嫌い、嫌い、大ッ嫌い。
世の中はほんの少しだけ優しくて……
希望がいくつも転がっているのに。
決して助けてはくれなくて……
ただ甘い夢を見せて苦しめるだけ。
嫌い嫌い、大っきらい。
誰も優しくしてくれないから、みんなでわたしを苦しめるから。
でも……
「で、惣流さんはどうなの?」
学校、下校中だ、並んでいるのはシンジとヒカリ、その半歩後ろでレイが頬を膨らませていたりする、不機嫌そうに。
「ぴんぴんしてるよ、信じられないくらい、丸一日瓦礫の下に埋もれてたのにね」
「一緒に埋まった人って、すぐ見つかったんでしょう?」
「不思議だよねぇ、どうしてみんなアスカにだけ気が付かなかったんだろう?」
自分も忘れていたくせに抜け抜けと言う。
「よく碇君は無事で……」
「あ、僕、逃げ足だけは速いから」
要約すると、見捨てて逃げたということだ。
大体彼女が担ぎ込まれて来るまで思い出しもしなかったのだから、案外薄情なのかも知れなかった。
FIANCE〜幸せの方程式〜
第二十五話、「時に愛を(前編)」
存在理由、レゾンデートル。
──ここに居ても良い理由。
見殺しにされた。
見捨てられた。
見放された。
「どうして助けてくれなかったの?」
「アスカが突っかかってったんじゃないか」
「どうして助けを寄越してくれなかったの?」
「僕も気絶してたから」
「恐かったのに、寂しかったのに」
「そう言えばカヲル君はどうしたんだろう?」
「今頃思い出すなー!」
アスカは素早く靴を脱いで、シンジの顔面に叩きつけた。
「大体ねぇ!、ふっつう病院で目ぇ覚ましたら傍に居るのは心配してる婚約者ってのが相場でしょうが!、そこにあたしが居ないのにっ、どうしておかしいって思わないのよ!」
「わたしが居たもの」
「……あ〜あ、お肌が荒れちゃった、シンジ!、責任とんなさいよね!」
「責任ってなに?」
「人の体傷物にしたら!、責任取って嫁に貰うってのが太古の昔から決まってんのよ!」
「自爆しただけの癖に」
「アタシが教会壊したんじゃないっての!」
ようやくシンジが口を挟んだ。
「僕が壊した訳でも無いのに」
「アンタがモーホーとおホモだちになんかなるからでしょうが!」
「知らなかったんだよ、カヲル君がモーホーだったなんて、知らなかったんだ」
どこか『裏切られた』と聞こえなくも無い口調だった。
そんなこんなで騒ぎながら家に帰り付く、と、シンジはエレベーターを下りたホールで怪訝そうに首を傾げた。
「ちょっと、早く行きなさいよ」
「あ、うん……」
シンジは自宅の前で困っているふたりに、やっぱりと言った顔をした、ほころばせ、輝かせる。
「山岸さん!」
はっとしてその内の一人が振り返った、黒髪の長い、色気のない眼鏡を掛けた少女だった、口元左のほくろが印象的な。
「碇君」
ほっとした様子で胸を撫で下ろす少女に笑顔を見せる。
「おかえりぃ」
もう一人、そう迎えてくれたのは彼女を連れて来たらしいミサトであった。
「よかったわ、あたしまだ仕事あるしさぁ、どうしようかと思ってたのよね」
「ミサトさんがどうして、山岸さんを?」
「マユミちゃんのお父さんが仕事でこっちに来ててね、頼まれたのよ、道案内を」
「相田君に聞いたんです、碇君、今はこっちに居るって、それで少し会いたいなって思って」
「そうなんだ」
良い雰囲気で旧交をあたため合うふたりに、アスカはむぅっと剣呑に口をすぼませた。
「なによ、アイツは?」
「……山岸マユミ」
ぽつりとレイ。
「碇君の昔の女よ」
へ?、っとアスカはキョトンとした。
「そそそ、それっ、どういうことよ!」
冷たい目をして。
「言葉の通りよ」
──山岸マユミ、十四歳。
前髪は真っ直ぐに切りそろえ、髪は自然なままにストレートに伸ばしている。
そんな生徒手帳にでも載っていそうな模範的な容姿、恰好でまとめている彼女は、普通とは逆の意味で目立つ存在だった。
物腰がおとなし過ぎたのだ、言い換えれば『根暗』であった。
そんな彼女を口説き落とす事になったのは、ケンスケとトウジが学園祭で『バンドをやろう』と言い出したからだった。
なんとか彼女を勧誘し、学園祭に臨んで、それなりに好評を得た。
それまで引っ込み思案だった彼女も、人前で弾ける開放感を味わったからか、多少外向的になった、そう、特にシンジに対しては。
『知っていますか?、似た者同士は友人になれても恋人同士にはなれないって、わたし、碇君と似てない方がよかった』
そんな精一杯の告白を残して去って行った、父親の都合で転校して来て、またその仕事の都合で行ってしまうまでに、実に二週間も無い付き合いだった。
