碇シンジ様へ
今夕、使徒、捕獲のためジオフロントへ潜ります。
もしよろしければご同道のほどを。
惣流・アスカ・ラングレー


「こんな手紙一枚で呼び出して……」
(何を考えてるんだよ)
 実は付属で写真が一枚添えられていた。
『ここに注目!』と赤で丸をされたそれは、アスカの胸元が覗けてしまうスナップ写真であった。
(なんだか……、話しで聞いてたのとは随分違うなぁ)
 実はアスカのことをはそれ程覚えていなかった。
 小さな頃に会った母親の友達に、赤い髪の女の子が居たなぁと思い起こせる程度である、だがそれすらも『母親』と言うキーワードが必要なために放棄してしまっていた。
 アスカが表舞台に出た時、既に大学生である事やその他の表層的な『イメージ』を追いかけた他者に対して、そのままの会話を記事にしたのが加持であった。
 根掘り葉掘り言葉尻を捉まえるような記者に対して憤慨していたアスカは、極普通に会話を楽しめた加持に大きな好感を抱いていた。
『ね、加持さんって綾波家に出入りできるのよね?、碇シンジって知ってる?』
 加持は知っている、とだけ答えた、あと当たり障りのない程度に現在の姿を教えていた。
 その事がきっかけとなって加持はシンジに『惣流・アスカ・ラングレー』って知ってるか?、と持ち掛けたのだ。
 シンジは惣流家の小さな女の子だろうと当たりをつけた、その時にドレスを着てパーティーで花を振りまいている写真を見せてもらったのだ。
 だから街で見かけた時にすぐに分かった。
「もっとずっと大人びた子だって聞いてたのに……」
 少なくともこんなおふざけをするような子だとは想像していなかった。
(この写真……、誰が撮ったんだろ?)
 どうしてこんな写真をくれたのか?、その思いを浮かべると同時に不意に疑問が浮かび上がった。
 何かが琴線に触れて、引っ掛かる。
(撮った誰かが……、いる?、そっか)
 その写真の笑顔が誰に向けられているのか?、何故こんなにも無防備なのかを想像する。
(これは……、ただ適当なのを選んだだけか)
 写真は良さそうな餌を選んだだけだろう、食いつくだろうと見透かされて。
「そんなものに騙されて、言ってみようだなんて……」
 シンジはちょっと肩を落した。
 目の前には工事区画への非常用ハッチが重く閉ざされている。
「考えが甘いよなぁ、僕って……」
 唐突に写真の価値が薄れた気がした。


『せめてファーストのリリスを借りて来るべきだったかしら?』
 独り言でも口に出してぼやくのは、そうやって無駄な考えを排出しようとしているからだろう。
「どうかな?、エヴァンゲリオンは宿主と一対になって初めて能力を解放するからね?、犬に擬態してるからと言って……」
『ちょっと待って!』
 パイプが傾斜して登りになっていた、その上から『ザー』っと何かが滑って来る音がする。
「何か居たのか?」
『なに?、きゃあ!』
「アスカちゃん!」
 次の瞬間ノイズだらけになった。
「くそ!」
 携帯無線機のボリュームを上げて感度調整を行なう。
「中継用のモジュールがいかれたのか?、でもそんな……、まさか!」
 青葉は思い出した、あらゆる電磁波を遮断する強大な力の存在を。
「ATフィールド……」
 慌てて大きなダイバーウォッチを確認する、数度ボタンを押すと検知器の様なレベルメーターが表示された。
 針は振り切っている。
「パターン青、使徒!」
 メーターは高い数値になるほど色を青に変えていた。


