昼下がりと言う普通なら授業に眠くなっている様な時間帯に、一人の中学生が黄昏ていた。
 ……行きたくないなぁ。
 ぽかぽかとする陽気を感じ、何となく公園へと足を向ける。
 もう今から行っても授業には間に合わないだろう。
 行きたくないのは明日も、明後日もと言う意味だ。
 公園に入り、まず目に留まった自動販売機にコインを入れる。
 コーラを買うと同時に気がついた。
 女の子が興味を惹かれるようにたたずんでいた。
「それ、なに?」
 青い髪に赤い瞳の女の子だった、彼女が指差したのは……
「なにって……、コーラだけど」
 どこかで……
 不意に懐かしさが込み上げる、だがそれより「変な子だなぁ」と言う感想が先行した。
「出ない……」
 意味もなくボタンを押している。
「当たり前だよ、お金入れないと」
「お金?」
「そうだよ、持ってないの?」
 ぷるぷると首を振られて、彼は深く溜め息を吐いた。
 まるでおねだりをするような目に、頼られていると感じたからだ。
「……わかったよ」
 溜め息を吐きながら、なけなしの小遣いを貸してあげる。
 何故か冷たくしようとは思わなかった。
「ここに入れて……、そう、ボタンを押せばいいんだよ」
 ガチャ、ゴトン……
 落ちて来た音にびくりと脅える。
 ……面白い子だなぁ。
 彼はクスリと笑ってしまった。
「そこから取って、うん、上のを開けて」
「飲むの?」
「美味しいと思うよ?」
 少々病的な色の唇が、缶の縁に付けられる。
「……甘い」
「お、碇じゃん」
「シンジぃ」
「こんなとこで何やってんだよ?」
「サボって女の子と遊んでんじゃないよ」
 首を抱き込まれ、その上こめかみをぐりぐりされる。
「そんなんじゃ……」
 茶パツにピアス、あまり素行の良さそうな連中ではない。
「なぁ、君もそう思わない?」
「碇のなになわけ?」
 あ……
 シンジは少女の瞳を見た、冷たい視線。
 この人もだ……
 嫌われた、と顔を伏せる。
 このような連中と関りがある事を、情けないと思われたのか?、仲間だと思って軽蔑されてしまったのか。
「いま、話したばかりだから……」
「あ?」
 他人よ?
 そう言われた気がしてシンジは震えた。
「そ、そうなんだ……」
「碇ぃ、さっき生徒指導の並木が居たから気をつけろよ?」
「じゃな?」
「うん……、ありがと」
 数少ない、シンジを友達として見てくれる存在。
 彼らを差別されるのは嫌いだった、自分も似たような存在だから。
 シンジは少女に背を向けた。



 voluntary.1 The yoke of Evangelion. 


「見失っただと!」
「す、すみません」
「言い訳はいい」
 白髪、初老の男が慌てている。
「碇、どうする?」
「街からは出てはいない、探せ」
 こちらは髭面に赤い眼鏡だ。
「少しは落ちついたらどうですか?、冬月先生」
 さらに少し青い髪の少女に似た女性が居た。
「しかしな、サチ君……」
「お気持ちは嬉しいのですが、大丈夫ですよ、レイはわたしの娘なのですから……」
 碇、冬月と呼ばれた二人の男は、そのまま口を閉ざして端末に魅入る。
 そこは何処かの屋敷の書斎であった。


