「どうした?」
 ぼけぼけっと車の中で昼食のハンバーガーをかじっていた日向は、後部座席のリリスが起き上がったことに気が付いた。
「おい、うわ!」
 ドアが吹き飛ばされる、リリスが駆け出して行く。
 唖然として見送ってしまった、衝撃にシートの上で転がったまま。
 はっとする。
「レイちゃんが呼んだのか!?、ああもうこんな時に!」
 本部からの連絡だった。
「強度のATフィールドを感知!?、まさか!」
(使徒?)
 マコトは学校のある方向へと走っていくリリスの背中を追いかけた。


「リリス」
 レイはやって来たリリスの背を優しく撫でた、直後に閃光と軽い発熱が風を生んでレイの前髪を吹き上げる。
 現われたのはオレンジ色の怪人だ。
 レイは空気が和らぐのを感じた、そして見付けた。
「碇君」
 呼び掛ける、何故これほど近くに居て気が付かなかったのかと思えるほど側に居た。
 シンジの肩にはあの獣が乗っている。
「……上には、どうやって行けばいいのかな?」
「え……」
 シンジはじっと三階の窓を見上げ続けた。
「案内……、頼める?」
「わかったわ」
 レイは怪人と共に背を向けて歩き出した。


 ふわりと宙に浮き上がって飛び掛かる、しかしアスカは横へ飛んで避けていた。
 ビシッと切られた様な二筋の裂け目が、縦に柱に刻まれた。
 ユニゾンするように二体一対の動きを見せる使徒、その眉間にナイフが突き立つ。
 カヲルはアスカに睨まれたが気にしなかった。
 投げたナイフの代わりを既に抜いている。
「無駄、なのかい?」
 眉間に皺を寄せる。
 内から押し出される様にナイフは抜け落ちた、裂け目からは血の一滴も流れていない、それどころか傷口はすぐに塞がってしまった。
「そうでもないか」
 少なくとも時間は稼げた、その間にアスカが肩の修復を終えていた。


 レイは先に階段を上りながら、シンジの視線を背中に感じていた。
「なに?」
 前を向いたまま尋ねる。
「うん……、ねぇ、綾波はどうしてエヴァと一緒にいるの?」
 それは答え様の無い質問だった。
 気が付いた時には側に居たのだから、リリスは。
「わたしは……、そのために生まれて来たもの」
「恐くないの?」
「……そんなに、お父さんのことが信じられないの?」
「え……、父さん?」
「ええ……」
 それは予想外の問いかけだったのだろう、いまさらな質問でもあったから。
「当たり前だよ!、あんな父さんなんて」
 パン!
 頬が鳴った、叩いたのはレイだった。
「な……」
 呆然とするシンジ。
「わたしは信じているわ」
 シンジは頬をさすりながら、またレイの後をついて歩き始めた。
(なんだよ、もう……)
 元々レイの事など信じてはいなかったはずなのに……
 どこか裏切られたような気がして、シンジは気分が悪くなるのを自覚してしまっていた。


『ォウ!』
 カヲルのナイフを拾う、柄の表面に接触面から血脈が浮かんで伸びていく。
「取り込んだのかい?」
 カヲルはそう判断した、ドクンドクンと生き物のようにそのナイフは蠢きを見せた。
 アスカは跳びかかってそのナイフを振るった、肩口から胸元へ割いて、さらには上へと斬り上げる。
 狙うは姉であるはずの使徒のみだ。
「何故、彼女は狙わないんだい?」
(そんな事できるわけないじゃない!)
 会話できない事に苛立ちを募らせる、言葉が話せれば訴えかけていただろう、やめろ、正気に戻れ、と。
 ナツミは操られているだけだと言う思いが強かった、だからアスカは姉だけを狙っているのだが。
(こんちくしょー!)
 ぷるんと一つ震えるだけで使徒は回復してしまう、傷口は簡単にくっついてしまう。
 またしても閃光、アスカは両腕をクロスさせて体を庇った、次いで痛みが走ると思ったが、それはいつまで経ってもこなかった。
(なん……、あっ!)
 正面に金色の壁。
(違う、あたしじゃない!)
「やれやれ、来てくれたのかい?」
 ハッと振り返る、そこには。
 綾波レイとリリスを従えた、紫色の鬼が立っていた。


