「なんだこれ!?」
 シンジは鞄を落としてしまった。
 エレベーターを降りて自分達の部屋へと向かったのだが、入り口付近の廊下を荷物の山が塞いでいたのだ。
 カカオの麻袋、砂糖らしき白いものの入ったビニール袋……、これはまるでヤバい薬のようである。
 それに産地直送らしい牛乳の入ったどでかい専用のタンクと、さらには香料の元になるらしい香草やその他、パウダーが樽入りで置かれていた。
 玄関が見えない、いや、実際に埋めつくしている。
「ちょっとシンジ、これ……」
「届いたのね」
「綾波!?」
「あんたなの!?」
「ええ……、わたしが頼んだの」
 二人が愕然とするのを余所に、レイは平然とメモを取り出しチェックを始めた。
「綾波、なにを……」
「ネルフ……、その傘下には専用の穀物プラントがあるからって、ユイさんが……」
 どうやら品番ごとに注文書との確認を行っているらしい。
「母さん……、なにを考えてるんだ……」
 シンジは頭痛にみまわれてよろめいた。
 ぱふっと腕がアスカの胸の谷間に挟まってしまう。
「あ、ごめん……」
「え?、ああ……」
 思わずシンジを支える形になったアスカ。
 彼女もまた気を取られてしまっていたようだ。
「どうしたの?」
 そんなアスカの反応を怪訝に思う。
 アスカはちらりとシンジを見てから説明を始めた。
「……ネルフで収穫されたものはね?、みんな独自ルートで完全に管理されているはずなのよ、貧しい国なんかには無償配布しなければならないし、営利目的で利用されないように、厳重にチェックを受けているの」
「それが?」
「あんたバカぁ?」
 いつもの勢いが戻ってくる。
「こんな風に自分勝手がまかり通ってたら、違法な横領が増えるじゃない!」
「法とは、破るためにあるものよ……」
 冷ややかな風が吹き、レイの瞳は闇を湛える。
 アスカは戦慄した。
(こいつ……)
 時に場所はちょっと変わって……
「なにをやってるんだ、葛城……」
 疲れ切った表情で帰って来た加持は、自分の部屋に居るミサトに驚いた。
「なによぉ、あんたが帰って来てるって聞いたから、こうして来てやったんじゃない」
 すねる姿は可愛いのだが、ポニーテールにした髪と、真っ黒なエプロンが魔女を連想させるのは何故だろうか?
 ミサトは台所に立っていた。
 そして何かを作っていた。
 そう、なにかを。
 ぐつぐつと鍋が湯気を立てている。
「あんた一体いつの間にこんな趣味持ったのか知らないけどさ……」
 山と積まれているのは加持がレイの元に運んだ『物資』の分け前である。
「ま、ついでだからご飯ぐらい作ってやろうと思ってね?」
「い、いや、そりゃ、確かに置いてたけどな?」
(こ、こんなシナリオ、俺にはありませんよ、碇さん!)
 ちなみにこれらのものは、ボーナス代わりに押し付けられた代物である。
 とりあえず加持の命運については置いておくとして……
「……目的のためには手段を選ばない奴なのね」
「って言うか、こんなもの、こんなに沢山集めて何をする気なのかの方が気になるんだけど……」
 シンジはもっとなことを口にした。


FIANCE〜幸せの方程式〜
第二十一話、「今宵聖なる教会で(その三)」


「チョコを作るぅ!?」
 アスカのすっとんきょうな叫びに、シンジは味見していた味噌汁をぶばっと吹き出した。
「あ……」
 吹き出した味噌汁がちょっと鍋に入ったのだが……
「……ふんふんふん♪」
 わざとらしく鼻歌などを歌い、お玉を使って掻き回す。
 一方、リビングでは。
「呆れた……」
「そう?」
「チョコなんてその辺で売ってるのを溶かせばいいでしょうが」
 レイはふっと鼻で笑った。
「なによ!」
「愛が足りないわね」
「この……」
「あ、あのぉ……」
 おそるおそるリビングを覗く。
「ご飯……、用意できたんだけど?」
「そ、いま行くわ」
「あっ、この!」
 しかし肩をつかもうとした手はからぶった。
「この荷物、どうにかしなさいよねぇ!?」
 アスカはリビング一杯に広げられた食材を踏まぬよう、恐る恐る移動した。


 かちゃかちゃとスプーンでオムレツを突きつつ、アスカはレイを睨んでいた。
「ごめん」
「へ?」
「いや……、ちょっと失敗しちゃったから」
「あ、ち、違うわよ」
 アスカはちょっと気落ちしたシンジに謝った。
 今日はレイが食材の運び入れに忙しかったため、シンジが代わりを申し出たのだ。
「そうじゃなくてね……」
 アスカは適当な言い訳を探した。
「ほら、この子、ちょっと凄いでしょ?」
「あ、うん……」
 シンジは曖昧に笑って護魔化そうとした。
(チョコなんて、普通のでもいいのに……)
 常識を疑うと同時に、そこまでしてくれる事にも嬉しさが込み上げて来ていた。
「だからねぇ……、あたしが作ってる暇が無いんじゃないかと思って」
「え?」
「キッチン占領されちゃうんじゃないかってねぇ?」
「あ……」
 シンジは先程自分が立っていた場所の広さを感覚的に思い出した。
 確かに持ち込まれた食材を広げるだけで、かなりの手狭になってしまうだろう。
「それに時間も取られちゃいそうだし」
(じゃあ先に使わせてって……)
 頼んでみたらと口にしかけて、シンジは基本的な問題に立ち返った。
「アスカ……」
「なによ?」
 急にぼうっとしたシンジに、怪訝そうな目を向ける。
「チョコ……、くれるんだ?」
 うぐっと咥えたスプーンで喉を突いたらしい。
「げほっ、な、なによ!、悪い!?」
「別に悪いとは思ってないけど……」
「なによ?」
 赤くなったアスカに、どう取って良いのかよく分からない表情を向ける。
「義理なのかなぁって」
「あんたねぇ……」
 アスカは、はぁっと頭痛を堪えるように額に指を当てた。
「まあいいわ?、あたし、隣のキッチンを借りるから」
 隣とはミサトの部屋のことである。
「あ、うん……、ごめん」
「あんたが謝る事じゃないでしょう?」
 それに、とアスカは心の中で呟いた。
(作ってるとこを見られるってのもねぇ?)
 一口チョコを幾つか作るつもりらしい。
 さらに、だ。
(呼び出しやすいし)
 この点でアスカはニヤリとほくそ笑んだ。
 この家で作ると渡すのも当然この部屋となってしまう。
(邪魔なのよね?)
 アスカは気付かれないように、レイの様子を伺った。
 でもだからと言って、渡したいからと連れ出すのもおかしいだろう。
 それでは二人きりになろうと言っているようでいやらしいではないか。
(この女にも警戒されちゃうだろうしね?)
 よからぬ企みを気付かれぬように押し隠す。
(二人っきりにさせとくのは癪だけど)
 アスカは”あむ”っと、残さずオムライスをぱくついた。


