十三日、金曜日。
 早朝から駅に降り立つ人影があった。
「ここに住んどんのかぁ」
「さっすが都会って感じだよな?」
 一言で言うなら怪しいに尽きる。
 片方は黒のジャージにディバッグ。
 もう一人は迷彩の軍服にやたらガチャガチャと音の鳴る巨大なリュックを背負っていた、よく電車に乗せてもらえたなぁと呆れるほどだ。
「ほな行こかぁ」
「おう」
 二人は朝もやむ消えぬ時間に、知り合いを尋ねて歩き出した。


FIANCE〜幸せの方程式〜
第二十話、「今宵聖なる教会で(その二)」


 カパ、ドサドサドサ……
 あり得ない状況というのは、一瞬人の思考を止めてしまうものらしい。
「はっ!」
 シンジは左右両側から来る冷たい視線に冷や汗をかいた。
「ふぅん、ほぉおおおお……」
 下駄箱の前で固まったシンジの顔を覗くアスカだ。
「これはこれは、おもてになって……」
「いや、そんなことは……」
「嫉妬?」
「うっさいわねぇ!」
 シンジを挟み、その向こうで呟いたレイを怒鳴りつける。
「あんたもなに余裕で笑ってるのよ!」
「……今日は十三日だもの」
「だから何……、あ!」
 そこでアスカも得心がいった。
(そっか、そうよね……、問題は明日、それも教会でなきゃ意味無いじゃない!)
 日付というのは時に神聖なほどに重みを持つものだ。
 今日が十三日である以上、これらの告白はあくまで意思表示であり、それ以上の意味については無効となるのだ。
 だから。
「じゃ、先に行くから……」
 にへらっと固まったアスカを無視する。
「じゃ、碇君」
「え?、あ、うん……」
「今晩」
「え?」
 シンジはその一言の意味を計りかねて、レイの背中を見送ってしまった。


「……なんだこれ?」
 よろよろとチョコを落とさぬよう抱きかかえて教室に来てみれば……
「あ、碇、く、ん……」
 すかさず挨拶を入れようと思った女の子も固まった。
「凄いね……」
「あ、うん……、僕もこんなに貰ったの初めてで……」
 まず机の上に山盛りになっていた。
 次に机の中からはみ出していた。
 そして椅子の上にも置かれていたし、さらには机の両サイドに、紙袋が釣り下げられて中にはぎっちりと詰めこまれていた。
「……どうしよう、これ」
「うん、でもこれならもう一個くらい大丈夫よね?」
「え?」
「はい!、よろしくね?」
「え?、あ、うん……」
 その冴えない返事に、悲しげにする。
「やっぱり……、迷惑?」
「ううん、そんなことないよ」
 これを見れば誰でも撃沈できるというような笑顔を見せる。
「ありがとう、義理でもうれしいよ」
 その少女の表情が固まったのは言うまでもない。
 ある意味レイの、もしかしてと言うレベルでアスカのチョコしか期待をしてないシンジである。
 その他のチョコに本命があるなどとはかけらも思っていなかった。
 その一言が彼女をそう言った対象として見ていないと言う遠回しな拒絶になっているとも気がつかないで……
「ほっほぉ、これはこれは」
「ほんま、えらい盛況ぶりですなぁ、ケンスケはん」
「え!?」
 シンジは聞き慣れた声に唖然とした。
「トウジ!、ケンスケ!?」
「「よっ!」」
「どうして……」
 ここにと言いかけて、その異様な風体に冷や汗を流す。
「なに言うてんねん!、約束したやろが」
「約束?、なんの……」
 ぐいっと首に腕を回して、トウジは顔を近付ける。
「ほれ!、去年、バレンタインに山ほどチョコ来とったやないか」
「ああ……、でもあれって」
「そうだよなぁ、別にお前が好きってんじゃないだろうって、トウジが食っちまったのに笑って済ませたんだよなぁ……」
 ケンスケもひそひそと顔を寄せる。
「んでその後約束したやろが?」
「そうそう、どうせ来年もこうなるからって」
「残飯処理はワシに任せぇ」
「ちゃんと何処の誰からのかはチェックしといてやるからさ?」
(その為にここまで来たのか……)
 シンジはそこまでバレンタインチョコにこだわる二人に目頭が熱くなった。
「いいよ、わかったよ」
 義理にもありつけないなんて……
 ほろりとくる。
「どうせこのままじゃ溶けちゃうんだし」
「おっしゃ!、そういうこってさっそく……」
「ああ、俺達学校の外で待ってるからさ?、溜まったら持ってこいよ」
「わかった、あ、携帯の番号……」
「なんだよ?、忘れちゃったのか?」
「かー!、冷たいやっちゃのぉ」
「そうじゃなくて」
 苦笑する。
「僕のだよ、番号変えたんだ」
 実は以前住んでいたところから、未だにかかって来るからだった。


