食われた肉人形、だがそれをシンジは爪先からずるずると吸い上げた。
吸収し、元の一体へ戻ろうというのだろう。
統合を果たす。
『シンジ……』
鳥肌が立った……、様な気がしてアスカは寒気に腕をさすった。
肩越しに振り返ったエヴァンゲリオンの目にはっとする……
(恐いんでしょ?)
そう尋ねるような目だった。
『シンジ!』
しかしもう言葉は通じない。
(なんで!?)
何故かわかった、こちらの意思が通じていないと。
目はシンジから逸らされた、その先にいるのは先程の使徒だ。
『まだ生きてるの!?』
前足とおぼしき軟体状の物体を動かしている。
『何てやつ……』
刃が通らなかった事から殻が異様な硬度を持っていることは分かっていた、しかしあの高さから落ちて内臓が衝撃に耐えられるものなのだろうか?
(とんだ下等生物ね?)
そう判断した、内部が昆虫のように半液状なのだろうと。
『でも……、じゃあどうやって倒せば』
シンジが右腕を持ち上げる。
『なに?、え!?』
腕部を光が周回し、閃光が走った。
『加粒子砲!?』
眩しさの余り腕で目を庇う。
『でも弾かれてる!』
使徒は身を守るように手と髭を引っ込めて動きを止めていた。
激しい光はその甲羅に流され散らされている。
『無駄よシンジ!』
閃光に浮かび上がるシンジの顔は、どこか苦々しげに見える。
(どうすればいいのよ……)
言葉が通じないのであれば、それ以外の方法で補助をするか、自分の考えを伝えるしかない。
(落ち着け、落ちつくのよ!)
焦りから何かを探して辺りを見回す、と、アスカはとあるものに気が付いた。
(あれは……)
地下水を組み上げるためのコンプレッサー車と、水を吸い上げているホースの束。
『あれだわ!』
右肩を前に倒す、肩当てのような甲羅から中継器を貼り付けていた液体が、その何倍もの速度で吹き出された。
その分鋭さは増していた。
鉄柱が八角形の塔を組み上げていた、天井へと伸びている、その中にホースは束ねられていた。
一つのホース……、チューブは幅が一メートルほどはある、アスカの攻撃によって三十本の内の六本が切れた。
『シンジっ、攻撃をやめて!』
聞こえたわけではないだろうが、シンジは突然降って来た雨に驚き加粒子砲を止めてしまっていた。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
悲鳴が轟いた。
使徒はのたうち、暴れ出した。
派手に跳ね回り仰向けになったり、またひっくり返ったりともがき回る。
表面に細かいヒビが入り始めた。
『だぁあああああああああああ!』
シンジの脇をすり抜ける、何も考えずに突っ込んだ。
何処からか『エヴァンゲリオン』に犯されたままのナイフが飛来してアスカの手の内にすっと収まる。
ジャンプして、突き立てる。
ナイフが震える、超震動が急速冷凍によって破壊された分子間結合をさらに引き裂いた。
火花が散った、小さな火が赤い仮面に当たって跳ね返る。
びくびくとのたうつ使徒、その動きが止まるまで……
アスカは膝で押さえつけ、ナイフをより深く突き立てていた。
「碇、現場からの報告だ、多少の被害は出たものの使徒はアスカ君の手によって殲滅されたそうだ」
「ならいい」
ゲンドウの答えはそっけなかった。
だが口元に浮かぶ笑みは、手を組まなければ隠せなかった。
翌日、青陵学園二年A組。
シンジの机にバサッとレポートの束が放り出された。
「え?」
顔を上げるとアスカだった。
「これ、昨日の資料よ?」
「……読んでいいの?」
「気になるんでしょ?、あんたいつの間にか居なくなってたし……」
「うん……」
上目づかいにアスカの顔色を窺いながら、表紙に手をかけてゆっくりとめくる。
あの後、シンジは使徒が動かなくなる直前に引き上げていた、後をアスカに任せて。
読みふける前に、シンジは粗悪な写真のコピーに目を止めた。
質が悪くて黒ずんでいる、印刷が潰れていたが大体は分かった。
「これ……、また子供なの?」
「そ、一年生」
中学一年生の男の子だった。
「不良に追いかけ回されて工事区画に逃げ込んだらしいわ?、以後行方不明」
「どうして……、あんな」
「隔壁ってね……」
「え?」
「区画を完全閉鎖するためのね?、工事が終わって……、完成したからって隔壁を閉じて封鎖しようとしたらしいのよ……、第九層の未使用配管側の隔壁の外側にその子の下半身が転がってたらしいわ?」
「転がってたって……」
「隔壁に挟まれてね……、潰れて千切れてたって」
「じゃあ……」
「それでも生き残ろうとしたんでしょうね?、あの子は……」
二人はお互いに窓の外を見やった。
「あの子も……、死にたくなくて」
(化け物になって、でもみんなは脅えるだけで分かってくれないから……)
苦悩が顔に浮かんだ、だからだろう。
「ねぇ……」
「なによ?」
「……どうして、殺してあげなくちゃいけないんだろう?」
シンジは覗き込むように疑問を口にした。
「殺してあげる?」
「聞こえるんだ……」
シンジは己の手の平を見つめた。
「僕を殺して、わたしを殺してって……、最初は聞こえなかったのに、この間も、ねぇ?、使徒って何なのかな?」
「あんたバカぁ?」
シンジの髪をくしゃっと弄る。
「あたしには……、声なんて聞こえないもん」
(だからシンジは手にかけたんだ)
一つの疑問が解けてほっとする。
(でも)
シンジは遊ばれながらも、まだ真剣な表情で手のひらを見つめている。
(使徒、倒さなければならないもの、人類の新しい形、なのに死を望むの?、あたし達を恨むの?、その声が聞こえるシンジ、聞こえないあたし、あの時……、シンジの声、ちょっとだけ聞こえたのに)
こいつにはこいつの悩みがある、そうは思っても自分の悩みが解消されたわけではない。
(こいつは殺すのかしら?、……これからもその声を聞き付けて)
きっとあの時シンジが来たのは、自分を追ってでは無く使徒の声を聞きつけたのだろうと思い至った。
(でもあたしにも聞こえた)
シンジの声が。
(なら……)
使徒の声も聞こえるはずだと……
それは導く者として必要な力なのだと、アスカは想いを深めてシンジを見つめた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。