ずんずんと歩いて行く、喫茶コンフォートは住宅街にある、常連を当てにした喫茶店だ。
 そのためバスや電車を利用するにも多少歩かなくてはならない。
「もう嫌!」
 むしゃくしゃする、意を決したというのにシンジには会えない、思いかけず加持と再会すれば女付き、それももっとも選んで欲しくなかった女性だった。
「おまけに販売機まで逆らって!」
 ゲシゲシと蹴り付ける。
「なんで日本の販売機ってコインなんか使うの?、わけわかんない!」
 諸外国では大半がプリペイドカードに切り換えていた。
 現金が溜めこまれる自販機は犯罪の対象になりやすい。
 少年少女が破壊し、持ち出す。
 小銭を稼ぎたい子供達にとっては最も身近な収入源になっていた。
 しかし日本ではそこまで乱暴な犯罪は横行していない、それにプリペイドカードも余り浸透していない。
 第三新東京市と言えども、カードの使える販売機の数は少なかった。
「もうさいってぇ!」
 ガン!、っと最後の八つ当たり。
「何見てんのよ!」
 辺りにも散らす、と、固まった。
「あ、ごめん……」
 見ていたのが、当の探していた碇シンジであったから。
(な、なんでこいつがここに居るのよ!?)
 口ごもる、言葉が見つからない。
 あうあうと間抜けな口パクをやってしまう。
 そんなアスカに、シンジは困ったような苦笑いを見せた。
「……でもあんまり蹴ってると、警報機が鳴っちゃうからさ」
(なんで注意されなきゃなんないのよ!)
 余計苛立った。
 ふんっと手を突き出す。
「……なに?」
「細かいの貸して!」
「……カツアゲ?」
「違うわよ!、現金持ってないの、後できっちり返すわよ!」
 くっくとシンジは抑えるように我慢して笑った。
「いいよ、それぐらい奢ってあげるよ」
「何がおかしいのよ!」
 赤くなりながらも、シンジの出した小銭を奪い取る。
「いや……、相変わらずだと思って」
「へ……」
「久しぶりだね?、アスカ」
(嘘……)
 覚えられているとは思わなかった。
 忘れられていると思っていただけに、いや、嫌な子だと思われていたはずだと。
 だからこそ、アスカはシンジの微笑みに、酷く戸惑いを浮かべてしまった。


「な、な、な、な」
 翌日。
「なによこれぇ!」
 青陵学園の掲示板。
 その前で叫ぶアスカを取り囲むように人垣が出来ていた。
 バンッと手を突いて、そこに張られている学園誌の内容を熟読する。
『ドイツよりの留学生、惣流アスカラングレーさん(十四)は、昨年、ドイツブリュッセル工科大学を卒業した才女である、このスーパー美少女のフェロモンに惹かれたのか……、しかし写真の場所は彼女のマンションからは離れており、また碇シンジの自宅に近く』等々……
 その手の雑誌の記事から引用したような内容で、なるべくショッキングになるよう書かれていた。
 おそらく園内ネットではもっと詳しく流れている事だろう。
『二年A組の惣流アスカさん、校長室まで……』
 呼び出しもかかった。
(写真……、甘栗ナツミ!)
 その名前だけは、しっかりと記憶に止めていた。


「失礼します……」
 目上のものに対する態度をとって入室する。
 中には校長と教頭、共に禿頭の小太りな男だ、それに生徒会長であるカヲルが居た。
(なんであんたがここに居るのよ?)
(さあね?)
 アスカは目で問いただし、カヲルは肩をすくめてそれに答える。
「あ〜、惣流君」
「はい」
「なぜ呼び出されたか、分かるかね?」
「わかりません」
「あのねぇ」
「まあ、待ちたまえ」
 太鼓持ちなのだろう、教頭が何か言いかけたが、それを止めたのは校長だった。
「惣流君、君の交友関係に口は出さない、ただ非常に注目されていると言うことは分かるね?」
「はい」
「つまりは、そう言うことだ」
 一瞬話が見えなかったが、校長の手元を見て気が付いた。
(あれは……)
 調査報告書だ、わざと見せたのだろう、校長はすぐに手を置いて隠した。
(ネルフの、書類?)
 特徴のあるマークが見て取れた。
(そういうこと、ね)
 なるべく目立たないようにしろと言いたいのだろう。
 でなければ動きづらくなると言う、実務的なレベルの話だ。
「わかりました」
「よろしい、下がりたまえ」
「校長!」
 教頭が食い下がるが、もういいと許可されたのだ、居る必要は無いと。
 そのアスカの後を追うように、カヲルも黙って退室した。


