「まずい、まずい、まずい!」
ネルフ、ドイツ支部所長室。
表向きは研究所であるため所長室と呼ばれているが、実際には司令執務室に相当している。
「予想以上にまずい事態だ」
ドイツ支部長は焦っていた、面白半分にアスカに日本のエヴァの映像を見せたまでは良かったのだが、そうも言っていられなくなったのだ。
「あのエヴァも駒だというのか!?」
アスカは上流であろうとする性癖とも取れる性格を持っていた。
このため現代貴族には本来ありえるはずのないハングリーな精神を持ち合わせている。
多くの貴族のように、怠惰ではないのだ。
(所詮は小娘だが……)
アスカのそれは物真似にすぎない、だがだからこそ、その頑張りには目を見張るものがある。
時折アスカは先の映像のような刺激を必要としていた、今に満足しないために。
(足掻かせねばならん)
誰でも無い、それは自分と言う男のためにだ。
エヴァンゲリオン、その弐号体であるアスカは、本部所属の綾波レイよりも数々の点において特異な能力を有していた。
日本のエヴァに一歩先ん出ていたドイツ支部、それがシンジと言う存在に牙城が突き崩されかけていた。
「所詮は極東の猿どもと侮っていたのが間違いか……」
次世代の王となるのはアスカであり、エヴァンゲリオンを束ねるのはアスカでなくてはならない。
それが彼のもくろみである。
しかしそのアスカですら成しえていないATフィールドの展開を日本のエヴァは行った。
それだけではない、他に多様な特殊能力を披露するに至ったのだ。
アスカが去った後になって届いた情報である。
(このままでは……)
これまでの不手際や露骨な汚職が問題視されなかったのは、アスカと言う実績を上げていたからである。
彼の端末には日本からのメールが届いていた。
「くそ!」
差出人は碇ゲンドウである。
この度の殺人事件との関連についてを追及して来ていた、過去何度も研究所から動物が逃げ出しているのは周知の事実なのだ。
もし関係が示唆されれば、今度こそ自分の首が危うくなる。
日本のエヴァ、正確にはシンジの事だが、未覚醒として初号体は処理されていた。
「碇、ゲンドウめ……、さぞかし面白かったろうな」
全ては狂言に過ぎなかったのだ、ゲンドウの。
正体は彼の息子であった、それはすなわち、最大の功績を手にしていながら、人を調子付かせ、上手く扱うためにあえて伏せていたと言う事になる。
あたかも自分がアスカに対して、奮起させるための情報を小出しに与えているのと同じように。
全ては碇ゲンドウの思惑通りに、踊っていたと言う事になるのだ。
「くそ!」
またしても毒づく。
勝手な想像にはまり込んでいく。
池の怪物について彼はその正体を実験体の一つであると仮定していた。
ならばこの状態からは逃げられない。
「なら、どうする?」
いっそのこととの想いが過る。
「しかし……」
エヴァを殺せる可能性があるのは、使徒と、エヴァのみである。
「アスカに……」
今現在、シンジはネルフに反目している危険分子として判断されている、しかしいずれは綾波サチ、そして碇ゲンドウによって事も無げに登録されてしまうだろう。
本部に生まれた、世界第一位のエヴァとして。
少なくとも彼はそのシュミレーションを信じていた、なぜなら自分もまた、決して逆らえない相手であったからだ。
碇ゲンドウには恐怖、綾波サチには母性を感じて。
人は必ず、どちらかによって取り込まれていく。
「幸い、このような辞令も届いている……」
一緒にアスカの召喚についての正式な文書が届いていた。
世界にたった三体しか確認されていないエヴァンゲリオンである、みすみす手放す手は無いだろう、しかし……
「未登録、コントロール外に居るエヴァの存在か……」
黒い考えに取り憑かれていく。
碇シンジが本部に所属しなければ良いのだ、サードチルドレン、おそらくは現在、もっともエヴァの中のエヴァ、世界の王に近い存在が。
アスカの地位は奪われた、のみならず、本部はエヴァンゲリオンを二体所有しようとしている。
彼はアスカの召喚を、サード捕獲のための準備であると読んだのだ。
しかしそれだけは絶対に避けなければならない。
「そうだ、避けなければ……」
例え一体はシンクロ……、融合を果たせない未完成品であっても、エヴァはエヴァである。
本部と支部は所有しているエヴァが一体同士であったからこそ、これまでのバランスが保てて来たのだ。
(中国やアメリカ支部のように、へつらえというのか!)
