ゲンドウは執務室に詰めていた。
 明かりは消されている、唯一の光源は手元にあるターミナルのみ。
 そこには第三新東京市各所に仕掛けられたカメラからの、超望遠映像が写し出されていた。
 カメラはレイの持つマーカーを自動で追うようにプログラムされていた、時折そのため時折現在の確認対象が、フレームから外れて消える。
 激しく飛び跳ねたのは姿を変えた紫のシンジだ。
 そこにはシンジの戦いが映し出されていた。
「早過ぎる」
 不意に冬月が呻いた。
「シンジ君の覚醒、それはある程度予測していた事だが……」
「ああ……、学習、変異、能力の吸収……、我々がリリスとしたウイルスだけではなく、アダムウイルスまでも取り込もうと言うのか」
 珍しくゲンドウも予想外であったと認めていた。
 アダムウイルス、それはセカンドインパクトと呼ばれる大混乱を引き起こしたウイルスである。
 南極大陸のプラントにて大地下地層の研究に基づいた掘削作業を行っていた際に呼び起こしてしまったとされている。
 真実は定かではない、なにしろ研究作業員の全ては死亡してしまっているのだから。
 DNAを書き換え、生物を変質させるこのウイルスを前に、人類は一時絶滅の危機に陥った。
 世界は滅びるかに思われたのだが、その猛威は赤道を越えることなく収束した。
 全くの突然に、である。
 だが消滅してしまったわけではない。
 ウイルスは今も人体の奥底に沈み、ジャンクDNAの一部に擬態して寄生しているのだから。
 リリスウイルスとは、ばらまかれた因子、潜伏したアダムウイルスに対抗するために、アダムより遺伝子の組み替えを行い作り出された人工ウイルスのことである。
「なんというものをコピーしてしまったのだ、我々は……」
 冬月は自らが生んだ結果にうなだれた。
 二千二年、南極大陸調査船。
 冬月の記憶は、その時節の事柄に立ち返ってしまっていた。



 voluntarily.4 I wanna kiss you. 


「これがあの南極大陸か……」
 永久凍土は剥げ落ちるように溶けていた。
 氷は見る影もなくなくなり、南極の大地をその底へと沈めてしまっている。
 国連所属の空母、護衛船団に守られて、その調査船でもあるタンカーは「温暖」な海洋を進んでいた。
「よくこれで助かったものだ」
 船には何等かの反応が得られるのではないかと自閉症の女子が同行させられていた。
「緊急医療ポッドのおかげですよ」
「それと、暴風、だな……」
 冬月は傍らの男と共に艦内を歩く。
 南極大陸を蒸発させる程の熱量が発生した、海面の上昇が世界の湾岸を襲う、だがそれもウイルスに比べれば生易しいものであった。
 混乱し錯綜する情報、復興の見込みも無いまま崩れ落ちる人達に、ウイルスは遠慮無用と襲いかかった。
 正しい情報が得られない状況と、口伝えに知らされるウイルスの恐怖が、人々を恐慌に落とし入れた。
 ウイルスは南極消滅時の暴風に乗り世界へと散っていった。
 そのため完全無菌状態であり、外部から隔離される医療ポッド内に閉じ込められた事が幸いして、少女は感染することなく風に乗ってウイルスが去るまでの間を堪え抜けたのだ。
 少女はその後、まだウイルスのことを知らなかった最初の調査団によって救助された、が。
 調査団の船員は帰国の後、全員が死亡した。
 まるで風船のように膨れ上がり、全身に血管を浮き上がらせて……
「しかしこんなことがあり得ると思うかね?」
 人体、動物のみならず、鳥、魚、昆虫に至るまで完全に死滅させる驚異のウイルスの存在。
「空気感染しない事からエイズ、エボラウイルスにも似ていますが」
「似ているかね?」
 立ち止まる。
「最初の感染は、「空気感染」だよ」
 最初は確かにそうであった。
「問題は以後、だな……」
 再び歩き出す。
「定着すると同時にウイルスは個体に合わせて変異する」
「問題はそのスピードですか」
「変異の内容もだよ、宿主の組成、遺伝子そのものを書き換える、その変異パターンに共通項は見られず、また生物の種別にも囚われない」
 取り付かれた生物は、全てが別の生物のように形を変えて死亡している。
「今だ同種の進化は確認されていないそうで」
「進化か?、これが進化と言えるのかね」
 立ち止まり、問いかける。
「世間では第二のウイルスに伴う進化、セカンドインパクトだと噂しておりますが」
「学者の戯言だよ、ま、ウイルスの解明と共に結論は出るだろうがね」
 今度は同伴者が口ごもった。
「……なにかね?」
「あ、いえ……」
 何やら言いづらそうに、冬月にこぼす。
「……もし、本当に進化した生物が生まれたならば」
「……ん?」
「共通性のない変異種が一体だけ存在したとして、どのように繁殖、増殖していくのでしょうか?」
 伴侶も無く、ましてや既存の生き物をベースとしている以上、単体での受精生殖は不可能でもある。
(考えたくは無い事だな……)
 冬月は眉をしかめて、幾つか浮かんだ考えを消した。