『こんのぉおおおおおおおおおお!』
 何処から滑って来たのか?、その使徒は異様なほどの速度を得ていた。
 両手を組んでナックルを叩きつける、しかし今の状態は使徒に関係ない。
 運悪く押し流された側道は最下層へ向かっているのか?、スライダーのようにゆるやかに円を描きながら下っていた。
(背中が!)
 擦り減らされている様な感覚。
 事実磨り減っていた、パイプの溶接部分の小さな盛り上がりがカンナのようにエヴァの肉体を削いでいるのだ。
(このままじゃ!)
 坂を滑り落ちながら懸命に地図を思い出す、この先はどうなっていただろうか?
(やだっ、嘘!?)
 十層の下部は骨格が組み上がっているだけである。
 その中央は吹き抜けだ。
(冗談じゃないわよ!)
 両腕を広げて踏ん張る。
『止まれぇえええええええええええええええええ!』
 指と足が火花を散らして壁を引っ掻いた、アスカの意思を受けて硬質化したのだ。
 しかしそれでも減速すらしない。
(どうなってんのよ!?)
 使徒が口を開いた、その髭を動かしてアスカの足を咥え込む。
『このっ!』
 いざとなれば切り離せばいい、復元するのは腕の時に体験済みだ。
 だが今ではない、まだやれることは何もしていない。
(そう言えば……)
 余りの速度で流されたために見過ごしていたが、先程『登り坂』をそのままのスピードで流れなかっただろうか?
『ATフィールド!?』
 ようやく使徒の下腹の光に気が付く。
 使徒はATフィールドのボードに乗る事で摩擦を消し、この異様な速度を維持していたのだ。
 慌てて自分の指先を見る。
『やっぱり!』
 掻いている、と思っていたのは壁では無くATフィールドだった。
(どうりでスピードが落ちないわけね!)
 ATフィールドによって作られた繭のようなものに包まれていた、背中が痛いのは相手のフィールド範囲外だからだろう。
 アスカは左肩のブロックのような『とんがり』に腕を突っ込んだ。
 ねちょっとしたねばりが糸を引く、引きずりだしたのはナイフだった。
『こんのぉおおおおおおお!』
 エヴァの細胞によって変質したナイフは、あらゆる物を切り裂くはずだった、しかし。
 跳ね返された。
『なんて堅いのよ!、出口!?』
 最下層の工事用の照明だろう、背後、パイプの向こうがぼんやりと丸く白くなっていた。
『……やだな、ここまでなの?』
 ここから地面までは数百メートル近い高さがあるはずだった。
『あたしも……、シンジみたいに』
 ATフィールドを張る事が出来れば。
 あるいは敵の能力を取り込む力があればと惜しむ。
 最初に倒した使徒。
 あの空中浮遊を可能にする大気を操る力があれば……
(あたしには……、無理なのよね?)
 再びの邂逅、ゲンドウと相対した墓前での会話が蘇る。
『あたしのこの力はなに!?』
『アダムより生まれしものは、エヴァだよ』
 わかってるわよ!、と自分を鼓舞しようとしたが失敗した。
『あたしは力を操る事でシンジを越えることは出来ても、あいつみたいにはなれないってことぐらい……』
 わかってるっと、泣き叫ぶ。
 その叫びには諦めの色が強く濃かった。
 だが。
『え!?』
 光の中に両手足を壁に突き刺し、大の字に網を張って身構えてる影が見えた。
『シンジ!?』
 くっと紫色のエヴァンゲリオンは顎を引いた。
 アスカの中に『感激』と言う喜びが浮かび上がる、その瞬間、アスカはシンジの胸にぶつかった。


『止まれぇええええええええええええええええええええええ!』
 声が聞こえた。
 シンジの声が。
 エヴァの指は五本の爪痕を残したまま押されていく。
『止まりなさいよぉおおおおおおお!』
 アスカもシンジに習って再び抗った、シンジによってフィールドは中和され、アスカの指も壁をえぐった。
 やがて速度は落ち着きを見せ……
 ガクン!
 パイプ管は壊れて折れた。


『きゃああああああああああああ!』
 ぼんやりと地面は光っていた。
 ライティングによるものだろう、重機も見える。
 使徒と、壊れたパイプがゆっくりと縦回転しながら落ちていく。
 自分も落ちているとわかって意識が跳びかけた。
 いかにエヴァであろうともこの高度から落ちればただではすまない。
 そして意識を一瞬でも途切れさせればシンクロは解ける、自分は死ぬのだ。
(死、これが……)
 気が遠くなる、だが繋ぎ止められた。
「フォォウ!」
『え!?』
 腰に何かが巻き付いた。
『シンジ!?』
 暗闇に二つの瞳が光っていた、わずかな距離だというのにシルエットだけが確認できる。
 左腕から伸びた鞭が、アスカを一気に手繰り寄せた。
(なにをしようっての!?)
 引き寄せられ、両腕で抱き上げられる。
(あ!?)
 シンジの背中が延髄を残して背骨から剥がれ出した。
 上半身と下半身、体の前面と背面にびちびちと千切れて別れていく、分かたれたエヴァンゲリオンは次の瞬間欠けた半身を再構成した。
(そんな、瞬間でこんな!?)
 ナツミとその姉の化けた使徒を思い出す。
(これが……、エヴァの本当の力!?)
 アスカを抱いたシンジを、さらにもう一体のエヴァが抱き上げた。
 着地の瞬間シンジはアスカを抱いたまま横へ飛んだ、正しくは放り出された。
『うっ!』
 転がったアスカは重機にぶつかり、呻きを上げる。
『はっ!』
 息を吐き出して呼吸器を落ち着ける、変身しているのに恐怖で涙が滲んでいる様な気がしてしまった。
『助かった?』
 はっとする。
『シンジは!』
『……ここにいるよ』
 ゆっくりと起き上がり、シンジは潰れた自分に歩み寄っていた。
 びくびくと蠢いて元の形を取り戻そうとしている。
『なにを……』
 アスカは信じられないものを見た。
 半分方、いや、頭と手足と言う人の造形を取り戻したそれを、シンジは踏み付けたのだ。
 自分であるはずのものを踏み潰したのだ。
 出来損ないの肉人形は、ベシャッと泥のように壊れてしまった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。