「なんなのよ、もう!」
 ずんずかと歩く後ろではカヲルが苦笑している。
「有名人だからね?、シンジ君は」
「はぁ?、なぁんかボケボケッとしてたけど……、なんでよ?」
 別段かっこいい様には思えなかった、見た目にも平凡であったし、強くも見えない。
 有名である要素が見当たらない。
「街で一番の嫌われものなのさ」
「はぁ?」
 ますます分からなくなる。
(あいつ、エヴァなんでしょ?)
 エヴァンゲリオン、人類に福音をもたらすものの意味である。
 それは人にとって羨望の的であるはずだとアスカは考えている、そうであろうとする事でエヴァと言う存在を人に認めさせることができるのだと。
 なのにシンジは、その対極に居るというのだ。
 まさかエヴァであると、宣伝して回っているわけでもあるまいに。
「まぁ、いいわ」
 シンジについては連絡方法等、昨日別れ際に聞いてあった。
 普段立ち寄っている本屋、CDショップ、その時間帯についてもだ。
「それより甘栗って女よ!」
「その事で……、少し話があるんだけどね?」
「なによ!」
 っと八つ当たりしようとしたのだが……
 顎で指し示されたその先に、あのアスカを追い回していた女の子が立っていた。


 走るような急ぎ足で先を急ぐ。
 先頭にアスカ、続いてナツミ、最後にカヲルの順である。
「新聞部ってのはこっちで当ってるのね!」
「そうだよ?」
「あ、あの!」
「なによ!」
 あの新聞を貼り付けたのはナツミの姉だと言う。
「ごめんなさい!、あたしが写真なんか撮ったから」
「あたしはねぇ!」
 前だけを見たまま怒鳴りつける。
「写真を撮るなってあんたに言った!?」
「え……」
「別に撮るぐらいならいいわよ!、でもね?、それをどうするかってのが問題なの、わかる!?」
 ナツミは戸惑うだけで、答えを上手く見付けられない。
「知る権利だとか言って結局面白がってるだけじゃない!、人の迷惑も考えない、プライバシーを覗くな、ってのも言うつもりは無いわ?、注目されてるのは分かってるし、偶然見る事もあるでしょうからね?、でも興味半分で調べてバラして回るす必要が何処にあるわけ?、愉快犯と同じじゃない、楽しけりゃ良いんでしょ?、そういう奴があたしは一番ムカつくのよ!」
 もしそう言った人種が「知る権利」を叫べば、さらなる怒りを吐き出すだろう。
「彼女はね?、マスコミやパパラッチにはよく泣かされて来たのさ」
「ああ……」
 なんとなく納得する、そう言えば、と、ナツミはこの歳若い渚家の頭首のことも良く雑誌で見かけると思い出した。
「ここねっ、入るわよ!」
 勢いよく戸を開いたアスカであったが、その瞬間奇妙な違和感を覚え立ちすくむ様に足の動きを止めてしまっていた。


 同園内、中庭。
「あれは……」
 そこにあるベンチで読書に浸っていた綾波レイは、ここに居るはずのない人物を見付けていた。
 何故だろう?、制服を着ているものは誰一人として振り返らない。
 一人私服の少年が混ざっている、酷く浮いているはずなのに誰も彼がそこに居ると気が付いていないようだ、肩が触れ合うほどの距離ですれ違っても。
「碇君?」
 校舎裏の方へと歩いていく、レイはしばし躊躇してから、結局後を追うことに決めて本を閉じた。