『碇君』
 部屋が暗いのではなく、明かりの色が黒なのだ。
『ネルフとエヴァ、もう少し上手く使えんのかね?』
 審問会は、碇ゲンドウを対象に数人の老人達によって行なわれていた。
『ついに周知となってしまった使徒、ネルフの存在、世論が再び動き出すよ』
「ご心配なく」
 この中にあってはゲンドウが一番歳若い。
『心配なく?』
 一人の眉が釣り上がる。
『聞けば管理下に無い者がエヴァンゲリオンとして覚醒したそうだな?』
「誤報でしょう、マルドゥク機関からの報告は受けておりませんが?」
『碇、この場での偽証は死に値するぞ?』
 ゲンドウは手で橋を作り出し、その陰に隠して口の端を歪ませる。
 それに対して、老人達は沈黙を答えと取ったようだった。
『まあよい……』
 そしてそれを良しとする。
『使徒襲来によるスケジュールの遅延は認められん、今回の被害に基づく予算については一考しよう』
『だがそれだけではない』
『人類補完計画』
『この絶望的な状況下における唯一の希望』
『碇、サチ様のため、裏切りは許さん』
 それを最後に一同の姿はかき消えた。
 カーテンが自動的に開かれると、そこは元のゲンドウの執務室だった、全てはフォログラフィによる会議だったのだ。
「サチ様か……、気安いものだな」
 冬月が入室してくる、嘲りを浮かべて。
「ユイと言う女性は既に過去のものか?」
「しょせん選ばれる事のない劣等亜種だよ、白人はな……」
「痛烈だな」
 ゲンドウの物言いに呆れ返る。
 老人達は綾波家を構成している各界の重鎮達である。
 その発言力は、ゲンドウや頭首であるはずのサチ、ユイよりもはるかに高いのだ。
「生物学的に見れば、色素の足りない白人は紫外線の影響に弱い、生体的に弱い彼らは、ゆえに潜在的能力においても驚異となるであろう黒人を押さえつけたのだ、本能的な恐怖に脅えてな?」
「そうとばかりも言えんだろう……」
「では何故司教は白人で衣服は白を好むのだ?、過去黒をイメージカラーとして持っていた魔女を断罪したためか?、黒は悪で白は天の御使いを思わせるなどと誰が作り上げて来た?」
 ああ、と思い出したように付け加える。
「二十世紀末、『子供達には暴力以外の怒りの表現方法を教えなければならない』と説きながら、他国の政治に干渉した揚げ句に重火器を撃ち込み続けた大統領が存在したな……」
(なら、お前はどうだというのだ?)
 自分のしている事を振り返って見ろ、と冬月は言いかける。
「どの道、彼らの信望する科学そのものが証明している、人体として有望なのは黒人であると」
「だがアダムは黄色人種を選んだ、それは何故だ?」
「さあ、な」
 ニヤリと笑む。
 その中にどの様な意味があると言うのか?
 冬月にそれを読み取ることはできなかった。


 低く、唸るように機械が音を立てている。
 暗い部屋の中、綾波レイは再びあの金色の水の中にたゆたっていた。
 かすかにまつげが震えているのは、またも夢を見ているためであった。


 最初に目を開いた時も、世界はこの金色を通したものが飛び込んで来た。
 だから彼女は、世界は金色なのだと思い込んでいた。
 黒いスーツの男の側で、女性が柔らかな微笑みを浮かべていた。
 時折何かを話しかけて来るようだが、彼女にはその意味が分からない。
 ただ、孤独ではないと安心して、再びまどろみの世界へと落ちていった。
 再度瞼を開いた時、彼女は外の世界へ出る事を許されていた。
「わたしが、ママよ?」
 ママと言う単語の意味は知らずとも、『自分と同じ感じ』を持つその存在に惹かれ、彼女はまだ自由にならない手足でもがいた。
 ママ、と。
 この時、彼女は十才児程度の姿をしていた。


