そう、シンジ君は僕から少し学んでいる……
 力を使うということ。
 力を嫌うと言う事を。
「でも僕はなにも学べないようだね?」
 不敵に笑う。
 正面に十人程度の影が立っちはだかっていた。
「またなのかい?」
 牧野だった、頭に包帯を巻いている。
「しょうがないねぇ」
 肩をすくめる、その態度がカンに触ったのだろう、牧野が吠えた。
「太田さん、頼みますよ!、……太田さん?」
「な、渚さん……」
 身長は一八〇センチほどだろうか?、がっちりとした体格をしている。
 なのに太田は細身のカヲルにおののいていた。
「……太田さん、まだこんなことを?」
 口調はおどけているが、その声音は冷ややかなものだ。
 カヲルにとって体躯の差など何らの意味も持たないのだろう。
「いやぁ、こいつらがカツアゲしたってんで」
「太田さん、なにを……」
「馬鹿野郎!、お前ら、連れ込んだのってまさか碇じゃ……」
「その通りだよ」
 カヲルの肯定に凍り付く。
「僕は下らないことは嫌いだと言いましたね?」
 そう言って牧野に向かって歩み出す。
「ま、まあ待って下さいよ」
 太田は両腕を突っ張り、カヲルを何とか押しとどめようとした、しかし、その後のことは一瞬だった。
 カヲルがその手に指を絡めて、外回りに回転させた。
 ボギィ!
「ぎゃあああああああああ!」
 両手首ともポロッともげたように垂れていた。
 一瞬の回転に手首が外れたのだろう。
「がっ!」
 続いて右足の甲。
「くう!」
 痛みに崩れてしまった。
 カヲルが踏み抜いたのだ。
「……太田さん、確か空手の特待生でしたね?」
 冷笑を浮かべる、月影の中に赤い唇が吊り上がる。
「青森に戻ってもお元気で」
 もう空手は出来ない。
 カヲルはそう宣告したのだ。
「僕は同じことを言わせる人が嫌いでね?」
 呻きあげる太田を無視する。
「次は気をつけてやるんだよ?って、僕に見つからないようにと言ったつもりだったんだけど……」
「うわあああああ!」
 牧野は自分の常識には無い行ないに恐怖した。
 ナイフで切り付け、鉄パイプで殴られるよりも、カヲルの殺意を帯びた行為に脅えた。
「どうやら分かってもらえなかったみたいだね?」
 閃くナイフ。
 刃が迫るというのに、カヲルは半身を引くだけでかわした。
 グル、ドス……
 相手の手首をつかみ、そのまま肘を曲げさせた。
「ああ、あああ……」
「大丈夫だよ、死なないように刺したから」
 ニヤリと笑む、牧野の腹には、自分で抜いたナイフが刺さっていた。
「脇腹だから血は出るけどね?」
 膝を折る牧野に、ああ、そうそうとついでのように止めを刺す。
 アキレス腱を踏み抜いた。
 両足共にひと踏みで折る。
「ふひゃあ、あ……」
 もう一人、牧野の連れは逃げ出そうと背を向けていた。
「は、あ!?」
 しかし逃げられなかった。
 残りの人間が背を向けて壁を作っていたのだ。
「や、やめろよ、どけよ、なあ!」
 だが誰も聞かない。
 見もしない。
 カヲルには逆らわない。
 それが不文律であるのだ。
「うるさいね、君は」
「ひっ!?」
 振り返るとカヲルは真正面に迫っていた。
 その指がのどに当てられる。
 ゴキュ。
「……!、…………!?」
 ゼェ、ガーと、声が枯れた息のようにしか出なくなった。
 ポン、ポン、ポンっと、カヲルはその後ろの三人の肩を叩いた。
「太田さんを病院へ運んでくれるかい?」
 慌てて走る、正直悲鳴に逃げ出したくなっていたのだ。
「君と君は彼を……、警察の前にでも捨てておいてあげて、残ったのは二人か、少ないけど仕方が無いね?」
 残酷な笑みを口元に浮かべる。
「彼にお仕置きしてあげてくれ、適当にね?」
「…………!?」
 嫌がる少年の腕を取り、公園の中へと引きずっていく。
 みな慌ただしく去っていった。
 だがまだ一人残っている。
 カヲルは訝しんだ。
 何故数に入れていなかったのか?
「君は……」
 少年が顔を上げる。
 その目は、ぎょろりとイカの様に丸く大きくはみ出していた。


「あれは……、なんだったのかな?」
 シンジはベッドに寝転がっていた。
 ロフトの天井は斜めに傾いている。
 電灯に手のひらを透かして見る。
「なんだったんだろう?」
 それが夢でないことは確実だった。
 くぅ、すぅ……
 枕許に目を向ける。
 猫と同じ程度の大きさの、奇妙な生き物が丸くなって眠っていた。
 殴られていた自分だから……
 殴った相手の痛みが分かる。
「恐いんだ……」
 誰にでもなく呟いた。
「恐いんだよ……」
 人を殺した。
 相手が人間ではなくなっていたとしても。
「カヲル君……」
 あの瞬間、相手はただ「殺すべき」存在であって、人とは認識できなかった。
 それは今でも同じである。
「恐いんだ……」
 それでもその瞬間には「全て」がわかっていた、わからされていた。
 何かに、倒すべき敵と、守るべき何かを示されていた。
「カヲル君は……」
 側に居てくれるだろうか?
「この事を知っても……」
 漠然とした不安が広がる。
 シンジは考えぬように横向きに体を小さくしようとした。
「シンちゃん!」
「渚君、どうしたんだ!」
 カヲル君!?
 階下が慌ただしい。
 シンジは慌てて飛び起きた。


