「もうやめたげてくんない?」
「か、葛城さん!?」
日向は何故か驚き、腰を引いた。
赤いジャケットを羽織った女性が、憂いた視線を投げかけている。
特に威圧しているわけでも無いのに、日向の顎には汗が伝っていた。
「どうして、ここに……」
「うちの弟をこれ以上苦しめないで」
「お、弟!?」
驚き、シンジを見る。
「……らしくないわね?、シンジ君も」
日向の手が離れても、シンジはぼうと突っ立っている。
「自分は関係無いじゃないか、父さんと僕とは関係無い、いつもそう言っていたじゃない」
ようやく反応があった、だがそれもいいものではない。
シンジはまたうなだれたのだ。
「だからレイを、一度は守ったくせに、次は逃げたのね?」
「ミサトさんには関係無いでしょ?」
「ええ……」
思いが深い分だけ、次の言葉に間が空いた。
「僕はお金で解決する人達なんて信じられません」
ミサトは溜め息を吐く。
「あなたのお母さんも?」
「……お金に目が眩んだ人のことなんて知りませんよ」
想いを吐き出す。
「僕を捨てて……、綾波財閥ってなんだよ?」
日向はシンジの事情に着いていけなく、おたついた。
「それはご頭首が死んで、ユイさんだけが唯一の親族になってしまったから……」
綾波家の頭首はガンにかかっていた。
そして妻はユイと姉妹と言う間柄にあった。
彼女も傷心の狭間で交通事故を起こし、帰らぬ人となったのだ。
「まるで乗っ取りだな」
「青井さん!?」
シンジは驚きの声をあげた。
日向とミサト、二人は同時に銃を抜く。
「そして混乱を恐れた執事の冬月は、ユイに身代わりを申し出た」
「何で知ってんのよ!?」
「碇サチは書類上ユイとして死亡、そしてユイは綾波サチとして現在に至る、父はそんな妻を追いかけ綾波家の実権を握る」
「僕は……」
「綾波氏の残した一女に暴行を振るい、揚げ句精神病院へ」
日向が目を見張った。
「シンジ君……、君は!?」
ミサトも辛そうに目を逸らす。
シンジはただ唇を噛むだけだ。
「その後、綾波家おかかえの乳母の一人に引き取られ暮らすも……」
「もういいよ!」
シンジは顔を上げた。
「そうだよ、僕は綾波を知ってた、勝手にすればいいだろう?、僕に何の関係があるんだよ!」
綾波家、父と母、そしてレイ。
そこには奪い取られた家族と言う絆があった。
「……彼女は君に特別な感情を抱きつつある」
「利用するつもり!?」
ガン!
銃声が轟く、だが。
「無駄だな」
金色の壁が銃弾を弾き返した。
「ATフィールド!?」
「彼女は碇のしたことを覚えてないみたいだな?」
「だから?」
「単に好きな相手として、利用しやすいだけだよ」
「シンジ君、だめよ!」
だがシンジは一歩踏み出していた。
「ミサトさん……」
「シンジ君!」
「さよなら」
青井の顔が勝利に歪む。
「待って!」
ミサトは手を伸ばしたが、それは素早くシンジを抱いた青井の壁によって遮られた。
ジリリリリリ……
火災報知器が鳴っている。
だが知る者だけが知っていた、その報知器の周波数は、通常の設定とは違っていたのだ。
「どうした!」
「ATフィールドを敷地内に感知!」
「使徒か!?、ええい、警備は何をやっている!」
「目標は少年を人質にしている模様です!」
「少年?、碇!」
「ああ……」
再び冷徹な表情を見せる。
「シンジか……」
ゲンドウは重厚な作りのテーブルの上で、手を組み合わせて顔を隠した。
綾波家の邸宅は広大な敷地の中に建っている。
シンジはその庭の一角に降ろされた。
そこは日本庭園風で、池の中には多くの錦鯉が泳いでいた。
「碇君……」
レイが寝着のまま、池をまたぐ石橋の上に立ち尽くしていた。
それを庇うように大きな犬が威嚇の声を放っている。
「……綾波、レイ」
シンジが口を開く。
「覚えてる?、僕が君を殴ったこと、傷つけたこと」
死亡した頭首、そして妻一人が残された。
実際にはその妻、サチも死亡しているが、サチとユイが入れ代わっているのを知っているのはごく一部分の人間だけである。
親族は後継者も無い事から、ユイ……、サチを遠ざけ、綾波家の実験を握ろうと暗躍し始めた、そんな空気のささくれ立つ中。
綾波レイと言う、忘れ形見が登場した。
縁者一同は表立ち騒がなかったが、綾波レイについて様々な憶測が飛び交った、彼女を連れ込んだのが碇ゲンドウ、サチの姉、ユイの夫であった事にも起因している。
彼女は冬月に全てを任せていたが、冬月はゲンドウと盟約を交わしていた。
「さあ、僕を殺して」
シンジは両腕を広げた。
「綾波家があればいい、僕なんていらない、いらない子供なんだ」
ユイは綾波家を、ゲンドウは妻とレイを取った。
「何を……、言うのよ」
誰もシンジを選ばなかったのだ。
「遺言だよ、生きていて何にも好い事が無かったんだ……、だから、死にたい」
ドシュ!