「確かに僕は綾波家に近い家柄だけどね?、綾波家そのものを知っているわけじゃないのさ」
「そう、だよね……」
 だが失望ではない、シンジの瞳には決意が溢れていた。
 綾波家、その外周は延々と続く高垣によって隔たれてしまっている。
 夜を待ち、碇シンジ、渚カヲルの二人は、散歩を装い綾波邱の周囲をぶらついていた。
 時折木々に隠されたカメラの視線を感じ、シンジは不機嫌そうに顔を歪める。
「いいのかい?」
「……カヲル君こそ」
 外壁を辿るように裏門を目指す。
「かまわないよ、生きていくために必要なお金は確保してあるからね?」
「しっかりしてるんだ、カヲル君って」
 くすくすと笑いがこぼれる。
「……だからシンジ君には思った通りにやって欲しい、付き合うよ、どこまでもね?」
「うん……」
 シンジは喜びに笑みを浮かべた。
「ありがとう」
(カヲル君がそう言ってくれるのなら……)
 カヲルと同じ道を辿ろうとしていた、これ以上逃げ回ることは出来ない、ならば戦い、排除するほか方法は無いと。
 見えない恐怖から、抜け出すために。
 パーカーのフードからひょこっと獣が顔を出した、直後。
 シンジの姿は、変容した。


 赤外線暗視装置が働き、侵入者に気付かせないよう密かに監視が強化された。
 にわかに警備室は忙しくなり、保安部員も動き出す。
「警報を消せ!」
 怒鳴り込む冬月。
 警報は無音警報で、関係者のみが知る位置に設置された非常警告灯がチカチカと点滅していた。
「ATフィールドを感知しただと?」
 続いて状況の説明を求める。
「パターンパープルとブルーを不安定にくり返しています」
 慌てるように報告したのは日向だ。
「どうする、碇?」
 独り言のように口にする。
『諜報部がロストした、おそらくシンジだ』
「シンジ君か……」
 どうやらこの部屋とゲンドウの部屋とは回線が繋がれたままになっているらしい。
「反応は?」
「本宅へ向かっています」
「映像は?」
「確認できました、01とデータ一致」
「もう一人は、誰だ?」
 紫色の獣の先導に従い、随伴者が後を着いていく。
「良く見えんな……」
 まるでカメラの位置を知っているかの様にシンジを盾にしていた。
 もちろんそれはカヲルである。
「警備部と接触します」
 銃を構えている、が、ここは日本だ。
 本物の銃ではなく、スタンガンに似た銃器であった。
 音叉のように二股に割れた先端から強力な電気を雷のように飛ばす兵器なのだが……
「どうした?」
 それは不自然な光景だった。
 二人の侵入者は悠然と脇をすり抜けて本宅へと入り込む。
 逆に警備部員達は、まだかまだかと緊張感を孕んだままで狙いを定めて息を潜めていた。
「まさか……」
 冬月は一つの可能性を思い出した。
 これまでの戦闘、レイに持たせていた発信機からの信号、それを受信するカメラ。
 だが保安部員、諜報部員共に戦闘が行なわれていた事には気付かなかったというのだ。
「認識、知覚できないのか……」
 ATフィールド。
 一つの単語、それの持つ可能性が思い出される。
「レイの覚醒が遅れているのは痛かったな」
 それだけ研究が遅れると言うことなのだから。
「碇……」
『いま警備部の時田から連絡が入った』
 片手間と言う感じの返事である。
「時田……、まさかあれを使うのかね?」
『かまわん、やらせる』
「しかし碇、あれはシンジ君だぞ」
 冬月にはまだためらいがあった、日向も冬月を横目に窺う。
 だがゲンドウの判断は一貫していた。
『不法侵入者だ、何者であろうとも許すわけにはいかん』
(杓子定規も場合によるぞ……)
 不意に、嫉妬ではないのかとの想いが過って行った。
(レイ……、ユイ君も、シンジ君びいきだからな)
 冬月はモニターに映る光景を眺め、重く長い溜め息をついた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。