時間、経って深夜。
「知らない……、天井だ」
シンジは目を覚ました。
「……気がついたのね?」
「君は」
起き上がる。
うっ!
背中に激痛が走った、身をよじろうとして、更に引きつった痛みに襲われ、汗を流す。
「縫ったばかりだから」
「そう……、でも慣れてる」
シンジは手を借りずに起き上がると、横にたたんであったシャツを羽織ろうとした。
背の側が破れている、だがまあいいやと袖を通した。
包帯だらけでうまく着れない。
キョロッと見回すと、やけに大きな座敷だった。
襖の向こうに気配を感じて顔を向ける。
「起きた様だな」
開いて日向、白髪の老人冬月と共に赤い眼鏡の男が入って来た。
「父さん……」
シンジは唸った。
バス……
布団の上に札束が放り投げられる。
「なんだよこれ……」
お互い軽蔑した視線を向け合う。
「……帰れ」
「帰るよ」
立ち上がる、が、激痛に膝をつきかけた。
ひんやりとした手がシンジを支えた、レイだ。
「離してよ!」
振り払うシンジ、しかしレイは責めるような目をシンジにではなく、ゲンドウへと向けた。
「なにを怒る?」
「この人は……」
「そうだ、わたしの……」
話の途中だが、シンジは関係無いとばかりに立ち上がった。
「……じゃ、さよなら」
シンジはゲンドウを避けるように部屋を出た。
ゲンドウはレイを見たまま視線を動かそうともしない。
レイの足元に転がっているお札の束が、妙に際立って感じられる。
「あ、ちょっと待って!」
日向は慌てて追った。
「出口、わからないだろう?」
「わたしに案内させてくれないかしら?」
シンジはその声に固まった。
「かあ……、さん」
「大きくなったわね?」
彼女、綾波サチは、包み込む様な微笑みで迎え入れる。
だがシンジはただ顔を背けて、拒絶した。
翌日。
シンジは傷む体を押して学校へ向かっていた。
「なんだろう……」
黒塗りのリムジンが校内へ入っていった。
関係無いや。
教室へは向かわず、シンジは屋上へ直行した。
気が削がれてしまったからだ、シンジはサボるため、人の輪に近寄らないですむための理由を欲していた。
「転校生を紹介する、綾波レイさんだ」
青い髪の少女は頭も下げずに口を開いた。
「綾波、レイです……」
「さて、席の方だが洞木」
「はい!」
そばかすの娘が立ち上がる。
「面倒見てやってくれ」
「綾波さん、どうぞ」
誘われるままに隣に座る。
「よろしくね?」
「ええ……」
レイは小さく答えて、きょろっと一通りの顔を見た。
「誰か探してるの?」
「……碇君」
ぴくっと、洞木の顔が引きつった。
授業が終わると同時に、洞木ヒカリは諭そうと試みた。
声を潜めて話しかける。
「あのね?、綾波さんは知らないかもしれないけど、碇君には関らない方がいいわよ?」
レイの表情は変わらない、だからヒカリにはその不機嫌さも見抜けない。
「なぜ?」
「だって……、不良だし、悪いことしてるし」
「なにを?」
「なにって……、お金盗んだり、悪口言ったり」
「そ……」
「そうって……、恐いんだから!」
だがヒカリの言葉は通じていないのだろう。
レイは冷たい視線で黙りこませた。
「あなたは、それを見たの?」
だって、みんな……
ヒカリは突きつけるための証拠が何も無い事に気がついた。
屋上。
清々しい風が吹く。
気持ちいいよな……
教室の空気は淀んでいても、ここだけは違う穏やかさに包んでもらえる。
シンジは誰に対しても公平な空が好きだった。
「……碇君」
スカートが風に膨らんでいた。
「君は……」
レイは何も言わずに、シンジの隣でスカートを折り込んだ。
膝の裏で挟むようにして座り込む。
「……授業には、出た方がいいよ」
「意味、無いもの」
「なんでさ……」
「わたしは、あなたに会うためにここへ来たから」
シンジの目がレイ以上に冷えた光を湛え出す。
交錯する視線はあまりにも感動に乏しい。
「かまわないでよ」
「なぜ?」
「迷惑だから」
「あの人が母だから?」
ビクッとシンジの体が震える。
「関係無いよ……」
「でも怪我もさせたわ」
「覚えてないよ……」