「碇君は……、僕は、なんて答えれば良かったのかなって、暫くの間黄昏ていたわ」
「ふうん……」
面白くなさそうにアスカ、思わぬ伏兵だと思っているのかもしれない。
レイの部屋で二人は聞き耳を立てていた、リビングからはシンジと、マユミと、それにミサトの声が聞こえて来る。
「ええ!?、シンちゃんやるぅ」
ひゅ〜ひゅ〜とミサト。
「やめて下さいよ、もう」
「シンちゃんって奥手だしねぇ、レイかアスカみたいに押しが強くないとダメなんじゃないかって思ってたけど」
「あの頃の碇君は、わたしもですけど、どこか内に篭ってましたから……」
「そうだねぇ、勝手に気持ちにケリつけちゃったりしてさ」
「そうですね、身勝手だったのかもしれません、良かったのかもしれません、好きと伝えてその気持ちを受け入れてもらえようが、どうなろうが、どちらにしても、勝手に自分で盛り上がれたから」
「悲観主義って奴ね?、今はどうなの?」
「さあ?、自分では良く分かりません……、でも変わったと思います、変わりたかったから」
「ふうん?」
にやにやとして。
「良かったじゃないシンちゃん」
「はい?」
「このぉ!、一途っての?、今時こんな子居ないんじゃない?」
「ばっ、馬鹿な事言わないで下さいよ!、もう!」
照れるシンジだ。
「昔の事なんですから!、ねぇ?」
え?、とシンジは戸惑った、マユミが微笑を浮かべたからだ。
「そうなんですか?」
「はい?」
「ちょっとシンちゃん……」
袖を引いて、耳元で訊ねる。
「終わってんじゃないの?」
「ち、違うんでしょうか?」
訝しく見るが、マユミは両手で湯呑みをもって茶を口に含んでいる、にこやかに。
その落ち着いた様子は居直っているようにも見える。
「碇君……」
「はい?」
「今日、明日、お暇ですか?」
「……別に用事は無いけど」
「よかった」
シンジはその時、その微笑みを何処かで見た事があると感じ、すぐに思い当たった。
「少し……、お時間、貰えますか?」
アスカと、綾波だ。
柔らかく笑っていながら、目だけが猛禽類のように鋭い眼光を放っている、俗に言う、笑っていない、獲物を狙う輝きを宿している、そんな印象。
シンジはそんなことにばかり気を取られてしまっていて、だから反射的に了承してしまってから、後悔を浮かべた。
「さーびー、しさにー、まけたー」
「……」
「いいえ、せけんに、まけたー」
「……」
人のベッドの上で膝を抱えているアスカに、レイは鬱陶しさを感じて苛付いていた。
ベッドの角隅で、壁に向かって背を丸め、イジケている様はついケリ倒したくなってしまうようなものだった。
イジケるなら自分の部屋に帰ってからにしろ、懸命にその一言を抑え込む。
けれどアスカにも言い分はあった、助けが来るかな、来ないかな、と瓦礫の下でイジケていて、ようやく救助されたかと思えば一人だけ入院、すぐに退院できたかと思えば今度はこれだ。
(あたしって、何?)
ちょっと前のシンジとの良い雰囲気や関係は何だったのだろうかと反芻して涙ぐむ。
(いいえ、アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ!)
唐突にぐっと拳を握って顔を仰向ける。
(でもシンジってレイとかさぁ、ああいう静かな方が良いのかなぁ)
再びぷしゅうっと沈み込む。
我慢とは対極にあってストレスは感じた瞬間に発散し、後には残さないのがアスカだから、逆に言えば裏表が無くてわかり易くて好感が持てるのだが、やっぱり彼女にとっては鬱陶しいだけの存在であった。
「邪魔」
レイはとうとうアスカの後頭部を蹴った、とゆーか、踵を落とした。
ガスッと。
──悶絶するアスカ。
「なにすんのよ!」
涙目で頭を押さえて振り返る。
「だって」
「だってじゃない!」
「ごめんなさい」
「顔が笑ってんのよ!」
「そう?」
「笑うなぁ!」
両頬をうにうにと引っ張る。
「ってこんなことしてる場合じゃない!、シンジは!?」
「出かけたわ」
「どこに!」
「さあ?」
「さあじゃないでしょうが!、なんで行かせるのよ!」
「だって、あなただけ置いて行く訳にはいかないから」
「へ?」
「わたしの部屋、汚されたくないから」
「なによそれー!」
「自分の部屋を見てから言うのね?」
くすくすと。
「笑うなっつうのにぃ!」
「……なにやってんの、あんた達」
尺取虫のように蠢き、なめくじのように這い、鰻のように絡んでレイを押さえ込もうとしているアスカの動きは、まさにヘンタイそのもののそれであった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。