「カヲル君!」
「やあ、シンジ君……」
 あのカヲル君が?
 シンジは呆然とした、シャツは千切れ、肌には鞭で叩かれたようなミミズ腫れが出来上がっている。
 染みも皺も日焼けも無かった美麗な肌に、無残な傷が走っていた。
「どうにも、つい知っている道を逃げてしまったみたいだね……」
 カヲルは苦笑する。
「外に倒れてたのよ、でも何があったの?」
「そうだ、君がここまで……」
 そう言った加持達をカヲルはぐっと押しのけた。
「迷惑は、かけない」
「渚君!」
 くん……
 シンジは鼻に付くような『匂い』を『感じ』た。
 これは……、これは、これは!
 知っている、そう知っていた。
 青井と同じ匂いがする。
「……カヲル君」
「シンジ君?」
「……襲われたの?、……化け物に」
 ギシッと空気が凍りついた。
 ミサト、加持も巻き込んで。
「まさか、使徒なのか?」
「使徒?、なんですかそれは……」
 トトトッと階段を獣が走り下りて来る、それはジャンプするとシンジの肩に飛び乗った。
 行けとばかりに首を突き出す。
「……僕が行きます」
 シンジは獣からの命令に従う。
「無茶よ!」
「そうだ、君とて『それ』が何か、はっきりわかっているわけじゃないだろう?」
 切羽詰まった二人が止める。
 しかし一度決めたシンジの心は硬過ぎた。
「シンジ君……、これは僕のミスだからね?、君に怪我はさせられない」
「……例え、例えカヲル君に嫌われたとしても」
 シンジは泣きそうな顔をした。
(初めて好きって言ってくれた人だから)
 シンジは店から飛び出した。


 シュルン……
 裏路地にある公園では、住宅に囲まれているにも関わらず人気が無かった。
「嫌ぁああああああ!」
 それどころか女性が悲鳴を上げて逃げ惑っていると言うのに、隣接している家からは家族の団欒が聞こえて来るのだ。
 OLらしい女性は逃げ出そうと足をもつれさせて転がった。
 ヒールの高い靴が辺りに転がる。
 シュルン!
 その首に鞭が巻き付いた。
 ジュウと嫌な音と匂いが漂い、胃を刺激して嘔吐感を込み上げさせる。
 どさっと放り出された時には、その女性は死んでいた。
 そのような惨劇が繰り広げられているにも関わらず、誰も何も気がつかない。
 だが何故だかシンジにだけは『そこ』がわかった。
 それにどうして『それ』が誰にも見つからないのか、なんとなくだが理解もしていた。
「なんで……、なんでそんな事をするのさ!」
 公園に入り込む一瞬、妙な抵抗感を感じていた。
『これが、僕の、運命だからだ……』
 プラナリアのような形、その左右に光の鞭を持った化け物だった。
 喉元らしい部分にある赤い玉が歪み、ゼリーのようにプルンと動いて人の顔を作り出した。
「……僕は、知ってる、そうだ、確か僕からお金を取ろうとして」
『渚カヲルに後頭部を割られたよ……』
 出会いのきっかけになった少年だ。
『死にそうになった、でも、死ななかった!』
「うわ!」
 横っ跳びに避けるシンジ、鞭がシンジの後を追って地面を爆ぜた。
『凄いだろう?、素晴らしいだろう?、青井も凄かったがな……』
 青井!?
 その名に戦慄が走る。
「あなたは!」
『俺達は仲間だった……、俺達をこんな風にした綾波財閥に復讐するはずの仲間だった!』
 また父さんなのか!?
 シンジの心を暗い闇が覆い始める。
『みんな俺のことを化け物だって言うんだ、化け物にしたのは誰だ、しておいてなんだそれは!』
 青井さんを、この人を、綾波を、僕を……
(一体なにをやってるんだよ、父さん!)
『コロシテヤル、ゼンブ……』
 バス……
「あ……」
 シンジは自分のお腹を見下ろした。
 鞭が一本刺さっている。
 更にもう一本、うねりながら跳んで来る、シンジはそれをスローモーションのように、鋭敏になっていく感覚で知覚した。
(あなたは死なないわ、わたしが守るもの)
 誰かの声、シンジの正面に現われる金色の光が鞭を弾き、刺さっていたもう一本を境界面で押し千切った。
「AT、フィールド……」
 シンジは自分の呟きを聞きながら、もう一方の神経で頭に跳び乗った獣に命じていた。
(僕に、力を)
 そして獣は螺旋を描きながらどろどろに溶け、シンジを縛り上げて変化した。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。