「そう言えば……」
 急に思い出したように顔を上げる。
「今日からだったな」
「ああ……」
 この二人はそれで通じる。
「で、どうするんだ?」
「ああ」
 余り気の無さそうに返事を返す。
「全て彼女に任せてある、問題はない」
「そうか」
 全幅の信頼、とでも言うのだろうか?、ゲンドウの口ぶりには相手の能力、判断力を疑っている様なふしが見受けられない。
「しかし惣流君一人で何とかなるのかね?」
 冬月は彼女に対して懐疑的だった、なによりもゲンドウと「親しげ」だなどと言う態度について、余りにも深い疑惑を抱かされてしまったからだ。
「シンジ君の見張りなど彼女の仕事ではないだろう」
「……何を言っている?」
 初めてゲンドウが顔を上げた。
「何を、だと?」
「ああ」
 ふぅと溜め息を吐き、いつものように手で橋を作る。
「使徒を倒すのが最優先だ、来たるべきサードインパクト、まだ引き金を引くには早過ぎるからな?」
「早期駆除による自衛策か?、シンジ君はどうする」
「シンジも含めて、だよ、使徒との接触を防げればいい」
「本当にそれで良いのか?」
「冬月……」
 溜め息を吐く。
「わたしは忙しいのだ」
 再び書類に戻る。
「子供のだだに付き合っている暇は無い」
 なら何故、監視、監督、管理者として呼び寄せた?、と……
 冬月は疑問の篭った眼差しを向けた。



 voluntarily.6 Lovi'n You. 


「なんなのよもう!」
 彼女、アスカは逃げ回っていた。
「惣流さぁん!」
 校舎の影に隠れるて様子を窺う、追って来ていた女の子はそれに気付かず「もう!」っと一言発してから行ってしまった。
 手にはカメラを持っている。
「はぁ……」
「なにを脅えているんだい?」
「ひぃ!」
 咄嗟に手が出る、しかしそれはパシッと白い手に受け止められた。
「なんだ、あんたか……」
 アスカのパンチを止めたのはカヲルだった。
「随分と熱心なファンが居るようだね?」
「あんたバカぁ!?、あれの何処がファンだって言うのよ」
「違うのかい?」
「あれはねぇ!、ストーカーって言うのよ!」
 かなり憤慨している。
 青陵学園ではちょっとした騒ぎが起きていた。
 一人の少女が転校してきたためである。
 もちろんアスカのことだ、容姿だけではなく彼女はドイツで博士号も寸前と言う才女でもある。
 興味を抱くのは当然だろう、しかし彼らはアスカの「群がる野次馬を鼻でせせら笑う傲慢さ」の前に挫けてしまっていた。
 が、それさえも意に介していないのが先程の少女であった。
 周りの期待もあるのだろう、かなり気合いも入っているようだった。
「んで、なんか用なの?」
 アスカの物腰は柔らかい、それはカヲルを認めている証拠だろう。
「ドイツの貴族が何をしに日本へ来たのかと思ってね?」
「あんたには関係無いわよ」
 すげなく答える。
「それより、あいつは何処にいるのよ?」
「あいつって?」
「あんたバカァ?、決まってるじゃない!」
 おそらく、この程度の会話からでも頭が回らなければ察しが悪いと感じるのだろう。
 それは狭い世界で生きて来た事に起因している、話題に乏しい、閉ざされた空間で。
 アスカが意識している相手は両手で数えられた、そしてここは学園、この二点からしぼられる人物は一人しか居ない、それがアスカの思考である。
 しかし外は自由なのだ。
 それにカヲルはアスカの交友関係など知りはしない。
「あいつ」が指し示せる相手は無数に存在している。
「綾波レイよ」
 カヲルは苦笑して、「図書室だよ」と居場所を教えた。


 レイは読書していた、その本に影が落ちる。
「あんたが綾波レイね」
 レイは目だけを向けた。
「仲良くしましょ?」
「どうして」
「その方が都合がいいからよ、なにかとね」
「命令があれば、そうするわ……」
「変わった子ね?」
 そのやり取りを、カヲルは本棚にもたれながら眺めていた。
 綾波レイと接触を取る、それにこの感じ……
 変に弾き合うものを感じる、それは綾波レイ、碇ユイに対するものと似た感じであった。
「彼女も、そうなんだね?」
 カヲルは早くも本能と感情を分離し、嫌悪から相手の正体を探る術を手に入れていた。


