塾帰りだろうか?、小学校低学年程度の子供がガードレールの隙間から跳び出した。
 夜、元々交通量の少ない道で今は車も姿は見えない。
 車道を横断して向こう側へ渡ろうというのだろう、しかし……
「あっ」
 つまずいた。
 立ち上がろうとして、膝を擦り剥いている事に気が付く。
「ちえっ……」
 口を尖らせたのは怪我よりもズボンが破れてしまった事にだろう。
 と、ライトに照らされて少年は驚いた。
 車が来たのだ。
 早く渡らなければと焦りが走る。
「あっ!?」
 靴が脱げかけていた、不格好に踵を踏んでしまってよろめいた。
 車が来る、トラックだった、大きい、その車窓からは少年が見えていないのだろうか?
 急ブレーキ、タイヤが路面に跡を残す。
 少年の顔は引きつった。
 ド……
 中折れするように倒され、人の姿はトラックの下に飲み込まれていった。
 停止したトラックから、慌てて運転手が飛び降りる。
『やってしまった』そんな焦りが窺えた。
 彼は怖々と車の下を覗きこんだ。
 ぐちゃぐちゃになったグロテスクな物……、そんなやけに抽象的な物を想像しながら。



 voluntarily.9 Deadly fall. 


「ほらシンジ、さっさと起きなさいよ!」
 ビリビリと家屋が震える。
 しかしその大音量でも、彼の覚醒を促すにはまだ足りない。
「なぁんだ、アスカかぁ……」
 再び布団の中にモソモソと潜り込む。
「こぉらぁ、なにやってんのよぉ!」
「なんだよぉ、まだ時間あるだろう!?」
 このところ、シンジの朝はずるずると遅くなっていた。
 原因の大半はアスカにある。
「あんたねぇ、それがせっかく起こしてくれているガールフレンドに対する感謝の言葉ぁ?」
 アスカ目当ての学生客が増えたために、仕事の疲れが溜まり出しているのだ。
「はいはい、感謝してるよ……、だからもう少し寝かせて」
 もっとも、ほとんどは敵視する目に曝された気疲れなのだが……
「この!」
 パァン!っと景気の良い音が鳴り響いた。


 おおよそ今までのシンジからすれば、女の子と連れ立って元気に登校すると言う構図には違和感があるはずだった。
「もう!、あんたがボケボケッとしてるからよ」
「なんだよもぉ……、だったら先に行けばいいだろう?」
 はぁはぁと息を切らせながら学校を目指して駆け走る。
 そこには初々しいカップルが居るだけだ。
 それもごく自然とした雰囲気で。
「あんたバカぁ?、あんたにはね?、あたしに相応しくなってもらわないと困るのよ!」
「……何でそうなるんだよ」
「酷い!、あたしの事は遊びだったのね!?」
「……ああ、『義理の博愛』だっけ?、くさいんだよねぇ〜、あのドラマ」
「何ケチつけてんのよ!、今時だから面白いんじゃない」
「はいはい……」
 適当に受け流すシンジを軽く睨む。
(何考えてんのよ、こいつ?)
 最初の日、アスカはぼんやりとだが寝ぼけたのを覚えていた。
 翌朝、シンジが先に起きていたので「キスしたのね!?」っとからかいもした。
(あの時は照れてたし?)
 意識してないはずはない、だが普通ここまで親しくすれば、もっと馴れ馴れしくなるのではないだろうか?
 父や義理の母の節操の無さを見て来ているだけに、そう言った分析には自信があった。
(なんなのよ?)
「まったくもう!」
 理由が思い当たるだけに酷く苛付く。
「なに怒ってるんだよ?」
「遅れるって言ってんのよ!」
 それにしてもこいつ、と思う。
 学校まで二キロの道のり、それだけの距離を日頃鍛えてもいないのに、全力で走り続けることが出来るのだ。
(これもシンジのエヴァに関係あるのかしら?)
 先日以来シンジの獣は姿を消していた。
(どこ行っちゃったのかしら?)
 答えは半ば分かっている、シンジと融合したままなのだろう。
(何のために?)
 そのせいで普段、気配を薄れさせる事が出来なくなっていると言うのに。
 それ以上に……
(変身してるわけでも無いのに)
 融合できる、その特異性は看過できない。
「お姉ちゃあん!」
 と、アスカの思考は、その大きな声に遮られた。
 顔を向けると、道路を挟んだ反対側の歩道で小学生が手を振っていた。
「誰?」
「カズアキ君、ちょっとね?」
「ふぅん……」
 興味なさげに生返事をし、再び駆け出す。
「なぁによぉ……、なにすねてんの?」
「違うって」
「あ、妬いてるのね?」
「違うって言ってるだろう!?」
「もう、無理しちゃってぇ……」
 アスカは器用に、シンジに腕を絡めてそのまま走った。


