加えて練り、型に流してかためて冷やす、カカオの種……、植物園にあるの?、だめ、あれは公共のもの、そう、碇日本支部代表、あの人、この間電話をくれた……
『困った事があったら何でも言うのよ?』
 昔の人が言ってた、あるものは親でも使え、利用できる人、碇ユイさん。
 妙な自己認識の確認を行う。
「綾波ぃ、そんなに面白いのぉ?」
 いつしかレイの口元から、くすくすと気味の悪い笑みが漏れ出してしまっていた。


続く



[BACK][TOP][NEXT]

新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。