(なに?、この感じ……)
 妙に体が重い、戸を開けても中に入るのをためらってしまった。
「ああっ、来てくれたんだ」
 そうはしゃいだのは中に居た少女だった。
「え!?」
 隣を確認する、やはり同じ顔だった。
(双子?)
「お姉ちゃん!」
「ナツミが連れて来てくれたんだ、良い子ね?」
 笑みを形作るのだが、目はまったく笑っていなかった。
「あんたねぇ!」
 とにかく、とアスカは初志を貫徹することにした。
「どういうつもりであんなことしたのよ!」
「だって」
 くすくすと笑う。
「惣流さんったら逃げてばっかりで話を聞いてもくれないんだもん、だから……」
「だからってねぇ!、え?、逃げ……、って??」
 ふと気付く、自分が逃げていたのは妹のナツミと言う少女からだったはずだ。
「アスカちゃん!」
「へ?、きゃあ!」
 カヲルの叫びに反応したのは首の裏に居る蜘蛛だった。
 足の一本が急激な勢いで伸びてアスカを庇う、閃光と爆発。
 その足は弾け跳んだ。
「なに!?」
 訳が分からない、蜘蛛の足はじゅくじゅくと泡を噴くように元の形を取り戻していく。
 自己修復を見とめながら、アスカは姉の方を確認した。
 再びの閃光。
「きゃあ!」
 だが弾けたのはアスカの制服だった、右肩から胸元にかけてが突っ張り、裂かれる。
「なっ……」
「奇麗……」
 弾けた下着から見えた乳頭の色にうっとりと呟く。
 小指を噛んで、悶えるように。
「やっぱり奇麗……、ねぇ?、もっと見せてもらってもいいでしょう?」
「嫌よ!」
 腕で抱くように隠す、ぞっとした、視線で犯されている様な気分になって。
「もったいない……、そんなに奇麗なのに、ああそうだ、ちゃんと写真にも撮ってあげる、あたしね?、アスカさんのことなら何でも知ってるのよ?、なんでも……」
 足元を蹴り上げる、無数に舞い上がる写真。
「ひっ!」
 鳥肌が立った、隠し撮りと盗み撮り、ホテルでの湯上がりの姿まで撮られてしまっている。
(あれは……)
 その中にゲンドウと握手を交わすアスカの写真を見付けてカヲルは目を細めた。
「好きなの……、大好きなの、だからもっと知りたいの」
 あなたの、中まで。
 そのゾクリと来る声は、アスカの間隣から聞こえて来た。


「碇君?」
 校舎裏に回り込んだが見つからなかった。
「どこ?」
 触れる感覚、鳥肌が立ち、毛が逆立つ。
(この感じ……、ATフィールド?)
 しばし迷う、レイのリリスは変身しなければATフィールドを中和できない。
 ATフィールドの展開と中和は別物である、空気と同じで濃くなれば毒にもなるATフィールドだが、リリスにはまだ散らして薄めるのが精一杯であった。
 分子間の結合を緩めるように、間に自らのフィールドの粒子を混ぜる、そうやって開いた隙間から入り込む。
 しかしフィールドとして展開するには原子の量が絶対的に足りていない。
(でも)
 また普段は大型犬の姿をしている、呼び寄せればちょっと騒ぎにはなってしまうだろう。
 それでもレイは、リリスの名前を頭の中で小さく呼んだ。


「嘘……」
 呆然と呟くアスカの目の前で、釣り下げられた人形のようにかくんとナツミは関節を折っていた。
 それでも不思議と倒れない、バランスも取れていない状態で、腰だけは妙な安定感を保っていた。
 その顔が上がる、凹凸が無くなっていた、まるで仮面を被ってしまったようだった。
「使徒、なのかい?」
 カヲルの声にハッとして跳び下がる。
「何であんたが知ってるのよ!」
「僕とシンジ君は友達だからね?、少しは知っているさ」
「あ、そう!」
 アスカの体を抱きしめるように八本の足が背中から伸びた。
(蜘蛛?)
 集中したために乳房をこぼすように見せてしまったが、すぐさま蜘蛛の糸が覆い隠した。
(遅い)
 カヲルは冷静に判断していた。
 カヲルのそれはシンジに比べて、の感想だったが、リリスに比べてもアスカの変身は遅いように思えた。
 リリスはほぼ瞬時と言える時間で変容を完了する、それは視認できないほどの早さだ。
 シンジのエヴァですら一秒かかるかどうかである、なのにアスカの変身には数秒もの時間が掛けられていた。
『きゃあ!』
 赤黒く固まっている途中だからだろうか?、悲鳴はまだ人の声をしていた。
 右肩と左肩、両肩が一度に弾けて吹き飛んだ。
 アスカの腕は千切れかけたようにぷらんと下がる。
 肩は大きくえぐられていた。
 くっと四つの目で相手を睨み付ける、そこには盛り上がった肩の肉に頭を沈めた化け物が二体存在していた。
「ピンチだね?」
 カヲルは窓の外へと意味ありげに目をやった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。