「しっかし碇も大変だなぁ」
「え、なにがぁ?」
 シンジは机に突っ伏していた顔を上げた。
 並みの体力ではないが疲れないと言うわけでも無く、息は切れている。
「惣流だよ、付き合ってるんだろ?」
「違うよ……」
 眼鏡の少年はハンディカメラをアスカへと向けた。
「そうかなぁ?、ほれ」
 顎で教える。
 相田ケンスケと言う、彼もアスカとお近付きになりたい少年の一人だった。
「えー!?、嘘ぉ、ミヤコってもうキスしちゃってるの?」
「う、うん……」
「え〜?、惣流さんはまだなのぉ?」
「あたしぃ?」
「だってぇ……」
「ねぇ?」
「そうそう」
 軽口がざわめきを縫って聞こえて来る。
「ちょっとやめてよぉ、そんな風に見てたわけぇ?」
 ちょろちょろとした視線を感じ、シンジはなるべく小さく隠れた。
「向こうじゃもっと進んでるんでしょ?」
「そんなのデマよ」
「そうなの?」
 テレビの見過ぎ、とアスカは鼻白んだ。
「アメリカとか見ればわかるでしょ?、そう言う事に厳しいし法律だってあるくらいだもの、日本だけじゃない?、小学生で初体験とか堂々と言えるのって」
「そうなんだぁ……」
 みんな結局耳年増なのだ。
 それぞれ勝手にふぅんと漏らす。
「あ、じゃあ碇君は?」
 シン……、と一瞬で奇妙な沈黙に包まれた。
 クラス中がその静寂に荷担している。
「シンジぃ?、だめだめ、てぇんでお子様だもん」
「あ、そうなんだ……」
 ほっとした雰囲気がざわめきと共に広がった、……のだが。
「一緒の布団で寝ちゃっても、なぁんにもしてこないんだから」
 ピシッと……
 教室の空気は凍てついた。


 カランとベルの鳴る音に顔を上げる。
「いらっしゃ……、なんだ、葛城か」
 何処に行ってたんだ?、との視線にえへへと頭を掻いて護魔化しにかかる。
「あ、あたしクリームソーダね?」
「おいおい、仕事しろよ」
「いいじゃない、どうせお客さんいないんだし」
 カウンターのそれもど真ん中に堂々と居座る。
 しょうがないなぁと言う顔つきで、加持はミサトのリクエストに答えた。
「それで、進展は?」
「なぁんだ、やっぱお見通しなんじゃない」
 クリームソーダに舌なめずりをする。
「頂きまぁす」
 つんつんと先がスプーンのようになったストローでクリームを突く。
 ミサトはそうして遊ぶのが好きだった。


「嘘ぉ!、一緒に寝てるの!?」
 悲鳴のような声が多数上がる。
「そうよぉ?、部屋だって同じだし、ね〜、シンジ?」
 そのシンジはと言えば……
「碇ぃ!」
「うらやましぃ〜」
「ち、違うよ、アスカが寝ぼけて潜り込んで来るだけだよ!」
 言い訳している。
「ちょっとシンジ!、男らしくないわよ!?」
「だ、だってホントの事じゃないか、今朝だって……」
「なによもう!、寝てる間にキスしようとしたくせに!」
 ガタンッとシンジは椅子の上で狼狽を見せた。
「ズルいよ、起きてたなんて!」
「あ〜!?、キスしたのねぇ!?」
「してない、してないよっ、しようとしたけどやめたんだ!」
「信じらんなぁい、寝込みを襲うなんて最低!、今朝だって人の頭抱き込んで一体他になにやったのよ!」
 相田ケンスケは『痴話喧嘩?』と口にしながらその一連の様子をカメラで映していた。
 後でニュースソースとして使用するのだ、これがなかなかの収入に繋がっている。
 ケンスケの、アスカと御近付きになりたい理由というのはそこにあった。


「はぁ〜、おいちかった」
 けぷっとお腹を押さえてゲップを出す。
「おいおい……」
 呆れる加持、だが怒らないのは諦めてしまっているからだろう。
「い〜じゃない、それより」
 ミサトは急に真面目顔を作り、隣の椅子に置いていた封筒を手渡した。
「なんだ?」
「アスカの経歴」
「うん?」
 何を今更と言う顔でそれを受け取る。
 だが抜き出したレポートを読み進むに従って、加持の顔色は変わって行った。
「これ、本当か?」
 疑うのではなく、正確さのレベルを問いただす。
「間違い無いわ」
 ミサトは全て確認済み、と頷いた。
 そこに書いてあるのは冬月がゲンドウに問いただしたのと、ほぼ同じ内容の話しである。
 違う点は……
「アスカが……、使徒?」
「そう」
 そこには覚醒とドイツ語で記されている。
「ばかな……、アスカが既に覚醒しているアダムだって?」
 ネルフ内部で破棄されてしまった情報とも食い違っている。
「そうよ?、でも今だ鐘は打ち鳴らされていない、いいえ?、アスカが打ち鳴らすことは『ありえない』」
 もう一つ、ゲンドウが行なったらしいヒトゲノム解析の結果と『リリス因子』との結合実験についてが記載されていた。
「これは……」
 それは冬月の持っていたレポートには欠落していた情報だ。
「そう、与えられたのは『シンジ君の遺伝子』なのよ」
 リリス因子の提供者名に、『S.IKARI』の名前があった。
「碇ゲンドウ……、彼は知っていたんだわ?、シンジ君が使徒……、アダムウイルスを食い潰す抗体だと言う事を」
 シンジの中にあるリリスウイルスは、アダムウイルスを分解し、その能力を吸収する。
 だが本来、その役割を持つべき者だったのは誰なのか?
「それを実験したのか?、……いや、どちらにしても、これは」
「そうよ」
 神妙な面持ちで頷く。
「シンジ君は……、アスカの命の恩人であり、そして」
 アスカは、それを知っている。
 ミサトはそう締めくくった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。