「なら、そのまま忘れてもらおう……」
ハッとする二人。
「……青井、さん?」
ずたずたのシャツのままで、給水タンクの上に座っている。
「その子を貰う」
もげたはずの頭がまた生えていた、ただし、顔はあの仮面で隠されてしまっている。
「邪魔をすれば、わかるよな?」
すっとレイは立ち上がった。
「碇君に、手を出さないで……」
「なら大人しく……」
「勝手にすれば?」
シンジは立ち上がりお尻を払った。
「僕には関係無いよ」
「碇君!?」
あまりの言葉に動揺する。
「いいのか?」
「邪魔して欲しいんですか?」
青井はシンジの目に頷いた。
「そうか、そうだな」
タンクから跳び下りる、青井はシンジから感じ取ったのだ。
レイに対する、同種の憎しみを。
「来いよ」
レイの腕をつかむ。
レイはシンジから目を離さない。
目尻に涙が浮かんでいる。
だがシンジはレイを見ようともしない。
見ないままで、ぽつりと呟いた。
「あの人に助けてもらえば?」
「くそっ!」
吐き捨てた青井はレイを離して変身を始めた。
「レイちゃん!」
昇降口に人の影、日向が来ていた、その隣に犬のような獣を従えている。
カッ!
また青井だった化け物の仮面の目が光った。
ボン!
タンクに穴が空き、水が吹き出す。
フワリ……
人形のように浮かび上がり、柵を越えて、校舎裏へと落ちていく。
青井が逃げたのを見ても日向は警戒を解かなかった。
「レイちゃん、来るんだ!」
「でも」
日向は問答無用でレイを獣の背に乗せた。
獣は二メートル近い大きさだった。
そして二人は急いで逃げた。
シンジ一人を、その場に残して。
水が!
廊下が酷い事に。
生徒を避難させて!
慌ただしい中、シンジは屋上にとどまりつかまった。
公共物破損だけでは収まらない。
放校か……
夜になって、シンジはぼうっとベンチに腰かけていた。
レイと座った、あのベンチにだ。
半分は出来事を振り返っている内にの、無意識下での選択だった。
「碇シンジ君」
そのシンジの前に立つ人影。
日向だった。
「すまなかったな、巻き込んで」
シンジは認識しようともしない。
空ろな目を、ただぼうっとして前に向けている。
見ているのは日向の透かした、向こう側の景色だろう。
「だが正直見損なったよ」
その態度に、つい怒気が込められた。
「レイちゃんは傷ついた」
吐き捨てる。
「傷ついたんだぞ!」
胸倉をつかみ上げる。
それでもシンジは無表情だった。
どうでもよかったのだ。
なにもかもが。
ゲンドウ、レイ、サチ、そして冬月の四人が食卓に着いていた。
長大なテーブルだというのに、たった四人では味気ない。
「どうした?、レイ……」
レイはフォークを握ろうともしない。
「シンジのこと?」
サチの言葉に反応を示した。
「くだらん」
「あなた」
びくっとゲンドウが震え上がる。
キッとゲンドウを睨み付けるサチ。
レイにこだわり過ぎだな、碇……
冬月も冷たい目でゲンドウを見た。
「だがレイがシンジに捨てられたのは事実だ」
「ですがわたしはシンジとあなたを捨てました」
「わたしはここに居る、そしてレイと言う娘を得た」
「それではレイはシンジの代わりですか?」
「そうは言っていない」
「同じことです……、あの子の怪我、一生残りますよ?」
背中の傷のことを言っているのだ。
レイはキュッと唇を噛んだ。
「心も、体も……」
レイの食は進まなかった。
カチャカチャカチャカチャカチャ……
第三新東京市市役所。
その警備室は血でコーティングされていた。
横たわる二つの死体。
血糊が着いたままの手で、青井がデータベースにアクセスしていた。
「碇シンジ、これか」
市民課のデータをハックしている。
「父、碇ゲンドウ、なるほどな……」
そして何かを調べ上げる。
だからこだわるわけか、バカな話だ。
青井は出口の所で振り返った。
カッ!
閃光、爆発。
警備員の死体が骨までも砕けて四散する。
火災警報が鳴り響いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。