(まずい!)
 変身できるアスカだから分かる、エヴァとの融合は神経の一部を解放して快感のようなものを感じさせる。
(あたしだってそう)
 戦いに酔う事がある、しかし今日のように事情が特殊であれば抑制は利く。
 だがシンジはどうだろうか?
 先日見せてもらったクリスタルの使徒との戦いが思い出される。
(シンジ、答えて!)
 エヴァ同士の会話は今だ行なわれたことは無い、しかしアスカは確信していた。
 シンジには聞こえているはずだと。
(あいつを傷つけないで、あいつは!)
「使徒を倒す事が……、君の使命なんじゃないのかい?」
 びくっとする。
 答えたのがカヲルだったからだ。
(なんで!)
「迷っているんだね?、見ていれば分かるさ、でも使徒の存在を許す事は出来ない、使徒は破滅の鐘を打ち鳴らす存在だから」
(だからって!)
『見て……、いたの』
 今度は使徒からの声だった。
『この間……、ここで、裏庭で、殺したでしょう?』
 アスカの、赤いエヴァの体が震えた。
(違う、あれは使徒よ!、人じゃない)
『見た、の……、かっこ、よかった、もっと、もっと知りた、いって、思った、の』
 ケタケタと仮面のような顔が笑う。
『ずっと、ずっと、待ってた』
「待って、いた?」
『そ、う』
 カヲルの声に自分の事を教える。
 生まれ出た自分達は双生児であったが、その下半身は繋がっており、臓器の一部を共用していたこと。
 切り離された自分達は、いつかエヴァと言うヒーローに付き従って、世の中を良くしていくのだと教えられた。
 忘れていたはずのお伽話だった、だが思い出したのだ、彼女は、彼女達は。
『もっと……、もっと知り、たい、あなた、の、こと』
(殺せないじゃない……)
 アスカは呻く様に呟き、下がった。
「アスカちゃん!」
(ダメ!、だって人を殺してるわけじゃない、誰かを傷つけたわけでも無い、あの子達、ただ……)
 ただ純粋に、子供達が憧れるように、ヒーローの秘密が書かれた本を欲しがるように。
 ただ知りたがっているのだ、アスカのことを。
(そんなの、倒せない……)
 アスカとてそうだ、使徒は殺すのではない、倒すのだ。
 消すのは使徒であって、人ではない。
 人の心を残している、それはいつか現われるアダムの子らと協調し、未来を示すと言う自分の仕事に即した話ではないのか?
(そうよ、殺しちゃいけないわ)
 アスカはそうやって逃げようとした、だが。
『なにをしている』
(司令!?)
 通信機を通した声が脳裏に響いた。
 それは絶対的な命令を与えるものだった。
『君の仕事は何だ』
(エヴァとなって、人を……)
『違う、使徒に勝つことだ、それともあの程度の生き物を人類のあるべき姿とするつもりか?』
 迷う、迷いが余計に体を強ばらせる。
 すっと隣で腕が上がった。
(なに?)
 シンジだった、右腕を前へと伸ばしている。
(なにを……)
 ゾクリと悪寒が走る。
(ダメっ、シンジ!)
 肩から肘、腕から手のひらへと回転する光が収束していく。
 爆熱、閃光。
 二体の使徒の二重のATフィールドが、槍に貫かれるように破れるのが見えた。
 並んでいる両使徒が、お互いの側から見えない何かによって溶かされていく。
 右腕と左腕、右半身と左半身、まるで鏡に合わされたように。
 ぶすぶすと廊下や天井の塗装も、熱によって泡立ちめくれ上がりだしていた。
 沸点を越えたように使徒はお互いに爆発した。
 爆発はお互い相手の体を弾き飛ばす、べちゃっと教室側の壁と、外に向かっての窓にぶつかって崩れ落ちた。
 そこまで二体は同じ動きをアスカに見せた。
(ひっ、あ……)
 そのあまりにも残酷な光景に言葉を無くす。
 常に華麗に美しく。
 こんな凄惨な光景には耐えられない。
 だから見なくてもすむような戦いを。
 本音が胸の内側で暴れ狂った。
『あ、アス……』
 それでも姉と妹、二人の使徒は生きていた。
 体の半分をどろどろに溶かされ、中身をぶちまけ、体液もそのほとんどを流しつくしているだろうに。
(やめてぇええええええ!)
 アスカは叫んだ、が、シンジは容赦しなかった。
 右手と左手、それぞれに使徒を抱きかかえて力を込める。
 ようやく二体の動きはズレた。
『アス……』
 まだ姉はアスカを求めていた手を伸ばしていた。
 なのにナツミは、シンジの背中に腕を回すことを選んでいた。
(あ……)
 アスカは見た、ナツミの顔に恍惚とした喜びが宿るのを。
『ありが……』
 なんと言い残そうとしたのだろうか?
 その前にシンジの手によって、甘栗姉妹は背骨ごと胸にあった赤い玉を砕かれて絶命していた。
 返り血に濡れたシンジに、アスカは膝が震えて近寄れなかった。


「はい、シンジ君」
「ありがと……」
 更衣室、ここにはシャワールームがある。
 血はエヴァが全て拭ってくれているから汚れているわけではないのだが、生理的にシンジはそのシャワーを気持ち良いと感じて遠慮しなかった。
 カヲルから受け取ったタオルで体を拭う。
「こうなると……、君に入学を進めたのは幸運だったのかもしれないね?」
「うん……」
 先日、ナツミと共に三人で喫茶店に寄っていた時のことを思い出す。
 あの時の話とは、この学校へ来ないかと言うものだったのだ。
「甘栗さん……」
「なんだい?」
「……友達になってくれるって、言ってたのに」
「そうだね……」
 変身を解いた後のアスカの悔しそうな顔が浮かんで過る。
 よほど口惜しかったのだろう、救えなかった事が。
 しかしそれでもシンジを責めたりはしなかった、シンジがやらなければ自分が倒さなければならなかったのだから。
「辛いのかい?」
「ううん……」
 シンジは惚ける様に天井を見上げた。
「やっぱり出ないんだ、涙……」
 それがまるで、自分には人の血が流れていないのだと言っているようでもあって……
 カヲルは憐憫の目をシンジに投げかけてしまっていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。