 シンジは急に立ち止まった。
 先程の少女がずっと着いて来るからだ。
 他人に興味を持たれている様な気がして、シンジは落ちつかないものに苛立った。
「……何か用?」
 肩越しに尋ねる。
「……わからない」
「なにがさ?」
「ここは、どこ?」
 その言葉にシンジは「迷子?」と目眩いを感じた。
「あの……、名前は?」
「レイ」
「レイ?」
「そう、綾波、レイ……」
 物問いたげな視線にどうしても物怖じしてしまう。
 綾波……
 その名字に、どこかで聞いた名だと気分を悪くする。
 それはシンジの最も嫌う名字だからだ。
 レイ、その響きにも頭痛を感じる。
 知っている?
 そんな気がしてならない。
 とにかくっと、シンジはベンチに腰かけた。
「……電話番号とか、わからないの?」
 ぷるぷると首を振られた。
「そう……」
 ふわりとスカートを折り込みながら腰掛ける。
 シンジのすぐ側にだ、その距離には他人よりも親しさを感じさせる。
 それが逆に、シンジに居心地の悪さを感じて立ち上がらせた。
「……警察に行く?」
 レイは無言でシンジを見上げる。
 わけでもあるのかな?
 でも嫌がっている様にも見えないのだ。
「市民課のデータベースで調べてもらえば、きっと分かるよ」
「そう、なら、そうする」
 すっと立ち上がる。
「じゃあ、行こうか?」
「行かれると困るんだよね?」
 え?
 ばらっと学生服連中にとり囲まれた。
「あの……」
 先程の連中と、よく似た身なりの少年達だった。
「中等部の、碇だっけ?」
「そうですけど」
 相手は高等部で幅を利かせている男だった、名前までは知らない。
「なにかご用ですか?」
「碇にはないよ、そっちのな?」
「え……」
「綾波財閥のお嬢さんに用があるんだ」
 綾波……、財閥!
 シンジはゆっくりと目を向けた。
 綾波、レイ。
 その名前に思い至ったからだ。
「そう言う事だ、じゃあ、連れてくぞ?」
 レイは抵抗もせずに腕を取られる。
 しかし引っ張られることは無かった。
「だめ……、ですよ」
 その男の腕を、シンジがつかんで止めたからだ。
「……碇、お前だってな?」
「でも違う、これは違うと、思うから……」
 誰にも分からない会話が、二人の間でだけ成立している。
「そうか、そうだな、悪い」
「すみません……」
「それですまされては、困る」
「「え!?」」
 彼と一緒に来た連中の内の一人がくぐもった声を出した。
「青井、お前何を言って……」
 不用意に肩をつかむ。
 ドゴ!
 彼は弾き飛ばされた。
 誰も殴られたのだとは認識できなかった。
「な、あ……」
「うわぁ!」
 青井の体が一回り膨れた。
『ぐ、が……』
 ビリビリと服が破れ、硬直した筋肉はゴムのような滑らかさを纏い、さらには緑色へと変質していく。
「あ、青井!」
 すでにそこに居るのは人間ではなく化け物だった。
 ぼろ……
 首がもげて落ちた。
 その付け根を塞ぐように、白い仮面が現われ、胸の前へと移動する。
 誰もが動けなくなった。
 出来の悪い人形の首のように、人の頭が転がっている。
 コフゥ……
 脇腹がエラのように呼吸した。
 吹き出した息が破れたシャツをはためかせた。
 胸の中央にある赤い玉が見え隠れする。
「うわああああああああああ!」
 少年達は一斉に逃げ出した。
「碇、逃げろ!」
「あ……」
 シンジは動こうとして動けなかった。
 明確な殺意を感じる。
 それは日頃自分が味わっていた物と同じであった。
 碇クンが壊しましたぁ。
 碇君が殴ったんですぅ。
 カンニングしたんでしょ?
 盗らないでよね!
 いわれのないことばかりだった。
 でもいつも自分のせいにされて来た。
 そんな事、してません。
 でも先生は信じなかった。
 クラスの人間は考えていた。
 誰だかわからないなら、あいつのせいにしておけばいいと。
 だからいつしか、シンジは「はい、やりました」と答えていた。
 信じてもらえなくてもいいんだ。
 その方が意地を張るよりも楽だから、と。
 嘘を吐くなと殴られるよりもよほどいいと。
 殴られたし、蹴られたし、いじめられた。
 不良とされる人達の方が優しかった。
 普通の人の狂気の瞳。
 それと同じ目がレイを睨んでいる。
 だめだ!
 シンジはレイに抱きついた。
 ボン!
 もつれて倒れると同時に、背後にあったベンチが爆砕した。
「っ!」
 ベンチの破片がシンジを打つ。
 シンジの下でレイは身もだえた、シンジの苦悶の表情に。
 ザッ、ガッ、ゴン!
 オレンジ色の何かが飛び込んで来た。
 化け物を殴りつけ、腕をクロスさせて押し離す。
「レイちゃん!」
 眼鏡に短く髪を刈り上げた男が走って来た。
「大丈夫かい!?」
 シンジから這い出し、コクリと頷くレイ。
「そうか、よかった……」
 黒服の男達が少年達を保護していく、青井の姿は怪人と共になくなっていた。
「彼らには事情を説明して帰してくれ、レイちゃん?」
 彼、日向は驚いた。
 レイがシンジの背に手を触れていたからだ。
 シンジはレイの膝に寝かされ、うなされていた。
「血……」
 手のひらがべっとりと濡れている。
 レイは再び、塞ごうとするかのように傷口に触れた。
 細かい破片が刺さっていた、血がシャツに滲んでいく。
「彼も連れていこう、治療しなくちゃな?」
 レイはまたも頷いた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。