(まっさかシンジあんなにもてるなんて)
 計算違いを感じるアスカだ、だがそれ以上に恐いのは……
 あの子よね?
 昨日のレイの行動を思い返す。
 ──ピンポーン!
「あ、誰か来た」
 立ち上がったシンジを、レイが手で制した。
「あ、出てくれるの?」
 コクリと頷く。
 シンジはそのまま座ってしまったが、アスカはレイの背中に微妙なものを感じ取って後を着けた。
 扉を開けてニ・三言、それでまた戸は閉じられる。
「なんだったのよ?」
 アスカの見ている前で、レイは無造作に生ゴミ用のごみ箱を開けて何かを放り込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
「……ゴミ、用はないもの」
「だからなによ!?」
「チョコレート……」
「はあっ!?」
「まだ……、送って来るのね」
 アスカはシンジの元へと戻るレイを見送ってから、そのゴミとやらを取り出した。
「……宅急便、チョコレートって、これって前にシンジが住んでたとこから?」
 よくみるとそんな紙包みや箱がごろごろと放り込まれている。
 それらは全て、シンジ宛に送られて来た物なのだが……
「あいつって、イタイ女ってやつなのね」
 アスカは言い様の無い恐怖感を感じてしまっていた。


 ……碇君が言ったもの。
『どうせ僕にくれたわけじゃないからね?、本気でも義理でも無いチョコなんて……』
 だがそういう姿は落ち込んでいた。
 碇君……
 だから今年は悩んでいた。
 バレンタインについても調べてみたのだ。
 ちなみに読んでいたトンデモ本は民明書房と言う所で売られていたらしい、著者は碇ゲンドウである。
 そして、そんなゲンドウに毒されたレイのとばっちりを受けている男がここに居た。


 以下、某国の英語での会話。
「いやぁ、おらもこの仕事長いけんども、最新鋭戦闘機で買いつけに来たお客は始めてだなぁ」
「ああ……、俺もこんな依頼をされるとは思わなかったよ」
 無精髭に尻尾髪。
「そっかぁ……、辛いとこだなぁ」
「ああ……」
 背中に悲哀の漂うニヒルな男、加持リョウジ。
 背中がすすけているとも言う。
「んで、これが約束の品だぁ」
「ものは?」
「百パーセント純正……、まずい!」
 どこかの倉庫だったのだろう、急に明かりが灯された。
「行くんだぁ!」
「すまん!」
 彼は麻袋を担いで駆け出した。
「この借りはいつか返す、それまで」
「死ぬつもりはねぇべぇ!」
 タタタタタン!、っと軽快な銃声が背中で響いた。
 加持の担いだ麻袋には、カカオの文字が刻まれていた。


「さてみんな、今日は授業を始める前に……、持ち物検査をしたいと思う」
「「「えー!」」」
 悲鳴が重なる。
「なんでぇ!?」
「どうしてぇ!」
 これには一部の男子も混ざっていた。
 さっさと食えば良かった!
 もちろん神棚に飾ろうかと言う、義理チョコに過大なガッツポーズを決めた者たちだ。
「学校はお菓子持ち込み禁止だ!、さ、チョコレートを出せ!」
 はぁいっと、ぶつぶつと言いながらも皆従う。
「おい」
「はい?」
 シンジは頭の上からの声に顔を上げた。
「お前もだ」
「え?、僕?」
「そうだ!」
 その決め撃ちの態度に緊張感が一瞬で漂う。
「って言っても……、僕持ってませんよ?」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃないですって……」
「お前が貰ってるのは聞いてるんだ、さ、立て!」
 その剣幕にシンジは渋々ながら立ち上がった。
 それと同時に、先生は机の中を覗き込んだ。
「……ない?」
「だからそう言ってるのに」
 呆れるシンジ。
「何処に隠した?、鞄か!」
 それに対して、己の非を認めたくないからか?、彼は責めるように声を荒げた。
 鞄を逆さにして振ってみたのだが、落ちたのは授業用の端末機だけだった。
 しかも……
 ガシャ!
「あ」
 壊れた……
「酷い!」
「なにするんですか!」
「碇君かわいそう!」
「体罰教師ぃ!」
 一気に旗色が悪くなる。
「だ、黙れ!、元はと言えばお前が隠すからだぞ!」
「だから持ってないって言ってるでしょう?」
「そうよ!、証拠を見せなさいよ!」
 雌雄は決する。
「ふん!、必ず尻尾はつかむからな!」
 まるで悪役みたいだ。
 シンジはぼうっと出て行くその後ろ姿を眺めていたため、直後のわぁっと言う拍手に驚いた。


−ねぇねぇ!、碇君がやったんだって!
−なに?
−持ち物検査!、上手く隠してくれて、それに先生、追い帰しちゃったって!
−えー!、しまったぁ、先に渡しとけば良かったぁ……
−あたしもぉ、先生に取られちゃった。
−返してもらえるかなぁ?
−無理じゃない?
−えー!、手作りなんだよぉ?
−でもほら、絶対溶けちゃってるよぉ……
−そうよねぇ……
 むぅっとチャットの世界で悲鳴が横行していた。
 ついでにシンジの株も上がっている。
 で、そのシンジはと言えば……
(今年こそ本命チョコ、貰えないかなぁ……)
 黄昏ていた。


 さてその頃、級長でもある洞木ヒカリは、遅れて登校して来ていた。
「ノゾミ……、大丈夫?」
「うん……、平気」
 まだ小学生と言う、幼い妹の手を引いている。
「お姉ちゃん、学校は?」
「いいのよ、連絡してあるから」
 制服姿なのが慌て振りを誘っている。
 ……先生、ちゃんとやってくれたかな。
 実は持ち物検査をほのめかし、担任教師を唆したのは。
 彼女であった。


続く



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この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。