「学校、サボっちゃった……」
 その頃、公園にて。
 このあたしが、と、頭を抱えている少女が居た。
 洞木ヒカリである。
「なんや大袈裟なやっちゃのぉ?」
「一日サボったくらいでどうにもなんないさ」
 無責任な事を言っているのはシンジの親友、二人であった。
(どうしてあたしが、こんな人達のために!)
 ヒカリは数時間前のことを振り返った。


 病院に妹を連れていったヒカリは、検査入院と言う思わぬ大事に頭を痛めながらも、手続きをして妹を預けてから学校へ向かった。
 その途中でヒカリは風呂敷を背負った少年二人とすれ違う。
「あ」
 ヒカリはその風呂敷からこぼれ落ちたものを取って声を掛けた。
 赤く四角いラッピングに、グリーンのリボンが巻かれている。
(チョコね?)
 くすりと微笑む。
「あの、落としましたよ?」
「お?、おう、すまんなぁ」
 ヒカリは慣れない口調に戸惑いつつも、疑問に思った事を率直に尋ねた。
「随分たくさん貰ったんですね?」
「あ?、ああ、これか?」
 そう言って背を向け、抱え直しながらニカッと笑う。
「ほんま、これぐらい貰えたら幸せなんやろうけどなぁ?」
「え……」
「おすそわけ、食べ切れないから貰ってくれってさ」
「そんな……」
 ヒカリはニキビ面の少年の言い草にむっとした。
「だって、これって」
 弄び気味になっていた、まだ自分の手にあるチョコを見る。
 どう見てもパッケージから気合いが入っていて、中身は恐らく手作りだろう、と、そこでヒカリはカードにある名前に気が付いた。
(碇シンジ!?)
 ハッとした表情でヒカリは二人を見た。
「な、なんや?」
 険を強くし、睨み付けように変わっていく目。
「おい、行こうぜ?」
「お、おう、そやな?」
 二人は思わず後ずさり、逃げ出すように腰を引いた。
「ちょっと」
「なんや?」
「これはどうするの?」
 ヒカリはひらひらとチョコを振った。
「お、おお、すまんな……」
 手を伸ばすトウジ。
 しかしヒカリは、取られる前にスッと引っ込めた。
「……なにするんや」
「これ、碇君のじゃないの?」
 まずい、露骨にそんな表情を張り付かせる二人……
「ちょっと話を聞かせて……、何処に行くつもり!?」
「すまん、わしは故郷に帰らなあかんのや」
「そゆことで……」
「故郷って何処よ!、それにあなた達、学校は!」
「三年の登校日で休みなんや」
「そうそう」
(三年生の?、受験の関係かしら?)
 一瞬気を取られてしまう。
「ってそうじゃないわ、どうしてあなた達が碇君のチョコを持ってるの!」
「そんなん、お前に関係あるかい」
「なんですってぇ!?」
「まあまあ……、ほら、やっぱ学校にチョコを持ち込むのって不味いだろ?、だから俺たちが運び出してやったんだよ」
(そんな!?)
 ヒカリは愕然とした、自分の張った罠が失敗に終わった事を知ったからだ。
「おい、トウジ……」
「そやな?、ほなもうええか?」
「あ、ちょ、ちょっと!」
 ヒカリはなおも食い下がろうとした、しかし……
「ほれ、あっち見てみぃ?」
 トウジは顎を意味ありげにしゃくった。
「え……」
「補導員かなんかやないか?」
「捕まったらまずいし、行こうぜ?」
「え?、え?」
 ヒカリはトウジに腕を引かれて焦った。
「ちょっと、あたしは関係……」
「あかんて」
 ドキッとする、トウジの真剣な声音に。
 鼻息がかかるほど近くに顔を寄せられ、ヒカリは硬直した。
「お前もあれやろ?、……ネルフの」
 ドキンと……
 ヒカリは心臓を鷲づかみにされたような気がした。
「ど、どうし、て……」
 顔が蒼白になる。
「やっぱ養護施設出身かいな?」
 わしもや、とトウジは笑った。
「これから学校行くんやろ?、そやけどあいつら、サボりや思たら調べもせんと学校に連絡しおるからなぁ」
 トウジは補導員が自分達に目をつけていると感じ、ヒカリの手を引いた。
「あっ」
 意外とごつい手に赤くなる。
「逃げるで!」
 こうしてヒカリは、学校をサボらされた上に遅くまで連れ回される事になったのであった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。