アスカの優秀さも手伝っていたのだが、それをいま計算に入れる事は出来ない。
「アスカより劣っていれば良かったのだが……」
二体同時所有と言う点にも問題はあった、さらにその質も極上であるのだから。
「まずい……」
極端にバランスが傾いたのだ、地位と言う名の天秤の。
程なくして他の支部も接触と交渉のために活動を開始するだろう。
綾波家の膝元で無ければ、あらゆる国の軍が懐柔を試みていたかもしれない。
今はまだ抑えが利いている様な状態ではあるが、これからのことは分からないのだ。
「やはりアスカに任せよう……」
(抱き込めればよい、最悪、使徒との戦闘中に命を断つ事も出来よう)
彼は単純に、今の地位にしがみつく事を決めてしまった。
ゲンドウと不仲にある今こそが、まだ残されている時間的猶予であるのだから。
深山と言う男が居る。
アスカの嫌う庭師のことだ。
ふけ顔と身長から青年として見られがちだったが、真実はアスカとさほど違わない、まだ少年と言う年齢であった。
彼は青陵学園から海外留学しに来ていた。
アスカは覗かれている様な気がして嫌っていたが、真実は違っていた。
彼が見つめていたのはアスカの手伝いをしていたマリアだったのだ。
「深山君は大丈夫かしら……」
何事もなかったかの様に、いつもと同じ仕事をしている彼に視線は集まっていた。
「彼、マリアの事が好きだったんでしょう?」
「この間なんてマリアったら家に連れて帰ったそうよ?」
「へぇ!」
「でも、マリアが死んだって言うのに……」
メイド達の邪推は続く。
「気丈なのか、あるいは冷めているのか……」
執事達も気にしている。
「気にはしないように言ったんですけどね?」
「死んだ……、と聞かされても実感できないんです、って言ってましたよ」
「わかるな……、あまりにも悲しみが深いと、逆に何も感じられなくなるものさ」
一同は頷き合った。
「今日、仕事が終わったらそこへ行って見ると言ってましたよ」
パチン……
また枝が切り落とされる。
彼は無表情に、脚立の上で枝を刈り込んでいた。
そして、夜。
「こういうのはまずいんじゃないのか?」
「こっちはネルフの私有地じゃない、文句は言わせないわよ」
アスカは貴族階級の人間であり、また、誇り高い存在でもあった。
それはエヴァンゲリオンであるからだ。
アスカは常々、こう教えられて来た。
行き詰まった人類は、やがて滅びを迎えてしまう。
だからこそ人類を導くための、新たな宗主が必要なのだと。
そして自分は栄えあるその一人であるのだと。
「そうじゃなくて……」
「はぁん?、恐いんだ」
バカにする。
一応は貴族である、だからこそアスカは分かっていた。
他人に認めさせるためには、他人の価値観に委ねなければならない。
その価値観の中で極上と認めさせなければならないのだ。
でなければエヴァンゲリオンなど、ただの怪物で終わってしまう。
「恐くは無いけどさ……」
だからこそ、今のアスカを突き動かしているのは、そう言った使命とは無縁の感情であった。
「大丈夫よ!、いざとなったらあたしが……」
「君の力は、こんな事をするためにあるんじゃない」
「こんなことってなによ!」
アスカは怒鳴った。
「あたしのメイドが殺されたのよ?、あたしの住んでいる場所で、こんなふざけた事を!、許せると思うの!?、あんたは!」
彼女が何気に眺めていた景色だった、それも毎日、必ず。
その場所でこのような殺人が行われて来ていたのだ。
許せるはずが無かった、気付かなかった自分に、自分の大事な人間が殺されるまで。
「あたしはアスカ・ラングレーよ、傷つけられた名誉は、自分の手で取り戻すわ」
やれやれ、と青葉は手に持った懐中電灯で足元を照らした。
人間に認めさせるためには、まず自分が誰よりも人らしくあらねばならない。
それもまた、アスカの一つの考えだった。
「誰!?」
アスカは林の奥に懐中電灯を向けた。
池というより沼に近い、ぬかるんだ土壌がお気に入りの靴を汚す。
「ラングレーさん?」
手をかざしライトを眩しそうに避けているのは、あの庭師の青年だった。
「深山!?、何故ここに居るの!」
「何故って……、マリアさんがここで死んだって聞いたから」
「警察は何やってるのよ!」
アスカの背後で青葉は苦笑した。
自分達の土地だから何だと追い払ったのはアスカなのだ。
恐らく深山も、その間を縫って入って来たのだろうと思われた。
「マリアとあんたがそんな仲だなんて聞いてないわよ?」
「あ、はぁ……、すみません」
「まったく!」
苛立たざるを得ない、義理の母親の恋人でありながら、自分の大切な友達とも付き合っていたと言うのだから。
「見かけ通り、手が早いわね?」
「なんですか?、それは……」
アスカが揶揄しているのは大人の関係、肉体関係の話である。
「行く先々で女作って、大したプレイボーイです事」
「僕とマリアさんはそんな関係じゃありません!」
それに対し、深山は心の繋がりのことを説明する、その先で求めた関係なのだと。
結局、していることはしているのだ。
「じゃあどんな関係だったのかしら?、旅先で出来た恋人?、一夏の経験……、バカみたい」
後妻に入ったにも関わらず、その母である女の男遊びには陰りが来ない。
逆に激しくなるような部分もあった、が、元々激しかったからこそ義父と知り合ったとも言える。
そんな女とマリアが同列であっていいはずが無い。
「こんな男に熱を上げるから!」
が、それは感覚のずれである、あるいはアスカの信じたくないと言う想いと、アスカには知られないようにしていたマリアの心遣いとの両方であろう。
子供であるアスカの理想の女性、しかしマリアは肉体関係イコール恋愛と考えるほど堅い貞操観念を持ち合わせてはいなかった。
誘ったのがどちらであったかは、今となっては深山のみが知る所である。
「彼女は!、……僕とラングレー夫人とのことで、相談に乗ってくれた、そう言う人なんですよ!」
だから彼は爆発した。
「僕のことなら何と言ってもいい、でも彼女の想いまで冒涜しないで頂きたい!」
今度はアスカが口ごもる。
反論できない、熱を上げたとしても本気だったかもしれないのだ。
たとえ過ちであったとしても、その気持ちは否定できない。
否定すれば、マリアの想いまで汚した事になるのかもしれないのだ。
「わたしを誰だと思っているの!」
だが言い返せないからこそ悔しさは増してしまった。
論理的な思考が弾け跳んだ、感情的になる。
「そんな物の言い方、許さないわよ!」
「許さなければどうだって言うんだ!」
アスカは銃を抜いた、それはネルフで支給しているものとは違う、アスカが個人所有している銃だった。
ハンドガンタイプでありながら、反動が少ないので細身のアスカにも扱える。
「アスカちゃん!」
ガン!
アスカは青葉の静止など無視して、引き金を強く引いていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。