「罪……」
 もちろんレイはその事を覚えていた。
「碇君は、悪くはないわ……」
 それに今だからこそ、整理して思い出しもできる。
 シンジは子供ながらに、母親の言葉通りにレイを守ろうとしただけだったのだ。
 構ってもらえなくなることを、子供ながらに怖れた心で。
「でも碇はこう思っている」
 綾波レイには嫌われている。
 母親にも捨てられた。
 父親には憎まれている。
 レイの顔は青ざめた。
「わたし……」
「酷いな、碇から両親を奪い、その上なにをした?」
 子供としての幸せの全てを奪い取り、揚げ句に償いすらしなかった。
「なのに今更なんだ?、なにをしに現われた?、そのせいで……」
 見下ろす。
「この様だ」
 蹴転がした。


 その頃、シンジは夢を見ていた。
 夢……、これは夢なのかな?
 真っ白な世界に沈んでいた。
 ひたすらに、何処までも落ちていた。
 死んじゃったのかな?
 不意に込み上げて来る現実の痛み。
 なんだ……、死ぬのって簡単なんじゃないか。
 でも、と思った。
 死んでも……、痛いのは変わらないんだな。
 寂しさや辛さと言った、心の痛みは消えてくれない。
 ま、いいさ……
 これ以上酷くなることは無いのだからと……
 シンジは現実から切り離された事を喜んだ。
 え?
 なのに、触れて来る誰かが居た。
 誰?
 強い人の気配を感じた。
 君は……、誰?
 誰かが両手を広げていた。


「さあ、綾波レイ……」
「碇君を返して」
 ガァアアアアア!
 犬が吠え、後ろ足で立ち上がった。
 ゴキゴキと体つきが変わり、体毛が変化して鎧の様に硬化していく。
 ダン!
 犬があのオレンジ色の怪人になった。
「エヴァンゲリオンか……、バカが!」
 カッ!
 ドン!
「きゃあ!」
 レイの真正面の地面が爆発した。
 心配するようにエヴァが振り向く。
 ドン!
 次いでエヴァにも光線が襲った。
 衝撃に吹き飛び、倒れるエヴァ。
「……シンクロできないエヴァじゃ話にならないな」
 意味不明な解説を吐く。
 ゴッ!
 青井はレイを殴り倒した。
「悔しいか?」
 レイはシンジを庇うように倒れ込んだ。
 シンジから離される事を怖れるように。
「すぐ碇も行くさ、もう間に合わない……」
 シンジを抱くように起き上がり、レイはぐったりとしたシンジの前髪を払い、揃えた。
 レイの唇は切れていた、一筋の血が流れ落ちていく。
「碇君……」
 答えるように、ゴフッとシンジは吐血をした。
 ゆっくりとレイは覆い被さる、シンジの唇に口を押し付ける。
「……一緒に送ってやるさ」
 青井は剣を引いた、引き絞るように肘の後ろへと引かれていく。
 レイはシンジの血をすすっていた。
 口の中に鉄の味が広がっていく。
 わたしの中に、碇君が入り込んで来る……
 続いてレイは、切った部分から舌先で血を拭いまとめ、シンジの中へと押し入れた。
 二人の血が混ざり合う。
 お互いの唇が、毒々しい赤に彩られていく。
 レイは唇を離すと、指先でそれをさらに塗り広げた。
 血でぬるぬると気持ちが悪い。
 しかしレイは微笑んでいた。
「碇君……」
「死ね……」
 青井の剣が突き出される。
 碇君に……、わたしの中にも。
 同じ血が流れた。
 二人の血が混ざり合った。
 シンジの血が。
 自分の血が。
 ぞくぞくとした感覚。
 興奮。
 股間から痺れが駆け上がる。
 導かれる絶頂感。
 奇妙な絆。
 恍惚とした表情。
 狂ったように愛おしげな顔を見せる少女。
 次の瞬間。
「ATフィールド!?」
 世界がシンジを巻き込んだ。


 シンジは夢の続きを見ていた。
 夢だ……
 それは懐かしい夢、夢は現実の続きだった。
(僕は悪くないのに)
(僕は悪くないんだ)
(悪いのは父さんだ)
(悪いのは母さんだ)
(僕から母さんを取ったあの女の子だ!)
 シンジの心が沈んでいく、と、唇に優しい感触が触れた。
『ごめんなさい……』
 響く声。
『ごめんなさい……』
 遠ざかる気配。
 泣き声が聞こえていた。
 口の中には鉄のような味が広がっていた。
 それきり、シンジは一人になった。


 グ……、ルル……
 地の底から響くような声だった。
 それがシンジの喉から漏れていると知って、うろたえ気味に青井は離れた。
「なんだ?」
 レイを押しのけ、シンジはゆっくりと立ち上がる。
「まさか、動けるはず……」
 青井は恐怖を感じて声を震わせた。
 猫背気味に両腕をぶらりと下げて、シンジは一歩前に出た。
 顔が上がる、目が無くなっている。
 ゾクッ!
 青井の全身に悪寒が走った。
 眼窟の奥に赤い光が灯っていた。
 グアアアアアアアアアァァァァァァ!
「な、あ!」
 咆哮、腹筋に力が入ったのか?、胸の大穴から血の塊が噴き出した。
 ゴブ!
 その血が穴を塞ぎつつ固まっていく、グロテスクな、紫色に。
「碇ぃ!」
 青井はATフィールドを張った主を、シンジだとようやく確信した。
 信じられなかったのだ、つい先程まで、まったくなにも感じなかったのだから。
 血が硬化し、鎧となる。
 シンジは紫色の鬼へ変身していった、全体のフォルムはどこかオレンジ色の怪人に似ていた。
 カッ!
 青井からの閃光。
 爆発。
 倒れるシンジ。
「碇君!」
 レイの悲鳴。
 青井はシンジの頭を捉み上げた。
 光の剣で目を貫き通す。
 後頭部を貫通している、剣が抜けると同時に血が吹き出した。
「いやああああああああああ!」
 レイの絶叫が夜を切り裂く。
 だがシンジはまだ死んでいなかった。
 その程度では死ななかった。
 構わず青井の手をつかんで力をこめる。
「か、あ!」
 酷く簡単に腕は折れた。
 青井は呻き、離れる。
 しかしシンジは逃さない。
 ブゥン!
 腕を振り上げ。
 ブン!
 振り下ろした。
 青井の正面にも一瞬金色の壁が浮かび上がったが、不可視の爪に引き裂かれて消えてしまった。
 何だ……
 青井の体に鉤爪の痕が浮かび、血が弾ける。
 なんだよ、こいつは……
 仰向けに倒れる青井。
 シンジは獣の唸り声を上げながら歩み寄った。
「碇……、お前は」
 ゴン!
 シンジに人としての思考は残されていなかった。
 あるいは残っていてそれを実行したのかもしれない。
 胸の中央にあった赤い玉を踏み抜いた。
「かっ、は……」
 青井は血反吐を吐いた、踵は胸を貫通し、その下の地面との間で玉は潰され、砕けていた。
 青井の目からは……、光が消えた。
「碇君……」
 レイは恐くて近寄れなかった。
 紫の鎧はドロドロと溶けてシンジを解放し、それは生き物のように肩に集まって小さな犬、猫、鳥、そう言った様々な生き物の特徴が見て取れる、奇妙な生き物の形に変わった。
「エヴァ……」
 レイの呟き。
 シンジは今気がついたように、自分の手のひらを確認した。
 一度だけ開き、また握る。
「まだ……、生きてる」
 そして糸が切れたように崩れ落ちて、気を失った。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。