そのシンジの胸が貫かれた。
驚き、声も無くすレイ。
ゆっくりと倒れていくシンジ、それに合わせて光の剣が抜けていく。
後ろには化け物に変わった青井が立っていた。
腕から光の剣が生えている。
「まだ生きている」
はっとするレイ。
仮面が半分ずれ、青井の顔が覗き出た。
「だがお前が戦えば間に合わなくなる」
レイの意志を組んでいるのか、犬もまた動かない。
「なぜ……」
「なぜ?、罪から逃げられないから、死にたがってるんだろ?、碇は」
「罪?」
それが罪と言えるのならば、最初の罪は彼女の犯したものだった。
十年前。
「お母さん……」
「だめよ?、わたしはもうシンジのお母さんじゃないの」
突然そう宣告された。
父が綾波家で働くようになって、自分もここへ連れて来られた。
「あなたはただ居るだけで、満足するような方ではありませんものね?」
そう言ってユイはゲンドウの後押しをした。
それは当然のごとく反感を買う。
「あの者達は綾波財閥を食い潰す気だ」
自然と敵意は、ゲンドウの連れ込んだ子供であり、綾波家前頭首の隠し子と言う綾波レイに向けられた。
過敏になっていたのかもしれない、そんな時に、事件は起こった。
「誰?」
シンジは一人、庭園を歩き散策していた。
つまらなかったのだ、両親は相手にしてくれず、誰もがあの男の子供だからと話し相手にもなってくれなかった。
「レイ……、シンジくん?」
少女は名乗った、笑顔の可愛い女の子だった。
「ママが、一緒に遊んであげてって」
「そう……」
シンジは顔を伏せてしまった。
ママ、か……
シンジもレイの事は聞かされていた。
可哀想な子だから、守ってあげてとも言われていた。
再び顔を上げる。
レイの向こうにドーベルマンが見えた。
「危ない!」
とっさにシンジは抱きついた。
パニックに陥るレイ。
その向こうで犬がシンジにじゃれついていた。
ただそれだけ、シンジはちょっと勘違いして焦っただけだ。
なのに……
「ふえ……、ああーん!」
「え?」
レイは膝を擦り剥いていた。
「あ、ご、ごめん!」
「やあああーん!」
どうしましたか!
人が集まって来る、犬は逃げていた。
「何をしたんだ!」
「お嬢様!」
「うわあああああん!」
レイは泣きじゃくり、事情は掴めない。
何をしたのだと責めながら、聞く耳も持たずにシンジを捕まえ、引きずり回す。
シンジは両親の前に連れ出された。
椅子に座らされ、叱られた。
「何をしたかわかっているの!」
「違うよ……」
「いくら構ってあげなかったからって……、レイをいじめるなんて」
「シンジ、嫌なら帰れ!」
みんなあの子のことが大事なんだ……
それはシンジの中で確定的な事象となった。
誰も必要としていない、いや、いらないのだ。
碇シンジと言う子供など。
そしてシンジは塞ぎ込んだ。
翌日、ユイは落ちついたレイから事情を聞いた。
ユイは断片的に出て来る犬と言う言葉が引っ掛かり、敷地内に仕掛けていた監視カメラの映像を調べた。
結果は……
「ごめんねシンちゃん、レイを守ろうとしてくれたのね?」
だがその時にはもう遅かった。
レイの警護を十分に固めていながら、我が子に傷つけられたのがよほどショックで動転してしまっていたのだろう。
叱るよりも先にシンジの言葉を聞くべきだったのだ。
サチはユイとして謝ろうとした、しかし全ては遅過ぎた。
事実として残ったのは……
「シンちゃん?」
シンジは椅子に座り、壁の一点を見つめていた。
「シンちゃん、シンちゃん!」
見つめて、ずっと呟いていた。
僕は悪くないのに……
僕は悪くないんだ。
僕は悪くないのに……
シンジの心は壊れていた、壊されたのだ。
大人達によって。
そして精神病院に入れられた。
四歳から九歳までの間を、シンジは壁と天井だけを見つめて過ごすこととなった。
見舞いに来たのは、綾波レイが入院当初にただ一度、それだけである。
他には誰もシンジの事を気にかけなかった。
出て来た時には帰る家までも失っていた。
シンジは捨てられてしまっていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。