赤黒いものが固まっていき、それは次第に紫色になった。
装甲とも言える甲羅を作り出す。
(これが僕なのか……)
自分と自分の中にある力を一瞬で理解する。
操り方も、限界も、出来る事、出来ないこと。
その全てがシンジをシンジから解放しようとした。
(また、僕は殺すのか、この力を使って……)
だが前回とは違って、わずかながらに正常な思考が残っている。
鞭が襲いかかって来る、それぞれをそれぞれの手で受け止めてシンジは引いた。
シンジの擦り足が地面を掘る。
しかし敵も同じように引いて力比べに入った。
シンジはその化け物をじいっと見つめる。
父に何かをされたらしい人。
復讐のために何かをしようとしている人、でも……
シンジの視界に転がっている女性の死体が映り込んだ。
フォオオオオオオオ!
雄叫びを上げる、シンジの心が一瞬で黒く塗り潰された。
鞭が発光した、高熱にシンジの手がジュウジュウと煙を上げるが、それでもシンジは手に鞭を巻き取って進んだ。
(よくも、よくもよくも!)
同情などはしない。
(よくもカヲル君を殺そうとしたな!)
蘇るカヲルの言葉。
カヲルの取る、自分を守るための狡猾なやり口。
弱虫だから、嫌なもの全てを目の前から無くしていく。
好きなものだけを手元に残す。
大事なものだけを胸にしまう。
(大事なのは何だ?)
渚カヲル。
(カヲル君を殺そうとしたな!)
唯一の友達。
(僕の友達を殺そうとしたな!)
ビィイイイイ……
シンジの左肘から、後ろ向きにゆっくりと光が伸びていく。
ウォオオオオオオオオ!
人の声と獣の声を同時に上げて、シンジは鞭を放して左の手のひらを赤い玉へ突き出した。
ガァン!
青井が使ってい光の剣だった。
それがシンジの手首の辺りから打ち出されたのだ。
ピストンのように光の剣が引いて打ち出される、二度、三度、だが相手もじっとしてはいなかった。
自由になった鞭でシンジの首を締め上げる。
(ああああああ!)
カッ!
シンジの目が光った、これも青井の持っていた能力だった。
閃光、爆発、鞭がささがけになって爆ぜ散った。
『ー!』
(コロス、こいつを、コワス、ゆるさない!)
それがどちらの思考だったのかは分からない、あるいは同時に放った思念だった。
全ての黒い感情がシンジを支配する、ヒビの入った赤い玉に顔が浮かび上がり情けなく泣き叫んだが、シンジは肝を掴むように左手で握り潰し、さらに光の剣で貫いた。
相手の命乞いなど聞き入れる余地は無い。
自分を守るために人を犠牲にするような人間に、情けをかけようなどとは思わなかった。
加持は先程確かに確認したはずの公園に戻って来て眉をしかめた。
熱を持った何かで絞殺された女性の遺体。
この世界の何処を探しても見つかるはずのない化け物の遺骸。
そして腹部に穴の空いたシャツを着て、獣を肩に突っ立つシンジ……
どれもが公園の中で時間の流れを止めていた。
「……シンジ君」
「加持さん」
「終わったのか?」
「……はい」
振り向く、その顔に表情は無い。
「……僕が、殺しました」
「そうか」
二人の間に沈黙が流れる。
いたたまれない空気が動き出すには、まだしばらくの時間が必要だった。
「碇、A4がE1に駆除されたそうだ」
「ああ……」
綾波家、ゲンドウは執務室で書類を見ながら、あまり関心なさげに相槌を打った。
「気にならんのか?」
「A4は能力的にA3に劣る、そう驚くことは無い」
(わたしが言っているのはシンジ君の事だよ)
冬月はゲンドウの顔を視界から追い払うために天井を見上げた。
レイとユイ君が何と思うかな……
冬月の関心はここにはなかった。
「シンジ君」
「カヲル君……」
シンジは視線を合わせられなくて顔を逸らした。
「……彼は、どうしたんだい?」
「僕が、殺した」
カヲルはシンジのベッドで横になっていた。
ふぅっと息をつき、瞼を閉じる。
シンジの顔を見ていられなかったからだ。
「すまなかったね?」
「うん?」
「君の手を、汚してしまった……」
シンジははっとして慌てた。
「いいよ!、僕だってカヲル君に酷い事ばかりさせてた、だから」
「だから、なのかい?」
シンジは顔を上げた。
カヲルの優しい瞳と、はにかんだ微笑に、何かを間違ってしまったと痛感した。
「……ううん、友達、だから」
シンジにとってカヲルが救いであったように……
(そうだ、カヲル君は……)
きっと皆をわかって、助けてくれる人だから。
「ありがとう、シンジ君、僕を友達と呼んでくれて……」
カヲルは満足げに目を閉じた。
二人の夜のとばりは、今ようやく降りようとしていた。
その間と距離は、微妙に歩み寄り、しかし遠ざかっていく様な感じを残しながら。
(友達のままで居ていいの?)
シンジは思い悩んでいた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。