 シンジはぶらぶらと繁華街を歩いていた。
 手には肉まんの入った袋を持ち、行儀悪く食べながら歩いている。
 どこか図太さが増していた。
 その原因は、おかしいと言えばおかしな所にあった。
 面倒になったのだ。
 まだどこかに父と母に期待していた自分を知った。
 それはカヲルに泣き縋ると言う形ではあったが、泣いた分だけすっきりとしていた。
 ようやく開き直れたのかもしれない。
 またそれには肩の上の獣が手を貸していた、ATフィールドによってシンジの気配を薄くしているのだ。
 シンジの望み通りに、そこらに居る「その他大勢」と言う程度の認識に抑えさせている。
「なんだろう?」
 あむっと肉まんを頬張り、シンジは先で起きているごたごたに目をやった。
「だからぁ、ほんとにお母さんが急病でぇ」
「嘘おっしゃい!、ならどうして着替える必要なんてあるの!」
(指導員?)
 今時そんなものが居るのかと目を疑ってしまう光景だった。
 第三新東京市は整然と整えられた都市である。
 それだけに風紀に対して求められるものもレベルが違っていた。
「あ、お兄ちゃん!」
「へ?」
 シンジは突然駆け寄られて戸惑った。
「よかった、お兄ちゃんからも説明してよ!」
 シンジは顔を上げる。
 そのおばさんの顔色が変わった。
(この人、僕のこと知ってるんだ……)
 それが簡単に読み取れた。
「なんです?」
 だから強気に出る事が出来た。
「なんでもないのよ!」
(悪名も役立つんだな)
 女の子を見るとキョトンとしている。
「と、とにかく、紛らわしいことはしないで、さっさとお母さんのお見舞いに向かいなさい!」
「はぁい」
 シンジの腕を取ったまま、べぇっと舌を出して追い払う。
 シンジは十分に相手が離れるのを待ってから溜め息を吐いた。
(これでまた変な噂が広がっちゃうかも)
 深刻さよりも、どこか楽しげなものが窺い取れる。
「あの……」
「へ?」
「も、いいかな?」
「なにが?」
「腕だよ」
「あ!」
 慌てて離れる、バツが悪そうに彼女は頭の後ろを掻いた。
「ごめんねぇ?、なぁんかトイレに入るとこと出て来る所を見られちゃったみたいで」
 ようするに着替える所を見つかったと言いたいのだろう。
「でもお互い様でしょ?、あなたもヤバかったんじゃないのぉ?」
 うりうりと肘で突っつく。
「僕には……、関係無いよ」
「あ、待ってよ!」
 慌てて追いすがる。
「暗いねぇ君、名前は?」
「……教えない」
「良いじゃない名前ぐらい!」
 ブゥッと膨れる。
「……知らない方がいいよ」
「そんなのあたしの決める事でしょ!」
「じゃあ」
 シンジは立ち止まり、正面から視線を合わせた。
「碇、シンジだよ」
 少女は息を呑み、そしてシンジはいつものように背を向ける。
「さよなら」
「ごめんなさい!」
(え?)
 振り返る、本当におどおどと震えている。
「ごめんなさい……」
「なにがさ?」
 シンジは訝しんだ。
「だって……、助けてもらったのに」
「いいよ……、別に僕はなにもしてないから」
「でも」
 ギュッと拳を握り、その子は顔を上げた。
 よほど驚いた事で、傷つけてしまったと後悔したのだろう。
 シンジにも伝わるほど緊張していた。
「そうだ!、ね?、暇なんでしょ!?」
 不意に切り出す。
「デートしない?」
「なにを……」
「ちょっと行く所があったんだけど……、惣流さんって言ってね?、奇麗な人なんだぁ……、あたしファンなの!、でも今日は逃げられちゃってぇ」
 また元の調子で、えへへっと頭を掻いた。
(惣流?)
 微妙な反応、そのため気付かれなかった。
「家まで押し掛けちゃおうかなぁって、でもこの時間じゃ帰ってるかどうかもわかんないし、ね?、暇潰し、手伝ってぇ?」
 シンジは呆れた。
「……僕と居ると、悪く言われるよ?」
「そんなの気にしない!、さ、行こ?」
「ちょ、ちょっと……」
「早くぅ!」
 無理に腕を引かれる、シンジは意固地な程にポケットに手を突っ込んでいたのだが、それがかえって彼女に組みやすい腕を提供していることに、全く気が付いていなかった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。